349話:グレイシオール砦
アロンドとウズナの婚儀に出席した一良たちは、翌朝の日の出と同時にバーラルを発った。
バイクとトラックのみの編成で、一直線に国境沿いの砦まで街道を爆走中だ。
トラックを運転しているのは一良である。
「おっ、おっ、おっ」
トラックの荷台に乗っているフィレクシアが荷台から身を乗り出し、振動に合わせて妙な声を漏らす。
どうしても付いて行きたい、という彼女の要望を受けて、カイレンの許可を得て同行することになったのだ。
お目付け役として、ラースとティティスも荷台に乗っている。
当初はティティスだけ同伴することになっていたのだが、ラースが「俺らが負けた国ってのがどうなってるのか自分の目で見てみたい」、というので便乗することになったのだ。
ラースは軍団長でもあるので、エルミア国王への謁見を任されたという側面もある。
粗暴なラースに謁見を任せるのはまずいのではとラッカが心配していたが、ティティスが「その時は私が代わりに話しますから」ということで落ち着いた。
「楽しいですね! まるで風になったみたいですよ!」
「フィレクシアさん、座ってください! 危ないです!」
「そうだぞ。落っこちたらどうすんだ」
ティティスとラースがフィレクシアの両腕を掴んで引き戻す。
「いくらなんでも、はしゃぎすぎだろ。自分の国が負けたこと忘れてんじゃねえのか?」
「勝ち負けなんか、どうでもいいじゃないですか!」
フィレクシアがにこっと微笑む。
「長かった戦争が終わって、これから何十年、何百年も平和な時代になるんですよ? 神様が現れてくれたことに感謝すべきなのですよ。むしろ、喜ぶべき敗北なのです」
「フィレクシアさん、それを言うのはここだけにしてくださいね」
ティティスがやれやれと、額を押さえる。
「平和が嬉しいのは私も同じですけど、この戦いで死んでいった人たちは大勢います。負けてよかったなんて、言うべきではないですよ」
「むう。それはそうですけど、バルベールは覇権主義国家だったじゃないですか。もしもアルカディアとの戦争に勝っていたとしても、すぐまた戦争、その後も戦争、となっていたはずなのです」
フィレクシアが不満げな顔で言う。
「負けたからといって酷い扱いを受けるわけじゃありませんし、今を生きている人たちにとっては平和が何よりも尊いのですよ」
「ですから、それは分かっていますよ。人前で、負けてよかったなんて言うなと言っているんです」
「そ、それは分かっていますって!」
フィレクシアの返答に、窓を開けて運転していた一良が笑う。
「はは。フィレクシアさんも技師として、今までと違った仕事ができるのが楽しみなんじゃないですか?」
「そうなのです! これからは、人の恨みを買わない仕事ができるのですよ! 手始めに、あのぐりぐりがついた釘の作りかたを教えてほしいです!」
「ぐりぐり? ネジのことですか?」
「あれはネジというのですか? あれは、本当にすごい発明なのですよ! 物作りに革命が起きますよ!」
「うーん。この世界で作るってなるとなぁ……」
「難しい、ですか?」
「俺も専門家じゃないんで、何とも言えないです。まあ、検討してみますね」
そんな話をしながら一行はひた走り、砦が見えてきた。
城門前では大勢の兵士や市民が待ち構えており、一行の姿を見て大きな歓声を上げている。
「ルグロ、おかえり!」
先頭で到着したルグロに、ルティーナが抱き着く。
ルグロはバイクに跨ったまま、彼女を受け止めた。
「おう、ただいま。遅くなってごめんな」
「ほんとだよ! 私、ルグロに何かあったらって、気が気じゃなかったんだから!」
笑顔のルティーナの瞳には、涙が浮かんでいた。
毎日無線で連絡を取っていたとはいえ、心配で仕方がなかったのだろう。
彼女の後ろから、ルルーナやロローナたちがルグロに駆け寄る。
「お父様、おかえりなさい」
「戦争の完全終結、おめでとうございます」
「「おめでとうございます!」」
4人の子供たちが声をそろえる。
「おう、ありがとな。つっても、俺はただ突っ立ってただけだ。礼はカズラに言ってやってくれ」
ルグロが振り向き、トラックの運転席にいる一良に笑顔を向ける。
子供たちは「ありがとうございます!」と声をそろえ、一良に深々と頭を下げた。
いつもながら、礼儀正しくて大変よろしい。
「どういたしまして。あれから、変わりないですか?」
「はい。毎日楽しく過ごさせていただいております」
「ウリボウさんたちと一緒に、畑仕事をさせていただいておりました」
ルルーナとロローナが、城門の向こうを見やる。
そこにはたくさんのウリボウたちが、市民たちと一緒にこちらを見つめていた。
子供を背に乗せているもの、なぜか衣服を着用しているもの、大人たちにモフられまくっているものなど。
誰も怖がっている様子はなく、とても仲が良さそうだ。
「ウリボウさんたちが、荷物運びを手伝ってくれたんです。おかげで、麦の収穫がすごく早く済みましたよ」
ルティーナが一良に微笑む。
「へえ、そんなことまで。指示を出したわけじゃないんですよね?」
「はい。皆が畑仕事をしているのを見て、自分から動いていました。すごく賢いんですね」
「カズラ様!」
すると、1頭のウリボウに跨ったコルツが、後ろにミュラを乗せて駆け寄って来た。
その後ろから、彼らの両親もウリボウに乗って走って来た。
「おかえりなさい!」
「コルツ君、ただいま。元気そうだね」
「うん! お姉ちゃん、オルマシオール様、おかえり!」
コルツがウリボウの背から飛び降り、トラックの横にちょこんと座っているティタニアとオルマシオールに駆け寄る。
勢いよくティタニアに飛びつき、その顔にぐりぐりと自分の顔を押し付けた。
ティタニアは嬉しそうに、彼の顔をペロペロと舐めている。
「カズラ様、私たちは村に帰れるんですか?」
トラックから降りた一良に、ミュラが歩み寄る。
「うん、帰れるよ。荷物の用意ができたら、いつでも帰っていいよ」
「よかった……カズラ様も、帰ってくるんですよね?」
「そのつもり。でも、いろいろとやらないといけないことがあると思うから、また一緒に暮らすのは少し後になるかも」
「ねえ、カズラ様。村長さんたちは?」
コルツがきょろきょろと辺りを見渡す。
バレッタと一良が、「あっ!」と声を漏らした。
バーラルからここまで一直線に向かってきたため、ムディアは経由していない。
イクシオスも、他の村人たちと一緒にムディアに置いてけぼりだ。
「お父さんたちを拾ってくるの、忘れちゃってましたね……」
「しまった、ムディアにも連絡してないですよね。リーゼ、アンテナ出してくれ」
「うん」
リーゼが携帯用アンテナを無線機に繋ぎ、アンテナをムディアの方角へと向けた。
バレッタが無線機を受け取り、スイッチを入れる。
「こちらバレッタ。ムディア応答せよ。どうぞ」
『あっ、バレッタ! まだ戻って来ないの? どうぞ』
若い女の声が無線機から響く。
今日の無線番はシルベストリアのようだ。
「ごめんなさい、私たちもう砦に来ちゃってて……バーラルから直行するって言い忘れてました。どうぞ」
『えー!? 連絡がないから、バリンさんたち酒盛りしちゃってるよ。軍の偉い人たちと、ずっと飲みまくってるの。どうぞ』
「そ、そうですか。準備ができたら、シルベストリア様たちもイステリアに戻ってもらえますか? どうぞ」
『うん、分かった。バレッタたちは、すぐに村に戻るの? どうぞ』
「いえ。たぶん、いろいろとやることがあると思うので……あ、カーネリアン様に、無線機とアンテナを渡しておいてもらえると」
バレッタがあれこれとシルベストリアと話し、無線を切る。
すると、それを見ていたルティーナが一良に目を向けた。
「そういえば、この砦なんですけど、いつまでも『国境沿いの砦』じゃ呼びにくいって皆さんが言ってるんですよ」
「ああ、確かにそうですね。何か名前を付けたほうがいいですよね」
「はい。それで、何がいいかっていろんな人に聞いて回ったのですが、『グレイシオール砦』がよいのではという意見が多くて。いいでしょうか?」
「ぐ、グレイシオール砦……」
まさかそんな名前を付けられるとはと一良が唸っていると、リーゼがその背をぽん、と叩いた。
「いいじゃん、グレイシオール砦。ぴったりだと思うけど?」
「まあ、皆がそれがいいっていうならいいけど。ナルソンさん、いいですかね?」
「とてもよい名前ですな。そうしましょう」
ナルソンの言葉に、周囲にいた者たちが、わっと歓声を上げる。
「それじゃ、イステリアに帰りましょ。あと、ナルソン」
ジルコニアがナルソンに近寄り、顔を近づける。
「ニーベルは、イステリアに移送済みよね?」
「ああ。お前に言われたとおり、屋敷の地下牢に閉じ込めてある。好きにしていい」
「そ。ありがと」
ひそひそと話す2人に、一良たちが小首を傾げる。
ジルコニアは一良に顔を向け、にこっと微笑んだ。
「さあ、出発しましょう。休憩は別にいりませんよね?」
「んー、どうしようかな。ティティスさんたちは、疲れていませんか?」
トラックの荷台に座ったままのティティスたちに、一良が声をかける。
「フィレクシアさん、ラースさん。体調は?」
「めちゃ元気です!」
「秘薬を貰ってるからな。これっぽっちも疲れてねえよ」
3人にはリポDを与えているので、体調はすこぶるよさそうだ。
身体能力が強化されないように、リポDを与えるのはとりあえず今日までということになっている。
「とのことです。お気遣い、ありがとうございます」
「んじゃ、出発しますかね。腹が減ったらいつでも言ってください。停車して休憩にするんで」
「承知しました」
そうして、一良たちはコルツたち村人に村に帰っていいと申し付け、グレイシオール砦を発った。
オルマシオールはウリボウたちのまとめ役としてコルツたちと一緒に後で来るとのことで、ティタニアは念のための護衛として一良たちに同行することになった。