331話:総督邸へ
その頃、一良はバレッタ、ジルコニア、エイラ、マリーと一緒に、馬車でムディアの街なかにある総督邸に向かっていた。
今のところ特に何もすることがないので、他国の街並みを見学しようと一良がバレッタを誘ったのだ。
ジルコニアは、ムディア見物に行ってくると言ったら「私も行きます!」と付いてきた。
マリーは侍女服に着替え済みだ。
リブラシオールの演技については、一良はバレッタとジルコニアから先ほど聞かされた。
周囲を近衛兵に守られ、石畳を車輪が叩くガラガラという音を聞きながら街なかを進む。
「カズラ様、本当に申し訳ございませんでした……」
座ったままの姿勢で腰を90度に折り、マリーが平謝りする。
一連の事情を聞いてからずっと、この調子だ。
「いやいや、自分の立場も考えなかった俺が悪かったんで。マリーさんは何も悪くないですよ。顔を上げてください」
「で、でも、カズラ様にあんな言いかたを……あうう」
その時のことを思い出して、マリーが自分の頭にゴツゴツとゲンコツをする。
「マリーちゃん、ごめんね。嫌な思いさせちゃったよね……」
「い、いえ! バレッタ様、私はだいじょう……だいじょばなくもないですけど、大丈夫ですので!」
「ふふ。でも、すごく上手だったわよ? あなた、役者になれるんじゃない?」
「あうう……」
茶化すジルコニアに、マリーは涙目だ。
ジルコニアはそれが面白いのか、クスクスと笑っている。
「あはは……あっ、皆様、外を見てください! すごい街並みですよ!」
エイラが気を利かせて、窓の外に目を向ける。
大通りの両脇には背の高い石造りの建物がいくつも並び、それらは商店のようだ。
そのどれもが小奇麗で、古臭いものは1つもない。
平時ならば、さぞかし活気のあることだろう。
「おお、これはすごいですね……イステリアよりも、数段立派な街並みだ」
窓から顔を覗かせた一良が、圧倒された様子で言う。
「ほんとですね。お金あるんだなぁ……」
一良と顔を並べて外を眺め、バレッタも感心している。
さすがは国内最大の穀倉地帯を有する街、といったところだろうか。
人々の外出は禁止されていて、通りを歩く市民の姿はない。
だが、道を進む一良たちを、2階や3階の窓からこっそりと覗き見ている市民の姿がちらほらと見られた。
皆が一様に不安げな顔をしている。
「クレイラッツ軍が占領してから、もうずいぶんと経ちますよね。毎日こんな状態なんだろうか」
「買い物とか、ゴミ捨てのための外出は認められているみたいですよ」
「まあ、それくらいはできないと生活に支障が出ますもんね」
一良はそう言ったところで、ふと疑問が頭に浮かんだ。
「そういえば、街で出たゴミってどうやって処理してるんですかね? イステリアと同じやりかたかな?」
「そうみたいです。専門の業者さんがいるみたいで、可燃ゴミはまとめて焼却処分して、不燃ゴミは再利用できるものは回収してるみたいですね。汚物は早朝に業者が各家庭を回収して回って、郊外に掘った穴に捨てに行ってるみたいですよ」
イステリアも公営で同じような業者が存在しているが、汚物の回収と廃棄は奴隷が行っている。
とても過酷な労働のため、それらに当たる奴隷は他の奴隷よりも若干賃金が良く住居も立派なものが用意されている。
ナルソンの意向で奴隷たちには敬意を持って接するようにと周知徹底がなされており、差別的な扱いは一切行われていない。
そのおかげか、自ら望んでそれらの職に就く者も多い。
基本的にイステリアでは奴隷の待遇は良く、言葉肉体両方での虐待は厳しく禁止されているので、一般市民との関係は良好だ。
「どの国も崩れる時は足元から」というナルソンの考えが、イステリアではしっかりと反映された政策がなされている。
「バレッタさん、よく知ってますね?」
「さっき馬車を用意してもらった時に、クレイラッツの兵士さんに街のことをいろいろと聞いたんです。『もうすぐこの街は完全に俺たちのものになる』って、誇らしげでした」
「あー……ムディアはクレイラッツが割譲するって話ですもんね。自分たちの街が他国に吸収されるって、街の人たちはどう思うんだろうか」
心配そうに言う一良に、バレッタも表情を曇らせる。
「きっと、皆不安に感じてると思います。故郷から追い出されるかもしれないし、下手をすれば奴隷として売り飛ばされるって思ってるはずです」
「だよなぁ。極力寛容な政策をするように、カーネリアンさんには言っておかないと。占領政策は最初を失敗すると、後々えらいことになりますし」
「はい。思いっきり甘くするか、これでもかっていうくらい厳しくするかの二択、ですよね? 本に書いてありました」
「あれ? そんなことが書いてある本まで渡してましたっけ?」
「いくつかありましたよ。ただ、状況ごとに使い分けないといけないから、一概には言えないって書いてありましたけど」
「でも、私たちの国の兵士や国民が納得するかしら?」
ジルコニアが困り顔で言う。
「散々仲間や家族を殺されてきたんだから、誰も彼もが腸が煮えくり返ってると思う。正直、私もそうだし」
「それは……でも、怨恨より未来を見据えた政策をしないとですよ。争いの芽は、できるだけ摘んでおかないと」
一良の言葉に、ジルコニアが「うーん」と唸る。
「でもまあ、生贄は用意したほうがいいですよ」
「生贄ですか?」
困惑顔の一良に、ジルコニアが真剣な顔で頷く。
「ええ。例えば、11年前に国境沿いの村落や私の故郷を襲った連中です。生きてる奴は探し出して、罪を償わせましょう。ちょうどいい役回りですし、いいですよね?」
にこりと微笑むジルコニアに、一良は気圧されるように頷く。
そんな話をしているうちに、馬車は大きな城門をくぐり、総督邸へと到着した。
総督邸は石造りの城のような外観で、周囲を立派な防壁と防御塔に囲まれている。
万が一街なかに攻め込まれた場合の、最後の砦として機能する作りのようだ。
総督邸の入口には槍を手にしたクレイラッツ兵がずらりと並び、一良たちを待っていた。
「アルカディア王国、カズラ将軍閣下に敬礼!」
まず一良が馬車を降りると、兵士長が声を張り上げた。
兵士たちが槍を胸の前に掲げ、ガシャン、と鎧の音が響き渡る。
「カズラ将軍閣下、お待ちしておりました!」
「え、ええ……」
満面の笑みで言う兵士長に、一良の顔が引きつる。
バレッタも驚いた顔になっている。
「あの、私はただの文官なんで。将軍じゃないですよ」
「失礼いたしました! 閣下、宴の準備ができておりますので、どうぞこちらへ!」
「すみません、その閣下っていうのもやめてもらえると……」
「はっ! ではカズラ様とお呼びさせていただきます!」
カーネリアンから通達されているのか、一良への応対には非常に気を遣っている様子だ。
一応、一良がグレイシオールであることは秘密にしているのだが、ひょっとすると重鎮たちには話が伝わっているのかもしれない。
ジルコニアにも同様に、「ジルコニア将軍閣下に敬礼!」と兵士長は声を張り上げた。
ジルコニアは慣れているのか、片手を挙げて兵士たちに応えている。
「カズラ様、そちらの女性はマリー様でしょうか?」
キョドキョドとしながら馬車から顔を覗かせたマリーを見ながら、兵士長が一良に小声で尋ねる。
「え? ええ、そうですけど」
「承知いたしました。マリー様、お手を。足元にお気を付けください」
最後に馬車から出て来たマリーに、兵士長が恭しく手を差し出す。
どうやら、マリーも重鎮として扱うようにと通達されているらしい。
マリーはおろおろしながらも、彼の手を取って馬車を降りた。
「……何か、ものすごく気を遣われてますね」
「で、ですね。来ないほうがよかったかもですね……」
こそこそと話す一良とバレッタ。
兵士長はそれには気付かず、「こちらへ」と一良たちをうながして総督邸へと向かった。
「我らが盟友、アルカディア王国の英雄たちが参られたぞ!」
「「「アルカディア王国万歳!」」」
「「「アルカディアとクレイラッツに永久の友情を!」」」
「う、うわあ……」
正面玄関を入ってすぐ、整列した大勢の兵士が一良たちの姿に声を張り上げる。
そして、割れんばかりの歓声が湧き起った。
一良たちを出迎えるため、あらかじめ準備していたようだ。
「すごい歓迎ぶりねぇ」
「な、何か恥ずかしいですね……」
にこやかに手を振るジルコニアと、圧倒されているバレッタ。
エイラとマリーも、一良の後を付いて歩きながら気恥ずかしそうにしている。
そうしてぞろぞろと進み、階段を上って最上階の大広間の前へとやって来た。
その入り口では、クレイラッツ軍の軍団長の2人が待っていた。
「皆様、ようこそおいでくださいました」
初老の軍団長が、一良たちに深々と礼をする。
「急ぎこしらえさせたものではありますが、手に入る食材の限りでクレイラッツ料理をご用意いたしました。どうぞ、お楽しみください」
そう言いながら、彼が扉を開ける。
大きな長テーブルには数十人分はあろうかという大量の料理が並べられ、壁際には様々な楽器を手にした楽師たちが並んでいた。
扉が開くと同時に優雅な音楽が奏でられ、軍団長が一良たちを中へいざなう。
「うお、すごい料理だ……」
「と、とても食べきれませんね……」
圧倒されている一良とバレッタ。
ジルコニアは料理を見て苦笑すると、軍団長を呼び寄せた。
「ねえ、こんなに素敵な料理を用意してくれたのは嬉しいんだけど、とても食べきれないわ。ナルソンや他の軍団長たちも呼んで、夜まで宴会にしちゃわない?」
「はっ! 承知いたしました!」
彼は笑顔で頷くと、外の兵士に指示を出した。
「さてと……カズラさん、戦勝会にはちょっと早いですけど、ぱーっとやっちゃいましょうか!」
「そうですね。せっかくなんで、盛り上がっちゃいましょう!」
「その意気です! ナルソンたちを待ってると料理が冷めちゃいますし、先にいただきましょ!」
うきうきした様子で、ジルコニアと一良が席に向かう。
「エイラさん、マリーちゃん、私たちもいただきましょう」
「は、はい」
「あわわ……」
そうして、期せずして対バルベール戦争勝利の祝賀会が開催されることになったのだった。




