373話:美味しい宝石
宮崎からデータを受け取り、一良はいつものホームセンターにやって来た。
店に入ると、もはや顔なじみの店次長が一良に小走りで寄ってきた。
事前に連絡はしていなかったのだが、監視されているのだろうか。
「志野様、ようこそおいでくださいました。今日は何が入用で?」
「こんにちは。花火を買いにきました。いいのありますかね?」
「ええ、ございますよ。どうぞこちらへ」
彼に案内され、店内の花火コーナーへとやって来た。
小容量のものから大容量のものまであり、打ち上げ花火もたくさん並んでいる。
そろそろ時期も終わりということで、30パーセントオフの特価品となっていた。
「おっ、けっこうありますね」
「ええ。秋になっても買いに来られるお客様は多いので。どれくらい必要ですか?」
「んー。150人くらいで遊ぶんで……どれくらいいるのかな」
「それはずいぶんと大人数ですね。何かのイベントですか?」
「いえ、集落のお祭り的なやつで……」
お祭り、と一良は自分で言ってから、せっかくだからグリセア村でお祭りをしたらいいのでは、という考えが頭に浮かんだ。
一良がいない間、村では秋の収穫祭が開かれていなかったとバレッタから聞いている。
せっかくの年に一回のお祭りが自分のせいで中止となってしまっていたので、子供たちは残念がっただろう。
今まで我慢した子供たちのためにも、大々的にお祭りをしてあげたら喜びそうだ。
「花火もそうなんですけど、お祭り用のおもちゃってありますか? 水風船とか、輪投げセットとか」
「ございますよ。家庭用にはなりますが、スーパーボールすくいや射的セットもございます。変わり種では、スタンプラリーキットなんてものもありますね」
「スタンプラリー? お祭り用ですか?」
「まあ、お祭りでもいいのですが、小学校や幼稚園で使われているみたいです。肝試しのルート上とか、敷地内のあちこちにスタンプを置いて、全部押せたら景品をあげるといった具合ですね」
「へえ、それは面白いですね。買っていこうかな」
「では、現物をご覧になってみてください。こちらです」
店次長に案内され、店内を巡る。
地域のイベント用品も取り扱っているようで、様々なおもちゃや出し物キットが置かれていた。
子供用プールに浮かべたお菓子入りの大きなカプセルを釣り竿で釣るキットや、大量の紐の中から1つを引く方式の「千本くじ」というお菓子の景品付きのくじ引きセット。
小型のわたあめ機やポップコーンマシンもあり、かなり種類が豊富だ。
「うお。すごい種類ですね」
「こども会などでよく使うんですよ。毎年あれこれ要望を聞いているうちに、いつのまにやら種類豊富になってしまいました」
「なるほど。皆、そういうのを買うってなったらホームセンターですもんね」
ふむふむと商品を見て回り、あれもこれもと注文していく。
ついでに、お好み焼きや焼きそばを焼く用の鉄板を数枚と、木炭を使うバーベキュー用コンロ、発泡スチロールの箱をいくつか注文した。
花火も大容量セットと打ち上げ花火をいくつか購入し、発泡スチロールの箱以外はいつものように即屋敷に送ってもらうようにお願いした。
カードで支払いを済ませ、店の出口へと向かう。
「欲しいものが全部あって、すごく助かりました。やっぱり、このお店は品揃えがいいですね!」
褒める一良に、店次長がキリッとした表情になる。
「ありがとうございます。もし店にないものがあれば、ご連絡いただければすぐに取り寄せますので」
「いつもすみません。何かあったら、よろしくお願いしますね」
そうして一良は駐車場に戻り、車に乗り込んだ。
カーナビを起動し、一息つく。
「……さてと、いいのがあるといいんだけど。専門店って近くにあるんだろうか」
しばらく悩みながらスマホでも検索し、よし、と決めるとエンジンをかけた。
その後、駅前のスーパーにも寄り、肉やら焼きそば麺やらを購入し、山奥の屋敷へと戻ってきた。
庭先に置かれていた荷物をトラックに積み込み、運転席に乗り込む。
「さて……あ、そうだ」
ふと思い出したことがあり、スマートフォンを取り出して父親に電話をかけた。
数コールして、父の真治が出た。
「父さん、ひさしぶり」
『おう、えらくひさしぶりだな。あっちで忙しかったのか?」
「うん。いろいろとあったけど、とりあえずひと段落したから大丈夫。母さんは元気?」
『元気だぞ。一良から電話がこないって、いつもぼやいてるけど』
「そっか。今、近くにいるの?」
『いや、さっき風呂に行ったばかりなんだ。今、草津に旅行に来ててさ。何回来ても、ここは最高だな。湯畑の店で配ってる温泉饅頭を食いすぎちゃって、夕飯に響いちゃったよ』
「うわ、いいなぁ。温泉なんて、しばらく行ってないや」
『一良もたまには旅行でもしろよ。彼女でも連れ――』
真治が言いかけて言葉を止め、わざとらしく咳ばらいをした。
『で、何か用か?』
「あ、うん。ネジをあっちの世界で、どうにかして作れないかなって思ってさ」
『ネジ? SK材(金属材料の名称)とかでか?」
「SKじゃなくても、自分たちで精錬した鉄とかでさ。どうにかならないかな? ネジを見て、ぜひ作ってみたいって言ってる人がいるんだよ。モノづくりに革命が起こるって言ってさ」
『いやぁ、そりゃ無理だな。一良が言ってるのは、電気を使わずに人力でどうにかってことだろ?』
「うん。どうやっても無理なの?」
『かなり厳しいな。うちの工場にあるやつみたいな自動機が必要だし、こっちから材料を持って行って大量生産ってなら、材料をストレートにして細断する押し出しの機械がいるしさ。人力で削るのが無茶なのは、俺の仕事を見てたなら分かるだろ?』
「だよねぇ……そういえば、屋敷の床に張ってある鉄板って、父さんは何に使ったの?」
今なら教えてもらえるかもと一良は思い、思い切って質問する。
『それなー。まあ、もう少ししたら、たぶん全部話してやれるようになると思うから。その時まで待っとけ』
「なんじゃそりゃ……」
『んで、他には何かあるか?』
「えーと……母さんってやたらと若いけど、あれってどうしてなの? 実年齢と見た目がかけ離れてる気がするんだけど」
『それも、また今度だなぁ』
「えー……」
『まあ、元気でやってるようでよかったよ。あっちでの暮らし、充実してるんだろ?』
「うん。楽しくやってるよ。いい人たちばかりだしさ」
『そっかそっか。彼女はできたか?』
「う、うーん……まあ、それについては追々で」
『お? その言いかたは、いい相手がいるんだな? かわいいのか?』
真治のからかうような声色が響く。
「だから、追々だって。それじゃ、そろそろあっちに戻るから」
『おう。体を大事にな。楽しみにしてるぞ』
電話を切り、屋敷に入って異世界への敷居をまたぐ。
時刻は夕方で、木々の隙間からはオレンジ色の光が差し込んでいた。
しばらく進むと、強制転移されてしまう場所の少し先に、オルマシオールと人の姿のティタニアがいた。
『来たか。待ちわびたぞ』
「カズラ様、おかえりなさい」
「ただいまです。待っててくれたんですか?」
一良はそう言いながら、手元に置いておいた犬用の大きな馬肉スティックを放り投げた。
オルマシオールが、ぴょん、とジャンプして、それを口でキャッチする。
『むぐむぐ……分かっているではないか』
「はは。前のこともあったんで、ひょっとしたらと思って準備しておきました」
「カズラ様! 私の分は!?」
「もちろん、ありますよ」
彼らの下にまでトラックを進め、ティタニアにバナナのオムレツケーキを手渡す。
コンビニで買った、スポンジ生地でバナナと生クリームを巻いた洋菓子だ。
ティタニアはいそいそと包みを剥がすと、端からかぶりついた。
「んっ! んまっ! これめちゃうまですよ!」
目を輝かせてむさぼるティタニア。
馬肉スティックを咀嚼していたオルマシオールの口の端から、よだれがダラダラとこぼれた。
『わ、私のはないのかっ!?』
「あはは。安心してください、ありますよ」
一良がもう1つのオムレツケーキを手にトラックから降り、包みを開けてオルマシオールの口にそれを入れる。
彼はもっしゃもっしゃと勢いよく食べ、にへら、ととろけ顔になった。
『美味い……今まで食べた菓子のなかで一番美味いぞ……』
「オルマシオールさん、甘い物が大好きですもんね。いろいろ買ってきてあるんで、後でゆっくり食べてください」
『うむ。いつもすまんな。ありがとう』
口の周りをペロペロと舐めながら、オルマシオールが頭を下げる。
「いえいえ、これくらい。それじゃ、行きましょうか」
彼らと一緒に、木々の間をトラックで進む。
『今日は何をしてきたのだ?』
「政治の資料の受け取りと買い物です。思い付きで、たくさん買ってきちゃいました」
「これは、お菓子とおもちゃですか?」
半分ほど食べたオムレツケーキを手にしたティタニアが、荷台を覗き込む。
ダンボール箱とビニール袋で、荷台はいっぱいだ。
「ええ。お祭りに使えればと思って。ようやく平和になったし、村の人たちに思いっきり楽しんでもらえればと」
「なるほど。それはいいですね」
そんな話をしながら、木々の間を歩く。
雑木林を抜けて村へと着くと、何やら人だかりが見えた。
何だろう、と一良は思いながら、そこへと向かう。
「あっ、カズラさん!」
一良に気付いたバレッタが、木箱に置いてあった布がかけられた皿を手に駆け寄って来る。
彼女の背後には、骨組み状態のビニールハウスが鎮座していた。
骨組みの両側に厚手のビニールが広げられていて、これから全体を覆うところだったようだ。
リーゼやジルコニア、村人たちも駆け寄ってきた。
カーネリアンやティティスたちも、その後を追った。
「おかえりなさい!」
「ただいまです。ビニールハウス、組み立ててたんですか」
「はい。カーネリアン様やラースさんたちにも手伝ってもらってます」
「カズラ、おかえり。あのビニールハウス、組み立てるのすんごく大変だね」
リーゼが疲れた顔で、ビニールハウスを振り返る。
「ああ。なかなか難しいだろ? 俺も父さんを手伝って組み立てたことあるけど、だいぶしんどかったよ」
「だよね。金具のところにビニールを針金で押し入れるのが難しくってさ」
「指、挟まなかったか?」
「うん、大丈夫。エイラが一回、挟んじゃったけど」
一良がエイラを見ると、右手の親指に絆創膏が貼ってあった。
金具との間に挟んで、切ってしまったのだ。
「ありゃ。エイラさん、大丈夫ですか?」
「はい。少し切っただけなので」
エイラが指を摩りながら苦笑する。
「カズラ様! このビニールハウスなら、真冬でも夏の作物が作れるんですよね!?」
フィレクシアが興奮した様子で、ビニールハウスを指差す。
「ええ。でも、寒い日はストーブとかで温めておかないとダメですけどね。日光だけだと、どうしても限界があるので」
「それでもすごいのですよ! あのビニールっていう素材は、私たちにも作れるのでしょうか?」
「いやぁ、あれはさすがに無理ですね。それと、ネジなんですけど、やっぱりこっちじゃ作るのは無理って結論になりました。すみません」
「ええっ!? ダメなんですか!? はあ……」
あからさまに落胆するフィレクシア。
そんな彼女の肩に、ティティスが、ぽん、と手を置いた。
「仕方がないですよ。諦めましょう」
「うう、残念なのです。あれを大量生産できれば、きっとすごいことになるのですよ……」
「あの、カズラさん」
バレッタが手にした皿にかかっている布を除ける。
そこには、赤、橙、紫の小さな四角い物体が3つ載っていた。
どれも綺麗に透き通っており、夕日を反射してキラキラと輝いている。
「えっ!? 何ですかこれ!? もしかして、宝石ですか!?」
驚く一良に、バレッタが微笑む。
「ふふ、違います。琥珀糖を作ってみたんです」
「琥珀糖? ……ああ! 砂糖菓子ですか!」
琥珀糖とは、砂糖と寒天で作る和菓子のことだ。
混ぜたそれらを煮詰め、冷やして固めて作る。
本来なら、数日間乾燥させて曇りガラスのような見た目になるまで待ってからの完成となる。
作り立ての琥珀糖は透明度が高く、色素を加えてさまざまな色のものを作ることができ、見た目はまるで宝石のように美しい。
「すごいな、こんなに綺麗なものなんですね。どうやって作ったんですか?」
「棒寒天をすり潰して、お砂糖と一緒に煮詰めたんです。ジュースとかワインで色を付けたんですけど、綺麗にできてよかったです」
「へえ、そうやって作るのか。食べてもいいですか?」
「はい! あ、その前に手を洗ってください」
バレッタは皿を一良に渡し、水入りの革袋を持ってきた。
一良はそれで手を洗うと、赤色の琥珀糖を摘まんで口に入れた。
ぷるんとした舌触りと、ほのかな甘さが口いっぱいに広がる。
「んっ、美味い! すごく美味しいです!」
喜ぶ一良に、バレッタがほっとした顔になる。
「よかった……本当はもっとたくさんあったんですけど、皆に食べられちゃって、3粒だけになっちゃいました」
「これだけ美味しければ、そりゃあ皆も夢中になりますよ。珍しいものを食べさせてくれて、ありがとうございます。残りも食べちゃっていいんですかね?」
「どうぞ、食べてください」
「いただきます!」
一良が橙色の琥珀糖を口に入れる。
1つ1つ味わって食べている一良の姿に、バレッタはとても嬉しそうだ。
すると、一良の背中を、ぽんぽん、とティタニアが叩いた。
いつの間にか、獣の姿になっている。
「あ、おやつですか?」
「ワン!」
ティタニアが、辛抱堪らん、といった顔で一良を見る。
その隣にいるオルマシオールも、だらだらとよだれを垂らしていた。
「それじゃ、ビニールをかけて家に戻りましょっか。カーネリアンさん、政治の話は風呂を出てからしましょう」
「承知しました。楽しみです」
カーネリアンが嬉しそうに頷く。
そうして、皆でビニールハウス作りを再開したのだった。