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34話:出立準備

「バレッタさん……」


 イステリアまでの同行を申し出たバレッタに、一良は困り顔で言葉を詰まらせた。

 バレッタは、一良が神ではなく普通の人間だということを知っているが故、その身を案じてそう言ったのだろうが、一良は村の人間が不利益を被る可能性は出来る限り避けたいと考えている。

 イステリアにバレッタが同行するとなると、ナルソンを初めとするイステリアの首脳陣に少なからず彼女の印象を残すことになるはずなので、出来ればイステリアには一良一人で赴きたいのだ。


「グレイシオール様、イステリアにバリンさんやバレッタさんも同行させていただけるのであれば、村の現状把握や現況までの過程の整理が行いやすくなります。それに、グレイシオール様だけがイステリアへ同行されるよりも、村人達は幾分か安心するかとは思うのですが……」


 バレッタにどう答えようかと一良が考えていると、アイザックが地面に片膝をつけたままの状態で発言した。

 確かに、アイザックの言うとおり、村長やバレッタが一良と一緒にいるのであれば、村人達の心情も幾らか違うだろう。 

 それに、一良が一人でイステリアへ向かうとなると、グレイシオールの言い伝えとほぼ同様になってしまうので、村人達は不安がるはずだ。


「……わかりました。バレッタさんとバリンさんも同行していただきましょう」


 一良がそう言うと、バレッタと村長の顔に安堵の表情が浮かんだ。

 アイザックとハベルからも、ほっとした雰囲気が伝わってくる。


「では、荷物を取りに屋敷に戻りましょうか。出発する前に村の人たちに説明をしたいので、バリンさんは皆を屋敷の前に集めておいてください。バレッタさんはバリンさんの分も旅の準備をお願いします」


「副長」


 一良が村長とバレッタに指示を出していると、アイザックが立ち上がりながら、隣で膝をついているハベルに声を掛けた。


「はい」


「バリンさんと一緒に行って、兵を村の外まで引き上げさせろ」


「村に居た人物について、兵達から質問が出たらどう答えますか?」


「他国の貴族が亡命途中で村に訪れていたとでも言っておけ。国名は答えなくていい。丁重に扱い、イステリアまでお連れするということにすればいいだろう」


「了解しました」


 アイザックとハベルのやり取りを聞いて、一良は内心、よし、と頷いた。

 恐らく、アイザックは兵士たちにグレイシオールの存在が漏れることで起こりえる、噂の拡散を防ぐつもりなのだろう。

 イステリアの上層部に何の報告も行っていない現状では、その判断は当然と思われた。

 一良としても、グレイシオールが現れたぞ、と方々に言いふらされては困るので、彼らの判断は好都合である。


 一良はハベルが立ち上がるのを確認すると、屋敷へ向けて歩き始めた。




「では、私は荷物を取ってくるので、アイザックさんはここで待っていてください。すぐに戻りますから」


「わかりました。何かお手伝い出来る事があれば、お声掛けください」


 一良は屋敷の前に着くと、アイザックにその場に留まるように指示を出した。

 一良の指示を受けて恭しく頭を下げるアイザックに、屋敷の前を見張っていた二人の兵士が若干驚いたような表情を見せていたが、直ぐに隊長に倣って一緒に頭を下げた。


 そんな3人をその場に残し、一良はバレッタと共に屋敷の中に入ると、ボストンバッグなどの荷物が置いてある自室へと向かった。


「さて、リポDと缶詰は必須として、他には……もう全部持っていったほうがいいのかな」


「あの、カズラさん」


 見慣れた8畳ほどの広さの自室に戻り、一良がボストンバッグとキャリーケースの前に座ってイステリアへ持っていく荷物の品定めを始めると、バレッタも一良の隣に座り、早速話しかけてきた。

 バレッタは村の雑木林で瞬間移動した後、一良たちの話を全く聞いていないので、気になっていたのだろう。


「イステリアへ行ってナルソン様と話をつけるって言ってましたけど、どんな話をするつもりなんですか?」


「えっと、さっき林の中でアイザックさんたちと話したんですが、グレイシオールとしてイステリアに対して少々テコ入れをすることになったんです。領主には、その援助と引き換えに、村の安全と私の自由を保障させるつもりです」


「テコ入れって……食べ物の支援や道具の知識を与えるってことですか?」


「うん、そんなに沢山食べ物は持っていけないから、水車とかの道具の作り方を教えたりするのが主な支援になるかな」


 そう事も無げに言う一良に、バレッタは不安そうに表情を曇らせた。


「でも……それではカズラさんはイステリアから帰ってこれなくなってしまいませんか? きっと教えを請われる技術は、水車だけに留まらないと思います。私が領主様の立場なら、あれこれ理由をつけて可能な限りカズラさんを手元に置いておこうとします。欲しい技術は、水車などの農耕に役立つものだけではありませんから」


「あー、平気平気。何を言われても数日したら神様権限で絶対に村に戻りますよ。何せ私はグレイシオールってことになってますから、領主も私が村に戻るといっても強硬には反対出来ないでしょう。せいぜい、村まで護衛の兵士を付けるとか理由をつけて、監視させるくらいが関の山です」


 その時はアイザックさんかハベルさんを指名すればいいかな、と軽く言ってのける一良に、バレッタは若干ぽかんとしながらも、でも、と言葉を続けた。


「ナルソン様がカズラさんのことをグレイシオール様だと認めなかった場合はどうしますか? アイザックさんたちには、村の林で私が消える瞬間を見せることが出来ましたが、ナルソン様にはそれも難しいですし……」


 一良はバレッタにそう言われると、ふむ、と少し考える素振りを見せた。


「ライターとかリポDを見せたり、アイザックさんたちに口添えしてもらえば簡単だと思ってたんですけど、もしあの二人が下っ端の役人だったら、領主を信用させるまでに時間が掛かりそうですね……。でも、バレッタさんやバリンさんから今まで聞いた話だと、ナルソンって領主は結構融通が利きそうですし、きっと大丈夫ですよ。いざとなったらデジカメでも見せれば納得するでしょう。万が一信用しなかったとしても、こちらの提案は領主側にとって得にしかならないし、話に乗ってくると思いますよ」


 自信ありげに答える一良に、バレッタは小さく溜め息をつきながらも、一つ気になる単語が出たので聞いてみることにした。


「あの、デジカメって写真を撮る道具のことですよね? 今持っているんですか?」


「ええ、持っていますよ」


 バレッタの問いに、一良はボストンバッグの中を漁ると、中からシルバーのデジカメを取り出した。

 宝くじが当たる前から一良が愛用しているもので、少し型式は古いが当時は結構高かった代物で、性能もなかなかいい。

 引越しをする前にデジカメの中身は整理してしまっているので、中には村でこっそり撮った写真が数枚入っているだけだ。


 バレッタはデジカメを一瞥すると、真剣な表情で口を開いた。


「カズラさん、そのデジカメはあまり人には見せないほうがいいと思います。特に貴族様は、デジカメの使い方を知ったら是が非でも手に入れようとするはずです」


「貴族……あぁ、確かに、物騒なことに使えそうですもんねぇ。極力人には見せないように注意したほうがいいですね」


 一良の言う物騒なこととは、要人の暗殺に用いることが出来るという点である。

 この世界では、人物の人相を知るためには実際に顔を見るか、人物画から推測するしか無いはずであり、写真といった便利な物は存在しない。

 もし写真を撮ることの出来るデジカメという道具の存在を、暗殺に手を染めるような人物が知ったならば、喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 デジカメで暗殺対象の人物の顔を予め撮影出来ていれば、依頼を受けた暗殺者が標的の特定をする時間が大幅に短縮されるのだ。

 取り扱いは要注意である。


「それと、この部屋に置いてある道具は全てイステリアへ持っていくか、不要な物は日本へ持ち帰っておいたほうがいいと思います。アイザックさんとハベルさんはこの部屋にある道具を見ているので、部屋に荷物を置き去りにした場合、それらを手に入れるために人を送り込む可能性があります。二人がカズラさんをグレイシオール様だと本当に信じていれば、そんなことはしないとは思いますけど……」


「そうですね。この荷物、結構量があるからなぁ。……そういえば、このキャリーケースに何が入っているのか知らないんですよね。開けてみましょうか」


 一良はそう言うと、キャリーケースのロックをパチンと外し、二つに開いた。


「……何だこれは」


 キャリーケースを開け、中を覗きこんだまま固まっている一良に代わり、バレッタが中のものを幾つか手に取って調べ始めた。


「えっと、服と本と剣とブーツ。それに皮の手甲てっこうと……あ、これ甲の部分に金属の板が入ってるみたいですよ」


 キャリーケースを父親である真治から受け取った際、真治は『防犯用品や田舎暮らしに役立つもの』が入っていると言っていた。

 だが、実際キャリーケースの中身を見てみたところ、ぱっと見ただけでも、スタンガンやガスマスクのようなものが見えるのである。

 どう考えても、田舎暮らしには全く関係が無い。


 一良はキャリーケースの中から防刃ベストらしきものを取り出しながら、苦笑いを浮かべてぽつりと


「あのクソ親父、本当はこの世界に繋がる屋敷の部屋の事を知ってるんじゃないか……?」


 と呟いた。

 一昨日、一良が真治に屋敷の一室についてそれとなく聞いてみた時は、『そんな部屋など知らない』と答えていたのだが、そう答えた真治に持たされたキャリーケースの中身を見る限りかなり怪しい。

 次に真治と話をする際は、もう一度問い詰めてみる必要がありそうだ。

 

「えっ、カズラさんは、こちらの世界に来ていることをカズラさんのお父様に伝えてないんですか?」


 一良の呟きを聞き、意外そうな表情で問いかけるバレッタに、一良は、ええ、と頷いた。


「伝えていないどころか、こちらの世界に来ることが出来る扉の存在を、まだ誰にも教えていないんです。一昨日日本に戻った際に、父にそれとなく探りを入れてはみたんですが、全く知らない風だったんですよね……でも、これはもしかしたら、知っていてすっ呆けていたかもしれないですね。ただ田舎に住んでいるだけだと信じているなら、こんな物騒な物を持たせたりはしないはずです」


「そうなんですか。日本って治安がいい国なんですね……」


 腕組みして唸っている一良にそう答えながら、バレッタはキャリーケースの中に斜めに収められている剣を取り出し、金属のボタンで出来ている止め具を外すと、柄を握って鞘から抜いてみた。

 鞘から抜いた両刃の刀身はよく手入れされてはいるが、よく見ると刀身にも柄の部分にも、使い込まれたような形跡がちらほら見られる。

 大きさは80センチ程で、刃渡りは60センチはあるだろう。

 特に装飾などは見られないが、力強い印象を受ける見事な長剣である。

 外観としては、西洋の騎士剣が一番近いだろうか。


「よく手入れされてますね……材質は鉄なのかな」


 バレッタの言葉に、一良が俯いていた顔を上げると、バレッタが長剣を片手に持って眺めていた。

 どれどれ、と一良は右手でバレッタから剣を受け取って眺めてみると、確かに刀身は鉄製のようである。

 恐らくは鋼鉄で造られているのだろう。

 短剣と違って刀身が長い分、ずしりとした重みが手に伝わってくる。


「うん、鉄製みたいですね。何か使った形跡があるけど……まさか、父さんが使ってたんじゃないだろうな」


 日本の警察に見つかったら銃刀法違反で逮捕確実な一品を持ってそう呟く一良に、バレッタは


「だとしたら、大切な剣ですね。大事にしないと。……私も旅の準備を整えてきますね」


 と答えると、剣を眺めながら物思いに耽っている一良を残し、部屋を出て行くのだった。

 



 一良とバレッタが屋敷に戻ってから30分後。

 仕度を整えた2人が荷物を持って屋敷の前に出ると、そこには全ての村人達が集まっていた。

 一良は左肩にボストンバッグを掛け、右手にはキャリーケースを持っている。

 バレッタは背中に大き目のズタ袋を1つ背負っており、以前のように短槍などの武器は持っていない。

 服装は以前イステリアに行った時と同様に、普段着の上からマントを羽織っている。


 屋敷の前には村を制圧していた兵士たちの姿は無く、この場に居る兵士と言えば、屋敷の入り口を見張っていた2人とアイザックのみである。

 村人達は不安げな様子で、村人達の中心に居る村長を何やら質問攻めにしながらざわついていたが、一良の姿を見るとすぐに静かになり、全員が一良に視線を向けた。


 一良はそんな村人達の前に歩み出ると、皆さん、と口を開いた。


「少しの間、私はイステリアに行ってきます。この地域を治めている領主に、少々知恵を授けるためです」


 一良の台詞に、集まっていた村人達は再びざわつきだし、動揺したような雰囲気が広がったが、一良が


「お静かに」


 と声を掛けると、再び村人達は静まり返った。


「誤解しないで頂きたいのですが、私はイステリアに無理やり連れて行かれるのではありません。何日か経ったら必ず村に帰ってきますから、安心してください。それに、バリンさんとバレッタさんもイステリア行きに同行していただくので、私一人がイステリアへ行くわけではありません」


 村長とバレッタもイステリアへ同行すると聞き、話を聞いていた村人達の雰囲気は幾らか和らいだ様子だったが、まだその表情には不安が見える。

 だが、それは仕方の無いことだろう。

 村に伝わっているグレイシオールの言い伝えのように、首に縄を掛けられて一良が連行されるような状況ではないとはいえ、村人達にしてみれば、村を救ってくれていたグレイシオールが軍隊に連れ去られてしまうと言っても過言ではない状況なのだ。


「カ、カズラ様、俺……」


 不安げにしている村人達を落ち着けようと、一良が再び口を開きかけた時、村人の中から一人の男の子が一良の前に歩み出た。


「コルツ君?」


 コルツは一良に名前を呼ばれると、一良を見上げて目に涙を浮かべながら何かを言おうと口を開きかけたが、すぐに口をつぐむと足元に目を落としてしまった。

 一良はコルツと視線の高さを合わせるようにしゃがみ込むと、優しく頭を撫でながら


「大丈夫だよ。何日か経ったら必ず戻ってくるから、そしたらまた一緒に遊ぼうな」


 と、ゆっくり言い聞かせるように話しかけた。


「あ、あの、俺……」


「コルツ君、あまりグレイシオール様を困らせるようなことを言ってはいけないよ」


 再び口を開きかけたコルツの言葉を遮り、村人達から少し離れた場所にいたアイザックが発した台詞に、その場にいる村人達はぎょっとしてアイザックに視線を向けた。

 それもそのはず、村人達は『一良は自分がグレイシオールであるということに気付かれていないと思っている』と思っていたのだ。

 一良がグレイシオールだということに、自分達が気付いていることをばれてはいけない、と考えていた村人達が驚くのは当然である。


「アイザックさん」


 余計な口を挟むな、と言うように一良がアイザックに目を向けると、アイザックは姿勢を正して一良に頭を垂れた。

 そんなアイザックを見ながら、一良は一つ溜め息を吐くと、再び立ち上がって村人達を見渡し、


「私は必ず戻ってきます。どうか皆さん、私が居ない間に、早まった真似は絶対にしないでください」


 と、村人達に釘を刺すのだった。

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