398話:おめでとう!
数時間後。
空が夕焼け色に染まり始めたところで、一良とバレッタの結婚式が始まった。
ルグロたちの到着を待っての開始であり、当初の予定よりも押し気味の時間である。
一良とバレッタは衣装に着替え、バレッタの家の土間で呼び出されるのを待っていた。
バレッタの指には、一良が贈った婚約指輪が輝いている。
結婚指輪は、後日2人で買いに行く予定だ。
「そのドレス、すごく似合いますね。かわいいですよ」
昔に母が着た、緑を基調としたかわいいドレスに身を包んだバレッタは、いつも以上にかわいらしく一良には見えた。
サイズもぴったりであり、よく似合っている。
「ありがとうございます。カズラさんも、すごくかっこいいですよ」
バレッタが頬を染めて微笑む。
一良はベージュのタキシードで、薄いグレーのネクタイを締めている。
日本の教会式などで見られる、一般的な花婿衣裳だ。
「そうですか? 何だか、服に着られてる感がすごいんですけど」
「そんなことないです。惚れ惚れしちゃいますよ。後で返却する時に、買い取れないかお店に聞いてみませんか?」
「え? そ、そこまでしなくても」
「一生の記念なんですから! お願いしてみましょうよ!」
「んー、そっか。なら、聞いてみますかね」
「はい!」
そうしていると、コンコン、と入口の戸がノックされた。
戸が少し開き、ニィナが顔を覗かせる。
2人の姿に、「わあ!」と笑顔になった。
「2人とも、すごく素敵だね!」
「ありがとう! もう、出て行ってもいいの?」
「うん。皆、準備万端。ここに並んで!」
ニィナにうながされ、2人が戸の前に立つ。
ニィナが勢いよく戸を開くと、わっと皆が歓声を上げて拍手をした。
バレッタが一良の腕に自身の腕を絡め、皆の前に歩み出る。
「おめでとう! バレッタ、綺麗だよ!」
「カズラ様、かっこいいですよ! おめでとうございます!」
村娘たちがきゃあきゃあと騒ぎながら、祝福の言葉を投げかける。
リーゼたちも皆と一緒に、拍手をしながら「おめでとう!」と声を上げている。
皆、アロンドの結婚式の時に着たドレスを着ており、カイレンたちは軍人らしく、鎧姿だ。
ティタニアたちも、たくさんのウリボウとともに、お座りして2人を見ている。
ルグロやエルミア国王、王都の重鎮たちもおり、満面の笑みで拍手をしていた。
傍で待っていたバリンがバレッタの隣に並び、皆に深々と頭を下げた。
「皆さん、娘の結婚式に参列してくださり、ありがとうございます」
皆が拍手を止め、口を閉ざす。
バリンは緊張した様子で、言葉を続ける。
「娘は光栄にも、グレイシオール様の伴侶にしていただくことになりました。思えば、バレッタは小さい頃から――」
バリンがバレッタの思い出話を語り出した。
あまり長くなりすぎないようにと気を付けながら、子供の頃のエピソードをいくつか話す。
そのたびに、村人たちから「懐かしい」という声がぽつぽつ漏れた。
自分の知らない彼女の思い出話に、一良は興味深く聞き入る。
子供の頃からよく気がつく子で、よく働き、とても思いやりのあるいい子に育ってくれて嬉しいという想いが、ひしひしと伝わってきた。
「――そしてめでたく生涯の伴侶に出会えたことは、親としてこの上ない喜びです。今後とも、娘夫婦共々、よろしくお願いいたします」
バレッタが頭を下げ、皆が拍手を贈る。
「では、2人の幸せと、今後いっそうの村の繁栄を祈念して、グレイシオール様に祈りを……あっ」
バリンは村での式における定型文を口にしかけたところで、当のグレイシオールが目の前にいることを思い出して固まった。
参列している村人たちがくすくすと笑い、「祈りはいらないですよ!」とロズルーが言うと、どっと皆が笑い声を上げた。
「そ、そうだな。まあ、これくらいにしておこう。カズラさん、バレッタ」
バリンが2人をうながし、皆の前に立たせる。
皆が2人に注目し、静かになった。
「……えっと。な、何か言うべきなんですか?」
「感謝の言葉とか、そんな感じで」
こそこそ話す2人に、ルグロが「神様、しっかりしろ!」と茶々を入れ、皆から笑いが起こる。
一良は苦笑しながらも、口を開いた。
「えー……皆さん、本日は私たちのために集まっていただき、ありがとうございます」
一良とバレッタが、軽く会釈をする。
「村に来た当初から、驚きの連続でした。右も左も分からない状態の私を皆さんは温かく迎え入れてくれて、すごく嬉しかったです。2年前に村で過ごした日々のこと、まるで昨日のことのように、よく覚えています」
皆が口を閉ざし、一良の話に聞き入る。
ルグロやカイレンたちは話の内容に違和感を覚えたのか、少し怪訝な顔になっていた。
村人たちはそんなことはなく、皆が笑顔だ。
「――私たちが今こうしていられるのは、皆さんのおかげです。これからも村の一員として、妻共々、よろしくお願いいたします」
そう言って、再び2人で頭を下げた。
わっと皆が拍手を贈り、村娘たちが麦の入った椀を載せたおぼんを持って、皆に配って回る。
「広場で宴会を始めます! カズラ様、バレッタ、行くよ!」
ニィナに先導され、2人が皆の間を進む。
次々に祝福の言葉と麦の実を投げかけられながら、2人はゆっくりと歩くのだった。
数時間後。
辺りはすっかり夜となり、お開きの時間となった。
宴会はひたすら騒ぎながら酒と料理を楽しむだけの催しで、堅苦しさはまったくなく、とても楽しい時間を皆で過ごすことができた。
途中、ジルコニアが余興として、空中に放り投げた丸太を剣で切り刻み、ものの数秒で腕を組んでいる一良とバレッタの人形を作り上げた。
飲みすぎたナルソンはへべれけで、草原に大の字で寝転んでいびきをかいている。
カイレンやルグロたちは、先にイステリアへと馬車で引き上げていった。
ティティスたちも一緒に付いて行き、バルベールに帰るとのことだ。
フィレクシアは村がとても気に入った、もとい、バレッタのことが大のお気に入りらしく、すぐにまた戻って来ると言っていた。
「お父様、起きてください。お開きですよ」
リーゼがナルソンの肩を揺する。
彼はまったく反応せず、ぐうぐうと寝息を立て続けている。
「もう。こんなお父様、初めて見るよ」
やれやれとため息をつくリーゼに、一良が笑う。
「そうだな。でも、喜んでくれてよかったよ。俺、何度も『ありがとうございます』って泣きながら言われちゃったもん」
ナルソンはリーゼとジルコニアを一良が受け入れてくれたことが心底嬉しかったようで、酒が入ってからはずっと泣きながら喜んでいた。
領主の件は気にしなくていいから、リーゼは一良と好きに生きていってくれとまで言っていたのだ。
ナルソンにはリーゼ以外に跡継ぎがいないので、どうするつもりなのだろうと一良は思ったのだが、口には出さなかった。
彼のことだから、何かしら考えがあるのだろう。
「でも、このままじゃ風邪引いちゃうよな。家まで運ぶか」
「うん。私、足を持つね」
2人でナルソンを抱え上げ、えっちらおっちらと運び出す。
すると、片づけを手伝っていたバレッタ、ジルコニア、エイラが駆け寄って来た。
「カズラさ……だ、大丈夫ですか?」
死体のように運ばれているナルソンを見て、バレッタがぎょっとする。
「それが、どうにも起きなくて。完全に泥酔してますね」
「あはは。すごくたくさん飲んでましたもんね。ずっと泣いてましたし。えっと、ジルコニア様たちからお願いがあるそうで」
「ん? 何です?」
一良が聞くと、ジルコニアが照れ笑いをした。
「明日、カズラさんとバレッタは、カズラさんのご両親に挨拶しに行くんですよね?」
「ええ、夕方頃から」
「その時になんですけど、私たちもご挨拶をしたくて。これを使って」
そう言って、持っていたハンディカメラを見せる。
「今から、3人で動画を撮れたらと思うんです。どうでしょうか?」
「ああ、なるほど。もちろん、いいですよ」
ジルコニアとエイラが、ほっとした顔になる。
「よかったです。ナルソンは、私が運びますね」
ジルコニアはそう言うと、ナルソンを肩に担ぎ上げた。
まるで土嚢を運ぶ作業員のように、てくてくとバレッタの家に向かって歩き出す。
とても機嫌が良いようで、鼻歌混じりだ。
「ご機嫌ですねぇ」
「だって、もうすぐ日本に行けるようになるんですよ? ほんっとうに楽しみで」
それに、とジルコニアが頬に手を当てる。
「カズラさんに抱いてもらえるって思うと、嬉しくて。これでも一応、恋する乙女ですから」
「そ、そうですか」
一良はバレッタを気にしながら、微妙な笑みを浮かべる。
バレッタはまだ覚悟完了とまではいっていないようで、笑顔だが若干顔が強張っていた。
エイラは顔を赤くして、うつむいている。
そんなエイラを見て、一良は、はっとした。
「エイラさんのご両親にも、挨拶しないとですよね。エイラさん、いつにします?」
「い、いつでも大丈夫です!」
「じゃあ、近いうちに2人で行きましょう。ご両親に、予定を空けておいてもらってください。日取りは任せますんで」
「はい!」
真っ赤な顔で返事をするエイラの脇腹を、リーゼが肘で軽くつつく。
「エイラ、よかったね。家族みんな、きっとびっくりするよ」
「はい……うう、緊張します」
そうして家に着き、ナルソンを布団に寝かせ、リーゼたちの挨拶動画を撮影したのだった。
約2時間後。
風呂でさっぱりした後、急遽借りた空き家の一室で、一良とバレッタは布団を敷いていた。
リーゼが「新婚さんなんだから、家にいる時は2人きりのほうがいいでしょ」と言ってくれたので、そうすることにしたのだ。
というわけで、新居が完成するまでの間、2人はこの空き家を夜の仮住まいとすることになった。
家の掃除は村人が時々やってくれていたため、それなりに綺麗だ。
「んー、少し埃っぽいかな?」
「ですね。明日、きちんと掃除しないとです」
バレッタはそう言うと、布団の上で正座になった。
にこりと微笑み、三つ指を突く。
「ふつつかものですが、これからもよろしくお願いします」
頭を下げるバレッタに、一良も慌てて正座になって頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。必ず幸せにしますから」
同時に顔を上げ、微笑み合う。
「えへ。リーゼ様の真似をしてみました」
「あ、そういうことですか。別に、張り合わなくてもいいような」
「でも、気になっちゃうんです。カズラさんの初めてのキスだって、リーゼ様に取られちゃったし」
「……」
「……カズラさん?」
目を泳がす一良に、バレッタがいぶかしむ。
「もしかして、違うんですか?」
「……うん」
「そ、そうなんですね。こっちに来る前に、日本でお付き合いしてた人ですか?」
「あー、いや……違いますね」
「えっ。じゃあ、誰……もしかして、ジルコニア様ですか!?」
「う、うん」
目をそらして頷く一良の両肩を、バレッタが掴む。
「いいい、いつですか!? いつの間に、そんなことしてたんですかっ!?」
「こっ、この前、王都の海に行った時に不意打ちでされたんです! 俺からじゃないですからね!?」
必死に釈明する一良に、バレッタは、がっくりと肩を落とした。
「うう、まさか、ジルコニア様に抜け駆けされるなんて思わなかったです……」
「俺も驚きましたよ。キスされるなんて、まったく思ってなかったんですから」
「カズラさん、脇が甘すぎですよ……」
「そ、そんなこと言われても……」
「すごく、もやっとしました」
バレッタが一良ににじり寄り、抱き着く。
「このもやもやが消えるくらい、いっぱいかわいがってください」
そう言って、キスをせがむ。
妙に積極的な彼女に一良は応え、頭を撫でた。
ふっと笑う一良に、バレッタが赤くなる。
「な、何で笑うんですかっ」
「いや、かわいいなって思って」
「うう、何だか悔しいです……」
その後、今朝のリーゼたちとの一件もあってやきもちマックスになっていたバレッタは、これでもかというくらい情熱的に一良を求めた。
一良は体力の限界までそれに付き合い、深夜になって倒れ込むようにして眠りについたのだった。