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4話:村にて その3

「ご、ごめんなさい、カズラさんの返事を聞いてホッとしてしまって」


「いえいえ、ずっと辛かったのでしょう? 張り詰めていたものが切れたんですよ」


 泣きじゃくるバレッタを何とか落ち着かせると、一良は「さてと」と言って立ち上がった。

 栄養失調や病気で死に掛けている人間が大勢いると知っては、のんびりしているわけにはいかない。


「今から薬を取りに国へ戻ります。明日の朝には必ずここに帰ってきますから」


「えっ!?」


 一良の台詞を聞き、バレッタは驚いた。

 彼女の常識では、照明道具も持たずに、慣れない土地の夜道を歩くことは自殺行為である。

 一良ならば高価な照明道具も持っているかもしれないと頭の隅で思ったが、道に迷った末にこの村に辿り着いたような人間が、夜中に出発して国に帰ろうとしても、昼間とは違って確実に道に迷うだろうし、獣や野盗に襲われる危険もある。


「今からって、もうすぐ日が暮れますよ? 夜道は危ないですし、明日の朝に出ても……それに、バルベールに通じる関所までは、ここからどんなに急いでも徒歩では4日はかかりますよ?」


 一良の身を案じるバレッタに、一良は首を振る。

 バレッタは一良がバルベールとかいう国から来たと勘違いしているようだが、ここから歩いて15分の日本から来たのである。

 通ってきた雑木林の木には石で印をつけてあるし、雑木林の中を歩くといっても大した距離ではない。

 

「いや、出発を遅らせたせいで亡くなられた方が出たとしたら、それこそ悔やんでも悔やみきれません。あと、私はバルベールから来たわけではありませんよ。半日もあれば帰ってこれます」


 それに、と一良はボストンバッグからペンライトを取り出すと、スイッチを押した。


「えっ!?」


「夜道が暗くても、これがありますから」


 強い光を放つペンライトを見て呆然とするバレッタに、一良は「それでは、また明日」と言って部屋を出るのだった。




「はてさて、家の傍に24時間開いてるスーパーってあったっけか?」


 殆ど日が落ちて薄暗くなった森の中を、一良は来るときに付けた目印をペンライトで探しながら、ボストンバッグを片手に走っていた。

 元々大した距離ではなかったので、森に入ってから僅か2分ほどで石畳の通路に辿り着く。


「はいはい、ちょっと通りますよ」


 相変わらず通路の曲がり角に崩れ落ちている白骨死体に声を掛け、通路を通って元の世界への敷居を跨ぐ。

 周囲が一瞬で畳張りの屋敷に変わったことを確認すると、一良は屋敷の外に出て車に乗り込んだ。


「えーっと、最寄のスーパーは……ここから40kmか。完全に買い物弱者だな」


 一良はやれやれと溜息をつくと、リポDと食料を買うべく、40km先のスーパーに向かって車を走らせるのだった。




「病人が50人いて、村人全員が栄養失調。あと乳幼児に与える母乳が出ないんだったな。……米と缶詰、それに粉ミルクか。どれくらい買っていけばいいんだろうか」


 24時間営業のスーパーに辿り着いた一良は、ショッピングカートを押しながら考え、必要な食料品が恐ろしい量であることに今更ながら気づいた。


「まてよ、米を持っていって、もし水がなかったらどうする? 確か村の畑は干からびてなかったか? 一応飲む程度の水はあるかもしれないけど、米をといで炊くほどの水はあるのか?」


 もっとバレッタに村の状況を聞いてから出てくればよかったと後悔したが、後の祭りである。

 結局、カートを押しながらあれこれ考えた末、無洗米100kg、塩20kg、梅干5kg、リポD400本(店に置いてあった在庫の全て)、粉ミルク10缶と哺乳瓶、水10リットル(水が汚い場合を想定しての粉ミルク用)、桃の缶詰60缶(病気の時には桃缶食えるってばっちゃが言ってた)を買って行くことにした。

 もし水が殆ど無かったとしたら、とりあえずリポDで臨時の栄養補給をさせ、後からポリタンクで水を運ぶしかない。

 レジで会計をする際に、「炊き出しでもするんですか?」とバイトの女の子に聞かれたので、正直に頷いておいた。




「やっぱりこの時間帯じゃ、お薬コーナーは開いてなかったなぁ。アパートから持ってきた薬だけじゃ足りないよな……」


 150kg近く重くなった車を運転しながら、一良は唸った。

 現在時刻は午後9時30分。

 山道を時速40kmの安全運転で走り、スーパーに着いたのが8時丁度。

 当然のごとく、お薬コーナーはとっくに閉まっていた。

 村長に飲ませた胃薬や痛み止めは、両方ともあと20錠程残ってはいるが、病気の人間が50人もいるのではとても足りない。

 しかしまぁ、胃薬は胃壁を守るやつだったし、痛み止めは解熱鎮痛剤なので、直接病気を治したのは栄養ドリンクであるリポDであろう。

 栄養が足りなくて弱っている人間が大半だとすれば、リポDだけでも何とかなる気がする。


「特に熱が酷いとか、痛みを訴えている人だけに薬は与えることにすればいいか。命が助かればとりあえずよしとしよう」


 とりあえずそれで妥協することにし、一良は夜の山道を急ぐ。

 点在する農家らしき民家を見ながら運転していると、一良はある重要な事に気づき、「あっ、しまった!」と声を上げた。


「こんなに大量の荷物、どうやってあの村まで運ぶんだよ……この車で屋敷に突っ込むわけにはいかないぞ」


 合計150キロ近い荷物を、手で持って村まで運ぶのは無理である。

 何度も往復すれば可能ではあるが、現代っ子である一良としては、はっきり言ってやりたくない。


「まいったなぁ、今からホームセンターに行っても閉まってるだろうし……少しずつ運ぶしかないのか……」


 悩みながら運転していると、道端の畑の物置小屋に、リアカーが入っているのが見えた。

 一良は思わず車を降りて、物置小屋の中にあるリアカーをまじまじと見つめる。


「むう、なんというタイミング……でも、勝手に持っていったら泥棒だしなぁ」


 昔ながらの鉄製で結構重たそうだが、作りがシンプルなためにかなりしっかりしている。

 タイヤもノーパンクタイヤ(中身が全部ゴム)のようだ。


「仕方ない……緊急事態だ、これで許してもらおう」


 一良はリアカーを小屋から引っ張り出すと、車の後ろにロープでもち手を縛り付けた。

 そして財布から1万円札を30枚ほど取り出すと、車にあったビニール袋に入れ、袋に「ごめんなさい」とマジックで書いて、リアカーのあった場所に置き、再び車に乗り込むのだった。

 

 余談ではあるが、数日後に一良がこの小屋の前を通ると、真新しい折りたたみ式のリアカーが置いてあり、リアカーのもち手に張り紙がついており、「ありがとう。野菜なんでも採っていってください」と書いてあったという。




「やっと着いた……よくリアカーに着けてたロープが千切れなかったな」


 車の後ろのロープを外してリアカーを屋敷に入れ、後部座席に積んであった米などの積荷をリアカーに乗せる。

 リアカーを気にしてゆっくりと運転したため、帰ってくるのにかなり時間がかかってしまい、現在時刻は夜中の12時である。

 しかしそれでも、遅くても1時間後にはバレッタの待つ村に着くだろう。

 村を出てから、まだ6時間程しか経っていない。


「一休みしたいところだけど、そうもいかないからな。リポD飲んで梅干食ったら、とっとと行くか」


 思えば昼過ぎに異世界に行ってから、謎の葉っぱとアルカディアン虫入りの汁物しか口にしていない。

 カロリー不足で若干辛いが、リポDを2本と梅干1粒で誤魔化した。

 ファイト2発とクエン酸の合わせ技で何とかなるだろう。


「畳は後で掃除しなくちゃな……よし、行くか!」


 一良は声を出して気合を入れると、150kgもの荷物が乗ったリアカーを引いて、異世界への敷居を跨ぐ。


「おお、さすがリアカー。軽い軽い」


 一良は石畳の通路をリアカーを引いて、ペンライトで地面を照らしながらスイスイ進む。

 雑木林では木の根っこに少々苦戦したが、最大積載重量が数百キロにも及ぶリアカーのおかげで、問題なく通過することができた。

 そうして、バレッタの待つ屋敷に向かってリアカーを5分ほど押していると、屋敷の方から誰かが走ってきた。


「あれ、バレッタさん、まだ起きてたんですか」


「カズラさん! まさか、もう帰ってくるなんて……それにその荷物は!?」


 リアカーに乗っている大量の荷物を見て、バレッタは目を丸くしている。


「国から薬と食べ物を持ってきたんです。えーと……詳しくは聞かないで貰えるとありがたいです」


 自分がこの世界にやってきた経緯を話そうかとも思ったが、異世界からやってきたなどと言っても信じられないだろう。

 それに、考えてみれば、村から歩いて5分程の距離に日本と行き来できる場所があるというのに、その場所の存在にこの村の人間が気づいていないというのもおかしな話である。

 何かの禁忌的な土地があの石畳の通路の場所だとしたら、知られたら面倒なことになりかねない。


「カズラさん……まさか……貴方はグレイ……」


「え?」


「あっ、いえ、何でもありません! こんなに沢山のお薬と食べ物、ありがとうございます!」


 バレッタは何故か急に慌てだし、一良に礼を述べるとリアカーの取っ手をくぐり、一良を手伝って引き始めた。

 何か言いかけていたのは気になるが、何はともあれ、深く追求しないでいてくれるのはありがたい。

 それからバレッタの屋敷まで一緒にリアカーを5分ほど引いたのだが、バレッタは何やら考え込んでいるようで、一言も喋らなかった。




「ああ、腰が痛ぇ……筋肉付けないとなぁ」


 リアカーに乗せていた荷物をバレッタの屋敷に運び込み、一良は腰に手を当てて伸びをした。

 バレッタは栄養失調気味でとてもじゃないが重いものは運ばせられないので、100kgの米とリポDは全て一良が運んだのだった。


「すいません、私力がなくて……」


 そんな一良に、バレッタは申し訳なさそうに謝る。


「あ、いやいや、気にしないでください。それより、もう夜中ですけど、どうしましょう? すぐにでも薬を持って家々を回りますか?」


「はい、きっと皆苦しんでいるはずですから、すぐにでも持って行ってあげたいです」


 その答えに、一良も「ですよね」と頷くと、リアカーに乗せていたボストンバッグを肩にかけた。

 こうなることを予想して、予めリポDと粉ミルク、それに哺乳瓶を詰め込んでおいたのである。


「よし、行きましょう」


「はい」


 ペンライトで足元を照らしながら、二人は夜の村を早足で歩くのだった。




「さあ、頑張って飲んでください。病気なんて直ぐに治ってしまう、魔法のお薬です」


「ほ、本当か……ありがてぇ……」


「え? いや、そんな大層なものじゃないんだけども……」


 二人は病気の村人の家に着くと、早速リポDを取り出し、寝込んでいる村人に飲ませた。

 何故かバレッタが自信満々で村人にリポDを飲ませているが、一良としてはまだ確信が持てているわけではないので、少しばかり不安である。


「何を言ってるんです、本当のことじゃないですか。さあ、急いで他の家も回りましょう」


 そんな掛け合いをしながらも、二人は急いで次の村人の家に向かった。

 何しろ、病気の村人は全部で50人はいるのである。

 全員の家に回るとなると、結構時間がかかるのだ。


「あ、そうだ、赤ちゃんにあげる母乳がでない人のために、母乳の代わりになるものも持ってきたんですよ。そっちも急がないと」


「ええっ!? 本当ですか! じゃあ、病気の人には悪いですけど、赤ちゃんを優先しましょう!」


 こんな具合で、結局二人が全ての家を回りきったのは、山の向こうから太陽が顔を出した頃だった。

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[一言] 最寄りのスーパーが40km!?
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