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後日談6話:450キロオーバー

 数時間後。

 買い物を終えた一行は、自動車で埼玉県へと向かっていた。

 今は高速道路を走行中で、間もなく群馬と埼玉の県境。

 皆がぺちゃくちゃしゃべっており、車内はとても賑やかだ。


「ジルさん、沖縄の前に、ここに行ってみませんか?」


 旅行雑誌をめくっていた助手席のバレッタが、後部座席のジルコニアたちに振り向いて雑誌を差し出す。

 ジルコニアはそれを受け取り、どれどれ、と隣のリーゼと開いているページに目を向けた。


「あら、大きな水槽……水族館かしら?」


「わあ、楽しそう! イルカのショーが見られるんだ」


 おー、と雑誌を見ている2人に、バレッタが頷く。


「はい。千葉県ですし、距離的にも近いので。いきなり沖縄に行くのは、ちょっと遠すぎるかなって」


「沖縄って、そんなに遠いの?」


「すっごく遠いです。行く時は飛行機ですね」


「飛行機! 私、乗ってみたい!」


 瞳を輝かせるリーゼに、バレッタも「ですね」と微笑む。


「カズラ、飛行機乗りたい!」


「おうよ。それじゃ、千葉旅行の次は飛行機で沖縄だな」


「「やった!」」


 リーゼとジルコニアが、「いえーい!」と両手でハイタッチする。


「とか話してる間に、埼玉に入ったぞ」


 一良が言うと、皆が窓から外を見た。

 特に代わり映えしない景色に、一良とバレッタ以外の3人が首を傾げる。


「え? 看板も何もないじゃん。どうして分かるの?」


「カーナビに書いてあるんだよ。ここ、見てみな」


「あ、ほんとだ」


 リーゼがナビの画面を見ると、埼玉県と表示されていた。


「あと1時間くらいで実家に着くけど、どこか寄り道したいところはあるか?」


「特にないけど。皆は?」


「私はないです」


「私もないわ」


 リーゼの問いかけに、バレッタとジルコニアが答える。


「あの、私たちも夕食用に何か買って行ったほうがいいのではないでしょうか? お食事の用意、大変でしょうし」


「ん、そっか。なら、エイラさん、母さんに電話してもらえます?」


「わ、私がですか!?」


 自分の提案なものの、まさかの振りにエイラが仰天する。

 エイラはまだ一良の両親と話したことがない。

 バレッタ以外は、以前に動画で挨拶をしたきりだ。


「りっちゃん、エイラさんにスマホを渡してください。この『お義母様』って表示をタップすれば、電話をかけられるので」


「うん! はい、エイラ!」


「ええ……」


 スマホを渡されたエイラが、引き攣った声を漏らす。

 断るわけにもいかず、恐る恐る、スマホの画面をタップした。

 車内が静まり返り、ごくり、とエイラが唾を飲み込む音が響いた。


「……あ、あの! 私、エイラです! ……はい! あっ、いえいえ! 私のほうこそ、カズラ様との結婚を認めていただいて――」


「エイラさん、スピーカーって表示をタップしてください。皆に聞こえるようになるんで」


「は、はい!」


 完全にテンパった様子で話し始めたエイラに一良が言うと、エイラはわたわたしながらもスピーカーモードに切り替えた。

 その後、睦からの質問ラッシュが始まり、リーゼとジルコニアも交えて長話が始まってしまった。

 肝心の料理については、美味しそうなケーキを買ってきて、とのことで、ケーキ屋に寄ってから向かうことになったのだった。




 数時間後。

 日暮れ時になって、一行は一良の実家に到着した。

 カーポートに車を停め、荷物を持って下車する。


「ふー、ようやく着いた。疲れた……」


 一良が、ぐっと背伸びをする。

 なかなかの長距離運転だったので、腰と背中がバキバキだ。

 そんな彼にバレッタが歩み寄り、よしよし、と背中を摩る。


「ふふ、お疲れ様でした。後でマッサージしましょうか?」


「あ、いやいや、大丈夫ですよ。妊婦さんにそんなことさせるわけにはいかないんで」


「それくらい大丈夫ですよ。まだお腹も出てないんですし」


「あ! バレッタちゃん!」


 すると、玄関扉が開いて、赤髪ロングの女性が出てきた。

 バレッタに駆け寄り、ぎゅっと抱き着く。

 一良の従姉のエリシスだ。


「ひさしぶり!」


「エリシスさん、おひさしぶりです。来てたんですね」


「うん! さっき仕事が終わって、急いで来たの。それ、ケーキ?」


 エリシスがバレッタが下げている紙箱に目を向ける。

 中身は、ケーキのアソートだ。

 リーゼたちも、それぞれケーキ入りの紙箱を下げている。


「はい。20個買ってきました」


「えっ、ずいぶん多いね?」


「何人集まってるのか聞き忘れちゃったので。これくらいあれば足りるかなって」


「そっかそっか」


 エリシスは嬉しそうに微笑むと、リーゼたちに目を向けた。


「リーゼさん、ジルコニアさん、エイラさん。初めまして、だね!」


「初めまして。よろしくお願いします」


 リーゼがぺこりと頭を下げ、ジルコニアとエイラもそれに倣う。


「ほんと、全員美人さんだねぇ。よっ、かず君の色男!」


「は、はは……。もしかして、桜さんたちも来てたりするんですか?」


「桜ちゃんだけいるよ。中で睦さんと揚げ物作ってる。さ、入って入って!」


 エリシスにうながされ、ぞろぞろと家に入る。

 バレッタは慣れたものだが、リーゼたち3人は緊張気味だ。

 靴を脱いで家に上がると、廊下の先にある居間から、ひょい、と白髪の老婆が顔を覗かせた。

 一良の祖母、りあだ。

 彼女はリーゼたちの姿を見て、にやりと笑みを浮かべた。


「来たか。クィーリアだ。りあと呼んでくれ」


「ジルコニアです」


「リーゼです」


「エイラです!」


 3人が玄関先で、よろしくお願いします、と深々と腰を折る。


「ああ、よろしく。で、最初は誰にする?」


「誰にって……ちょっとばあちゃん。まさか、リーゼたちとも力比べするの?」


 困り顔になる一良に、りあは当然、といったように頷いた。


「恒例だからな。ほら、こっちに来な」


「えー……どうする?」


 一良がリーゼたちに振り向く。

 3人は顔を見合わせた。

 一応、一良とバレッタから「力比べ」のくだりがあるだろうという話は聞いている。


「バレッタが全然敵わなかったんでしょ? 私も似たようなものだと思うんだけど」


「わ、私もです。ジルコニ……ジルさんなら、もしかしたらいけるんじゃないですか?」


「どうかしらね? まあ、やってみましょうか」


 ジルコニアは乗り気なのか、スタスタとりあの下へと向かう。

 彼女に続き、一良たちも居間に入った。

 居間には一良の父の真治と祖父の義忠が座布団に座っており、テーブルには料理がいくつも並んでいた。

 義忠がすぐさま立ち上がり、ジルコニアに、びしっと敬礼をする。


「初めまして。祖父の義忠です。以後、よろしくお願いいたします」


「ジルコニア・イステー……じゃなかった。ジルコニアです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ジルコニアが条件反射で、片手を胸に当ててアルカディア式の答礼をした。

 リーゼとエイラも、ジルコニアを真似て同じように名乗る。

 真治も立ち上がり、軽く腰を折って挨拶をした。


「ほう。ジルコニアさんとリーゼさんは、軍人かね? 敬礼が様になってますな」


「はい。軍団長をしていました。リーゼは、軍団長見習いですけどね」


「ぐ、軍団長閣下!?」


 義忠がぎょっとした顔になる。


「これは失礼しました! ささ、どうぞこちらへ座ってください!」


「あ、いえいえ! もう引退した身ですから! 気になさらないでください!」


 自分が座っていた上座を譲る義忠に、ジルコニアが慌てる。


「じいちゃん、そんなにかしこまったら、ジルコニアさんが困っちゃうよ。普通にしてていいって」


「いや、そうは言っても……」


「本当に大丈夫ですから。どうか、座ってください」


 ジルコニアにも言われ、渋々、といった様子で義忠が腰を下ろす。

 一良たちもテーブルを囲んで、座布団が敷かれた畳の上に腰を下ろした。

 テーブルは大型のものを2つ並べてあるので、皆で囲んでもスペースに余裕がある。


「しかし、本当に嫁さんを4人も貰うとはなぁ……」


 真治が苦笑しながら、女性陣の顔を見る。


「しかも美人ぞろいときたもんだ。一良、大事にしなきゃダメだぞ!」


「う、うん。もちろんだよ」


「お義父様、カズラにはいつも、すごく大切にしてもらってますから。ね、エイラ?」


「は、はい! とっても大切にしていただいております!」


 リーゼが愛想のいい笑顔で、エイラがやや強張った顔で言う。

 真治は緊張気味なのか、頭を掻きながら「そうですか」と笑顔を返した。


「よし。ジルコニアさん、手を出してくれ」


 にこにこしながらそれを眺めているジルコニアに、彼女の対面に座ったりあがうながす。


「あ、はい。右でいいですか?」


「利き手がいいね」


 テーブル越しに差し出されたジルコニアの右手を、りあが握る。

 そうして、いつぞやのバレッタの時のように、いち、に、さん、との掛け声とともに力比べが始まった。


「御祖父様は、軍に属されていたのですか?」


 2人が力比べをするのを横目に、リーゼが義忠に尋ねる。

 義忠は背筋をピンと伸ばし、斜め向かいに座っているリーゼに向き直った。


「はい。基地航空隊で航空兵をしておりました」


「まあ! 航空兵ということは、飛行機に乗っていらしたのですよね!?」


「ええ、ほんの2年足らずですが」


「すごいです! どんな飛行機に乗っていらしたのですか!?」


「私は主に、四式戦という戦闘機で――」


 目を輝かせるリーゼに気を良くしたのか、義忠が笑顔で話し出す。

 わあ、だの、すごいですね、だのと合いの手を入れながら、いろいろと話を引き出している。

 さすがというべきか、早くも気に入られ始めている様子だ。


「皆さん、いらっしゃい!」


「いらっしゃーい!」


 すると、台所から睦と桜が顔を覗かせた。

 2人ともエプロン姿で、料理を作っていたようだ。


「料理、もうちょっとでできるから。一良、階段下の物置から烏龍茶のペットボトル持ってきて」


「はいよ」


「私も手伝います」


 一良とバレッタが席を立ち、睦と桜が「また後でね」と台所に引っ込む。

 エイラは、睦のあまりの若々しさに唖然としていた。

 どう見ても、彼女は三十代半ばにしか見えなかった。

 一良と親子のようには、とても見えない。


「お、おい。ジルコニアさん、大丈夫ですか? 無理はしないほうが……」


 真治の心配そうな声に、エイラは力比べをしている2人へと目を戻す。

 ジルコニアは顔を真っ赤にして歯を食いしばっており、りあは顔を少ししかめている。

 ジルコニアは左手でテーブルを掴んでおり、渾身の力で挑んでいる様子だ。


「ぐ……ぎ……こ、降参! 降参です!」


 悲鳴のような声での降参宣言に、りあがぱっと手を放した。

 ジルコニアは荒い息を吐きながら、右手を摩っている。


「あんた、本当に人間かい? バレッタさんの倍くらい、力があるんじゃないか?」


「はあ、はあ……人間ですよ。握力には自信があったんだけどなぁ」


 りあの問いかけに、残念そうに答えるジルコニア。

 実のところ、自分なら勝てるかも、と考えていたのだ。


「あ!? て、テーブルが!」


 エイラの声に、皆が彼女の視線を追う。

 クルミの木のテーブルの端の、ジルコニアが左手で掴んでいた部分に、くっきりと指の形の1センチほどの凹みが出来ていた。

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― 新着の感想 ―
地球産の食物摂取で肉体強化される効果ってのは過去に志野家の男子が行った 他の世界には無かったのかも知れませんね。 りあさんも『人間なのに何で?』と思われたことでしょう。
末期まで四式戦に乗ってて特攻せず生き残ったなら本土防空戦で活躍した相当なエースですよね。 そっちのお話も気になるなあ。
更新ありがとうございました。 この作品に帰ってくると、ホッとしますね!
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