389話:あこがれの地
再び石造りの通路を通り、一良はグリセア村へと続く雑木林に帰って来た。
「う、うーん。日本に行く方法、分かったのはいいけど、バレッタさんにどう伝えるべきか」
どうもこうも、そのまま伝えるしかないなと結論付け、落ち葉を踏みしめながら村へと向かう。
すると、強制転移させられてしまう場所のすぐ手前で、バレッタが待っていた。
先ほど彼女と別れた場所だ。
「バレッタさん」
「カズラさん、おかえりなさい!」
手を振る一良に、バレッタがにこりと微笑む。
強制転移地点を越えると、バレッタは一良にぎゅっと抱き着いた。
「寂しかったです」
「あはは。30分も経ってないのに、大袈裟だなぁ」
「んー」
バレッタは一良の胸に頬を擦りつけ、顔を上げた。
「ご両親とは、お話しできましたか?」
「ええ。ものすごく喜んでくれました。バレッタさんの写真も送ったんですけど、『すごい美人だ』って騒いでましたよ」
「そ、そうですか。それで、日本に行く方法については、教えてもらえましたか?」
「は、はい。それがですね……え、ええと」
言いよどむ一良に、バレッタが小首を傾げる。
「その……赤ちゃんができると、通れるようになるらしくて」
「あ、やっぱりそうだったんですね」
「え?」
きょとんとする一良に、バレッタが微笑む。
「たぶんそうなんだろうなって、予想してたんです。お義父さんがカズラさんをこっちの世界に送り出したのは、お嫁さん探しのためかなって。妊娠すれば、カズラさんの遺伝子を宿す関係で、転移しないように判別されるんじゃないかなって」
「うへぇ。さすがバレッタさんだ」
前に一良がジルコニアと話した時に、「お嫁さん探しのためではないか」という推測が出たのだが、その時は「たぶん違うだろう」となったのだ。
だが、バレッタは半ば確信していた様子である。
遺伝子で判別という考えまでは、一良は想像していなかった。
「というわけで……日本に行くのは、赤ちゃんができてからってことになって。できるまで帰って来るなって、母に言われちゃいました。別の世界の人間同士ですけど、子供は作れるみたいです」
「そうなんですね!」
顔を赤くして言う一良に対し、バレッタはとても嬉しそうだ。
「え、えっと……とりあえず、村に戻りましょうかね」
「……はい」
引っ付いていたバレッタが離れ、一良は一歩を踏み出した。
「カズラさん」
「ん?」
一良が振り返ると、バレッタは弾けるような笑顔で彼を見ていた。
「どうしたんです?」
「赤ちゃんができました」
「……えっ!? あっ!?」
よく見てみると、バレッタが立っている場所は、強制転移する場所のすぐ脇に生えている印が付けられた木よりも、向こう側だった。
「え、ええ!? だって、初めてしてから、まだ7日くらいしか経ってないですよ!?」
「その日が、周期的に一番妊娠しやすいタイミングだったんです。たぶん、今は着床した直後だと思うんですけど、それでも大丈夫みたいですね」
「マジか……まさか、いきなりできるとは……」
一良が唖然としていると、バレッタが期待を込めた眼差しを向けてきていることに気が付いた。
「えーっと……日本、行きます?」
「行きます!」
というわけで、すぐさま石造りの通路へと戻ることになったのだった。
2人並んで手をつなぎ、木々の間をざくざくと歩く。
バレッタは今まで入ったことのない場所を、興味深げに見渡していた。
「……虫の音がしますね」
バレッタの言うとおり、リリリ、と虫の音が微かに響いている。
「生き物は通れないと思ってたんですけど、どういうことなんでしょうか?」
「んー。虫は大丈夫なのかも。もしくは、あの場所を境にして、相互行き来はできないとか」
「なるほど、それかもしれないですね……あ!」
バレッタが倒木に歩み寄り、皮を剥がす。
そして、丸々と太ったアルカディアン虫を摘まみ出した。
「わあ、すごく大きい! カズラさん、はい!」
嬉しそうに、一良の口元にアルカディアン虫を近づけるバレッタ。
うにょんうにょんと蠢くそれに、一良の表情は引き攣った。
「に、日本でご飯食べましょう! お腹を空かせておきたいんで、それはやめときます!」
「あ、それもそうですね。じゃあ、帰りにまた採りましょっか」
バレッタは頷くと、倒木にアルカディアン虫を戻した。
結局食べることにはなるんだな、と一良は諦め、再び歩き出す。
そのまま進むと、石造りの通路が現れた。
「ここが、日本に繋がっているんですね」
バレッタがしげしげと、通路の壁面を見やる。
「ええ。中は、ヒカリゴケみたいなのでほんのり明るいですよ」
「そうなんですね……ちょっと緊張します」
バレッタは一良の腕を抱き、恐る恐るといった様子で通路に入った。
角を曲がって進むと、その奥に何もない小部屋が見えてきた。
「あの部屋は?」
「それが、よく分からなくて。そこの敷居をまたぐと、一瞬で景色が変わるんですよ」
慣れた様子で進む一良の腕を、バレッタはいっそう強く抱き締めた。
部屋の入口の前で、2人は立ち止まる。
「それじゃ、いざ、日本へ!」
「は、はいっ!」
「せーのっ!」
一良の掛け声で、2人同時に敷居をまたぐ。
一瞬で景色が切り替わり、木造家屋の部屋が出現した。
床には鉄板が張られており、その先にはブルーシートが敷かれた廊下が見える。
「よし、成功だ。バレッタさん、日本へようこそ!」
にっこりと微笑む一良に対し、バレッタは目を真ん丸にして、きょろきょろと部屋を見渡している。
「す、すごい……本当に、一瞬で……」
バレッタが背後を振り返る。
そこには小さな畳部屋があり、先ほどまでいた通路は存在しない。
「いやぁ、上手くいってよかったです。外に出ましょうか」
「はい! あ、靴は脱いだほうがいいですか?」
「廊下にブルーシートが敷いてあるんで、大丈夫ですよ」
部屋を出て廊下を進み、玄関から外に出る。
目に飛び込んで来た景色に、バレッタが「わぁ」と声を上げた。
「すごい! 景色が全然違う!」
さらさらと風に揺れる竹の葉音。
ちゅんちゅんと飛び回るスズメたち。
空には重低音を響かせて飛行機が飛んでいて、白い飛行機雲が伸びていく。
「あれって、カズラさんの自動車ですか?」
庭に停めてあるファミリーカーを、バレッタが見やる。
「ええ。街に行ってみましょうか」
一良が車のキーを押すと、ピッ、と音がしてロックが解除された。
バレッタが、ビクッ、と肩を跳ねさせる。
「助手席にどうぞ」
「は、はい!」
2人で車に乗り込み、一良がエンジンをかける。
バレッタは車内をきょろきょろと見渡し、目をキラキラさせていた。
「シートベルトを付けてくださいね」
「はい!」
道路に出て、街へと向かって山道を走る。
かなりの山奥なので、道の両脇は森ばかりだ。
生えている木は、大半が杉である。
「すごいですね……道が、全部舗装されてるなんて。木も、全部枝打ちされてますし」
「確かに、すごいことですよね。窓、開けますね」
助手席側の窓が開き、バレッタは顔を少しだけ窓から出した。
風になびく髪を、手で押さえる。
「街までは遠いんですか?」
「しばらくかかりますね。でも、この辺にもぽつぽつ人家はありますよ」
「そうなんですね。あまり遅くなると皆が心配するんで、お昼までには帰りましょうね」
「ですね。ちょこっと見て、すぐに帰りましょう」
のんびりと景色を眺めながら、安全運転で山を下る。
進むにつれて少しずつ建物が増え、やがて街が見えてきた。
斜面の先に見える街の景色に、バレッタが「わあ!」と声を上げる。
「すごい! ずっと先まで建物があります!」
「はは、喜んでもらえて何よりです」
「あっ! あれって、自動販売機ですよね!?」
道の脇に鎮座している自動販売機を、バレッタが指差す。
「ええ。何か飲みましょうか」
車を道の端に寄せて停車し、2人で降りる。
いくつも並んでいる飲み物のディスプレイに、バレッタは目を輝かせた。
「たくさんありますね! 飲んだことのあるお茶のペットボトルもあります!」
「はい、お金。どれでも好きなのをどうぞ」
一良が五百円玉をバレッタに手渡す。
「そこの穴に入れて、買いたいものの下にあるボタンを押してください」
「はい。どれにしようかな……」
バレッタは少し迷い、お金を入れると、「スプライト」のボタンを押した。
ガコン、と缶のスプライトが受け取り口に落ち、「おおっ」とバレッタが声を漏らす。
「スプライトですか」
「飲んだことのないものにしようと思って」
一良はそれを取り出して、彼女に差し出した。
「どうぞ。俺はミルクティーにしようかな」
「いただきます。すごく冷えてますね」
バレッタが、プシュッ、とプルタブを開ける。
シュワシュワと音が缶の中から響き、バレッタは小首を傾げた。
「あっ。これって、炭酸ですか?」
「うん。そういえば、まだ炭酸は飲んだことなかったですよね」
「はい……んっ。口の中がチリチリします」
初めて口にする炭酸飲料に、バレッタは楽しそうだ。
「飲めそうですか? 苦手なら、俺のと交換します?」
「いえ、大丈夫です。甘くて爽やかな感じで、すごく美味しいです」
そうして、2人は再び車に乗り込むのだった。




