326話:首都に迫る脅威
それから、約1時間後。
一良たちはバイクに荷物の積み込みを行っていた。
同盟国側で同行するのは、リーゼ、イクシオス、マクレガー、ハベル、カーネリアンだ。
カイレンが率いていた軍勢と議員たちは、この場に残すことになっている。
講和が結ばれるまではすべての物資を取り上げ、武装を解除して留まらせる、とナルソンが決めたからだ。
こうして軍勢を人質に取っておけば、万が一にもバルベールが講和を蹴ることはないだろう。
「カズラ!」
一良がサイドカーにガソリン携行缶を括りつけていると、リーゼが駆け寄って来た。
「荷物、全部積めたよ」
「プロジェクタも積んだか? あと、スクリーンも」
「うん。バッテリーも満タンだし、大丈夫」
「そっか……なあ、本当に大丈夫か? 何も、リーゼが行かなくても……」
「大丈夫。ありがとね」
リーゼが柔らかく微笑む。
「イクシオス様とマクレガーが一緒だし、心配ないよ。それに、私たちに何かしたら、国が焼け野原になっちゃうんだよ? 何もされないって」
「それはそうだけど、それなら俺も行ってもいいだろ。マリ……リブラシオールがああ言ったんだし、万が一にも危険はないと思うんだけど」
あれから、一良たちはバレッタとジルコニアから事の顛末を聞かされていた。
マリーは地面に頭を打ち付けながら土下座して非礼を詫び、額に少し怪我をしてしまって絆創膏を貼っている。
今は、「今日はもう何もできないです」、とのことで、天幕で横になっている。
「カズラは特別なんだから、絶対に安全なところにいないとダメなの。すぐに戻って来るから、待ってて。ね?」
「……うん、分かった。頑張ってこい」
一良がリーゼの頭を撫でる。
「うん! 帰ってきたら、デートしようね!」
「ああ。王都とかフライシアにも行かないとだしな」
「それじゃなくって、2人きりで遊びに行くの!」
「カズラ殿」
そうしていると、カイレンとティティスが歩み寄って来た。
一良のことはグレイシオールとは呼ばないようにと、彼を含めたバルベールの者たちには言ってある。
同行するのは、エイヴァーと軍団長の2人だ。
ラッカとラースは留守番で、軍勢とティティスたちの面倒を見ることになっている。
カイレンをはじめ、バルベール軍の者は武装解除されており、全員丸腰だ。
「カイレンさん、どうしました?」
「私事で申し訳ないのですが……ラースの手を、治していただくことはできませんでしょうか?」
そう言って、背後に目を向ける。
バレッタが荷物を積み込んでいるバイクを目を皿のようにして見回しているフィレクシアを、ラースが首根っこを掴んで押さえつけていた。
「手? ああ、指の骨折ですか」
「はい。骨が完全に砕けてしまっているようでして……熱を持っていて、かなり痛むようで」
「それはつらいですね。即座に治すというのは難しいですが、治癒速度を劇的に早めることはできます。バレッタさん!」
少し離れたところで荷物の積み込みを手伝っているバレッタに、一良が声をかける。
「ラースさんにリポDを飲ませてあげてください! 折れた指の治りが悪いらしくて!」
「分かりましたー!」
バレッタが荷物を漁り、リポDを取り出してフタを開ける。
「どうぞ」
「ああ? いらねえよ。敵の施しなんか受けるか」
リポDを差し出すバレッタに、ラースが迷惑そうに吐き捨てる。
「ラースさん、頂いたほうがいいのですよ。意地を張っても、いいことないですよ!」
「いらねえって言って――」
「ラース様、飲んでいただけないと、私が怒られてしまいますので」
「んなこと言っても……」
「飲んでお怪我を治してください。それに、もう私たちは敵同士ではないんですから。ね?」
「ラースさんは、お薬嫌いのお子様なんですねぇ」
心配そうに見つめるバレッタと、やれやれと大げさにため息をつくフィレクシア。
ラースは「ああもう!」と、ひったくるようにしてリポDを受け取った。
「わーったよ! 飲めばいいんだろ、飲めば!」
「はい。飲んでください」
「美味しいですよ!」
ラースが瓶を口につけ、ぐいっと傾ける。
一息に飲み干し、ほら、と瓶をバレッタに返した。
「お味はどうでしたか?」
「……美味かったよ。これで傷が治るのか?」
「治りがかなり早くなりますよ。あと、これも飲んでください。痛みと腫れを抑える薬です」
バレッタが解熱鎮痛剤を1錠取り出し、水の革袋と一緒に差し出す。
にこりと微笑むバレッタに、ラースは少し戸惑った様子でそれらを受け取る。
「……ああ、すまねえ」
「バレッタさん、美人さんですもんね。ラースさん、照れちゃってますね!」
「ふざけたこと言ってんな。このボケ!」
「あいたっ!?」
革袋を握った手で「ゴツッ!」と頭を叩かれ、フィレクシアが悶絶する。
カイレンはそれを眺めながら、ふっと表情を緩めた。
「ありがとうございます。フィレクシアの体も、良くしていただいたようで」
「彼女、かなり体が弱いようでしたからね。何かあったら大変だと思って」
「一時的に元気になっているだけ、とジルコニア殿から聞いているのですが……ずっと健康にすることはできないのでしょうか?」
「できないこともないですけど」
一良がバイクに跨り、エンジンをかける。
「あなたたちともっと信頼関係を築けたら、ということにしましょうか。また調子が悪くなったら薬は差し上げますから、安心してください」
「承知しました。よろしくお願いいたします」
カイレンは深々と頭を下げると、自身にあてがわれたバイクへと去って行った。
「にゅふふ……カズラ、すごく堂々としてたじゃん。格好よかったよ!」
リーゼが頬を赤らめ、一良を見つめる。
「まあ、こんだけ続けてれば、さすがに慣れるよ」
にこっと微笑むリーゼに、一良も微笑み返す。
「よしっ、そろそろ行かないと。皆さん、出発しましょう!」
リーゼの呼びかけで、すべてのバイクがエンジンを起動した。
少し離れたところでお座りしていたオルマシオールとティタニアが、腰を上げる。
道中、彼らと100頭以上のウリボウたちが、護衛として同伴することになっていた。
「……これで戦争も終わり、か」
走り出すバイクの騒音に紛れて、リーゼがぽつりとつぶやいた。
その日の夜。
数回のごくわずかな休憩を挟みつつ、一行は街道を猛スピードで走り続け、わずか半日でバルベール首都、バーラルの防壁が見える位置にまでやって来ていた。
途中、何度か巡回兵と遭遇し、バルベール軍の補給所をとおり過ぎたりもしたのだが、その都度カイレンとエイヴァーが事情を説明したおかげで何事もなかった。
兵士たちはウリボウの集団とバイクに驚愕して大慌てで、危うく一度攻撃されかけた。
バイクよりもウリボウの大群に怯えている兵士たちの姿が、リーゼには印象的だった。
ウリボウたちは強化済みとはいえ、さすがにバテてしまい、彼らに合わせて時速50キロほどにまで減速している。
「す、すごい……」
「なにこれ……」
目の前に広がる光景に、運転するハベルとサイドカーに乗るリーゼが唖然とした声を漏らす。
バーラルは巨大な防壁と無数の防御塔に守られており、それらの大きさはイステリアの比ではない。
周囲に広がる穀倉地帯には幾本も川が流れており、敵が侵攻してきた時に備えて、等間隔で小規模の砦がいくつも鎮座している。
そのうえ、防壁の周囲には幅が30メートルはあろうかという水堀まであり、小さな漁船が何艘も接岸されていた。
都市の中央は高台になっているようで、これまた重厚な防壁に囲まれた城塞が遠目に見える。
どれほどの時間と労力をかければこんなものが作れるのかと、2人は戦慄した。
「たった半日で着くとは……」
煌々とした灯りに浮かぶ城を見て、エイヴァーが唸る。
「街道がすべて舗装されていたからです。荒れ地を走るのとは、わけが違います」
ハンドルを握るイクシオスが、憮然とした表情で言う。
実は彼、バイクにかなり興味があるようで、砦にいる間は暇を見つけてはバイクを眺めたり磨いたりして過ごしていた。
アイザックに運転を教わったこともあり、今では完璧に乗りこなせるようになっている。
イクシオス曰く、「この腹に響く振動が堪らない」とのことだ。
普段はにこりともしない彼だが、息を吐きかけてバイクを磨いたり、「いざという時に動かないということがあっては困るので動作確認をする」と理由をつけて砦内をバイクで走っている時だけは、わずかに口角が上がっているようだった。
後で単車を1台プレゼントしよう、と一良が言っていたのを、リーゼは覚えている。
「リーゼ殿!」
前を走るリーゼに、カイレンが大声で呼びかける。
運転しているのはイクシオスだ。
「あまり近づきすぎると驚かせてしまいます! 少し離れたところで停車していただきたい!」
「分かりました! あの橋の辺りで止まりましょう!」
城門からやや離れたところにある橋を、リーゼが指差す。
一行はそこまで走ると、バイクを停めた。
オルマシオールやウリボウたちが荒い息を吐きながら、その場に座り込む。
すると、すぐに城門から騎兵が走って来た。
「カイレン執政官、行きましょう」
「はい」
エイヴァーとカイレンが軍団長たちを従え、小走りで騎兵へと向かう。
「リーゼ様、優先順位は決めましたか?」
リーゼがそれを眺めていると、ハベルが声をかけて来た。
「優先順位? 何のことですか?」
突然の問いに、リーゼがきょとんとした顔になる。
「カズラ様のことですよ」
「……ああ、あのことですか」
以前、ナルソン邸でハベルに、「カズラのことが好きなら、バレッタのことは気にせず奪ってしまえばいい」と言われたことを思い出す。
「はい。どうするのかなと思いまして」
「私は、中間を選ぼうと思います」
「中間?」
ハベルが小首を傾げる。
「はい。バレッタのことは好きですし、傷つけたくはありません。でも、想いもとげようと思います」
「ええと……重婚する、ということでしょうか?」
「できるなら、そうしたいですね。制度的には、問題ありませんし」
リーゼが朗らかに微笑む。
「もしそれが無理だとしても、私は欲張りなので。貰うものは貰います」
「あの、どういうことなのか、さっぱり分からないのですが……」
「分からなくていいです。分からないでください」
「ええ……」
困り顔のハベルに、リーゼがくすくすと笑う。
「ハベル様は、ほしいものはすべて手に入りましたか?」
「はい。十分すぎるほどに」
「よかったですね。でも、あまり過保護すぎるとマリーは行き遅れてしまいますよ。あまり引っ付きすぎないようにしてあげてください」
「別に引っ付いてなどいませんが……」
ハベルが「心外だ」といった顔になる。
「しかし、バレッタさん、ジルコニア様、それにエイラさんもとなると、重婚するにしてもさすがにカズラ様の体が持たないのでは?」
「何でお母様まで入って……って、エイラもってどういうことですか!?」
驚愕するリーゼに、ハベルが「え?」といった顔になる。
「どういうことって、そのままですが」
「エイラもカズラのことが好きなんですか!?」
「どう見てもそうじゃないですか。深夜に頻繁に逢引していますし、リーゼ様もバレッタ様も公認なのかと――」
「あああ、逢引!? え!? なにそれ!? もうやっちゃってるの!?」
「あ、すみません。今のは聞かなかったことにしてくださぐえ!」
リーゼに両手で襟首を掴まれ、ハベルが呻き声を上げる。
リーゼにとってエイラはいつも近くにいすぎたため、そういったことについては完全に意識していなかった。
バレッタと2人で牽制し合ってると思っていたら、とうの昔にかっさらわれていたのかと驚愕した。
「詳しく教えて! やっちゃってるの!?」
「し、知りませんよ! 私もマリーから聞いただ……け……」
「全部吐かないと絞め殺すわよ!?」
「リーゼ殿! 大変な事態……何をやっているのですか?」
「ハベル殿、泡を吹いていますが……」
大急ぎで駆け戻って来たカイレンとエイヴァーが、揉めている2人に困惑する。
軍団長たちは、騎兵とまだ何やら話している様子だ。
リーゼは慌てて、ハベルから手を放した。
ハベルは激しく咳込みながら、バイクのハンドルにしがみついている。
「な、何でもないです。それで、大変な事態とは?」
リーゼが言うと、カイレンとエイヴァーの表情が真剣なものになった。
「蛮族の軍勢が、すでに首都の北部に到達しています。降伏勧告の使者が、少し前に北の城門にやって来たとのことです」
カイレンの言葉に、リーゼの顔が驚愕に染まった。
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