5話:戦争の爪痕
村にいる全ての赤ん坊に粉ミルクを与え(粉ミルクの缶と哺乳瓶は、使い方を説明して各家に1つずつ置いてきた)、病気の村人全員にリポDを飲ませるという大仕事を終えた二人は、次の仕事に取り掛かるべく屋敷の居間に戻ってきた。
炊き出しである。
しかし、さすがに寝ずに活動しっぱなしである二人はヘトヘトで、腰を下ろしてリポDを飲みながら小休憩をとることにした。
「あ、このお薬って美味しいんですね。思ってたのと随分違います」
一良から受け取ったリポDを両手で大切そうに持ち、少しずつ飲みながらバレッタは言う。
「そうでしょう? 私もこの味が好きで、毎日……じゃない、時々飲んでるんですよ」
本当は毎朝1本リポDを飲んで活動を始めているのだが、薬を毎日飲んでいるというのもおかしな話になってしまうので、表現を変えておいた。
「それはそうと、この村の食糧事情はかなり悪いようですが、何があったのか教えてもらえませんか?」
村に戻ってきてからずっと気になっていた事を一良が聞くと、バレッタは表情を曇らせた。
「最近ずっと雨が降らなくて、日照り続きで溜め池の水が枯れてしまって……」
「あぁ、干ばつで作物がやられてしまったのか……」
バレッタの台詞に一良が納得していると、バレッタは辛そうに言葉を続けた。
「直接の原因は日照りなんですけど、昔だったら少し離れた大きな川から水を汲んでくれば何とかなったんです。でも、4年前まで続いていた戦争のせいで、村の若い人は殆ど死んでしまって……今回のような長い期間日照りになると、人手不足で作物を守れないんです」
「つい最近まで戦争があったんですか?」
「えっ?」
一良の台詞に、バレッタは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに何か納得したような様子で、一良に戦争のことを説明し始めた。
「はい、4年前までの6年間、バルベールと私たちの国であるアルカディアの間で戦争がありました。何で戦争になったのかは詳しくは知らないのですが、バルベールが急に侵略してきたってナルソン様の家来の方が言っているのを聞いたことがあります。それで、私たちの村からも若い男の人は兵士として召集されたのですが、戦争が進むにつれて人手が足りなくなったみたいで、年寄りと幼い子供以外は女の人も戦争に狩り出されたんです」
バレッタの話を聞き、一良は「ううむ」と唸った。
話からすると、バルベールとアルカディアの間で起こった戦争は、高齢の男や女性までもが招集されるほど、アルカディアにとって厳しい戦いだったのだろう。
村に来てからバレッタの母親を見なかったのも、戦争で命を落としたからなのかもしれない。
「バルベールはアルカディア以外の国とも戦争をしていたのですが、今から4年前に、バルベールと戦争をしていた全ての国々が同盟を結んだんです。同盟を結んだことで各国が連携を取るようになり、大国であるバルベールもさすがに息切れを起こしたようで、バルベールからの申し出により、8年間の休戦協定が結ばれたんです」
「どの国も、長い戦争で国力が限界に達したってわけか」
つまり、その戦争で出た大量の犠牲は労働力不足に繋がって、現在もアルカディアを苦しめているのだろう。
労働力の中心である若い人間が一気に減ったことで、食料の生産力が下がり、人口も増えなくて労働力は更に低下するといった悪循環に陥っているのかもしれない。
恐らく、この村以外の町や都市も、似たり寄ったりな状況なのだろう。
「今年で休戦4年目ですから、あと4年したら期限切れです。もし4年後に戦争が再開されたとしたら、その時は私も兵士として招集されることになると思います」
その台詞に、一良は言葉を失った。
バレッタのような、とても戦いには向きそうも無い若い女性までもが、あと4年したら強制的に戦場へと引きずり出されるかもしれないのである。
一良が何も言えずに黙っていると、バレッタは「さてと」と言って立ち上がった。
「そろそろ食事の準備をしましょう。カズラさんに頂いたお薬のおかげで、疲れもすっかり取れましたし」
そう言って微笑むバレッタに、一良も「そうですね、やりますか」と答えて立ち上がる。
「屋敷の納屋に、お祭りの時の料理に使う大鍋があるんです。それを使えば、村人全員分の食事も作ることができますよ。でも、大きい分薪を沢山使うので、村のみんなに薪を分けてもらわないといけませんけど」
「なるほど……そしたら、私が鍋の用意はしますから、バレッタさんは村の人たちに、炊き出しをするので薪を持ってくるようにと伝えて回ってもらえますか? あと、できれば水も少しずつ持ち寄って貰えると助かります」
「わかりました。そしたら、そろそろ父が起きてくると思うので、鍋の置き方などは父に聞いてください」
そうして、バレッタは一良に納屋の場所を教えると、
「では、行ってきますね。すいませんが、準備よろしくお願いします」
と言って、小走りで屋敷の敷地から出て行った。
一良は走り去るバレッタの背を見送りながら
「戦争か……その時俺は、いったい何処で何をしているんだろうな」
と呟くのだった。
「うわ、これは大きいですね。これなら一度で100人分は余裕で作れそうだ」
その後すぐに起きてきた村長と一緒に、直径1メートルはありそうな青銅の大鍋を納屋から引っ張り出し、一良は感嘆の声を漏らした。
深さも50cmは優にあり、これならば100人分のお粥を作ることも出来そうだ。
「うむ、いつも祭りの時期になると、この鍋でスープを沢山作って村人に振舞いましてな。山でカフクを狩ってきて、肉や野菜も沢山入れるので、村人には好評なのですよ」
「ほー、肉入りスープですか。沢山作れば、余計に美味しいでしょうねぇ」
一良は「カフクって鹿とか猪みたいなものかな。てか、スープって単語は通用するのか」などと考えながら、村長の話に頷いた。
「ところで、これから作る粥に使う米というものは、いったいどんなものなのですかな?」
「ええと、そんなに味がある食べ物ではないのですが、栄養豊富な穀物です。本当は粥にはせずに炊き上げるんですが、体が弱っている人が多いので、粥にしようと思いまして」
一良は村長に説明しながら、二人で納屋にしまってあった石で鍋の土台を作ると、鍋を乗せて中に無洗米を30kg入れた。
ちょっと多い気もするが、後々足りなくなるよりはマシだろう。
その後、一通り準備を終え、村の状況などについて一良が村長から聞いていると、ぽつぽつと村人が薪と水桶を持ってやってきはじめた。
やってくる村人の中には、日の出前に一良が薬やリポDを飲ませた者もいた。
「カズラさん、先程はお薬をありがとうございました。おかげで、もうこうして歩けるようになりましたよ」
そう言って一良の手を取り礼を述べる村人は、顔色も良く元気そうだ。
どうやら、この世界ではリポDはかなりの性能を発揮すると見える。
「それはよかった。これから鍋いっぱいに粥を作りますから、お腹一杯食べてもっと元気を出してくださいね」
やってきた村人たちと協力し、鍋に水を入れて薪を設置する。
村人たちは皆一様に一良に厚く礼を述べ、子供に粉ミルクを飲ませてもらった母親の中には、涙を流して一良の手を取る者もいた。
そうして、礼を述べられながら一良が村人に囲まれているうちにバレッタも戻ってきて、皆でわいわいと粥の炊き出しの仕度に取り掛かるのだった。
「これは美味い! こんな美味い粥は食ったことがねぇ!」
「本当、塩もたっぷり入ってるし、この梅干ってやつもすっぱいけど凄く美味しいわ!」
鍋が大きいせいで2時間ほどかかってようやく粥が出来ると、一良はバレッタも食べる側に回らせ、粥をよそって村人に配った。
粥を口にした村人たちは、皆口を揃えて「美味い!」と驚きと喜びの声を上げていた。
「(そういえば、昨日食べたアルカディアン虫の汁物も、殆ど味しなかったもんな。調味料なんて全く無かったんだろうな)」
塩ですら高値で取引されていると思われるこの世界では、味の殆どが使われる素材の味だけなのであろう。
アルカディアン虫を美味い美味いと言って食べていた、バレッタや村長の気持ちも分かる気がした。
「なぁなぁにいちゃん、どうしてそんな変な格好してるの?」
「え?」
嬉しそうに何度もお代わりにくる村人たちに、粥を配りながらそんなことを考えていると、一人の5~6歳男の子が寄ってきて、一良の服を引っ張ってきた。
その言葉に、一良は初めて自分の服装と村人の服装を見比べてみる。
一良は薄いストライプの入った白の半袖シャツとジーパン、靴はちょっとお高めなスニーカーである。
それに引き換え、村人たちは縫い目の粗い簡素な無地の上下に、草を編んだサンダルのような履物を履いている。
明らかに一良の服装は浮いていた。
「ええっと、これはね……」
「コルツ!!」
どう答えようかと一良が悩んでいると、母親らしき女性が慌ててやってきて、男の子を抱きかかえると、
「申し訳ありません!」
と深く頭を下げ、一良が言葉を掛ける前に、子供を抱えたまま走って行ってしまった。
いったい何なんだと一良が走り去る女性の背中を見ていると、村人全員の視線が一良に集中していることに気づいた。
先程までのにぎやかな喧騒は張り詰めた静寂にかわり、村人たちは何故か不安そうな表情をしている。
「カ、カズラさん、その……」
「えっと、皆さんどうしたんです? 私の顔に何かついてますかね?」
慌てた様子で話しかけてきたバレッタに一良がそう答えると、周囲に張り詰めていた緊張が一気に解けた気がした。
「あ、いえ! 何でもないです! その、私もお代わり貰おうかなって!」
「あ、はい、いいですよ」
一良がバレッタに粥をよそっている間にも、遠くから「よかった」とか「気をつけねばな」といった言葉が聞こえてきたが、あからさまにホッとしているバレッタや周囲の村人に「何のこと?」と聞くのも躊躇われたので、忘れることにした。
「そうそう、米はあと7袋残ってるので、炊き出しが終わったら粥の作り方を皆に教えて、梅干や塩と合わせて分けて持たせましょう。米や塩はまた後で国から沢山持ってきますから、食べ物の心配はもうしなくても大丈夫ですよ」
桃缶は各家に1つずつかな、と言いながら考えている一良に、バレッタは一良にも聞こえないような小さな声で「……ありがとうございます、グレイシオール様」と呟くのだった。