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52話:屋敷の謎と山盛り堆肥

「……は?」


 畳を片手で支えた体勢で、一良は目の前に現れた鉄板を呆然と見つめながら間の抜けた声を漏らした。


 何故、こんなものが畳の下から現れるのだろうか。

 ここは先祖代々志野家に伝わる、相当古い屋敷であったはずだ。

 大昔の家の床が鉄板で出来ているなど、あろうはずがない。


 そうして暫く鉄板を見つめていた一良だったが、一旦手に持っていた畳を部屋の隅に運ぶと、今剥がした箇所以外の畳も剥がし始めた。


「うわ……」


 全ての畳を剥がし終え、一良は目の前に広がる光景に思わず唸った。

 部屋の床には全て鉄板が敷き詰められ、鉄板の境目と思われる箇所には約50cm程の間隔ごとに点付けで電気溶接された痕が見受けられた。

 しかも、よくよく見てみると、鉄板の表面には滑り止めのための縞模様まで入っている。


 明らかに、建物が建った後で誰かが鉄板を敷いたのだ。


 一良は無言でズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、一番怪しいと思われる人物に電話を掛けた。




「むつみー、畑からスイカ採ってきたから切ってくれー」


 頭に鉢巻、首には手拭い、そして手にはサッカーボール程の大きさのスイカを抱え、真治は家の玄関を開けて妻を呼んだ。

 すると直ぐに、妻であるむつみが小走りでやってきて、真治の抱えるスイカを目にして嬉しそうに微笑む。


「わぁ、今年はちゃんと出来たんだ」


「おうよ。しかも種無しスイカだぞ。去年は種ありと一緒に育てないと実が付かないって知らなかったから1個も出来なかったが、今年はばっちりだ」


 昨年、真治は種無しスイカを大量に作ってやろうと、畑に数十本の種無しスイカを植えたのだが、1つも実を付けずに悔しい思いをしたのだ。

 何で実が付かないのかさっぱり分からず、実家が農家をやっているという仕事仲間に聞いてみたところ、種無しスイカの雄花を使っても受粉しないという衝撃の事実が明らかになった。

 今年はその情報を踏まえて、受粉用に種ありスイカも一緒に栽培したので、昨年とは違って見事に大量のスイカを実らすことに成功したというわけだ。


「でも、そのスイカ冷えてないでしょ? 暫く冷蔵庫で冷やしてから食べたほうがいいんじゃない?」


「いや、畑の井戸水をポリバケツに入れて、その中で1時間近く冷やしておいたんだ。十分冷えてるよ」


 真治がそう言って睦にスイカを手渡した時、胸ポケットに入れてある携帯電話から着信音が響いた。


「おっ、一良じゃないか」


 真治は携帯電話を取り出して相手の名を確認すると、少し嬉しそうに通話ボタンをおして耳に当てる。

 睦はそんな真治に微笑むと、スイカを切りに台所へと入っていった。


「あ、父さん? 久しぶり、元気にしてた?」


「おう、身体も畑も絶好調だぞ。お前の方はどうだ、元気にやってるのか?」


「うん、まぁ一応は。でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」


「ん、何だ。言ってみろ」


「この間貰ったキャリーケースにさ、何か西洋の騎士剣みたいなのが入ってたんだけど」


「あぁ、あれは俺が作ったんだ。上手いもんだろ」


「え、あれ自分で作ったの!?」


「おう、廃棄されるトラックのスプリングがたまたま手に入ってな。知り合いの冶金やきん屋さんに頼んで真っ直ぐに焼き直してもらって、自分で研いで作ったんだ」


「マジか……。でもさ、何でわざわざあんな物騒なもの作ったんだよ」


「金属引き物業やってる奴なら、大抵作ってみるもんなんだよ。結構面白いぞ」


「嘘つけ。それにあの剣、何かを斬った形跡があったぞ。それも結構使い込まれてるように見えるし」


「色々試し切りしてみたんだよ。折角作ったのに、ただ飾っておくだけじゃつまらないだろ」


「……まぁいいや。あとさ、わけあって屋敷の畳をひっくり返してみたんだけどさ」


「……ほう」


「どういうわけか、畳の下に鉄板が敷いてあったんだよ」


「おかしなこともあるもんだな」


「……んで、単刀直入に聞くけど、この鉄板敷いたのって父さんだろ? 何でこんなものを敷いたわけ?」


「俺は知らんよ。お前こそ、何で畳をひっくり返したりしたんだ。畳が傷んででもいたのか?」


「いや、ちょっと屋敷に重量のあるものを持ち込もうと思ってさ。建物自体が相当古いし、床が抜けるんじゃないかと思って気になったんだよ」


「……」


「そんでさ、畳をひっくり返してみたら鉄板が敷いてあったもんだから、なんだこりゃってなったってわけ。鉄板の境目には等間隔で溶接の痕が残ってるし、こんなことするのは誰かって考えて、ぱっと思いついたのが父さんだったんだけど」


「……お前、重量のあるものって、いったい何を屋敷に持ち込もうとしてるんだ?」


「ん? いや……冷蔵庫とか洗濯機とかさ。気に入ったやつが結構大型のやつで、相当重いんだよ」


「……そうか」


「まぁ、知らないっていうんなら別にいいや。あと、もう1つ聞きたい事があるんだけどさ」


「何だ?」


「父さんって、屋敷の奥の南京錠で封印されてる部屋の中に入ったことある?」


「前にも言ったが、俺が屋敷に行った時は南京錠が付いた部屋なんて無かったぞ。どの部屋のことを言ってるんだよ」


「屋敷の一番奥にある部屋だよ。扉の取っ手に南京錠が付いてる部屋」


「一番奥の部屋には入ったことがあるが、南京錠なんて付いてなかったぞ。もちろん付けた覚えもない。何年か前に屋敷に行った時も、そんなものは無かったはずだ」


「……うん、そっか。それならいいんだ。ありがと。また何かあったら連絡するわ」


「おう」


 通話の切れた携帯電話を真治が耳元から離すと、台所に行っていた睦が玄関に戻ってきた。

 睦は通話を終えている真治を見ると、少し残念そうな表情をした。


「もう電話切っちゃったんだ。一良は何だって?」


「ああ、元気にやってるから心配するなってさ。ただの近況報告だよ」


「そっか。帰ってくるような話はでなかったの?」


「何も言ってなかったな」


「そう。残念」


 睦はそれだけ聞くと、また台所へと引っ込んでいった。

 真治は睦の背を見送ると、携帯電話に目を落とし、いぶかしむような表情で


「……あいつ、向こうに何を持っていこうとしてるんだ?」


 と呟いた。




 一方、一良は一良で、携帯電話をズボンのポケットに仕舞うと、足元の鉄板を眺めながら溜め息を吐いていた。

 というのも、先程の真治との会話で一良は確信したのだ。


 真治は、この屋敷の部屋が異世界に繋がっていることを知っている。


 話した際の雰囲気がそれとなく怪しいし、真治に持たされたキャリーケースの中身がどう考えてもおかしいということもある。

 普通、いくら息子の身を案じてとはいえ、銃刀法違反確定の刃渡りが60cmもある長剣や、防刃ベストにガスマスクといった日本では使用するタイミングの分からないようなものを持たせたりしないだろう。


 それに、真治は先程の会話で口を滑らせたのだ。


 以前、一良が初めてこの屋敷に来る前に、真治はこの屋敷について、『30年前に見たときもそんなに荒れていなかったし、柱や屋根はしっかりしていた』と言っていた。

 それなのに、先程の真治は『何年か前に屋敷に行った時』と言っていたのだ。


 これまたどういう理由があってかは分からないが、真治は数年前に屋敷に来ていたことを隠して、長期間にわたって屋敷には行っていないと一良に言う必要があったようだ。


 だが、それにしても、と一良は異世界へと通じる6畳間の敷居を眺めながら首を傾げる。


 異世界に通じる部屋が屋敷に存在するということを真治が知っているとすると、何故一良に何の予備知識も与えずに屋敷へ向かわせたのだろうか。

 先程の会話でよく分かったが、真治は異世界へ繋がる部屋のことについては、何も一良に話すつもりは無いらしい。

 だが、その理由が全くわからない。


 一良に異世界へ通じる部屋を見つけては欲しいが、何かを聞かれても一切答えない真治の思惑とは何なのか。


「……せめて向こうの食べ物を食べても栄養にならないことくらいは教えておいて欲しかったなぁ。下手すれば栄養失調を自覚しないまま餓死する可能性だってあったってのに……」


 異世界の文明レベルや技術レベルのことくらいならば別に構わないとも思えるが、こちらの世界から持ち込んだ食べ物や肥料が異世界では驚異的な効果を発揮することや、こちらの世界の人間が異世界の食べ物を食べても栄養を得ることが出来ないということは教えておいて欲しかった。

 余程の理由があるのだろうと考えてはみるものの、場合によっては命すら落としかねないような重要事項をも上回る理由など想像もつかない。


 もしや、真治は異世界に繋がる部屋のことを知ってはいるが、実際に異世界へ行ったことはないのだろうか。

 それならば、真治は異世界について何も知らないために一良に何も教えることが出来なかったと考えることはできる。

 しかし、それだと一良に異世界に繋がる部屋を見つけさせようとした理由は謎のままだし、一良の質問に何も答えない理由も分からない。


「あーもう、何が何だかさっぱりわからん。父さんは俺に何をさせたいっていうんだよ」


 早くも袋小路に陥ってしまった推理に、一良は頭を掻いた。

 だが、分からないものは仕方がない。


 それに、真治が何も一良に話さないのにはそれなりの理由があるのだろうし、無理矢理聞きだすような真似はしないほうがいいだろう。

 真治は元々、口調が少しつっけんどんなところはあるが、息子である一良から見てもかなりの子煩悩なのだ。

 意地悪で一良に何も教えないというようなことは、あるはずがない。


 それよりも、今はやらなくてはいけないことが山のようにある。

 屋敷の鉄板や異世界へ繋がる部屋の謎については再度保留にして、本日行うべき予定を急いで消化しなければならない。


 一良は足元に敷かれている鉄板を一瞥すると、庭に停めてある車へと向かうのだった。




 数十分後。

 一良は車で山中を走り、先程携帯電話のインターネットで調べた『有限会社グンマー牧場』の入り口へとやってきていた。

 一面に牧草地の広がる広大な牧場は、8月半ばという最も暑い季節にもかかわらず、茹だるような暑さやべた付く湿気もなく、実に過ごしやすい。

 牧場のある場所はそれなりに標高が高いため、今までいたような山中よりも気温や湿度が低いのだろう。


 牧場の入り口には大きな看板が張られており、そこには

 『新感覚! 牧場まきばの高層ツリーハウス建築中!! 来年5月完成予定 宿泊予約はお早めに』

 と赤文字で書かれ、何処で撮影したのか未開の地のような場所に造られたツリーハウスの写真が映し出されていた。

 この牧場はいったい何処に向かっているのだろうか。


 一良が牧場に入り、あたりで草を食んでいる牛を眺めながら暫く進むと、観光客用の売店らしきものが見えてきた。

 そこの売店の従業員に堆肥販売のことを尋ね、電話で牧場主を呼び出してもらう。

 程なくして、若い男が売店へとやってきた。

 一良と殆ど歳が変わらないように見えるが、どうやらこの男が牧場主らしい。


「こんにちは。ネットで堆肥の直売をやっているっていうのを見つけて、いくらか分けてもらおうと思ってやってきたんですが」


「堆肥ですね。1トンあたり3000円で送料は別になりますが、どれくらいご入用でしょう?」


「とりあえず50トンほど。明日中に運んでもらえるとありがたいんですけど、出来ますか? ここから車で数十分の距離なんですけど」


 今回この牧場で仕入れた堆肥は、アイザックに用意させた3000もの布袋に詰めた状態でイステリアに運ぶ予定である。

 1袋あたり15kgは入る計算なので、50トンも買えば十分だろう。

 もし余るようならば、グリセア村の畑にでも使ってもらえば良いのだ。


 袋詰めせずにイステリアへ運んでしまってもいいとは思うのだが、万が一袋から堆肥が零れ落ちると、イステリアへ向かう街道で野草が異常成長する可能性がある。

 袋自体もイステリアで作らせたものを使うので、一見普通の土を袋に詰めて運んでいるようにしか見えないだろう。

 こうすれば、物珍しがって盗みを働こうとするような輩も出ないはずだ。

 運ぶ量が量なので、念には念を入れて、というわけである。


「ご、50トンですか。それだと結構な量になるので、明日の朝一番で運ぶように手配しておきます」


「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」


 農家との取引で牧場主は対応に慣れているのか、実にスムーズに交渉が纏まった。

 一良は屋敷の住所が書かれたメモと、輸送費を含めた堆肥の代金を牧場主に現金で手渡す。

 そして、そういえば、と売店に張られたポスターに目を向けた。

 ポスターには、牧場の入り口で目にした看板と同様のものが印刷されている。


「ツリーハウスなんて、随分と珍しい物を作ってるんですね」


「あぁ、これですか。最近こういうノリのものがネットで流行り始めてるみたいなんで、折角群馬で牧場をやってるんだから、いっちょ乗っかってみようと思って始めたんですよ。話題になるといいんですけどね」


「なるほど……どうせなら、他県の牧場とコラボしてみるのも面白いかもしれませんね。ちょこちょこイベントやったりすれば、見に来る人も増えたりして」


「あ、それいいですね」


 そんなこんなで、一良は牧場主とよくわからない雑談を少しばかり楽しんだ後、次の目的地へと向かうべく売店を後にした。

 売店を出る際、牧場主が


「他県の牧場からの襲撃イベントとか面白いかもしれないな」


 と物騒なことを呟いていたのが、妙に耳に残った。

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