388話:ご報告
翌日の早朝。
いつものように朝食を済ませ、一良とバレッタはバイクでグリセア村に向かっていた。
バリンに結婚報告をするのだから、2人きりのほうがいいだろうとリーゼが提案したのだ。
リーゼたちは、午後になってから村に向かうことになっている。
運転しているのは一良で、サイドカーにバレッタが乗っている。
「うう、緊張してきた……」
ハンドルを握る一良が、緊張しきった顔で漏らす。
そんな彼に、バレッタは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。お父さん、絶対に喜んでくれますし」
「俺もそれは分かってますけど、緊張するものはするんですよ……村の人たちも、大騒ぎするだろうし」
「ふふ、そうですね。ニィナたち、喜んでくれるかな……」
走り慣れた街道をひた走り、グリセア村が見えてきた。
バイクに気付いた守備隊の老兵たちが、大きく手を振っている。
出迎えの村人はおらず、畑仕事をしていた老兵たちが慌てて村の入口に集まりだした。
「あっ、しまった。村に連絡入れるの忘れてた」
「昨日の夜、私が連絡しておきましたよ。午前中に着くとしか伝えてませんけど」
「すみません……今日のことで頭がいっぱいで、完全に失念してました」
跳ね橋の前でバイクを停め、彼らに挨拶をして村に入る。
すぐに、バイクのエンジン音を聞きつけた村人たちが集まって来た。
「カズラ様、バレッタ、おかえりなさい!」
「「「おかえりなさい!」」」
一番に駆け寄って来たニィナたち村娘が、2人に笑顔を向ける。
「ただいまです。今日から、また村で暮らさせてもらいますね」
「やっとですね! 元の暮らしに戻れるんですね!」
ニィナがやれやれといった様子で腰に手を当てる。
「あれ? リーゼ様たちは、一緒じゃないんですか?」
「午後から来ることになってますよ。先に、バリンさんに報告しないといけないことがあって」
「報告ですか?」
ニィナが小首を傾げる。
「ええ。バリンさんは家にいますかね?」
「今朝はロズルーさんの畑で芋掘りを手伝ってましたけど……あ、来た来た」
ぞろぞろと集まって来る村人たちに混じって、バリンもやって来た。
手に、赤ん坊の頭ほどの大きさの芋を1つ持っている。
コルツとミュラも、他の子供たちと一緒に駆けて来た。
「お父さん、ただいま!」
バレッタがバリンに駆け寄る。
「ああ、おかえり。ずいぶんと早かったな」
「早くお父さんに会いたくて。今から、時間大丈夫? 話したいことがあるの」
「もちろんいいぞ。朝食は済ませてきたのか?」
「食べてきたから大丈夫。カズラさん、行きましょう」
バレッタが一良を振り返る。
一良が「よし」と気合を入れ、バレッタたちに歩み寄る。
そんな彼に、子供たちがまとわりついた。
「カズラ様。今日からずっと村にいてくれるの?」
コルツが期待を込めた眼差しを一良に向ける。
「うん、そうだよ。これから、またよろしくね」
「よかったぁ。お姉ちゃんたちは、まだイステリア?」
「午後になったら来るよ。他のウリボウたちも一緒に来るから、すごくにぎやかになるね」
「カズラ様、コルツがね、一緒にお風呂に入ってくれないの。何とか言ってあげてください」
ミュラが不満げな顔でコルツを見る。
「だ、だから、風呂は父ちゃんと入るから大丈夫だよ」
「私がコルツの面倒を見るの!」
「あはは。仲良くていいじゃん。コルツ君、入ってあげなよ」
「ええ……」
「カズラ様、遊んで!」
「バドミントンやりませんか?」
わあわあと子供たちが騒ぐ。
一良は、「後でね」と宥めると、再び顔を強張らせてバレッタたちと歩いて行った。
「村長さんに話って、何だろ?」
去って行く3人の背を眺めながら、ニィナが小首を傾げる。
「もしかして、バレッタとの結婚の報告だったりして」
にしし、とマヤが笑いながら言うと、他の娘たちが「まさかぁ」と声を漏らした。
「絶対にそれはないって」
「そうそう。あのヘタレのバレッタだよ?」
「あの2人が進展するには、まあ、あと半年は必要なんじゃないかなぁ?」
好き勝手言う娘たち。
うーん、と唸るニィナに、マヤが「じゃあさ」とにやりとした笑みを向けた。
「盗み聞きしちゃおうよ。何の話だか気になるし」
「ええ? 前に藁小屋を壊しちゃった時に、バレッタに散々怒られたじゃない。ダメだって」
「窓からこっそりのぞき見するだけだって。家を壊しに行くわけじゃないんだから」
「で、でも、さすがにそれはまずいよ」
「そうだよマヤ。洒落にならないって」
「バレッタ、怒るとめっちゃ怖いよ。この前、私ちょっと漏らしたもん」
「やめとこうよ」
他の村娘たちもニィナに同調する。
マヤは渋い顔だ。
「えー……じゃあ、話が終わったら速攻で聞いてみるってのは?」
「まあ、それならいいんじゃないの?」
頷くニィナに、マヤは「よし!」と笑顔になった。
「じゃあ、家の前で待ってよう! 行くよっ!」
駆け出すマヤにニィナたちは顔を見合わせると、その後を追うのだった。
数分後。
バリン邸の居間で一良は正座をし、囲炉裏を挟んでバリンと向き合っていた。
バレッタも、一良の隣で正座している。
緊張している一良に、バリンは少々戸惑い気味だ。
「え、ええと、話というのは?」
バレッタが横目で一良を見る。
一良はごくりと唾を飲み込んで大きく息を吸うと、床に両手を突いて頭を下げた。
「バレッタさんと結婚させてください!」
「けっ!?」
「「「「えええええ!?」」」」
バリンが驚いて目を剥いた次の瞬間、入口の引き戸を押し倒してニィナたちが倒れながらなだれ込んできた。
玄関のすぐ外で待っていたのだが、一良が大声で言ったものだから聞こえてしまったのだ。
「結婚!? ほんとに!?」
「カズラ様! ほんとですかっ!?」
「ぐ、ぐるじい」
「どいてぇ……死ぬぅ……」
「ぐええ」
ニィナとマヤが目を血走らせて一良に問いかけ、下敷きになっている娘たちがうめき声を上げる。
一良は頭を下げたままで、バレッタはニィナたちを見て苦笑していた。
「バレッタさんのこと、絶対に幸せにします! お願いします!」
再び声を張り上げる一良に、バリンは慌てて同じように頭を下げた。
「こ、こちらこそお願いします! 何かといたらない……ことはない娘ですので!」
突然のことに混乱しているのか、おかしなもの言いをするバリン。
とはいえ、無事に承諾を貰えて、一良はほっとした顔で身を起こした。
バリンも顔を上げ、嬉しそうに微笑む。
「いやぁ、いつかはと思っていましたが……バレッタ、よかったな」
「うん!」
「バリンさん、いや、お義父さん。ありがとうございます。ああ、緊張した……」
「わっ、カズラさん、汗がすごいです。緊張しすぎですよ。ふふ」
バレッタがハンカチを取り出し、一良の汗を拭う。
「いや、緊張しますって……えっと、皆さん、大丈夫ですか?」
折り重なってうめく娘たちの上で、ニィナとマヤが涙を浮かべて抱き合い、喜んでいる。
一良とバレッタは顔を見合わせると、下敷きになっている娘たちを助けるべく立ち上がるのだった。
小一時間後。
大喜びのニィナたちによって、2人の結婚の話は瞬く間に村中に知れ渡った。
すべての村人たちが屋敷に押しかけて祝福の言葉をかけ、「式の準備をしなければ」「せっかくだから新居を建てよう」などと、当人たちそっちのけで話が進み出した。
一良とバレッタは、皆に「今後ともよろしくお願いします」と頭を下げ、一良の両親に報告すべく、村はずれの雑木林にやって来た。
「それじゃ、ちょっと行ってきますね。電話したら、すぐに戻って来ますから」
「はい。日本に行く方法、教えてもらってくださいね」
「うん。でも、本当にあるのかなぁ?」
「きっとあります。大丈夫です」
バレッタは笑顔で言うと、「行ってらっしゃい」と一良を見送った。
一良は木々の間を進み、石造りの通路にやって来た。
コツコツと足音を響かせて、薄暗い通路を進んで日本へと繋がる敷居をまたぐ。
屋敷を出て庭石に座り、スマートフォンを取り出した。
空は快晴で、さらさらと揺れる竹の葉の音が辺りに響いている。
「さて、どうなるか」
父親の真治に電話をかけると、数コールして繋がった。
「父さん、ひさしぶり。元気?」
『ああ、元気でやってるよ。一良はどうだ? 彼女はできたか?』
「彼女っていうか、結婚相手が見つかったよ」
一良が答えると、『うおっ!?』と驚いた声がスマートフォンから響いた。
『むつみー! 一良が相手見つけたってー!』
かなりの大声に、一良がスマートフォンを耳から離す。
通話をスピーカーモードにすると、ばたばたと足音が響いた。
『貸してっ! 一良! お嫁さん見つけたの!?』
興奮した母の睦の声に、一良が苦笑する。
「うん。相手の親御さんに、さっき承諾貰ってさ。もうすぐ結婚式を挙げることになったよ」
『やったね! ああ、よかった! 一良って女っ気が全然なかったから、奥手すぎるんじゃないかって、ずっと心配だったのよ。幼馴染のどっちかと付き合うかなって思ってたら、一良だけ取り残されちゃったしさ』
「そ、そっか。でさ、聞きたいことが――」
『もうやることはやってるんでしょ? 子供はできた?』
一良の言葉をさえぎって、睦が聞く。
「そ、それは気が早すぎるよ。ていうか、あっちの世界の人との間に子供ってできるの?」
『できるよ。相手って、一良があっちの世界に行って、すぐに会った人でしょ?』
「えっ」
まるですべてを知っているかのような物言いをする母に、一良が困惑する。
「そうだけど……どうして知ってるの?」
『どうしてって、そういうものだからよ。だよね、真治?』
『そうらしいよ。確定ってわけじゃないから、別の相手になることもあるけどさ』
『あ、そっか。確かに』
両親の会話の意味が分からず、一良の頭はハテナマークでいっぱいだ。
「よく分からないけど……相手の人、バレッタさんっていうんだけど、こっちに連れてきたいんだよ。どうすれば連れて来れるのか、教えてくれない?」
『妊娠すれば来れるようになるよ。だから、今すぐあっちに行って、思いっきりイチャイチャしてきなさい! できるまで帰ってこなくていいから!』
「な、なるほど……考えたことはあったけど、まさかそれだったとは」
『とうとう私も、おばあちゃんかぁ……あ! お義母さんたちにも報告しなきゃ!』
『だな。とりあえずスマホを返してくれ。お嫁さんのこと、もっと聞きたい』
『あっ! ちょっと待――』
操作を誤ったのか、通話が切れてしまった。
するとすぐに、「お嫁さんの写真を送ってくれ」とメッセージが来たので、以前2人で撮った写真を送信した。
数秒して、「すごい美人だな! でかした!」というメッセージが、親指を立てたアニメキャラのスタンプ付きで送られてきた。




