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37話:ルーソン家のお風呂

「おかえりなさいませ」


 ハベルを先頭にして一行が屋敷の玄関ホールに入ると、一人の若い侍女が深々とお辞儀をしながら出迎えた。

 玄関ホールの石床はピカピカに磨かれており、壁際に何本か建っている石の柱にも彫刻が施されている。


「大事なお客様をお連れした。私が客室にご案内するから、マリーはすぐに夕食と風呂の準備をしてくれ」


「ご夕食はお風呂の後でよろしいでしょうか?」


「ああ、それで頼むよ」


 マリーと呼ばれた侍女はハベルに、かしこまりました、と返事をすると、一良たちに向き直って再びお辞儀をする。

 見たところ、まだ少女と言っても差し支えない年齢に見える。


 ハベルはマリーに指示を出すと、どうぞこちらへ、と一良たちを屋敷の奥へと案内した。




「こちらの部屋はご自由にお使いください。お風呂の仕度が出来次第、別の者がお迎えに参ります」


 ハベルは一良たちを客室に案内すると、一礼して部屋を出て行った。

 一良はハベルが部屋を出て行ったことを確認すると、持っていた荷物を床に置き、部屋の中を見渡した。


 部屋の壁には蝋燭立てが掛けられており、緩やかな明かりが室内を仄かに照らしている。

 室内に置かれている上質な丸テーブルの上には、瑞々しい果物がいくつか載せられた木皿が置いてあり、皿の前にはナイフも用意してあった。 

 水差しなどは置いていないので、これが飲み物代わりなのだろうか。


「風呂まであるなんて、この家は相当裕福みたいですね。貴族っていうだけのことはあるなぁ」


 一良はそう言いながら、早速テーブルの上に置いてあるリンゴのような果物を手に取ると、一緒に置いてあったナイフを使い、慣れた手つきで皮を剥き始める。


「私たちまでこんな部屋に案内してもらえるなんて……」


 自分と父は街の宿屋を手配してもらえれば上々だろうと考えていたバレッタは、一良と同様に扱われるという予想外なハベルの対応に驚いていた。

 普通、一介の農民が貴族の家に足を踏み入れるなど、まずありえない事である。

 あるとすれば、奴隷として買い上げられた場合や、使用人として雇われた場合に限られるのだ。


「きっと、今のうちに私にいい印象与えておこうっていう腹積もりでしょうね。後々のための布石ってやつかな」


 剥いた果物を頬張りながらそう言う一良に、バレッタは何ともすっきりしない表情で頷いた。

 自分達に不都合はないと解っていても、自分達をダシにしてハベルが一良の厚意を引き出そうとしていると考えると、あまりいい気はしないのだろう。


 そんなバレッタの様子に、一良は苦笑しながら口を開く。


「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。今のところ私達に不利益になる要素はないと思いますし、このまま程よい関係を築いていければ、私としても好都合です……あ、すいません、私ばっかり食べちゃって。バレッタさんたちの分も剥きますね」


「あっ、私は大丈夫です。すぐに夕食ってハベル様が言ってましたから、あまり食べないでおきます」


「うむ、私も食べないでおきますかな。貴族様のご馳走を食べる機会など滅多にないので、腹ペコで臨むことにします」


「むむ、確かに……私も、もう一個だけ食べておしまいにしよう」


 そう言って果物をもう一つ剥き始める一良に、バレッタがくすっと笑みを漏らす。


「そういえばお昼ご飯の時も、カズラさんはお腹すいたーって言って、出されたご飯の他に缶詰もこっそり食べてましたもんね。ラタに乗るのって大変でしたか?」


「ええ、常に足でバランスを取ってないといけないんで、想像以上に疲れましたよ。これなら歩いたほうがよかったなぁ……」


 グリセア村を出発してからというもの、常にラタの背に揺られていた一良は、慣れない騎乗の所為でかなり疲労が溜まっていた。

 普段あまり使わない筋肉を酷使した為か、太ももが強烈な筋肉痛で悲鳴を上げている程だ。

 その所為か普段より余計に腹が空き、グリセア村に来て以来の食欲を発揮している。

 乗馬とは、見かけによらずなかなかにハードな運動らしい。


「それはそうと、明日の領主との面会で話す内容なんですが、一応口裏を合わせておきましょう。領主には知られないほうがいい話もあるので」


 現時点で3人は一緒に居させられているため、領主と面会した際に別々に話を聞くといったような真似はしないとは思うが、念のために口裏は合わせておいた方が良い。

 基本的に、領主の質問に対しては一良が答えることになるはずだが、ふとした拍子にバレッタや村長から聞かれたくない話が漏れると困るのだ。


「バレッタさんとバリンさんは、領主の質問に正直に答えてもらって構いません。ただし、私の持ってきた食べ物を食べた後、村の人たちが力持ちになったことは伏せておいて欲しいのです」


 一良の台詞に、バレッタと村長は頷いた。


 一良が持ち込んだ様々な便利道具については、ナルソンに一良がグレイシオールであるということを説明するために見せる必要がある。

 だが、食べ物に関しては話が別で、一良が持ちこんだ食べ物の効能は、今のところグリセア村の住民しか知らないのだ。

 長期にわたって一良の持ち込んだ食べ物を食べることによって得られる剛力についてまで、わざわざこちらから説明する必要は無い。

 ナルソンが一良の持ち込んだ食べ物の効能を知った場合、グリセア村に残っている食べ物を接収しようと動く可能性も、全く無いとは言い切れないのだ。


 飲むだけで短時間で体力が回復したり、病気が全快するリポDについても同様で、使い方によってはこれまた日常用途としても交渉カードとしても驚異的な威力を発揮するだろう。

 万が一、様々な道具を見せても一良がグレイシオールだとナルソンに信じてもらえなかった場合、リポDを誰か適当な半死人に使ってみせることで、奇跡の回復薬の都合をつけることができる存在として認識させることができるのだ。

 もっとも、領主側にとって得になる提案しかないような交渉の場で、わざわざ一良に反感を持たれるような態度を取るとは考えにくいのだが。


 他に何か話したらまずいことはないかな、と3人が話を詰めていると、部屋の扉が、コンコン、とノックされた。


「どうぞ」


「失礼致します」


 一良が返事をすると、先ほど玄関ホールで一良たちを出迎えたマリーと言う名の侍女が部屋に入ってきた。


「お風呂の用意が出来ましたので、お迎えに参りました。最初にカズラ様にご入浴していただければと思うのですが……」


「わかりました」


「ありがとうございます。それでは、ご案内いたします」


 マリーは一良の返答を聞いて礼を述べると、一良を連れて部屋を出た。




 一良とマリーが風呂に向かっている頃、同じ屋敷内の一室で、ハベルはローブを纏った初老の男と向き合っていた。


「明日の昼までに、送迎用の馬車を1台と護衛の兵を4名ですな」


「ああ、兵士は腕利きを頼むぞ。農民だからといってぞんざいな扱いをしないように厳命しておいてくれ。食べ物や天幕も上等なものを頼む」


 他に何か必要な物はないかと頭を捻っているハベルに、初老の男は珍しいものでも見るような視線を向けている。

 というのも、先ほど男が自室で事務作業をしていたところ、ハベルが突然やってきて、私兵と馬車の準備を命じたのだが、その内容が首を傾げたくなるようなものだったのだ。

 話の前後から察するに、どうも馬車に乗るのは農民だけらしい。

 貴族と一緒というならまだしも、農民だけを馬車で護送するなど、普通では考えられない話なのだ。

 しかも、よくよく話を聞いてみると、その農民は現在屋敷に宿泊中とのことである。

 これに疑問に思うなと言うほうが無理な話だ。


「農民を屋敷に泊めた上に、送迎用の馬車と護衛をつけるとは……その農民は、実はお忍びの貴族か何かですかな?」


「いや、ただの農民さ。何処にでもいる、普通のな」


 詳しく話すつもりは無い、といった雰囲気のハベルに、男は


「左様でございますか」


 と返事をしつつも、どう考えても普通ではない指示を内心訝しんでいた。


 この男は、ルーソン家に古くから仕える執事である。

 他の使用人を取り纏める役割を担っており、今回のように家の者から指示を出されれば、馬車の手配から人の手配まで何でもこなす。

 ハベルとの付き合いももちろん長く、ハベルが生まれてこの方、教師としても使用人としても、極めて親しく付き合ってきた間柄なのだ。


 そのハベルが、自分に何の相談もなしに、このような指示を出すということは余程のことである。

 今回馬車で送り届ける農民に、何かあることは間違いない。


「あと、寝具は2つ……いや、念のため3つ用意しておくように。これも上等なものを用意してくれ」


「かしこまりました」


 疑問に思うところは多々あるものの、男はハベルの指示を受け、恭しく頭を下げた。

 ハベルとて、もう子供ではない。

 自分に詳細を言わないのには、何か特別な理由があるのだろうと、男は自らを納得させた。


 ハベルは男に指示を出し、部屋を退出しようとドアノブに手を掛けた所で、そういえば、と男を振り返った。


「父上と兄上は、あと5日は戻らないのだったな?」


「はい。予定通りであれば、今頃はグレゴルン領を出てイステリア領内に入っている頃かと思いますが……」


「そうか」


 ハベルは男の返答を聞くと、今度こそドアを開けて男の部屋から出て行った。




「それでは、お召し物を脱がさせていただきます」


「……」


 風呂場に併設されている脱衣所に案内された一良は、上着に手を掛けるマリーを前にしてたじろいでいた。

 案内されている最中に、「服を脱ぐのを手伝われたりして」などと軽く妄想していたのだが、まさかの現実になったのである。

 しかし、一良がたじろいでいるのは、服を脱がそうとしてくるマリーだけが理由ではない。


 一良の背後側の脱衣所の隅に、筋骨隆々で上半身裸のスキンヘッドの男が、右手に変わった形をした青銅の鎌、左手に小ぶりな銅のピンセットを持って仁王立ちしていたからだ。

 男は一良と目が合うと、口端を上げて爽やかな笑みを浮かべた。


「失礼致します」


 用途不明な凶器を持つマッチョマンを見て固まっている一良の返事を待たず、マリーは一良の衣服を脱がしに掛かった。

 一良が着ている衣服は、以前バレッタが仕立ててくれた、無地のシャツにズボンである。

 マリーはそれらの衣服を手早く脱がすと、続けて現れたグレーのストライプ柄のトランクスを見て一瞬固まったものの、すぐにその場に両膝を付き、トランクスに手を掛けて脱がしに掛かる。


「あっ、それは自分で脱ぎますんで!」


 トランクスをずり下ろされそうになった一良は、慌ててトランクスの端を手で押さえながら介助を辞退した。

 マリーは介助を断られるとすぐに手を引っ込め、


「失礼致しました」


 と言って立ち上がり、その場で待機している。

 ……脱ぐまで待っているつもりらしい。


「あの、後は自分で出来ますから……」


 困ったような表情でそう言う一良に、マリーは一瞬考えるような表情をした後、くすっと小さく笑った。


「承知致しました。着替えはご入浴中に用意しておきますので、そちらをお召しください」


 マリーはそう言って一礼すると、一良が脱いだ衣服を両手で抱え、脱衣所から出て行った。

 一良はマリーが出て行った事を確認すると、やれやれとトランクスに手を掛けて半ばまで脱いだところで、室内にはまだマッチョマンが居ることを思い出して振り返った。


「お任せください」


 先ほどと同様に爽やかな笑みを浮かべて、手に持った鎌を軽く持ち上げて見せながら、そのような台詞をのたまうマッチョマン。

 何をどう任せられるというのか。


「あの、その鎌で何をするんですかね?」


 一良がトランクスに手を掛けたまま、若干引きつった表情で質問すると、男は一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐに元の爽やかな笑みを浮かべて口を開いた。


「全身の体毛を綺麗に剃らさせていただきます。私の仕事は実に上手だと、旦那様にもよく褒められていますから、ご安心ください」


 どうやら、この男は日本で言うところの脱毛師のような仕事をしているようだ。

 ということは、左手に持っているピンセットも、脱毛に使う道具なのだろうか。


「左手に持っているピンセットは何に使うんですか?」


「これは、腋毛を抜くために使います。さぁ、早速脱毛いたしましょう!」


 やたらと乗り気な男に、一良はトランクスを脱いで向き直ると、これまた爽やかな笑顔で


「やめておきます」


 と言い放った。

 一良の言葉を聞いた瞬間、男が見せた心底落胆したような表情が、妙に印象に残った。




 入浴後、一良は脱衣所に用意されていた上品な生地のゆったりとしたローブを身に纏い、脱衣所を出てすぐの所で待機していたマリーに付き添われ、客室に戻ってきた。

 戻りがてら、マリーに先ほど持っていった衣服はどうしたのかと聞いたところ、洗濯してくれているとのことだった。


 ちなみに、用意されていた着替えの中には下着が含まれていなかった。

 そんなわけで、現在一良はノーパンである。

 用意されていた着替えから推測するに、この国の人間は全員ノーパンなのかもしれない。


 一良が部屋に戻ると、今度は村長が入れ替わりで、マリーに連れられて風呂場に向かった。


「カズラさん、お風呂はどうでしたか?」


 全身を湯で洗い、さっぱりとした様子で戻ってきた一良に、バレッタが興味深げに問いかける。

 そんなバレッタを見て、一良の頭に一瞬「この娘もノーパンなのだろうか」といった疑問が沸いて出たが、慌ててそれを打ち消すと、貴族風呂の感想を述べるのだった。

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[一言] もちろんノーパンさ!
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