397話:バーカ!
そうして話がまとまり、改めて結婚式の準備が始まった。
一良はお土産の温泉饅頭を持って各家を回っており、ジルコニアとエイラは料理作りに戻っている。
リーゼとバレッタは、アルカディアン虫を採りに森にやって来ていた。
「バレッタ、本当にありがとう。カズラにあんなこと言ってもらえるなんて、夢みたいだよ」
「もう、言い過ぎですよ。ちゃんと現実ですから、安心してください」
先ほどから何度も投げかけられる「ありがとう」の言葉に、バレッタが苦笑する。
「うん……でもさ。カズラが私たちのどこが好きかって話をしてた時、妬いてたよね?」
「それは……はい」
倒木の皮を引き剥がし、バレッタがため息をつく。
この木はハズレのようだ。
「私、すごく独占欲が強いっていうか、嫉妬深いみたいなんです。胸が、きゅーってなりました」
「……後悔してる?」
「実は、少しだけ」
おずおずと聞くリーゼに、バレッタが苦笑して答える。
「でも、今まで皆で過ごした日々が、本当に楽しくて……これからもずっと、そうありたいなって。カズラさんと、話し合ったんです」
「そっか。1カ月っていうのは、自分の中で区切りをつけるための時間ってことだよね?」
「はい。だからその間、カズラさんに目一杯甘えておきます」
「うん。そうしておいてよ。私たちも、その間は大人しくしてるから」
「あはは。ありがとうございます」
バレッタがリーゼに向き直り、笑顔になる。
「私、リーゼ様のこと、大好きです。これからも、仲良くしてくださいね」
「……」
「あっ!? ち、違いますよ!? 友達としてです!」
顔を赤くするリーゼに、バレッタが慌てる。
「分かってるって。何か、前にもこんなやり取りしたよね。あの時は、私が言ったんだけどさ」
「ふふ。そうですね……そういえば、村に帰って来てからラースさんたちを見てませんけど、どこにいるんですか?」
「カイレン執政官たちを迎えに、イステリアに行ってるよ。ティティスさんが行くって言ったら、フィレクシアさんも行くって言って。なら俺もって、ラース将軍も付いて行っちゃった」
「なるほど」
森の中を歩きながら、倒木を見つけては皮を剥がす。
少々小ぶりながらも、そこそこの数のアルカディアン虫を見つけることができた。
リーゼがアルカディアン虫を指先で摘まみ、ため息をつく。
「うう、大丈夫かなぁ」
「リーゼ様? どうかしましたか?」
「今から緊張しちゃって……一カ月後、ちゃんとできるかなって」
「えっと……エッチのことですか?」
「うん。ほら、私ってバレッタたちと比べると、胸が小さいでしょ? カズラ、大きいのが好きみたいじゃん。満足させてあげられるかなって」
「そ、そこは心配しなくてもいいような。あんまり関係ないと思いますよ」
「そうかなぁ。バレッタは、カズラと初めてした時、どんな感じだったの?」
突っ込んだ質問に、バレッタがたじろぐ。
「いくらリーゼ様でも、そういう質問はちょっと……」
「だって、不安なんだもん……ああ、いいなぁ。バレッタは大きくて」
突然、リーゼがバレッタの胸を鷲掴んだ。
「きゃあ!? 何するんですか!」
「ん? 触り心地が、少し硬かったような……中に何か着てるの?」
「ブラジャーを着けてるんです!」
「ほほう? どんなブラジャーか、ちょっとお姉さんに見せてごらんなさい」
「や、やめっ、やめてください! ていうか、何がお姉さんですか! 私のほうが年上ですからね!?」
「細かいこと気にしないの! ほらほら、見せて!」
「やーめーてー!」
そうして2人はいちゃいちゃしながら、虫探しを続けたのだった。
その頃、一良はティタニアとオルマシオールと一緒に、温泉饅頭を村人たちに配り歩いていた。
リアカーを引きながら、2頭の口に目掛けて、フィルムを取った饅頭をぽいぽいと投げている。
『もぐもぐ……これで、皆さんが幸せいっぱいですね』
口の周りをぺろりと舐め回し、ティタニアが念話で話す。
『カズラ様も男として、嬉しい立場で最高じゃないですか。よっ、色男!』
「……何か、言いかたにトゲがありません?」
『うふふ。褒めてるんですよ』
くすくすと笑うティタニア。
彼女たちには一連の会話が聞こえていたようで、家を出るとすぐに『よかったですね!』と声をかけてきた。
2人とも、こうなることを予想していたらしい。
『小難しいことなど、考える必要はなかったのだ。カズラはもう少し、欲望に忠実でもいいと思うぞ。もっと饅頭をくれ』
「はいはい」
欲望に忠実なオルマシオールに、さらに饅頭を投げる。
今投げている饅頭は一良たちの分で、彼らのために買ってきたものは、すでにそれぞれの胃袋に収まっていた。
『それで、ナルソンさんには話したのですか?』
「いえ、それはまだです。そろそろ村に来ると思うんで、その時に話そうかと」
『ん。ちょうど来たようだぞ』
オルマシオールが、村の入口の方を見る。
ここからでは分からないが、ナルソンが村に入って来たらしい。
「……じゃあ、俺、行ってきます。お饅頭、お願いしてもいいですか?」
『うむ。ちゃんと配っておいてやるから、しっかり話してこい』
『怒られないといいですねぇ。うふふ』
「うう……」
『怒るわけないだろ。あまりカズラを虐めるんじゃない』
『あら、ごめんなさい。ふふ』
リアカーを彼らに任せ、一良は村の入口へと向かう。
少し歩き、民家の陰に隠れていた村の入口が見えた。
ナルソンがアイザックやハベル、イクシオスといった重鎮たちとともに、こちらに歩いて来る。
カイレン、ラッカ、ラース、ティティス、フィレクシア、そしてアロンドとウズナも一緒だ。
「アロンドさんたちも来てくれたのか……うう、緊張する」
一良が緊張していると、ナルソンがこちらに向かって大きく手を振った。
一良は小走りで、彼の下へと向かう。
彼らの背後では、シルベストリアとセレットが、馬車を馬留に停めているのが見えた。
「ナルソンさん、来てくれてありがとうございます。カイレンさんたちも、遠いところをありがとうございます」
どうにか笑顔を作る一良。
ナルソンたちは、にこやかに微笑んでいる。
「カズラ殿、ご結婚おめでとうございます。楽しみにしておりました」
「おひさしぶりでございます。グレイシオール様の結婚式に参加させていただけるとは、この上ない光栄です。ご招待いただき、ありがとうございます」
ナルソンに続いてカイレンが話し、ラッカと一緒に深々と腰を折る。
「カズラ様、ご結婚おめでとうございます」
アロンドが一歩前に出て、一良に握手を求めた。
一良がその手を握り返し、「ありがとうございます」と答える。
「どうかなさいましたか? 顔色が優れないようですが……」
「い、いえ。大丈夫です。ナルソンさんに、話さないといけないことがあって」
強張った表情の一良に、ナルソンが怪訝な顔になる。
「何か、問題でも起こりましたか?」
「問題ってわけじゃなくてですね……」
皆の視線が気になるが、下がってもらうのも気が引けた。
どうせ知らせることにはなるのだからと、覚悟をして口を開く。
「あれから、バレッタさんやリーゼたちと話し合ったんですが……リーゼと、ジルコニアさんと、エイラさんを、側室にさせてもらうことになりまして……」
緊張で額に汗を浮かべながら一良が言うと、ナルソンが「えっ!?」と声を上げた。
アイザックは目が点で、カイレンとハベルは「おー」と感心した顔になっている。
フィレクシアは目を輝かせており、ティティスは「でしょうね」とすまし顔だ。
「そうですか! よくぞ決心してくださいました!」
ナルソンが笑顔になり、一良の両手を握る。
「リーゼもジルも、想いが報われてほっとしました! 末永く大事にしてやってください!」
「は、はい! もちろんです!」
一良は怒られるとは思っていなかったが、まさかここまで喜んでもらえるとも思っていなかった。
側室に、という件も、問題ないようだ。
内心ほっとしながら、ナルソンに頭を下げる。
「必ず、リーゼたちを幸せにします。今後とも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。いやぁ、リーゼたちのことは、ずっと心配していたので。よかった、よかった」
ナルソンはよほど嬉しかったのか、目尻に涙が浮かんでいる。
「ティティスさん、すごいですね! 側室ですって!」
フィレクシアが、ティティスの腕をぺしぺしと叩く。
「まあ、当然でしょうね。むしろ、それ以外の選択肢なんて、初めからなかったように思えますし」
「えっ、そうなんですか?」
「完全包囲されていましたからね。バレッタさんの口添えがあったとは思いますけど」
こそこそ話す彼女たちの傍では、アロンドがウズナに「側室なんて私は認めないからね」と釘を刺されている。
ナルソンはひとしきり喜び、そうだ、と口を開いた。
「ルグロ殿下たちも、今こちらに向かっています。夕方までには着くとのことです」
「マジですか。めちゃくちゃ遠いのに来てくれるなんて……」
「『親友の結婚式なんだから、死んでも行く』と言っておられました。カーネリアン殿も招待したかったのですが、無線機のない都市に行ってしまっているとのことで――」
話しながら、ぞろぞろと村の中央へと歩いて行く一良たち。
項垂れているアイザックにハベルが気付き、ぽん、と肩に手を置く。
「アイザック様、仕方のないことです。あまり気を落とさないでください」
「……ああ。喜ぶべきことだっていうのは分かってるんだが、実際こうなると堪えてしまってな」
アイザックが力ない笑みをハベルに向ける。
ハベルは、まったく、とため息をついた。
「アイザック様は、もっと周りを見てください。あなたにずっと好意を寄せている素敵な女性がいるじゃないですか」
「え? だ、誰のことだ? まったく思い当たらないんだが」
「……それ、本気で言ってます?」
「本気だよ。誰のことを言ってるんだ?」
アイザックがそう言った時、シルベストリアとセレットが駆けて来た。
「どしたの? 深刻そうな顔して。カズラ様たち、行っちゃったよ?」
小首を傾げるシルベストリアに、アイザックが顔を向ける。
「それが、ずっと俺に好意を寄せてくれている女性がいるってハベルが言っていて。シルベストリア様は、ご存知ありませんか?」
「……」
シルベストリアが、ギロリとハベルを睨む。
ハベルは口パクで、「リーゼ様たちがカズラ様の側室になられました」と伝える。
読唇術でそれを読み取り、彼女は一瞬驚いた顔になった。
再び、アイザックに顔を向ける。
頬を染め、上目遣いで彼を見た。
「……あ、あの?」
「えっと……本当に、分からない?」
「分かりません。まったく思い当た痛えっ!?」
げし、とブーツの踵で足の甲を踏みつけられ、アイザックが倒れ込む。
「バーカ! ずっとそこで倒れてろ! ハベル、セレット、行くよ!」
シルベストリアが2人の腕を掴み、肩を怒らせて去って行く。
今の状況で何で分からないんだと、ハベルは腕を引かれながら驚愕の表情で呻くアイザックを見ている。
アイザックは痛みに悶えながら、どうして踏みつけられたんだと頭にハテナマークを浮かべていた。




