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33話:駆け引き

『たとえどれだけ先の未来になろうとも、お前自身にとって有益な存在となりえる者は、その芽が出る前から味方につけておけ』


『大きな力には逆らうな。出来る限りその庇護下に入り、あわよくばその力を利用してのし上がれ』


 目の前に広げられる未知の道具を見つめながら、副官は幼い頃から父親に教えられてきた格言を思い出していた。


 先ほど村長が漏らしていたが、アイザックに様々な未知の道具の説明しているカズラという男は、言い伝えで聞いたことのあるグレイシオールそのものなのではないだろうか。

 もし彼が本物のグレイシオール……たとえそうでなくとも、それに近い存在だとしたら、自分は本当に運がいい。

 味方につける、とまではいかなくとも、何らかの形で自分を印象付けておく、絶好の機会を得たのだから。


「これは缶詰というもので、中には食べ物が入れられています。このままの状態で、数年間は保存ができます」


 背後に立っている男が心の中で考えていることなど露知らず、一良はボストンバッグから新たに缶詰を取り出してアイザックに説明していた。


「中の食べ物が腐ることはないのか?」


「予め指定されている保存期間内であれば、まず大丈夫です。保存期間は物によってまちまちですけどね……開けてみますか?」


「……いや、いい。後日、イステリアで試させてくれ」


 一良はアイザックに説明しながら、内心ほっと息を吐いていた。

 アイザックの受け答えから察するに、一良の説明を概ね信用しているようである。

 ……一良がイステリアに連行される、という事実は変わっていないようだが。


「あー……やっぱり、私はどうしてもイステリアに行かないとダメですかね?」


「……すまないが、今の時点ではお前をグレイシオール様だと断定することは出来ない。色々な道具を見せられても、お前自身がグレイシオール様だという証拠が無いからな」


 苦しげにそう答えるアイザックの額には、脂汗が浮かんでいる。

 内心、目の前に広げられている数種類の道具を見て、アイザックは一良をグレイシオールであると思い始めているのかもしれないが、まだ一良が神であるというような決定的な証拠は見ていない。

 一良自身が何かやって見せないと、この頭の固い隊長は折れてはくれないだろう。


「(グレイシオールだという証拠……あれしかないよなぁ)」


 一良の反応を窺っている様子のアイザックを尻目に、一良はその場で数秒考えて答えを出すと、膝に手を付いて立ち上がった。


「では、私がグレイシオールであるという証拠をお見せしましょうか。皆さんついてきて下さい」


「お、おい。ついて来いって、一体何処へ行くんだ?」


 一良に続き、慌てて立ち上がるアイザックに、一良はにやりと笑みを浮かべて見せた。


「神の世界の入り口ですよ」




 村長の屋敷を出てから約10分後。

 一良たち5人は、村はずれの雑木林の中に居た。

 ちなみに、屋敷の前で見張りをしている2人は、今も引き続き見張りを続けている。


「ここから先は神の領域です。私以外、誰もこの先へ進むことは出来ません」


 一良は付近の木に印が付いたものがあることを確認すると、以前バレッタが瞬間移動してしまった場所を歩いて通過した。


「バレッタさん」


「はい」


 一良がバレッタに声を掛けると、バレッタは一良の傍へと歩を進めた。

 そして、以前瞬間移動した場所と大体同じ当たりで、バレッタの姿は一瞬で掻き消えてしまった。


「バレッタ!?」


「き、消えた!?」


「……」


 目の前でバレッタが消えるのを目の当たりにし、村長と副官は驚愕の表情を浮かべている。

 アイザックだけは、難しい表情で立ち尽くしているだけだが。


「大丈夫ですよ。バレッタさんは林の入り口へ戻っているだけです」


 一良の言葉に、村長はほっとしたような表情を見せた。

 自分の娘が目の前で突然消えれば、誰でも不安になるだろう。


「アイザックさんもこちらへどうぞ。バレッタさんと同じように、林の入り口に戻ることになりますがね」


 一良がそう言うと、アイザックは神妙な面持ちでその場に片膝をついて頭を垂れた。


「……数々のご無礼、申し訳ございませんでした。全ては私の独断で行った事で、部下の兵士や副長には、何の罪もございません。私の命をお返し致しますので、どうか他の者たちはお赦しください」


「え? ……ちょ、ちょっと!」


「た、隊長!? 何やってるんですか!」


 そう言って腰から短剣を引き抜き、自らの首筋に刃を添えはじめたアイザックに、一良と副長は慌てて駆け寄り、短剣を持った腕を首から引き剥がす。


「やめてください! 貴方の命なんて貰っても困ります!」


「しかし、それではグレイシオール様にお詫びのしようが……」


 薄っすらと首筋に出来た刃物傷からじわりと血を滲ませながら、アイザックは呻くように言った。

 本気で首をかき切るつもりだったらしい。


「……詫びる必要なんてありませんよ。貴方は自分の職務を忠実にこなしただけなんですから……それに、この状況下で部下を庇ったその精神も見事です。貴方のような人間を、どうして罪に問えましょうか」


 一良は片膝を着くと、アイザックの肩に手を置き、慈悲の神様だったらきっとこう言うだろう、と考えながら、なるべく柔らかい表情を意識してアイザックに語りかけた。

 語りかけられたアイザックは、一良を見上げながらその言葉に感銘を受けたような表情をしていたが、再び表情を曇らせると俯いた。


「ですが、私はグレイシオール様を、お前、などと呼んでしまった上に、腕に縄を掛けるといったことまでしてしまいました。人間の分際で、神に対してそのような行為、到底赦されるものではありません……」


 そんなアイザックを見て、一良は


「(面倒くさい奴だなこいつ……)」


 などと思いながらも、微笑んだ表情は崩さないまま、アイザックの頭を撫でた。


「それは仕方のないことです。人間と同じ姿でいる私を見れば、貴方でなくとも同じような反応を見せたでしょう」


「しかし……」


「この村に来てからの、貴方の全ての罪を赦します。それでこの話はおしまいです」


「えっ!?」


 なおも自らの罪を確定させようとしているアイザックに、一良は一言そう言うと、強制的に話を切り上げた。

 全ての罪を赦す、と言った時に、一良以外の3人から驚きの声が漏れたが、当然だろう。

 傍から見れば、アイザックは神から直々に免罪を受けたことになるのだ。


「さて、これで私が本物のグレイシオールだと証明出来た訳ですね。私がイステリアへ行く必要も無くなったかと思うのですが、どうでしょう?」


「……グレイシオール様、恐れながら申し上げます」


 やれやれ、といった具合に一良が言うと、アイザックの傍で立っていた副官が、その場に片膝をついて一良に顔を向けた。


「現在、このアルカディア国内では、大規模な飢饉が発生しており、毎日数多くの民が命を落としています。慈悲と豊穣の神であられるグレイシオール様のお力をもって、どうか我々を救ってはいただけないでしょうか」


「……あー……そうですね……」


 切羽詰ったような表情で訴える副官に、一良は内心、そりゃそうだよな、と溜め息を吐いた。

 以前よりバレッタや村長から聞いてはいたが、今この国では、日照りによって大規模な飢饉が発生しているのだ。

 目の前に慈悲と豊穣の神様が現れたとあっては、救いを求めるのは仕方の無いことだろう。


 どう答えたものかと一良が言葉を濁していると、俯いていたアイザックは短剣を鞘に仕舞い、副官と同様に姿勢を正して顔を上げた。


「私からもお願いいたします。王家や各地域の領主は、領民を守ろうと様々な手段を講じてはいるのですが、被害は拡大する一方なのです。どうか、我が国の民をお救いください」


「うーん……1つ聞きたいのですが、この国の人口は全部でどれくらいですか?」


「250万人程だったかと思います」


「……」


 250万人、というアイザックの言葉に、一良は一瞬気が遠くなった。

 それら全ての人間が飢えているといったことは無いだろうが、例えその1パーセントが飢えていると仮定しても、2万5千人もの人数になるのだ。

 しかも、彼らの話によると、現在は国全体が大飢饉であるらしい。

 救済が必要な人数は、その2倍3倍となっても不思議ではない。


「250万人……ちなみに、イステール領内の人口はどれくらいですか?」


「約45万人ですが……あの、やはり人数が多すぎるのでしょうか……」


 不安そうなアイザックの台詞に、一良は


「あたりまえだよ! 多すぎるよ!!」


 と叫びたい衝動を喉の奥に飲み込むと、額に嫌な汗を浮かべながらも口を開いた。


「いえ、そんなことはありません。しかし、私が直接全ての人々を救うということは、私の考えとしては好ましくありません。人間の問題は、人間の力で解決するべきなのです」


 正直、何万人もの人間の腹を一度に満たすということは、今の一良には不可能である。

 金銭的には何とかなるとは思うのだが、問題は輸送力と支援を続ける期間の長さなのだ。

 今までのようにリアカーを使った輸送では、とてもではないが必要量に追いつくはずが無い。

 屋敷の扉を取り外してしまえば、軽自動車ならなんとか通れそうではあるが、数万人分の食料を運び続けるのには無理がある。


「し、しかしそれでは……!」


 一良の台詞に、副官は縋り付くような表情で訴えかけた。

 目の前に現れた慈悲の神に救いを求めたら、こともあろうに「自分達で何とかしろ」と突き放されたようなものなのである。

 異議を唱えて当然だろう。


「ハベル、口を慎め! 神の御前だぞ!!」


「ですが、このままでは何千、何万もの餓死者が……!」


 そんな副官――ハベルという名前だったらしい――を叱りつけるようにたしなめるアイザックと、なおも直言を試みようとするハベルに、一良は優しく微笑みかけた。


「何も見捨てるとは言ってません。あなた方がこの危機を克服出来るよう、私も多少なりと手助け致しましょう」


 正直あまり気は進まないが、ここで彼らの要求を突っぱねては、グリセア村の住人達にとって好ましくない状況になりかねない。

 何故グリセア村だけが神の恩恵を存分に受けているのだ、といった事を誰しもが思うに違いないのだ。


「ほ、本当ですか!?」


「グレイシオール様……」


 手助け、という台詞を聞き、ぱっと表情を輝かせたハベルに、一良は、ええ、と頷いて見せた。

 ハベルの隣では、アイザックが瞳を潤ませて感動している。


「農作物の増産の手法や、水車などの効率的な道具の作り方を教えましょう。少量であれば、食べ物などの提供も行います……ですが、いくつか条件があります」


「条件、ですか?」


 神の助力を受けられる、と歓喜していた二人は、条件という単語を聞いて顔を見合わせた。

 何を言われるのか見当もつかない、といった様子である。


 一良はそんな二人に対し、先ほどまでの微笑を消し、真剣な表情で口を開いた。


「今後、私がグリセア村で何をしようとも、一切干渉しないで欲しいのです。また、村や村人に対して不当な扱いがあった場合、私は一切の援助から手を引きます」


「グレイシオール様、それは我々に、グリセア村を特別扱いせよ、ということでしょうか?」


 同じく真剣な眼差しで問い返してくるアイザックに、一良は、いいえ、と首を振って見せた。


「そうではありません。村の住人が私から得た知識を、あなた方の都合で吸い上げるために、住民を無理やり移住させたり召喚したりするなということです。税やその他の義務については、従来の法律に則ったものであれば問題ありません。もちろん、後で法律を作り直したりして、抜け穴を作ろうなどという行為は問題外ですが」


 一良が一息にそう述べると、アイザックとハベルは少し驚いたような表情をした。

 まさか、一良がそこまでグリセア村に拘った発言をするとは思っていなかったのだろう。


 今、一良は「特別扱いするわけではない」といった旨の発言をしたが、「自分がグリセア村で何をしようとも干渉するな」と言っている時点で、十分な特別扱いである。

 現に、グリセア村の住民達には十分な食料が一良によって与えられているし、思い起こせば雨を降らせてもらったり、食糧の増産も成功しているのだ。

 税や他の義務は今までどおりでいい、と言われても、釈然としないところがあるだろう。


 しかし、現時点では、一良はグレイシオールそのものということになっている。

 アイザックとハベルに、否定的な意見が述べられるはずも無かった。


「……わかりました。今、グレイシオール様の仰られた内容は、領主であるナルソン様に私が直接お伝え致します。必ずやグレイシオール様のご意向に沿える形に致します」


 一良はアイザックの返答を聞くと、ふぅ、と小さく息を吐いた。

 かなり強引ではあるが、何とか村内での自分の行動には干渉させないことを約束させることが出来た。

 村に不利益が被らないように約束させることも出来たので、後は自分がこの国に若干の支援をすれば、村に迷惑をかけずにやり過ごすことが出来るのである。


 ……その若干が、相当面倒な事になるだろうということは、一良も重々承知ではあるのだが、これが最善の策だと思ったのだ。

 これで異世界における一良の自由は、グリセア村以外ではほぼ無くなったと言っても過言ではないが、自身が逮捕されたり、村人達が罪に問われるよりはマシだろう。


「では、イステリアへ参りましょうか」


 一良がそう言って立ち上がると、アイザックとハベルは驚いた表情で一良を見上げた。


「イステリアへ来て下さるのですか!?」


「ええ、その方が何かと都合が良いでしょう」


 このままアイザックたちだけをイステリアへ戻らせて、一良の居ない所で勝手に話が大きくなったり、イステリア側に都合のいいように話を解釈されてはたまったものではない。

 かなり面倒なことにはなるが、一良自身がイステリアへ赴き、イステリアの首脳陣ときっちり話をつけるべきなのだ。

 

「それでは、今すぐにでも……部隊と一緒にラタを連れて来ておりますので、グレイシオール様はそちらにお乗りください」


「カズラさん……」


 一良とアイザックたちがそんな話をしていると、村の方向からバレッタが走って戻ってきた。

 バレッタは跪いているアイザックたちを見て、話の展開を察したようだ。


「バレッタさん、少しの間お別れです。イステリアに行って話をつけてきます」


 一良がそう言うと、バレッタは両手をぎゅっと握り、地面に目を落としてしまった。

 そんなバレッタを見て、一良は慌てて


「大丈夫ですよ、数日したら絶対に……」


 戻って来ますから、と言おうとしたのだが、バレッタはばっと顔を上げると、一良の台詞を遮って


「私も行きます!」


 と宣言するのだった。

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