392話:バレッタのお願い
ニィナの家を出て、4人でバリンの家へと向かう。
畑仕事をしている村人がちらほらいるが、男たちは森に木を切りに行っているらしい。
一良たちの新居を造るのだと、張り切っているそうだ。
「あの、何も新しく家を造ることはない気が……バリンさんの家で、暮らさせてもらえればと思うんですが」
一良が言うと、バリンが苦笑した。
「いえ、新婚夫婦は2人きりで住まないとダメだと皆が言ってまして。早く子供を作ってもらわねばと」
「あ、お父さん。私、もう妊娠してるよ」
「ほう、にんし……ええ!?」
バレッタの言葉に、バリンが仰天する。
「本当か!?」
「うん」
「そ、そうか。ということは、私もおじいちゃんか。楽しみだ」
「産まれるのは、まだまだ先だよ。来年の夏くらいだと思う」
「うんうん。元気な子を産んでくれよ。カズラさん、ありがとうございます」
バリンが嬉しそうに、一良に頭を下げる。
「え? い、いえ、どういたしまして」
「そういえば、村には産婆さんっていませんよね? 時期になったら、イステリアから連れてきますね」
リーゼの提案に、バレッタとバリンが「ありがとうございます」と微笑む。
名前はどうしよう、男の子と女の子のどっちだろう、などと話をしているうちに、バリン邸に着いた。
家に入ると、ジルコニア、エイラ、マリーが昼食の用意をしていた。
「あら、おかえりなさい。ちょうど、お昼ご飯ができたところよ」
囲炉裏の火にかけられた鍋から汁物をよそいながら、ジルコニアが微笑む。
エイラは厚焼き玉子を切り分けており、マリーは小鍋から炊き込みご飯をよそっていた。
「ただいまです。それ、味噌汁ですか?」
「けんちん汁です。こんにゃくの代わりに、春雨ですけどね」
「バレッタ様は、どちらに行っていたのですか? しばらく村にいなかったようですけど」
エイラがバレッタに聞く。
「カズラさんと、日本に行ってました」
「「「「えっ!?」」」」
ジルコニアたちだけでなく、バリンも驚いて声を上げる。
「い、行けたの!? どうやって!?」
ジルコニアは鬼気迫る表情になっている。
「カ、カズラさんの子供を妊娠していれば、行けるとのことで」
バレッタが自身のお腹を摩りながら言うと、ジルコニアたちは唖然とした顔になった。
「そ、そう。妊娠したの。おめでとう」
「ありがとうございます」
「……カズラさん、私も孕ませてくれません?」
「お母様! 何を言ってるんですか!」
怒鳴るリーゼに、ジルコニアが肩を跳ねさせる。
「じょ、冗談だって。怒らないでよ」
「そういうのは、冗談でも言っちゃダメです。バレッタの気持ちを考えてください」
「だから、ごめんって……」
小さくなっているジルコニアの隣では、エイラが「いいなぁ」と羨ましそうにバレッタを見ている。
リーゼは、やれやれ、とため息をつくと、居間に上がった。
「ほら、食事にしましょ。バレッタとカズラも、座って」
リーゼがジルコニアからおたまを奪い、椀によそう。
一良たちも上がり、席に着いた。
いただきます、と食べ始める。
「バレッタ、日本はどうだった?」
ジルコニアが聞くと、バレッタはにこりと微笑んだ。
「すごかったです。道は全部舗装されてますし、自動車はびゅんびゅん走ってましたし」
本屋とスーパーに行ったことも交えて、バレッタが話す。
「そっか。映画で見たのと、そのまま同じなのね」
「はい。とにかく発展ぶりがすごくて、完全に別世界でした」
「飛行機は見た? あんなに大きいのが飛ぶなんて、信じられなくて」
「すごく遠くにですけど、飛んでいるところを見ましたよ。飛行機雲が伸びていってて、不思議な感じでした」
あれこれ話しながら、料理を口に運ぶ。
リーゼたちは興味津々といった様子で、矢継ぎ早に質問を繰り返していた。
一良とバリンは置物状態で、黙々と食事を進めている。
「あ、それと、結婚式は2日後にやるらしいんです。お父様に伝えないと」
「あら、ずいぶんと早いのね。衣装の準備はできてるの?」
「バレッタは、お母さんが使った衣装を着るそうです。カズラは、日本で買って来るんだよね?」
リーゼが一良に話を振る。
「何かよさげなものを用意するよ。レンタルだし、すぐに見つかると思う」
「えー? 晴れの舞台なんだから、買っちゃいなよ。記念になるしさ」
「そういうものか? あっちだと、式の衣裳って、たいていはレンタルなんだけど」
「こっちはそういう文化なの。これからずっとこっちで暮らすんだし、合わせなきゃ」
そんな話をしながら食事をしていると、ラース、ティティス、フィレクシアが入ってきた。
「ありゃ? もう帰って来てたのか」
ラースが肉料理の大皿を手に、居間に上がる。
香草がちりばめられたスライスされた焼肉と、大量の小魚の素揚げだ。
「ラースさん。お先に頂いてます。この料理は?」
どん、と置かれた大皿を、一良が見る。
「バルベール料理っす。ロズルーさんから肉を貰って、ティティスに作ってもらったんすよ」
「どうぞ、食べてください。ティタニア様たちには、とても好評でしたよ」
ティティスが微笑み、小皿に料理を取り分ける。
フィレクシアは勝手に肉ばかりを皿によそい、「いっただっきまーす!」と、もりもり食べ始めた。
「んー! やっぱりティティスさんの料理は最高ですね! すんごく美味しいのですよ!」
「よかったですね。肉だけじゃなくて、野菜スープも食べないとダメですよ」
「や、野菜はちょっと……」
「フィレクシアさん、そのスープには、ものすごく健康になる薬を入れておきましたから。頑張って食べてください」
一良が言うと、フィレクシアは「うー」と唸りながらもけんちん汁に手を伸ばした。
ズズズ、と音を立てて、汁をすする。
食べながら結婚式の日取りをリーゼが話すと、ラースは「おっ」と笑顔になった。
「神様の結婚式か! カイレンとラッカ、今から呼んで間に合うかな?」
「いやいや。忙しい身ですし、無理して呼ばなくてもいいですよ」
一良がラースを諫める。
「そうはいかないっすよ。あんだけアルカディアには温情をかけてもらったんですから」
「でも、異民族の件がまだ――」
それからも一良はあれこれと諫めたのだが、どうしてもとラースが言うので、とりあえず声をかけることになってしまったのだった。
その日の夜。
バリン邸の一良の部屋で、一良とバレッタは1つの布団に入っていた。
ランタンの灯は消されており、室内は真っ暗だ。
バレッタは一良の腕を抱き、密着している。
今日の出来事を思い出しながら、小声で話しているところだ。
バレッタは楽しそうに、日本の感想をあれこれと話している。
リーゼたちは、居間とバレッタの部屋に分かれて休んでいる。
「――そういえば、リーゼが産婆さんがって話をしてましたけど、産むなら日本でのほうがいいですよね」
話が一区切りついたところで一良が言うと、バレッタは「ですね」と頷いた。
「日本の病院で産めるなら、私もそうしたいです。いろいろと、安心でしょうし」
「うん。でも、その場合って、身分証明とかどうしましょうかね。母さんも、日本で俺を産んだのかな?」
「どうなんで……あ! 日本で子供を産んだら、子供はこっちに来れないんじゃないですか?」
「……確かに、俺の場合を考えると、そうなりますよね」
両親の話では、異世界への敷居は、その者と相性がいい人がいるところへ通じるということだった。
子供を作れる年齢の人がいる世界とも言っていたので、2人の子供はこちらには来られない可能性が高い。
となると、こちらの世界で子供を産んだ場合はどうなるのだろうか。
後で、詳しく聞く必要がありそうだ。
「まあ、今度会う時に聞いてみますか。バレッタさん、最近の体調はどうですか?」
「いつもどおりです。あと半月くらいすると、変化があるって本に書いてありました」
「そっか。もう1人の体じゃないんで、大事にしてくださいね」
「ふふ、そうですね」
バレッタが、一良の肩に顔を擦りつける。
「私、幸せです」
「俺もです。こんなに素敵な人にお嫁さんになってもらえるなんて、夢みたいですよ」
一良の言葉に、バレッタが少し笑う。
「……カズラさんは、リーゼ様、ジルコニア様、エイラさんのことは、どう思ってるんですか?」
「どうって……仲のいい友達って感じです。浮気なんてしないんで、安心してください」
先手を打って一良が言うと、バレッタは一良を見上げた。
「もし……リーゼ様たちとも、深い仲になってもいいって私が言ったら、どうしますか?」
「い、いや、何を言ってるんですか。そんなことしませんよ」
「私、分かっちゃったんです」
バレッタが一良から目をそらし、声のトーンが少し落ちる。
「な、何が?」
「本当に好きな人が、手の届かない存在になってしまうことが、どれだけつらいかってことが」
「……」
「カズラさんがリーゼ様とキスしているのを見た時、目の前が真っ暗になりました。胸が引き裂かれるようで、本当に死んでしまいたいくらいに絶望しました」
バレッタが、ぎゅっと一良の腕を抱く。
「……私がカズラさんに選ばれて、リーゼ様たちも、きっと同じ気持ちになってるんだろうなって」
「バレッタさん……」
「あれから、リーゼ様は、すごく私に優しくて。つらくて堪らないはずなのに、私のために我慢して明るくしてくれているのが、伝わってくるんです」
バレッタの声が震える。
「バレッタさん」
一良が体を横に向け、バレッタを見る。
涙をこぼしているバレッタと、目が合った。
「俺は、バレッタさんが好きなんです」
「……はい」
「だから、他の人に目を向けたりなんてしません。バレッタさんが悲しむようなことは、絶対にしませんから」
「……ありがとうございます。嬉しいです」
バレッタが泣き笑いのような顔になる。
「でも、私、リーゼ様たちとも、ずっと一緒にいたいなって思うんです。彼女たちにも、幸せになってもらいたいなって」
バレッタが一良の胸に、顔をすり寄せる。
「だけど、私、すごく嫉妬深いから……今、カズラさんがリーゼ様たちとってなったら、きっとヤキモチを焼いちゃいます」
「ですから、そんなことは――」
「だから、あと1カ月だけ、カズラさんを独り占めさせてください」
一良の言葉をさえぎって、バレッタが言う。
「1カ月後、もしカズラさんがいいなら、リーゼ様たちのことも、受け入れてあげてほしいんです。そうすれば、わだかまりなく、ずっと皆で一緒にいられるから」
「ええ……」
とんでもないバレッタの提案に、一良の顔が引きつる。
要は、リーゼたちとも子供を作ってほしいと、彼女は言っているのだ。
「変なお願いをして、ごめんなさい。カズラさんが嫌だっていうなら、二度とこの話はしませんから。でも、考えておいてほしいんです」
「さ、さすがにそれは……俺がどうこうっていうのはともかく、一夫多妻にってことですよね?」
「はい。アルカディアでは、貴族には許されている制度です」
あまりいい目では見られませんけどね、とバレッタが付け加える。
「いや、制度はそうかもしれないけど……」
「カズラさんは……リーゼ様ともっていうのは嫌ですか?」
バレッタが、あえてリーゼについてだけ聞く。
「……俺も男ですから、嫌ではないですよ。でも、バレッタさんが少しでも嫌な想いをするっていうなら、絶対にしたくない。俺は、バレッタさんが一番大切だから」
「……うん」
バレッタが、ぎゅっと一良の腕を強く抱く。
「正直言うと、カズラさんが……他の女性を抱くって想像しただけで、すごく胸が苦しくなります」
でも、とバレッタが続ける。
「1年くらい前に、リーゼ様に言われたんです。『カズラのことと同じくらい、バレッタのことも好きになっちゃったの』、『あなたともカズラとも、ずっと一緒にいたいな』って」
「……うん」
つい最近、一良もリーゼに、「ずっと一緒にいてね」と言われたことがあった。
あの時すでに、リーゼは一良がバレッタを選ぶと分かっていたのだろうかと、ふと考える。
「リーゼ様、泣いてたんです。でも、私は何も言えなくて」
バレッタが顔を上げ、一良を見る。
「今なら、あの時のリーゼ様の気持ちが分かるんです。だから……っ」
バレッタの瞳から、涙がこぼれる。
納得したつもりでいたのだけれど、きっとそうなったら、自分は嫉妬してしまうだろう。
だけれど、自分の気持ちを押し殺して笑顔を作るリーゼを見るのは、それ以上につらいのだ。
一良はバレッタの背に手を回し、ぎゅっと抱き締めた。
「……少し、考えさせてください」
ぽつりと言う彼の声に、バレッタは小さく頷いた。
活動報告にて、最終巻となる18巻についての記事を掲載中です。
1月30日発売です。
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