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40話:道具と知識

 一良が椅子に座ると、ナルソンに促されて一良の隣の椅子にバリンが座り、それに続いてバレッタもバリンの隣の椅子に座った。

 アイザックとハベルは、それぞれ一良の荷物を持ったまま壁際に待機している。

 一良はナルソンが対面に座ると、昨夜眠りにつく前にベッドの中で練習した台詞を言うべく、口を開いた。


「既にアイザックさんから聞いているかとは思いますが、私はあなた方の国の支援を行おうと思っております。これは、グリセア村にやってきたアイザックさんとハベルさんより、大干ばつによって危機的状況にあるアルカディアを救って欲しいとの願いを受けたからです」


「慈悲と豊穣の神であられるグレイシオール様に支援していただけるのであれば、我が国の復興は成ったも同然ですな。慈悲深きお申し出に感謝いたします」


 淡々と述べる一良に、ナルソンは笑顔でそう答える。

 実に友好的な印象だが、これは営業スマイルだろう。


「ナルソン様……」


 すると、一良の背後に控えていたアイザックが、何かを咎めるような口調でナルソンに声を掛けた。

 声をかけられたナルソンは、まるでアイザックの呼びかけが聞こえていないかのように無反応だ。


 一良としては何が何やらわからないのだが、ともかく話を進めるしかない。


「……支援を行うと言っておいて何ですが、私はこの国の状況を殆ど把握していません。なので、具体的な支援内容を決めるために、現在この国が置かれている状況を説明していただきたいのです。それと、私のことはカズラと呼んでいただきたく思います」


「わかりました。……ですが、その前にカズラ様に一つお願いしたいことがあるのですが」 


「何でしょう?」


「昨夜、アイザックから聞いたのですが、カズラ様は我々が見たことも無いような道具を沢山お持ちであるとか。是非ともそれをこの場で拝見したいのですが、よろしいでしょうか?」


 そう申し出るナルソンは、表情こそ先ほどと同様に笑顔のままだが、その目からは探りを入れるような雰囲気が見て取れる。

 だが、ナルソンがこう出てくることは一良にとって想定済みだ。


「構いませんよ。アイザックさん、ハベルさん、荷物をこちらへお願いします」


「はい」


 一良の呼びかけに応じて、アイザックとハベルは持っていたキャリーケースとボストンバッグを一良の元まで運び、再び壁際へと戻る。

 一良は椅子を引いて荷物を足元へ持ってくると、ボストンバッグのチャックを開けて中を探った。


 一良が足元でゴソゴソやり始めると、椅子には座らずにナルソンの背後に控えていたジルコニアが、腰の辺りで腕を組みながら一良の方を興味深げに窺っているのが視界の端に見えた。

 特に警戒しているような雰囲気は無いが、腰元には長剣の柄が見えることから、一良が不審な動きを見せたら即座に剣を抜けるような体勢を取っているのだろう。

 そんなジルコニアを尻目に、一良はナルソンたちに見せる道具を数点見繕うと、テーブルの上に並べだした。


「これは……」


 テーブルの上に並べられた道具を見て、ナルソンは唸った。

 その傍らでは、ジルコニアもテーブルの上を凝視したまま固まっている。


「さて、どれから説明しましょうか」


 一良がテーブルの上に出したものは、LED式の携帯用ランタン、ミネストローネの缶詰、ライター、一良が日本から着てきた衣服である。

 衣服を出した理由は、グレイシオールの言い伝えに『変わった衣服を着た男』というくだりがあったので、日本の衣服を出せば信用させ易いと考えたからだ。

 ちなみに、現在一良が着ている服は、昨夜ハベル邸で用意してもらった上品なローブである。


 一良は手始めに携帯用ランタンを手に取ると、ランタンの下部にある押しボタンスイッチを押し込んだ。

 スイッチを押し込むと同時に、内蔵されている白色LEDが光り輝き、周囲をこれでもかと明るく照らし出す。

 ランタンが光ると、壁際で待機していたアイザックとハベルが「おお……」と感嘆の声を上げた。


「これは、光の精霊の力を込めたランタンです。このとおり、普通のランタンとは違って熱を殆ど発さず、逆さにしようが振り回そうが光り続けます」


「何て明るい……光の精霊の力ということは、この道具は雨の中でも使えるのですか?」


「ジル、それはもういい。普通に話せ」


 ランタンを見て瞳を輝かせながらジルコニアが質問を口にすると、一良が答える前にナルソンがジルコニアにそんなことを言った。


「あら、それもそうね……カズラ様、試すような真似をして申し訳ございませんでした。ご無礼をお赦しください」


 ナルソンに指摘され、ジルコニアは嬉しそうな表情を浮かべたまま、一良に謝罪し頭を下げる。

 だが、一良はジルコニアが謝っている理由がわからない。


「試すような真似?」


 顔を上げたジルコニアに一良が鸚鵡返しに問いかけると、ジルコニアは微笑んだまま、はい、と頷いた。


「カズラ様がグレイシオール様を称した偽者かもしれないとの疑念から、グレイシオール様を信仰する文化のある地域で使われている複数の言語を使ってお話させていただきましたが、全くの杞憂でしたわ。先ほども、ナルソンの話した南方の島国の言語や、私の故郷の極めて特殊な方言にも表情一つ変えず……」


「(なん……だと……)」


 一良がグレイシオールであると信じたのか、とても嬉しそうに微笑みながら話し続けるジルコニア。

 だが、そんなジルコニアとは相反して、一良は驚愕の表情を浮かべ混乱の絶頂にいた。


 ジルコニアは、一良に対して複数の言語で話しかけたと言っていた。

 だが、一良にはそんな言語で話しかけられていたという認識がまるでないのだ。

 先ほどナルソンやジルコニアと話していた時、一良の耳に入ってきていた言語は全て日本語である。

 ジルコニアの言う他国の言葉や、特殊な方言とやらは一切耳にしていない。


 一良は自分がからかわれているのかと、隣に座るバリンに目を向ける。

 だが、バリンは一良を見て何とも満足そうな表情で頷くばかりだ。

 そのバリンの隣では、バレッタが困惑したような表情で一良を見つめている。


「(何だこれは、どういうことだ?)」


 隣に座る2人の様子から察するに、ジルコニアの言っていることは嘘ではないのだろう。

 だが、実際に一良が耳にしていた言語は日本語なのだ。


「……何分、今まで一度もこのような事例が無かったもので、グレイシオール様が現れたという話を信用できなかったのです。とはいえ、カズラ様には大変失礼な真似をしてしまいました。本当に申し訳ございません」


 一良がバレッタと見つめ合ったまま固まっていると、ジルコニアに続いてナルソンも謝罪を述べた。

 深々と頭を下げる2人に、一良は


「あ、いえ、特に気にしていませんので……顔を上げてください」


 と混乱する頭のままで答えると、バレッタから視線を外してナルソンに向き直る。

 何やらとんでもない現象が自分に起こっているようだが、結果的にはナルソンたちの信用をすんなりと得ることが出来たようである。

 何が起こっているのか詳しく調べたいところだが、今優先すべきことは別にある。


 一良は2人が顔を上げたことを確認すると、道具の説明を再開した。


「先ほどの質問ですが、このランタンは雨の中でも一応は使えます。ですが、水中に没してしまったり、あまりにも多くの水がランタンに入り込んでしまうと、精霊の力が急速に弱まって使えなくなってしまいます」


「なるほど……でも、これほど明るいのに熱も出なければ煙も出ないなんて、本当に素晴らしい道具ですわ。それに、火も使わずに一瞬で明かりを灯すことが出来るなんて……」


 一良が説明を再開すると、ジルコニアはテーブルに両手を着いてランタンをしげしげと眺めだした。

 その嬉しそうな表情といい、かなりの食いつきっぷりである。

 それに比べ、ナルソンは何かを考え込んでいるのか、一良の説明を聞きながら難しい表情をしている。

 

「うむ……こんな照明道具は今まで見たことがありません。触ってみてもよろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ。そこのボタンを押すと明るさの調節ができますよ」


 一良の了承を得ると、ナルソンはランタンを手に取り、何度かスイッチを押して灯りを点けたり消したりした後、横向きにしたり逆さにしたりしてランタンの具合を確かめている。


「カズラ様、この光を発している部分を覆っている、透明なものは一体何なのですか?」


 そうして暫くランタンを弄くり倒していたナルソンは、LEDを囲っている透明なプラスチックの部分を指で撫でながら一良に質問をした。


「それはプラスチックといって……ええと、何て言えばいいかな。簡単に言えば、透明な板です。割と頑丈な上に透明なので、こういった照明道具の保護部分として使われていたりします」


 凄まじく適当な説明というか、殆ど説明にもなっていないような気がしないでもないのだが、石油から加工された物質云々と説明をしたところでわかってもらえそうにもないし、詳しく加工法などを聞かれたとしても一良には答えられない。

 それに、石油という単語自体がこの世界では通用しないので、グリセア村でアイザックに話した時のような説明を再びここでナルソンにしても無意味である。


「頑丈で透明……このプラスチックで剣や兜を作れば、素晴らしい武器や防具になりそうですね。剣の刃が透明なら敵に防がれにくいでしょうし、兜が透明なら視界が開けたままで戦いやすいですわ」


「あ、いや、さすがにそこまでの強度はないですよ……ん? そういえばライオットシールドって……あ、いや、なんでもないです」


 頑丈という単語に反応したジルコニアに、一良は苦笑しながらその意見を否定した。

 否定しながら、元居た世界で使われているライオットシールドという透明な盾の存在が頭を掠め、思わず名前を口に出してしまったが、興味深げに目を光らせるジルコニアを見て、慌てて誤魔化す。


 一良は何か言いたげな表情をしているジルコニアから視線を外すと、目の前に置かれているミネストローネの缶詰に手を伸ばした。


「さて、次の道具はこれ、缶詰です」


 缶詰という単語を聞き、それまでナルソンの持つランタンを壁際から眺めていたアイザックが一良の手元に注目する。

 グリセア村での缶詰についてのやり取りを思い出したのだろう。

 そんなアイザックの視線を受けながら、一良は缶詰のプルトップに指を掛けて引っ張ると蓋が外れ、中から真っ赤な野菜スープが顔を出した。

 スープには豆やニンジンなどの野菜がこれでもかと入っており、具沢山で食べ応えがありそうだ。


「これは、食べ物を長期にわたって保存しておくことのできる缶詰という道具です。物にもよりますが、中に入れられている食べ物は数年単位で保存することが出来、腐ることがありません」


 一良が缶詰を傾け、中に入っているミネストローネをナルソンたちに見せながらそう言うと、2人の表情が明らかに変わった。

 先程までランタンをこねくり回していたナルソンはその手を止め、一良の持つ缶詰を凝視している。

 それはジルコニアも同様で、先ほどまで見せていた楽しそうな表情を消し、ナルソンと同様に一良の持つ缶詰に目を向けている。


「……えっと、食べてみます? ミネストローネという野菜スープなんですが、結構美味しいですよ」


 2人の視線を居心地悪く感じながら、ボストンバッグからプラスチックのスプーンを取り出すと、ナルソンに缶詰を差し出した。


「あ、いや……そうですな……」


 ナルソンは差し出された缶詰と一良を交互に見ると、歯切れ悪く返事しながらも缶詰を受け取る。


「ナルソン、私が先に……」


「……あっ、別に無理して食べなくてもいいですよ。長いこと缶に入っていた食べ物なんて、皆さんにしてみれば気味が悪くて当然でしょうし」


 明らかに缶詰を食べることに対して抵抗を見せているナルソン。

 そんなナルソンを見かねたジルコニアが、自分が先に食べると申し出たことで、一良はようやく2人の心境を把握し、助け舟を出した。

 恐らく、ナルソンはもし缶詰に毒が入っていたらと考えているのだろう。

 一良をグレイシオールだと表面上は認めているとはいえ、会ってから数分しかたっていない者の差し出した食べ物など、危なっかしくて食べるわけにはいかないはずだ。


「え、ええ、そうですな……アイザックよ、お前はどうだ、食べてみるか?」


「いただきます!」


 あからさまにナルソンから人身御供として選出されたアイザックだったが、当の本人は実に嬉しそうに返事をすると、颯爽とナルソンの元へ歩み寄り、缶詰を受け取った。

 アイザックは缶詰を手にすると、一良に軽く頭を下げ、スプーンを使ってミネストローネを口に入れる。


「……どうだ?」


 ミネストローネを咀嚼するアイザックを見上げ、ナルソンがそう問いかける。

 アイザックは口の中のミネストローネを飲み込むと、その味に顔を綻ばせた。


「今まで食べたことの無い味ですが、かなり美味しいです。これほどの物が何年も腐らずに保存できるとは……」


「……取り皿を持ってくるわね」


「ジルコニア様、私が取ってまいりますので……」


 アイザックの感想を聞いて、やはり自分も食べてみたくなったのか、取り皿を取りに部屋を出ようとするジルコニア。

 そんなジルコニアに、それまで壁際で皆の様子を眺めていたハベルは、ジルコニアにそう申し出ると部屋を出て行った。


「この缶詰を大量に作って保存しておくことができれば、どんな飢饉が発生しようと民が飢えて死ぬことはありませんな。それに……カズラ様、この缶詰という道具の作り方を是非我々に教えていただきたいのですが」


「作り方ですか……」


 何かを言いかけたナルソンだったが、それを取りやめると一良に缶詰の製法の伝授を願い出た。

 それに対して、一良は少し考える素振りを見せる。


「それをお教えするかどうかは、今後判断させてもらおうと思います。こちらの都合で申し訳ないのですが、知識や物を何でもかんでも与えるというわけにはいかないのです。今回これらの道具をお見せしたのは、私がグレイシオールであるということをあなた方に信じてもらうためであり、見せたものを無制限に提供するというわけではありません」


「そう……ですか……」


 もっともらしく一良がそう言うと、ナルソンと、特にジルコニアはかなり残念そうな表情を見せた。

 だが、一良としてはナルソンたちの要求を、何でもほいほいと受け付けるわけにはいかない。

 既にグリセア村に提供してしまっている水車や農耕などの技術ならともかくとして、まだこちらの世界に持ち込んでいない新規の技術の提供を、この場で軽々しく了承するわけにはいかないのだ。

 後々の影響や、技術を供与する際の手段などを考慮した上で、慎重に判断せねばならない。


「さて、ハベルさんがお皿を取りに行っている間に、残りの道具の説明もしてしまいましょう」


 一良はそう言うと、テーブルの上にあるライターを手に取った。




「(本物のグレイシオール様なのか……いや、この際本物の神であるかどうかなど、どうでもいいか)」


 目の前で一瞬にして炎を出現させ、道具の説明をしている一良を見ながら、ナルソンは考えていた。


 このカズラと言う男の持っている道具は、今まで目にしたことの無い素晴らしい物ばかりである。

 特に、先ほど目にした缶詰という道具。

 あれが大量に確保できれば、今回のような飢饉の際にも食料の心配をしなくて済むし、何より軍隊の糧食として非常に有用である。

 既に調理済みの状態で保存できるということも素晴らしいし、あれほどしっかりとした容器に密封されているのならば、行軍時にあちこちぶつけたりしても問題ないだろう。


「(他にも色々と持っていそうだが、可能な限り多くの知識と道具を提供してもらわねば。さて、それにはどうするか……)」


 どうすれば一良から多くの支援を引き出せるか。

 一良の話に相槌を打ちながら、ナルソンは今後の対応を考え始めた。

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