330話:これでもくらえ
数分後。
リーゼはイクシオスとマクレガーを伴って、議場の屋上へとやって来ていた。
兵士がアロンドの顔から布袋を取り、階段へと戻る。
「やれやれ、どうにか殺されずに済みました。リーゼ様がいらしてくださったおかげですね」
アロンドが人の良さそうな笑みをリーゼに向ける。
「それにしても、同盟国がバルベールと講和を結んでいたとは驚きました。経緯をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「その前に、聞きたいことがあります」
リーゼが厳しい表情をアロンドに向ける。
「お父様に何も言わず、どうして姿をくらましたのですか?」
「それは、父の謀反が理由です」
柔らかい表情のまま、アロンドが答える。
「リーゼ様もご存知かとは思いますが、父のノールは何年も前からバルベールと通じておりました。私にも一緒にバルベールへと亡命するようにと命じられましたが、大恩のあるイステール家を裏切ることなど、私にはとてもできませんでした」
「だから、バルベールに潜入して我が国が有利になるように動いていたと?」
「はい。それに、もし父に従ったとしても、バルベールでは祖国を裏切った卑怯者と言われ続けたでしょう。そんな不名誉、私には耐えられませんので」
「なら、どうしてノールの裏切りを事前に報告しなかったのですか?」
「我が国での謀反の罪は連座制ですので。報告したとしても、良くて幽閉、下手をすれば一族郎党処刑です。ならばいっそ、賭けに出てみようと思ったのです」
すらすらと話すアロンドに、リーゼが顔をしかめる。
「それなら、姿をくらます前に手紙などでノールの裏切りを報告するべきだったのでは?」
「それも考えましたが、もしそれで父を取り逃がした場合、父は情報の出どころが私かハベルだと考えたでしょう。そうなれば、父を仕留める機会を逸してしまうと考えました」
「……というと、バルベールでノールと会ったら、彼を殺すつもりだったんですか?」
「説得するつもりではいましたが、理解してもらえなければそうするつもりでした」
「苦しい言い訳だな」
すると、黙って話を聞いていたイクシオスが口を開いた。
「お前はイステリアの西の森で、ノールと落ち合うことになっていたのだろう? そこに姿を現さなかったのだから、ノールはお前が裏切ったと考えるとは思わなかったのか?」
「イクシオス様、それは違います。父には、私は先にグレゴルン領に向かうと伝えておりましたので」
「ほう? あいつはそんなことは言っていなかったぞ」
イクシオスが鋭い目でアロンドを見る。
ノールは森で殺害されてしまったため、何も聞き出せていない。
これは、イクシオスの即興のブラフだ。
「ノールは森でお前と合流する予定だったが、現れなかったと言っていた。どういうことか説明してみろ」
「……父は死んだのですね」
アロンドが表情を曇らせる。
実のところ、彼は今は亡き元執政官のヴォラスからノールの死を知らされていたのだが、その表情は誰が見ても「今知った」というものだ。
「いいや、違う。ノールはイステリアで幽閉されているぞ。バルベールの者から死んだと聞かされているのなら、それはこちらが流した偽情報だ」
「そんなはずはありません。私は確かに、父に伝えてからグレゴルン領へと向かいました」
アロンドが真剣な表情でイクシオスを見る。
「もし父が生きていてすべての情報を吐いたのなら、イクシオス様は私にそんな質問をする意味がありません」
「ふむ。よくもまあ、スラスラと嘘が出てくるものだな」
「アロンドよ。お前の言っていることは、一見して論理立っては聞こえるが、ところどころ穴だらけだぞ」
マクレガーがイクシオスに続く。
「というと?」
「ハナからバルベールを裏切るつもりなら、どうして水車や製粉機などの設計図を持ち出したのだ。我が国に不利になる情報を、あえて連中に渡す必要などなかろう」
「それは、私が彼らの信用を得るために、どうしても設計図が必要だったからです」
「そんなことはないだろう。ノールの話では、貴様らがバルベールに亡命することは、連中も承知していたとのことだったぞ。あえて設計図をくれてやる必要などないではないか」
「手ぶらで亡命するのと、価値の高い情報を手土産にするのとでは、彼らの印象が大きく変わります。彼らの中枢に潜り込み、絶対の信用を得る必要があったのです」
「……アロンド、正直に答えなさい。あなたが彼らに渡した設計図は、どれとどれなのですか?」
リーゼがアロンドに尋ねる。
「唐箕、製粉機、スクリュープレスの3つです」
「どうして、その3つだけを渡したのですか?」
「理由は2つ。1つは、軍事的に流用が利きにくいものだからということ。もう1つは、それらはすでに彼らが情報を得ている可能性のある機械だったからです。製粉機についてはバルベールの財政を大幅に改善させてしまうものでしたが、私が功績を得るためにはどうしても必要だったのです」
「あなたは、他にも設計図を持ち出しましたよね? それらはどうしたのですか?」
「鉱石粉砕機とハーネスの設計図は、持ち出した後ですぐに焼却処分しました。軍事的価値が、途方もなく高いものでしたので」
「処分してしまうのに、どうして盗み出したのですか?」
「私は、アルカディアも欺く必要があったのです。重要な設計図が盗まれて裏切りが確実だとナルソン様が判断すれば、私のことを血眼になって探すでしょう? 国内にいるバルベールの間者がその事実を伝えれば、私がアルカディアの工作員であるという疑念は解消されます」
しかし、とアロンドが続ける。
「国境沿いの砦が陥落したと聞いた時は、正直かなり焦りました。しかも、カイレン将軍が砦で鹵獲した水車、製粉機、荷揚げ装置の現物をここに持ってきたんです」
議事堂で初めてカイレンと顔を合わせた時のことを、アロンドが話す。
「砦が奇襲され、たった1日で陥落するとはまったくの想定外でした。このままでは自分が計画を実行する前に形勢が完全にバルベールに傾いてしまうと考え、蛮族領へと向かう前に議員たちからの信頼を完璧にするため、内政業務に力を入れすぎてしまって……結果的に、バルベールの内政事情を良くしすぎてしまいました」
「そう……ですか」
つらつらと答えるアロンドに、リーゼが少し考え込む。
彼の言っていることが本当かどうかは、後でカイレンに聞けば答え合わせができる。
アロンドもそれは分かっているはずなので、言っていることは真実なのだろう。
もしくは、いくらかの嘘が混ざっているかだ。
――とりあえずは矛盾はない、か。でも、ノールが死んでるのを知らなかったっていうのは嘘だね。目の動かしかたが作りものだったし。
そうリーゼは思いながら、かねてからアロンドに会ったら聞こうと考えていたことを、今聞くことにした。
「なるほど。納得できました」
硬い表情を崩して微笑むリーゼに、アロンドがほっとした顔になる。
「でも、あと2つだけ聞かせてください」
「はい、なんなりと」
「どうして、バレッタを口説くような真似をしたのですか?」
リーゼが言うと、アロンドの眉がわずかに動いた。
「かなりしつこく口説かれて参ったと、バレッタから聞いています。あの時は、あなたはもうバルベールへ亡命する算段は付いていたはず。なのに、どうしてそんな真似を?」
「……参ったな」
アロンドがため息をつき、頭を掻く。
それを見て怪訝な顔になるリーゼに、アロンドは「失礼しました」と姿勢を戻した。
「きっと呆れると思うのですが……」
「いいから答えなさい」
ぴしゃりと言うリーゼに、アロンドは諦めた顔になった。
「彼女と一緒に仕事をするようになった当初、私は、彼女がバルベールの手の者ではと勘ぐっていました」
「……はあ?」
顔をしかめるリーゼに、アロンドが苦笑する。
「考えてもみてください。彼女がイステリアにやって来てから、今まで見たこともないような機械や道具が大量に作られ始めたんですよ? 私と同じようなやり方で、イステール領の中枢に潜り込むために送り込まれた者ではと考えたんです」
「信用を得るために、バルベールがあえていろいろな機械の作り方を教えてまで、こちらの内部情報を探ろうとしたと?」
「その可能性もゼロではないと考えたんです。もしも彼女がバルベールの手の者なら、私のような立場にある者に口説かれれば、情報を得るために乗って来るかと考えました」
「でも、断られたんでしょう? それでもしつこく口説き続けた理由は?」
リーゼの指摘に、アロンドはバツの悪そうな顔になった。
「ええと……私は、彼女がカズラ様に固執するのは、クレイラッツの要人であるカズラ様を虜にすれば、アルカディアにいながらクレイラッツの情報も知ることができるからだと考えました」
言葉を選ぶようにしながら、アロンドが語る。
「しかし、カズラ様にはリーゼ様という魅力的な婚約者がいて、攻略はどう考えても不可能です。なので、それを分からせれば、グレゴルン領と関わりの深い私に乗り換えるかもと考えてのことだったのですが、その……悔しくて」
「こ、婚約……じゃなくて、悔しい、とは?」
思わず頬が緩んだリーゼが、表情を引き締めて問い直す。
「お恥ずかしい話ですが、半ば彼女に惚れてしまったんです」
アロンドが気恥ずかしそうに笑う。
「探る途中で、彼女の話しぶりから彼女が工作員だという疑いはほぼ晴れていました。ですが、あまりにもはっきりと拒否されて、頭に血が上ってしまって」
「つまりは、バレッタがシロだと半ば判明していたのに、私情で言い寄っていたってことですか? 完璧に振られて、プライドが傷ついたから?」
「すべてが私情というわけではありませんでしたが……あそこまで女性にこっぴどく拒否されたことは、初めてだったもので」
「カズラをバカにしたのはどうして?」
「彼女の反応を確かめたんです。結果として、涙を浮かべるほどに激怒してくれましたので、その時点で完全に疑いは晴れました」
「……そのために、カズラをバカにしてバレッタを泣かせたってわけ?」
リーゼがプルプルと拳を震わせる。
アロンドはそれに気付かず、気恥ずかしげに頭を掻いた。
「はい。彼女には本当に申し訳ないことぐほっ!?」
アロンドが最後まで言い切る前に、リーゼのボディーブローがアロンドの腹に直撃した。
腹を押さえ、口から涎を垂らして両膝を地につける彼を、リーゼが修羅の形相で睨みつける。
突然の出来事に、イクシオスとマクレガーは唖然とした顔になっていた。
リーゼが片膝をついてアロンドの髪を掴み、ぐい、と顔を上げさせた。
数センチの距離まで、顔を近づける。
「理由は分かったけど、カズラをバカにしたのと、バレッタを傷付けたのは許せないわ。今のはその罰だと思いなさい」
「ぐ……しょ、承知んごっ!?」
アロンドが答えきる前に、今度はその額にリーゼの強烈な頭突きが炸裂した。
アロンドが吹っ飛んで倒れ込み、額と腹を抑えて悶絶する。
本気でやると確実に殺してしまうため、頭突きもボディーブローも、かなり手加減したものだ。
その拍子に彼の上着がはだけて、ズボンのベルトが覗いた。
ベルトの隙間にキラリと光るものが見え、リーゼが怪訝な顔になる。
「……今のは私のぶんよ。後で、バレッタとエイラとお母様からも一発ずつ貰いなさい。分かった?」
「あ、が、が……」
「お、おい、額が裂けてるぞ。大丈夫か?」
「リーゼ様、いくらなんでもやりすぎでは……」
額から血を流して呻くアロンドに、イクシオスとマクレガーが歩み寄る。
「これでも自制したんです。本当なら、指の一本でも引き千切ってやりたいところなんだから」
リーゼが立ち上がり、ふん、と鼻を鳴らす。
「マクレガー。彼のズボンのベルトを外しなさい」
「は? ……ま、まさか、こやつのモノを切り取るのですか?」
「そんなことしないわよ。まあ、してもいいとは思うけど。ほら、早く」
戦慄した様子で言うマクレガーに、リーゼは冷たい表情のまま指示する。
マクレガーは困惑しながらも、アロンドのズボンのベルトに手をかけた。
「いったい何を……ん? これは」
ベルトの中に仕込まれていた小さなナイフを見つけ、マクレガーが取り出した。
「仕込みナイフか。そうか、読めたぞ」
見ていたイクシオスが顔をしかめ、アロンドに鋭い目を向ける。
「アロンド。貴様、これを使って議員たちの前で族長の娘を殺すつもりだったのだな? ウズナといったか」
イクシオスの言葉に、アロンドが額と腹を押さえながらも彼を見上げた。
「もしあの場に我らがいなかったら、そうでもしなくては議員たちの信用を得ることはできなかっただろう。あの場で娘を殺し、自分は蛮族の手先ではないと証明するつもりだったのだな?」
「ぐ……ご、ご明察です」
何とか立ち上がり、ふらつきながら答えるアロンド。
リーゼはあからさまに不快な表情になった。
マクレガーも、険しい顔つきになっている。
「彼女はあなたを信頼しているように、私には見えました。そんな彼女を殺すつもりだったのですか?」
「いえ、予定では戦士長が同伴するはずだったのですが、直前になって彼女が代わりに同伴すると言って、付いて来てしまって。ですが、リーゼ様とお会いできて、殺さずに済みました」
「自分を信頼して好意を寄せている女性を、よく殺す気になれますね。それに、そんなことをしたら、あちらに残っているあなたの付き人は殺されてしまうではないですか。あなたを信じて、ここまで付いてきてくれたのでしょう?」
「優先順位を考えれば、仕方のないことです。優先すべき目的を達成するためなら、他は切り捨てるしかありません」
当然といった表情で、ハベルと同じような物言いをするアロンド。
やはり兄弟だなと、リーゼはため息をつくのだった。




