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43話:獲物

 「(行き先は小さな村となると、積荷は食料か。それなら馬車の中には人はいない……いや、村からイステリアに食糧を要請しに行った奴らが数人は乗っているか?)」


 ガタガタと揺れる馬車に揺られながら、頭の男は考えていた。

 この飢饉の最中、護衛付きで寒村へと向かう馬車となると、支援用の食料を積んでいると見て間違いないだろう。

 また、馬車の中にはイステリアへ食料援助を求めに行った村人も何人か乗っているに違いない。


「護衛の数は騎兵が4騎のままか?」


「ああ、イステリアを出たときに見たのと同じだ。重装備の騎兵が4騎いる」


 バレッタたちの乗った馬車がイステリアを出た時から、この男たちは後をつけていた。

 目的はもちろん、積荷の略奪である。


 今までにも、イステリアを出入りする旅人や商人を尾行し、隙を突いて襲っては追い剥ぎを繰り返してきたのだ。

 いつもなら、護衛の付いているような集団には手を出さないのだが、今回は少し状況が違っていた。


「なあ、本当に襲うのか? あんな熟練兵みたいな奴らとまともにやり合ったら、こっちもただじゃ済まないんじゃねぇか?」


「金も食い物もギリギリなんだ、襲うしかないんだよ。それに、上手くやれば護衛とは戦わなくて済むかもしれん」


 そう、彼らも状況が逼迫していたのだ。

 彼らは元々、貧困にあえぐ辺境の村から出てきて、イステリアの貴族に私兵として雇われていた傭兵だった。

 だが、先の戦争で雇い主の貴族が没落してしまった結果、戦争が休戦状態になると同時に失業してしまった。

 他領からのイステリアへの移民政策や、イステリア自体の切り詰めた財政政策も相まって、元々住んでいた土地を捨ててイステリアへと出てきたような彼らは新たな雇い先も見つけることが出来ず、野盗に身を落としているのだ。

 だが、その野盗としての生活でさえも、ここに来て破綻寸前になっているという有様である。


「護衛の奴らは、村に積荷を置いたらイステリアへ戻るだろう。その後、俺達は村を襲ってやればいい」


「村を襲うって……この先の村にだって、この間の戦争に参加していた奴くらいいるだろ。こっちは13人しかいないんだし、集団で抵抗されたら逆に俺達が皆殺しにされるぞ」


 村を襲うといい始めた頭の男に、ラタに乗った男は不満げに顔をしかめた。

 襲われる村人とて、無抵抗ではないのだ。

 襲われれば武器を持って反撃してくるだろうし、数の上でいったらこちらのほうが圧倒的に不利である。


 しかも、アルカディアという国は徴兵制を採用しているため、直近で戦争があった今ではどんな村でも軍隊経験者がいるのは当たり前である。

 村を襲ったはいいが、いつの間にか古参兵の集団に包囲されていた、何て事にもなりかねないのだ。


「誰が正面から堂々と突っ込むと言った。夜中に村の家を一軒ずつ襲うんだよ。手頃な家を静かに2軒か3軒襲ったら、朝になる前に全力で西のグレゴルン領の方へとんずらすればいい」


「……なるほど、それなら何とかなるかもしれないな。だが、馬車の積荷はどうするんだ? 村で分配されちまったら、回収するのは不可能だ」


「いや、すぐに全部を分配ってことはないだろう。恐らく、その村の村長の家あたりに一旦保管して、徐々に分配するって形にするはずだ。村人全員に食わせるくらいの量だし、まさか1日や2日で無くなるような量じゃないだろうからな」


 頭の男の説明に、ラタに乗った男はようやく納得したような表情になった。

 積荷の食料さえ奪ってしまえば、暫く追い剥ぎのような危険な真似をしなくても済む。

 それに、グレゴルン領へ逃げ切ってしまえば、村への襲撃を知ったイステリアの貴族が追っ手を出したとしても、グリセア村とイステリアの位置から考えて捕まることはないはずだ。


「わかった。じゃあ、俺は奴らが村に着くまで張り付いて、積荷が降ろされる家を確認すればいいんだな」


「そうだ。襲うにしても食料が手に入らなけりゃ意味がないからな。まずは食料、上手くいけば女も調達できるだろう」


 女、と口にして、頭の男の口元がニヤリと歪んだ。

 思えば、最近は食べ物だけでなく女も全く手に入らなかったのだ。

 今までの女日照りの生活を思い返し、これから訪れるであろう生活に心が躍った。


「よし、若い女がいる家も見繕っておくからな。馬車に乗ってる連中には、今のうちにしっかり休んでおけと伝えてくれ」


 頭の男と同じ事を考えたのか、ラタに乗った男も粘つくような笑みを浮かべると、再び馬車を追って駆け出していった。




 その日の夜。

 イステリアのナルソン邸の執務室で、一良は過去に行われた治水工事の工事記録が記載されている皮紙を纏めていた。

 部屋にはナルソンとハベルもおり、それぞれが一良の指示に従って別々の作業を行っている。

 ハベルは棚から皮紙を引っ張り出しては、一枚ずつ一良の前に広げ、ナルソンは皮紙に記入されている土手の高さや幅、その他に土手の構造や工事手順などの要点を読み上げる。

 一良は手持ちの付箋に日本語でそれらをメモしては皮紙に貼り付けるという作業を延々と繰り返していた。


「カズラ様、少しご相談があるのですが」


 作業を始めてから結構な時間が経過し、そろそろ休憩して夕食にするべきかと一良が考えていると、一良の手が止まったのを見計らってナルソンが声を掛けてきた。


「何でしょう?」


「イステリアでのカズラ様の立場についてなのですが、カズラ様がグレイシオール様であるということを公にすると混乱を招きます。なので、出来ればカズラ様がグレイシオール様であるということは内密にしておき、私の友人で客人として屋敷に来ているといった扱いにさせていただけると助かるのですが……」


「構いませんよ。むしろ、その方が私も動きやすいんで、是非そうしてください」


 ナルソンの申し出を一良は快諾しながら、当然そうなるだろうな、と内心頷いていた。

 現時点でグレイシオールが現れたという話は一部の人間しか知らないので、その存在を秘匿するのは容易だろう。


「ありがとうございます。そこでなのですが、今のまま『カズラ様』と様付けで呼ぶことは私の立場上不自然に見えてしまいます。なので、申し訳ないのですが今後は『カズラ殿』とお呼びさせていただければと思うのですが」


「いいですよ。あと、他の人がいない時も別に様付けする必要はないですよ。無理に使い分けようとして、他の場所でボロが出てもいけないので。逆に、今後は私がナルソンさんを様付けで呼んだほうがいいですかね?」


「……いえ、今のままの方がいいでしょう。その方が、他の者もカズラさ……カズラ殿に色々と探りを入れにくくなるでしょう。私の方からも、カズラ殿はかなり高貴な家柄であるようなことと、無用な詮索はしないようにすることを、配下の者達にそれとなく匂わせておきます。他の者にカズラ殿を紹介しなければならない時は、不自然のないように我々が対応しますので、話を合わせていただければ大丈夫でしょう」


「わかりました……そうだ、私もナルソンさんに相談しなければいけないことがあるんですよ」


 ほっとした様子で答えているナルソンに、一良は自分もナルソンに言っておかねばならないことがあったことを思い出した。


「今纏めている工事記録の書類と、イステリアと周辺地域の地図を、少しの間貸して欲しいんです」


「……わかりました。ですが、我々の保管している地図は機密中の機密になりますので、取り扱いはくれぐれも……」


「もちろんです。他の人に見せるようなことはしませんから、安心してください」


 地図を貸し出すという行為に、ナルソンは抵抗を感じているようだが、当然だろう。

 地図というものは、何時の時代であっても軍事的に非常に重要な役割を持つものなのだ。

 おいそれと他人に貸せるような代物ではない。


「ありがとうございます。出立の前日までに地図などの書類は纏めておきますので、足りないものがあればその時に仰っていただければと思います」


「お願いします。さて、そろそろ……」


 休憩にしましょう、と一良が言いかけると同時に、執務室の扉がノックされた。


「ナルソン様、ご夕食の用意が出来ました」


「お、丁度いいですね。一旦休憩にして夕食にしましょう」


 扉越しに掛けられた声に一良がそう言いながら立ち上がると、ナルソンとハベルも手に持っていた書類を机に置いた。




 執務室の扉の前に控えていた侍女を従え、一良とナルソンは夕食の用意してある部屋に入った。

 日本で言うところの畳12畳程の広さの部屋の中には2人の侍女が壁際に控えており、部屋の中央に置かれた長テーブルの上には数々の料理が用意されていた。

 テーブルの上には燭台が置かれ、壁掛け式の燭台と共に、蝋燭の柔らかな灯りが部屋を優しく照らしている。


 ちなみに、ハベルは別の場所で食事を摂るとのことで一旦別れている。


「あっ」


 一良たちが部屋に入ると、部屋の中で待機していた侍女の1人が一良の顔を見て小さく声を上げた。

 リーゼの従者、エイラである。


「ん?」


 対する一良は、声を上げたエイラを不思議そうに見やる。

 以前会った事のある侍女だということに、全く気付いていないのだ。


「どうかしたか?」


「い、いえ! 申し訳ございません!」


 ナルソンに問われ、エイラは慌てて頭を下げ謝罪した。

 部屋に入ってきた者の顔を見て声を上げるなど、侍女としてあるまじき行為である。

 とんだ失態だ。


「ジルはまだ来ていないのか……カズラ殿、夕食の席に妻と娘も同席させたいのですが、よろしいでしょうか?」


「構いませんよ……あっ」


 ナルソンに答えながら、一良は先程のエイラと同じように声を上げると、再びエイラの顔を見た。

 ナルソンが発した『娘』という単語と、先程のエイラの反応でピンときたのだ。


 目を向けられたエイラは、ばつが悪そうに一良に頭を下げる。


「(あの侍女さん、もしかして前に街でぶつかった人か? あれから20日以上経ってるってのに、俺の顔を覚えてたのか)」


 ナルソンに面会する以前から、一良はイステリアでリーゼと再会することは想定していた。

 だが、以前に街中でリーゼの従者とぶつかってしまった時は僅か数分しか顔を合わせていなかったし、あの時とは服装も全く違う。

 なので、どうせ自分の顔など覚えていないだろうし、気付かれはしないと高を括っていたのだ。

 それが、いきなりの顔バレである。


「どうかしましたか?」


 そんな一良とエイラの様子に、ナルソンは2人を見比べながら不思議そうな顔をしている。 


「……いえ、何でもありません」


「ふむ……エイラ、リーゼを呼んできてくれ」


 何処か釈然としない表情をしていたナルソンだったが、詮索することも憚られたらしく、エイラに向き直ると指示を出した。

 エイラはすぐに


「かしこまりました」


 返事をすると、一礼してから部屋を出て行った。 




 エイラは夕食の用意されている部屋から出て暫く歩くと、周囲を見渡して誰もいない事を確認した。

 そして、リーゼの部屋へと小走りで向かう。


「リーゼ様、エイラです! 失礼します!」


 言うが早いか、いつぞやのようにリーゼの返事を待たずに扉を開け、エイラは部屋へと飛び込んだ。 


「リーゼ様! 大変で……」


「あら?」


 部屋に足を踏み入れたエイラは、大変です、と言い掛けたままの体勢で固まった。

 部屋には、リーゼと共にジルコニアがいたのだ。

 突然入ってきたエイラに、きょとんとした表情でこちらを見ているジルコニアの向こうでは、リーゼが呆れたような表情をこちらに向けている。


「どうしたの? 大分慌てているみたいだけど」


「あっ、いえっ、そのっ……ご、ご夕食の準備が出来ましたのでお迎えにあがりました!」


「そう。でも、部屋に入る時はノックしないとダメよ?」


「申し訳ございません……」


 まるでダメな子に優しく言い聞かせるような風に言われ、エイラはしゅんと肩を落とすと深く腰を折って謝罪を述べる。 

 ジルコニアは機嫌が良いのか、侍女にあるまじき行いをしたエイラをそれ以上叱るようなことはせず、リーゼを促すと端に避けるエイラの前を通って部屋を出て行った。

 リーゼがエイラの前を通り過ぎる際、小声で


「何やってるのよ……」


 と呟いた。




「リーゼ、この方は私の友人のカズラ殿だ。暫く屋敷に滞在することになったんだが、カズラ殿は我が屋敷に来るのは初めてでな。何かと勝手がわからないような事もあるだろうから、その時は良くして差し上げてくれ」


 リーゼたちが部屋に入るなり、ナルソンはリーゼに一良を紹介した。

 随分とフランクな仲であるかのような紹介の仕方だが、一良は身分などに関する細かい打ち合わせなどは何もしていないので、紹介されるがままにナルソンに合わせて対応するしかない。


「カズラと申します。よろしくお願いします」


「リーゼです。カズラ様のことは母から聞いております。イステール領の内政の手助けをしていただけるとのことで、本当にありがとうございます。私に出来ることなら何でもお手伝いしますので、どうかよろしくお願いいたします」


 軽く会釈をして簡単な挨拶をした一良に対し、リーゼは花の咲くような完璧な笑顔を一良に向け謝辞を述べた。

 その笑顔のあまりの可憐さに、一良は思わず見惚れてしまい、


「あ、こ、こちらこそよろしく……」


 と、若干赤くなりながら、まるで純情少年のような反応を返してしまう。

 母から聞いている、といった気になるフレーズが耳に入ってきた気もするが、赤面を抑えることに精一杯でそれどころではない。


「(……や、やばい、この娘反則的に可愛いぞ)」


「……あの、どうかなさいましたか?」


 自分に目を向けたまま微動だにしない一良に、リーゼは不思議そうに小首を傾げて問い掛ける。

 そんな2人の様子に、ジルコニアはほんの微かに口元を綻ばせた。

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