327話:予期せぬ再会
カイレンに連れられ、リーゼたちはバイクに跨ったまま城門をくぐった。
オルマシオールとティタニアも、ウリボウたちを従えてその後に続く。
その先に広がる広々とした大通りの両脇には兵士たちがずらりと並び、リーゼたちに目を向けている。
家々の窓からは市民たちが顔を覗かせ、けたたましい騒音を響かせるバイクと、ウリボウの集団に驚愕の表情を浮かべていた。
「……素晴らしい街並みですな」
並走するバルベール軍のラタの速度に合わせてバイクを走らせながら、イクシオスが唸る。
並ぶ建物は重厚な石造りのものが多く、地面はすべて石で舗装されていた。
みすぼらしい建物は1つもなく、どれもきちんと整備が行き届いている。
行く手には長い防壁が見え、どうやら街の中にも何十重かにわたって防壁が築かれているようだ。
今は深夜だが家々には灯りが灯っており、街全体が仄かに明るい。
「数百年もの間、少しずつ整備をしてきた結果です」
サイドカーに乗るカイレンが、イクシオスに答える。
「街なかにも防壁があるのですか」
「ええ。人口の増加に合わせて、それを守るべく防壁も新設しています。たとえ外側の防壁が突破されても、幾重にも連なる防壁のどこかで敵を食い止められるようにと」
「これほどのものを作るとなると、資金も人手もかなりのものが必要でしょう?」
「我が国は比較的裕福ですので。国土が広い分、石材も木材も豊富ですし、外交も活発に行ってきましたから」
「ふむ……」
それきりイクシオスは黙り、バイクを走らせた。
先を進むリーゼとハベルは、緊張した様子でじっと前を見据えている。
本当はきょろきょろとしたいのだが、これから講和交渉だというのに情けない真似はできない。
そうして一行は街なかを進み、街の中心部にある議事堂へとやって来た。
広く長い階段の上で、元老院議員たちがずらりと並んで待ち構えている。
その階段のすぐ傍で、バイクは停車した。
「この乗り物には、誰も触れさせるな。兵で壁を作れ」
カイレンの指示でバイクの周囲に兵士たちが集まり、大盾を地面について壁を作った。
すべてのバイクがエンジンを切り、全員が降車する。
「皆様、こちらへ」
「はい」
カイレンにうながされ、リーゼが彼の隣に並ぶ。
皆で階段を上ると、議員たちが一斉に腰を折った。
「カイレン将軍、エイヴァー執政官。よくぞ戻られました。その乗り物と、あのウリボウたちは?」
議員の1人が一歩前に出て、2人に尋ねる。
「乗り物はアルカディアの新兵器です。ウリボウたちは、彼女らの護衛として付いて来ました」
カイレンがリーゼに目を向ける。
カーネリアンはサイドカーから下り、リーゼの隣まで来るとぺこりと頭を下げた。
リーゼも慌ててサイドカーから下り、同じように頭を下げる。
ハベルはさっそくハンディカメラを取り出し、議員たちを撮影し始めた。
「アルカディア王国イステール領、リーゼ・イステールです」
リーゼが優雅に会釈をする。
「こちらは、クレイラッツ都市同盟のカーネリアン将軍。彼はイステール領軍第1副軍団長のイクシオス・スラン。彼は第2副軍団長のマクレガー・スランです。貴国と講和交渉をするため、参りました」
「講和……?」
議員たちが困惑した表情になる。
彼らにはまだ何も情報が伝わっておらず、ムディアが陥落したことすら知らされていない。
しばらく前から伝令がまったく戻らなくなっていることくらいしか、彼らは知らないのだ。
「はい。我が国に攻撃を仕掛けていた貴国の軍勢は、同盟国に全面降伏しました。ムディアもクレイラッツ軍により陥落し、今は彼らの管理下にあります」
議員たちが驚愕の表情になる。
まだ何も聞かされていなかったようだ。
「カイレン、エイヴァー両執政官は、我らとの講和に同意しました。さっそくですが、内容を詰めさせていただきたい」
カーネリアンが堂々とした態度で申し出る。
「カイレン将軍が執政官だと?」
「ヴォラス執政官の戦死を受け、臨時執政官として着任しました」
カイレンが答える。
「議員たちも、半数近くが戦死してしまいました。兵の損害も甚大で、物資も底を尽きかけており、攻略軍はもう戦える状態にはありません」
「な……」
議員たちが驚愕の表情になる。
周囲を守る兵士たちも、驚いた顔になっていた。
「同盟国の戦力は我らの比ではありません。我々は終始圧倒され、補給も伝令も完全に絶たれました。撤退したもののムディアが陥落しており、先回りした同盟国軍に退路を断たれ、降伏するしか方法がなかったのです」
「なんという……」
議員が声を震わせる。
他の議員たちも、青い表情でざわざわと囁き合っている。
「皆様、詳しくは議場で説明しますので、とりあえずは中へ」
戸惑う議員たちにカイレンが言い、リーゼたちに目を向けた。
「参りましょう。急いで講和をまとめなければ」
「はい。ハベル、荷物を」
そうして、リーゼたちは階段を上り始めた。
円形の広々とした議場で、リーゼたちは席に着いた。
議場の天井がかなり高く、その中心部に向かって半円の構造をしている。
壁の高い位置に窓があり、そこから夜空が覗いていた。
リーゼたちは、議員たちに向かい合うようにして、カイレンとエイヴァーと並んで座っている。
オルマシオールたちは、バイクの傍で待機中だ。
「大まかな状況は聞いています。蛮族の軍勢が、すぐそこまで迫っているとか?」
エイヴァーが議員たちに尋ねる。
「……はい。すさまじい大軍勢が、すぐそこまでやって来ています。4日前にそちらに急使を送ったのですが」
リーゼたちを気にしつつ、議員の1人が答える。
「我らの伝令は、すべて彼らによって討ち取られてしまっています。情報は完全に遮断されているのです」
「し、しかし、こちらとて伝令に10騎を分散して送ったのです。すべて討ち取るなど、そのようなことができるはずが……」
「同盟国はウリボウを使役しています。戦域すべてにウリボウが潜んでおり、どこを進もうと殺されてしまうのです」
「ウリボウが、人の命令に従うというのですか?」
「人というよりも、アルカディアの神々がウリボウたちに指示を出しているとのことでして」
「神々?」
議員たちが困惑する。
その様子に、今度はリーゼが口を開いた。
「私たちアルカディア王国は、グレイシオール様、オルマシオール様、リブラシオール様といった神々から支援を受けています。今、証拠をお見せいたします」
リーゼがハベルに目を向ける。
彼は頷き、カメラをイクシオスに預けると、近衛兵たちと上映の準備に取り掛かった。
壁際に巻き上げ式スクリーンを設置し、その前にプロジェクタを置く。
リーゼはノートパソコンを近衛兵から受け取ると、プロジェクタと接続して起動した。
ノートパソコンを操作し、真っ白なスクリーンに砦での戦いの様子が映し出される。
ジルコニアがマルケスの軍団要塞に特攻を行った時のものだ。
同盟軍陣地から無数の火矢、ボルト、火炎壺、カノン砲が、バルベール軍へと撃ち込まれる。
そこかしこで巨大な爆発が起こり、兵士たちが火達磨になった。
映像がズームされ、全身を炎に包まれてもがき苦しむ兵士の姿が、はっきりと映し出される。
続けてカノン砲の砲弾がその間近に着弾し、兵士の盾を粉砕して後列の兵士ごと吹き飛ばした。
議員たちから、「何だこれは!?」「どういうことだ!?」と驚愕の声が上がった。
「これは、今までの戦いの様子を記録したものです。私たちは、今までの戦闘をこのようにしてすべて記録しています」
リーゼが動画を止め、別の動画を再生した。
カイレンたちにも見せた、映画の切り抜きを繋げた動画だ。
無数の航空機が基地を飛び立ち、空に浮かぶ島々の間を抜け、数千メートルはあろうかという巨木へとたどり着く。
航空機から一斉にガス弾が発射され、人型の原住民たちが逃げ惑う。
逃げる彼らの間にミサイルが着弾し、巨大な爆発が起こって彼らが木っ端のように吹き飛んだ。
議員たちは唖然としてしまって、静まり返っている。
「これは、神々が別の世界にて、私たちのように彼らを信仰する者たちを救うために行った戦いです」
戦闘が終わったところで、リーゼが動画を止める。
「もし、これ以上あなたがたが抵抗するならば、これと同じことがこの街に起こります」
リーゼが言うと、議員たちの表情が恐怖に染まった。
その時、議場の入口がノックされた。
皆の視線が、一斉にそこに向く。
警備兵が扉を開き、兵士から用件を聞くとこちらに走って来た。
「どうした?」
カイレンが兵士に尋ねる。
「たった今、北門に蛮族からの使者がやって来ました。講和の提案とのことです」
彼が言うと、再び議員たちがどよめいた。
「講和? 降伏勧告じゃないのか?」
「はい。確かに講和の提案だとのことです」
「そうか。使者をここに連れて来い。ただし、街の中を見られないように、目隠しをしてだ」
「カイレン執政官、蛮族を街に入れるのですか?」
議員の1人が困惑顔で言う。
「時間稼ぎに使えます。可能な限り交渉を引き伸ばし、同盟国との講和を締結後、南にいる軍勢を呼び戻して対処に当たらせるのです」
カイレンの言葉に、議員たちが「なるほど」と頷く。
ここには多数の守備兵が駐屯しており、つい先日「前線にいた執政官からの命令」で新設した複数の軍団もいる。
まだ訓練途中とはいえ、防御戦闘ならば十分頭数に入れられるだろう。
手負いとはいえ攻略軍が戻って来れば、蛮族がいくら大軍とはいえ、十分撃破できるはずだ。
「私もカイレン執政官の案に賛成です。異議はありますか?」
エイヴァーの問いかけに、議員たちが「異議なし」と声を上げる。
カイレンが頷き、警備兵に指示を出して扉へと戻らせた。
待っていた兵士に伝言し、兵士が走り去って行く。
「では、使者が来るまで、講和交渉を進めましょうか」
「カイレン執政官、そこの窓を使わせていただいてもいいでしょうか?」
議場のリーゼがカイレンに聞く。
「窓、ですか? 構いませんが、何をするんです?」
「アルカディアと連絡を取るんです。ハベル、行きましょう」
「はっ!」
ハベルが携帯用アンテナと拡声器を手に、リーゼとともに窓へと向かう。
リーゼは議員たちの手前、この時ばかりはハベルのことは呼び捨てだ。
階段を上がり、ハベルはアンテナを無線機と接続して空に向け、無線機と拡声器をリーゼに渡した。
リーゼが拡声器を、無線機に寄せる。
「こちらリーゼ。バーラルに到着しました。どうぞ」
『こちらナルソン。今から交渉か? どうぞ』
拡声器で増幅されたナルソンの声が響き渡り、議員たちがどよめく。
リーゼたちが来てからというもの、議員たちは驚きっぱなしだ。
「それでは、講和交渉を始めましょうか」
リーゼがにこりと微笑む。
「……こういうわけです。彼らは、離れた場所の者とも瞬時に連絡を取ることができます」
「我らには、同盟国と講和する以外に生き残る道はありません。そのことを頭に置いて、交渉を進めましょう」
カイレンとエイヴァーが言うと、議員たちは表情を強張らせたまま頷いた。
それから数十分後。
議場では講和交渉が進められ、同盟国側の要求に議員たちが頭を抱えていた。
「ムディア以南をクレイラッツに割譲というのは、さすがに承服しかねます」
カーネリアンからの要求に、議員の1人が心底困ったという顔で答える。
「あの都市は、南部の食糧庫なのです。あそこを失っては、我が国は干上がってしまいます」
「だからこその割譲要求なのです。今まで我が国を脅してきたツケだと思っていただきたい」
カーネリアンが冷たい視線を議員たちに向ける。
「自由と権利を諦めて従属しろ。さもなければ死ねと貴国は我らに言い放ちました。その要求に比べれば、はるかに甘い要求では?」
「しかし、それに加えて賠償金をすべて金で支払うとなると――」
交渉にあたって、アルカディアはバルベールの国土の一部割譲と、「とりあえずはこれだけ」と、すさまじい額の賠償金を要求した。
逆らう余地のないバルベール側は全面的に受け入れ、どの地域を割譲するのかは後ほど国王を交えて決めることになっている。
短期での割譲と支払いは無理なため、何年かに分けて行われる予定だ。
おそらく、アルカディアの国力がバルベールを圧倒できる程度には、国土の割譲が行われるだろう。
とはいえ、あまり痛めつけてしまうと、蛮族やその北にいるかもしれない者たちとの緩衝地帯として使い物にならなくなってしまう。
ある程度は戦う力を、彼らにも残してやらねばならない。
クレイラッツはアルカディアに遠慮しての控えめな要求を行っているのだが、それでもその賠償額はすさまじい。
アルカディアの時と違って、議員たちは渋い顔になっている。
リーゼたちがいる手前、下手に反論できず、どうにかして譲歩を狙っているのだ。
「勘違いされては困る」
渋る議員たちに、カーネリアンがドス利いた声で言い放つ。
「私は提案をしているのではない。要求をしているのだ。我らの盟友を怒らせたくなければ、首を縦に振っていただこう」
「議員がた」
腕組みして話を聞いていたイクシオスが、口を開く。
「貴君らに拒否権はないと思われよ。クレイラッツの要求は、我らの要求だ。受け入れるのだな」
「承知しました」
議員たちに代わり、カイレンが答える。
「同盟国側の要求は、無条件で受け入れます」
「カイレン執政官! それでは、あまりにも――」
議員の1人が、血相を変える。
そんな彼に、カイレンは冷めた目を向けた。
「彼らは、この街を一晩で火の海にする力を持っているのをお忘れですか?」
「……」
カイレンの言葉に、議員たちが押し黙る。
「彼らに最初に攻撃を仕掛けたのは我々です。国が存続するというだけでも、僥倖と考えるべきです」
エイヴァーがカイレンに続く。
2人にしてみれば、同盟国側の要求は非常に甘いものだ。
国を解体しろと言われてもおかしくない状況であり、今この条件を呑めば、国は存続する。
そのうえ、自分たちや議員たちの身分や財産、軍の存続と指揮権は保障されるとのことなので、これ以上は贅沢というものだ。
国内が大恐慌に陥らないように、割譲と賠償金の支払いは緩やかに行われるというのも、非常にありがたい提案である。
するとその時、議場の扉が叩かれた。
警備兵が扉を少し開き、外の兵士と何やら話す。
「蛮族の使者が到着しました!」
「そうか。講和交渉は、一度中断させていただいても?」
カイレンが窓の傍にいるリーゼに目を向ける。
「はい。私たちはいないものと考えて、彼らとの交渉は行ってください」
カイレンは頷くと、警備兵に片手を上げた。
警備兵が、頭にすっぽりと布を被せられた3人の手を引き、議場中央へと向かう。
1人は長身の男で、2人は女のようだ。
男は貴族服を着ており、女の1人は毛皮付きの鎧姿、もう1人は使用人のような服装をしている。
「私、蛮族の人なんて初めて見ます。どんな顔立ちなんでしょうね?」
リーゼが小声でハベルに話しかける。
「バルベール人も私たちと同じようなものですし、そう変わらないのでは?」
「そうでしょうか? 南から連れてこられる奴隷は、顔立ちも肌の色も少し違う人がいるじゃないですか」
「まあ、見れば分かり……ん?」
ハベルが怪訝な顔で、男に目を向ける。
「ハベル様? どうしました?」
「あの服は……」
「布を取れ」
カイレンの指示で、使者の布袋が取られる。
「……アロンド!?」
見覚えのある顔に、リーゼが驚愕する。
「あれ、アロンドじゃないの! そうよね、ハベル様!?」
「な……あれは……」
目を見開くハベルの肩を、リーゼが揺する。
「ハベル様! ねえったら!」
「リ、リスティル……」
使用人服姿の女を見つめ、ハベルがつぶやく。
長いグレーの髪の、優しげな顔立ちの女性だ。
「え? リスティルって?」
「あれは……マリーの母親のリスティルです」
ハベルの言葉に、リーゼは再び驚いて彼女に目を向けるのだった。




