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41話:状況把握

「道具の説明はこれくらいでいいですかね」


 テーブルの上に出した全ての道具の説明を終え、一良は取り皿に分けられたミネストローネを試食しているナルソンとジルコニアに目を向けた。

 先ほど部屋に戻ってきたハベルも試食に参加しており、アイザックと並んで取り皿のミネストローネを口に運んでいる。


「はい、どれも素晴らしい品物ばかりです。ご説明ありがとうございます」


 ナルソンは持っていたスプーンを取り皿に置き、笑顔で礼を述べる。


「それでは、領内の状況の説明をお願いしたいのですが」


「わかりました。ジル、資料を」


「あるだけ全部持ってくるわね。アイザックも運ぶの手伝って」


「はい」


 ナルソンに声を掛けられると、ジルコニアはアイザックを連れて早足で部屋を出て行った。

 2人が部屋を出て行くと、ナルソンは、さて、と一良の隣に座るバリンとバレッタをちらりと見る。


「これからカズラ様にお見せする資料は、我が領内の状況を記した極秘のものばかりです。申し訳ないのですが、そちらの2人に見せるわけには……」


「ん、そうですか」


 ナルソンの言葉を受け、それもそうか、と一良は納得すると、隣に座る2人に目を向けた。

 とりあえずグレイシオールとして信用してもらった一良だけならばともかく、村での状況説明のために同伴しているバリンとバレッタにまで資料を見せるわけにはいかないのだろう。


「ナルソン様、もしよろしければ、説明の間に私が別室にてバリンさんとバレッタさんからグリセア村の今までの経過を聞いておきますが……」


「うむ、そうだな。カズラ様、よろしいでしょうか?」


「構いませんよ。ハベルさん、分かっているとは思いますが……」


 余計なことを聞き出すような真似はするなよ、と言い掛けた一良に、ハベルは笑顔で応じる。


「はい、カズラ様とのお約束は必ず守りますので」


「……約束?」


 グリセア村にて交わされた一良たちの口約束を知らないナルソンは、訝しげにハベルに問いかける。


「ええ、ハベルさんたちにアルカディアの支援を請われた際に、いくつか約束をしたのです」


 約束と聞き、ナルソンは一瞬だが鋭い視線をハベルに向けた。

 睨まれたハベルは反射的に姿勢を正したが、表情には割りと余裕が見える。


「どんな約束ですかな?」


「私がグリセア村で何をしようと、あなた方は一切それに干渉しないということ。まずこれが一つ目です。2つ目は、村や村人に対して不当な扱いをしないということ。具体的に言うと、私と交流の深いグリセア村の住民に対して、彼らが私から得た知識を吸い上げたりするために勝手な真似をするなということです。従来の法律に則った租税の義務などの規定はそのままで構いませんが、後で法律を変えてどうこうしようという真似は無しです。もしこの2つの約束をあなた方が破った場合、私はアルカディアに対する支援から手を引きます」


 一体どんな約束をしてしまったのかと思っていたナルソンは、一良の説明を聞いてほっと息をついた。

 その程度の内容ならば、元々グリセア村に対しては慎重に取り扱おうと考えていた矢先であり、問題ない。

 それに、従来の法律の範囲内であれば、村を統治してもよいというのもありがたい。

 人口100名ちょっとの小さな村とはいえ、いきなり税収が無くなったりしてしまうと、綱渡り状態である今のイステリア財政には結構な打撃なのだ。

 無論、一良の支援でそれを上回る経済効果があるとは思うのだが、税収を含め、村の管理が自らの手を離れてしまうという事態は避けたいところだ。


「わかりました。私もその約束は守らせていただきますので、ご支援のほどよろしくお願いいたします……ハベル、2人を別室に」


「はい。バリンさん、バレッタさん、こちらへどうぞ」


 ハベルに促され、バリンとバレッタは席を立つと、ハベルに続いて部屋の出口へと向かった。

 退室する際、バレッタが心配そうな視線を一良に送っていたが、ハベルに促されてすぐに部屋を出て行った。




 ハベルたちが部屋を退室してから数分後、一良は厳しい表情で目の前に広げられた大量の資料に目を通していた。

 一良の隣にはジルコニアが座り、対面に座るナルソンと共に領内の状況を一良に説明している。

 一良の目の前に広げられている資料の他にも、テーブルの端には資料が山積みにされており、その傍ではアイザックがナルソンたちの求めに応じて資料を引っ張り出している。


「イステリア南部と東部の被害はそこまで深刻ではありませんが、西部と北部は壊滅的です。慢性的な日照りによって今期収穫すべき農作物の大半は枯れてしまい、土が乾燥しすぎて次の作物の種を撒くこともできません。領内の食べ物も価格が高騰してきており、イステリアで生活している民は経済的に苦しくなりつつあります」


「(やっべ、何とか虫食い状に読める部分はあるけど、専門用語が全然読めねぇ……)」


 ナルソンとジルコニアから説明を受けながら、一良は資料に書かれている文章を見て内心頭を抱えていた。

 以前よりバレッタからこの国の文字を教わってはいたのだが、文字を習い始めたのは僅か3週間前である。

 簡単な単語ならば読むことが出来るようにはなっているのだが、今読んでいる資料に書かれているような専門用語が混ざった文章となるとお手上げなのだ。


 僅か10日程でスラスラと日本語の文章を読めるようになっていた、バレッタの驚異的な学習能力が心底羨ましい。


「日照りに伴い、西にあるグレゴルン領からの支援量も急速に落ち込んでおり……」


 一良が固まっている間にも、説明はどんどん進んでいく。

 変な見栄を張っても一文の得にもならないので、ここは正直に文字が読めないことを白状すべきだろう。


「ナルソンさん、ちょっといいですか?」


「何でしょう?」


「今更で申し訳ないのですが、私はこの国の文字が読めません。なので、資料の要点を読み上げてもらえると助かるのですが」


 一良がそう言うと、ナルソンたちは一様にして驚いたような表情を見せた。

 だが、ジルコニアはすぐに笑顔で、わかりました、と答えると、一良から資料を受け取り、ナルソンの説明に合わせて要点を読み上げ始めた。




 それから2時間後。

 一良は先程と同様に、厳しい表情で目の前に広げた大学ノートに目を落としていた。

 ノートにはナルソンから受けた説明の内容がボールペンでメモされており、内容はどれも酷く深刻なものばかりだ。


 数日のうちに領内が壊滅するといったようなことは無いが、今後の気象や治安の変化によっては、半年から一年後にはイステリアはとんでもない被害を被る可能性がある。


「まずは領内の食糧事情の改善。その次に来年の雨季に起こるかもしれない洪水対策か。それ以外にも都市部の衛生問題と貧困街における建物の倒壊に治安の悪化、慢性的な資金不足……問題が山積みですね」


「恥ずかしい話ですが、どうにも手の施しようがありません。備蓄している食糧にも限界がありますし、このまま日照りが続けば領内は飢餓地獄と化してしまう可能性すらあります。これほど長期にわたって日照りが続くことなど、ここ数百年は無かったのですが……」


 何ともやるせない表情で答えるナルソン。


 先程一良が受けた説明では、食糧生産量の落ち込みと食料価格の高騰を受け、イステリア住民に対する食糧配給を最近始めたらしい。

 だが、このままではその配給すら危うくなるのは必至だろう。

 配給が滞り、恐らく今現在も行われているであろう富裕層による食料買占めの先に待つのは、食料をめぐる略奪と打ち壊しの横行だ。

 ナルソンの言うとおり、飢餓地獄の誕生である。


「随分と軍事費に予算が偏っているのが気になりますが……事情もあるようなので、口出しはしないでおきましょう」


 一良が軍事費について口にするとジルコニアの表情が一瞬強張ったように見えたが、口出ししないと付け足すとほっとしたような表情になった。

 バルベールという国と4年後に戦争が再開されるかもしれないという話を、以前一良はバレッタから聞いたことがあったが、この軍事費の多さはそのためのものだろう。

 どのような予算の使われ方をしているのか気になるところではあるが、あれこれと手を出しても始まらないので、とりあえずは口出ししないでおく。


「それで、食料事情の改善についてですが、これは私が何とかします。ですが、色々と手伝ってもらわなければいけないこともありますので、協力してください」


「……おお! ありがとうございます! 私どもでお手伝い出来ることであれば、何でもいたしますので、何卒よろしくお願いいたします!」


 何とかする、と一良が言った際、ナルソンやジルコニアは「えっ!? できるの!?」とでもいい出しそうな表情をしたが、すぐにナルソンが満面の笑みを浮かべて椅子から立ち上がり、一良の手を取って謝辞を述べた。

 それに比べ、アイザックは一良の言葉にも特に動じず、ナルソンの傍に立ったまま満足そうに微笑んでいる。


「あと、洪水対策や衛生問題についても、もう少し詳しく教えてください」


「そちらの支援もしていただけるのですか?」


「現状把握をして、私が何か対応策を出せるようならば協力しましょう」


 洪水や衛生環境の問題については、一良はイステリアへ向かう途中でざっくりとした説明をハベルから聞いていた。

 その時の印象から、被害の程度と対策の施行具合によっては支援を行おうと考えていたのだ。

 といっても、一良に対応可能な内容であればだが。


「では、早速ですが皆さんに用意していただきたい物があります。期間は……そうですね、3日以内に何とかしてください」


「わかりました。して、一体何を用意すればいいのですか?」


「えっとですね、これくらいの大きさの厚手の布袋を……」


 一良はそう言うと、テーブルの上に指で大きさをなぞる。

 なぞった大きさは、日本の一般家庭で使われている45リットルのゴミ袋と同等といったところだ。


「そのくらいですな。アイザック、すぐに用意しろ」


「はい」


 布袋の大きさを把握し、ナルソンがアイザックに指示を出す。


「あっ、待ってください」


 指示を受け、早速布袋を用意しようと部屋を出て行こうとするアイザックを一良は呼び止める。


「数ですが、全部で2……」


 そう口にして少し考える素振りを見せる一良に、2つですね、とアイザックは返事をしかかったが、次の一良の言葉でアイザックは固まった。


「いや、後から足りないと困るな。3000袋用意してください。大急ぎでお願いします」


「……えっ?」


「あ、そうだ、口を閉められるように、ズタ袋みたいに紐も通しておいてください。それと、ナルソンさんは馬車をお願いします」


「……な、何台でしょうか?」


 部屋の扉の前で固まっているアイザックを放置し、一良はナルソンにもその矛先を向ける。


「今言った袋を満杯にした状態のものを、3000袋一度にグリセア村からイステリアまで運べるだけの台数をお願いします。別に馬車じゃなくて荷車でもいいですよ。あと、布袋が盗まれないように警備する人員の手配もお願いします。馬車の御者や荷車を引く人員も忘れずに。また、布袋をイステリアに運んだ後の数日間、大量の人手が必要になりますので、えーと……とりあえず300人くらい都合つけてください。長時間の農作業にも耐えられる人で」


「ぐ……わ、わかりました……」


「ジルコニアさん」


 続けて隣に座っているジルコニアに目を向けると、名前を呼ばれたジルコニアはびくっと肩を揺らした。


「あ、あの、私これから武官との打ち合わせが……」


 そう言って顔を逸らしながら席を立とうとするジルコニアの左肩を、一良は即座に右手で掴むと力を込める。


「まぁ……座りなよ……」


 目だけは全く笑っていない笑顔でそう言う一良に、ジルコニアは力なく頷いた。 




 一良がナルソンたちに大量の仕事を宛がってから1時間後。

 一良は別室に居た3人と共に、ナルソン邸の広場にいた。


 広場には今朝一良たちが乗ってきた馬車とは別の幌付き馬車が待機しており、その前には4人の屈強な男たちが立っている。

 男たちは皆が青銅板を組み合わせたブレストプレートを着込んでおり、頭には頬当てが蝶番で連結された青銅の兜を装備している。

 背中には円盾を背負い、それぞれの手には短槍や弓が持たれていて、腰にも短剣を付けているという完全武装だ。

 男たちは皆若くはないが年寄りというわけでもなく、いかにも歴戦の兵といった雰囲気を醸し出している。


「私も3日後にはこちらを立つので、それまで村の皆をよろしくお願いします。もし村への到着が遅れたとしても、必ず戻りますから心配しないでください」


「で、でも……」


 一良の言葉に、バレッタは何かを言いよどむと少しの間一良を見つめ、堪えるような表情を見せ俯いてしまった。

 恐らく一良のことが心配なのだろうが、そんな顔をされると一良も困ってしまう。


「(バレッタさんが一緒に居てくれれば色々と助かるんだけど……そうもいかないもんなぁ)」


 本心を言えば、一良はバレッタにも一緒にイステリアに留まって欲しかった。

 たかが数日とはいえ、見知らぬ土地で過ごすのは心細いというのもあるし、何でも器用にこなし頭の回転も頗る速く、そして何より心の許せるバレッタの助けがあればと思うところもある。

 一良が「一緒に居てくれ」と頼めば、バレッタは迷わず頷いてくれるはずだ。


 だが、一良はそれをしてしまうわけにはいかない。

 一度でも一良がバレッタを頼れば、彼女はこれから先も常に一良の力になろうと、一良がイステリアに滞在せざるをえなくなる度に住み慣れたグリセア村を離れ、一良に付き従うことだろう。


 それでは駄目なのだ。

 それは彼女の好意につけ込み、彼女を一番大切なものから引き剥がすことに繋がってしまう。


「(あれだけ勉強したがっていたのに、バリンさんのイステリア行きの勧めを蹴ってまで村に留まったんだもんな。自分の都合で父親から引き剥がすなんてことをしたら、俺は神様じゃなくて悪魔だわ)」


 バレッタは何よりも優先して父親の傍にいたいのだろうと、一良は思っていた。

 それに、一良は出来るだけバレッタ親子やグリセア村の人々には迷惑を掛けたくないとも思っている。


 既に、一良の中でグリセア村の住民は、危機に陥っている救うべき存在から、何としても守りたい大切な存在へと変化しつつあった。


 俯いたバレッタの前で一良が考え込んでいると、不意にバレッタが顔を上げ、泣きそうな表情で


「……早く、帰ってきてくださいね」


 と、蚊の鳴くような声で呟き、再び俯いてしまった。

 そんなバレッタの様子に一良は苦笑すると、バレッタの頭をぽんぽんと撫でた。

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