393話:歴史的瞬間
翌朝。
一良が目を覚ますと、すでにバレッタの姿はなかった。
むくりと身を起こし、深くため息をつく。
まさか、バレッタにあんなお願いをされるとは、夢にも思わなかった。
もしも自分がバレッタの立場だったら、とてもそんなことは言えないだろう。
「何だかなぁ……普通の男だったら、喜ぶ状況なんだろうけど」
リーゼはかなりの美人だし、顔は一良の好みど真ん中だ。
ジルコニアとエイラもそれは同じで、何より3人とも一緒にいてとても楽しい。
考えやすいように、これを性別を逆に置き換えてみる。
一良が女でバレッタたちが男だと仮定して、自分がバレッタの立ち位置でと考えると、かなりキツい。
「男と女だと、そういうところも感じかたが違うのかな。違わないと思うんだけどな……」
ぼやきながら着替えを済まし、部屋を出た。
土間で、バレッタとリーゼが楽しそうにおしゃべりしながら、朝食の準備をしている姿が目に入る。
とても楽しそうな2人を、一良はぼうっと眺めてしまう。
「カズラさん、おはようございます」
囲炉裏の灰からパンを取り出しているジルコニアが、一良に微笑む。
バレッタたちも振り返り、「おはよう」と一良に微笑んだ。
「おはようございます。エイラさんたちは、まだ寝てるんですかね?」
「いえ、皆で洗濯しに行ってます。ラースは、バリンと畑仕事をしてますよ。ロズルーの家のほうの畑だそうです」
「そっか。俺も、畑を見に行こうかな」
「なら、すぐに朝食なんで、呼んで来てください」
「了解です」
土間に下り、行ってきます、とバレッタたちに声をかけて家を出た。
庭で布団を干しているエイラとティティスが、一良に振り向く。
「「カズラ様、おはようございます」」
声が重なり、2人が笑い合う。
「おはようございます。今日も、いい天気ですね」
「はい。カズラ様の布団も干しちゃってよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。お願いします」
承知しました、とエイラが家に入っていく。
「ここは、いい村ですね」
ティティスが枕を岩の上に置き、村の景色を眺める。
「皆さん、すごく幸せそうです。バルベールに帰りたくなくなってしまいます」
「はは。何なら、ティティスさんも村に住んでしまっては?」
一良が言うと、ティティスはにこりと微笑んだ。
「そうですね。老後は、こちらに移住させてもらうかもしれません。カイレン様も、誘ってみます」
「歓迎しますよ。カイレンさんとは、お付き合いしてるんですか?」
「先日までのカズラ様たちと、同じような関係といったところでしょうか。近いうちに、押し倒す予定ですが」
「そ、そうですか。じゃあ俺、畑に行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ティティスと別れ、畑に向かう。
途中、水路で洗濯をしているマリーとフィレクシアを見かけ、挨拶だけしておいた。
しばらく歩いて畑に着くと、ラースとバリンが腰をかがめて草むしりをしていた。
「おーい、そろそろ朝ごはんですよー!」
一良の呼びかけに、2人が身を起こす。
「カズラさん、おはようございます」
「っす!」
2人は頭を下げて何やら話すと、細長い野菜を4本と夏イモを1つ地面から引き抜いて歩いてきた。
細長い野菜はニンジンのような見た目で、長さが野球バットほどもある。
夏イモは、赤ん坊の頭くらいの大きさだ。
「いやぁ、この村の野菜はすごいっすね! こんなに長いウリーケ、初めて見ましたよ」
ラースが土の付いたウリーケを揺らす。
「ここの作物は、どれも巨大ですからね」
「はっは! 食いでがあって最高ですね!」
「ラースさん。私はウリーケをロズルーのところに分けにいくので、先に戻っててください」
「うす!」
バリンがラースからウリーケを2本受け取り、ロズルーの家へと歩いて行った。
一良はラースと並んで、バリン邸へと戻る。
「そういや、今朝無線でカイレンたちに連絡したんすけど、すぐにバイクでこっちに来るって言ってましたよ。アロンド殿も夫婦で来るらしいです」
「えっ、大丈夫なんですか? その、立場的にバーラルを留守にするのはまずいんじゃ」
驚く一良に、ラースが、にっと笑う。
「大丈夫っす。異民族の件は小康状態ですし、後のことはエイヴァー執政官に任せるらしいんで」
「そっか。せっかく来てくれるんじゃ、引き出物は気合を入れないとだ」
「引き出物って?」
「参列者にあげる、お土産です」
そんな話をしながら歩き、バリン邸が見えてきた。
エイラ、マリー、フィレクシアが、洗濯物を干している。
「それにしても、カズラ様はいいっすねぇ」
ラースがニヤニヤしながら、エイラたちを見る。
「いいって、何がです?」
「あんなにかわいい嫁さん貰って、そのうえエイラさんたち3人は、そのうち側室にするんでしょ? 最高じゃないっすか」
「……」
黙る一良に、ラースが「えっ」と驚いた顔を向けて足を止めた。
「側室にしないんですか?」
「う、うーん……」
唸る一良に、ラースは怪訝な顔になった。
「貰っちゃえばいいじゃないっすか。別に側室を持つなんて、珍しいことでもないっすよ?」
「バルベールでも、そうなんですか?」
「そうっすよ。まあ、正妻がよしとすればですけど」
「そ、そうなんですか……」
「それに、エイラさんたちはカズラ様のことが好きなんだし。側室にしないのは、逆にかわいそうに思えるんすけど」
「……実は、バレッタさんにも、そうしてくれって言われてるんですよね」
一良が言うと、ラースは「なぁんだ」と笑顔になった。
「それなら、なおのことそうすればいいじゃないですか。きっとエイラさんたち、喜びますよ?」
「カズラ様ーっ、どうなされたのですかーっ?」
立ち止まっている一良たちに気付いたエイラが呼びかけてきた。
一良は「今行きます!」と返事をし、歩き出す。
ラースはその後に続きながら、何を悩むことがあるんだろう、と首を傾げていた。
朝食後。
一良とバレッタは、日本の屋敷の庭で車に乗り込んでいた。
リーゼが、「ようやくバレッタも行けるようになったんだから、楽しんできなよ」と勧めてくれたのだ。
明日は2人の結婚式だが、準備はすべてやっておくから、泊まりで楽しんで来いとまで言われている。
「さて、どこか行きたいところはあります?」
一良がカーナビを起動し、バレッタに尋ねる。
「えっと……」
バレッタは持ってきた群馬県の旅行雑誌を、ぱらぱらと捲った。
草津温泉の紹介ページを開く。
「草津温泉に行ってみたいです!」
「草津か。ここからだと、山を下りてから2時間半ってところですね。ホテルも、草津で探しましょうか」
「はい! いいなって思ったホテルがあって――」
「あ!」
一良が、はっとしてスマートフォンを取り出す。
「どうしたんですか?」
「妊娠中は温泉はダメって何かで見たことがあって。ちょっと調べてみようかと」
「あ、それは大丈夫ですよ。2014年に法改正で、問題ないってことになったって雑誌に書いてありましたから」
「そうなんですか。俺より詳しいな……」
「えへへ」
雑誌に載っていた大手のホテルに電話してみると、平日ということもあって予約が取れた。
いざ出発、と車を走らせる。
「先に、服を買いに行きますか」
「はい。カズラさんが、見立ててくださいね」
「えー。俺、センスないから、上手く選べるかな……まあ、頑張ります」
「ふふ、期待してます」
元々バレッタの着替えは持ってきておらず、出先で買おうという話になっていた。
あちらの世界の服も何着か持ってはいるが、やはり少し目立ってしまうからだ。
山道を走り街に出て、駅前の服屋にやって来た。
店に入ると、バレッタが「おー!」と声を上げた。
「服だらけです!」
「イステリアの店も、似たようなものじゃなかったですか?」
「量が全然違いますよ!」
カゴを手に、手近な棚から服を見ていく。
季節は秋ということで、長袖のものが多く並んでいた。
一良がうんうんと唸りながら、服を選ぶ。
「うーん……これとか、どうですかね?」
薄いオレンジ色のニットのトップスを一良は手に取り、バレッタに合わせてみる。
柔らかな生地で肌触りもよく、暖かそうだ。
「シンプルで組み合わせやすそうですね。いいと思います」
「じゃあ、とりあえず確保だ」
せっかくだから何着か買おうと、あれこれ見回りながら合わせて3着のトップスをカゴに入れた。
それに合うスカートも2枚見繕った。
「あっ、かわいい!」
靴が並んでいる小スペースの棚に、バレッタが駆け寄る。
「靴も買いましょうか。どれがいいですか?」
「カズラさんは、選んでくれないんですか?」
「まあまあ。靴くらいは、バレッタさんが気に入ったものを選んでくださいよ」
「んー、じゃあ、これがいいです」
短いヒールの付いたブーツを、バレッタが指差す。
ならばとサイズの合うものを選び、カゴに入れた。
試着スペースに向かい、店員に案内してもらう。
「それじゃ、俺はここで待ってるんで」
「はい。何だかドキドキしますね」
バレッタは嬉しそうに試着室に入り、カーテンを閉めた。
少ししてカーテンが開き、最初に選んだトップスとスカートを身につけたバレッタが姿を見せた。
「おお、かわいい! 似合ってますよ!」
「えへへ。ありがとうございます。他のも着てみますね」
そうして試着を済ませ、サイズに問題がなかったのですべて買うことにした。
せっかくだからと、買ったものをそのまま着ていくことにし、支払いを済ませてからタグを切ってもらって着替えた。
じゃあ行こう、と店の出口へと向かう途中で、下着コーナーが目に入った。
「あっ。バレッタさん、下着って買ったほうがよくないですか?」
「え? 下着ですか?」
「うん。その、今って、下に何も着けてないですよね? こっちだと、着けるのが当たり前なんですけど」
あちらの世界では月のものが来る前後は当て布をするのだが、それ以外は基本的に女性はノーパンである。
ブラジャーも存在しないので、今のバレッタはノーブラノーパンだ。
「そ、そうですね。下着も買うことにします。カズラさんに選んでほしいです」
「俺が選ぶのか……」
2人で下着コーナーに入り、シンプルなものをいくつか選んで再び購入した。
店員に頼んでタグを外してもらい、バレッタはトイレでそれらを身に着けたのだった。
異世界人が初めてパンティーとブラジャーを身に着けた、歴史的瞬間である。




