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323話:邪魔者

「歩兵戦闘準備! 防御戦闘隊形!」


「全カタパルトは火炎弾を装填しろ! スコーピオン部隊、装填開始!」


「カノン砲部隊、射撃用意! 目標、敵中央部!」


 大騒ぎになっている造りかけの防御陣地を、一良たちは物見台へと走っていた。

 カイレン、ティティス、フィレクシアも一緒だ。

 議員たちは、天幕内に入れられたまま拘束されている。

 交渉の最中に軍が動いたのだから、当然の処置だ。


「カイレン将軍! これはどういうことですか!?」


 走りながら、一良がカイレンに叫ぶ。


「俺にも分からね……分かりません!」


 カイレンが、言葉遣いを直して答える。


「全軍には待機を厳命してあります! あちらに残った議員とエイヴァー執政官が、私を見限って独断で動いたのかと!」


「まったく、あなたたちらしいわね。何が『見張らせてる』よ。全然ダメじゃない」


 速度を合わせて走りながら、ジルコニアがため息をつく。

 まさかこんなことになるとは考えていなかったが、彼らならやりかねないと内心呆れていた。


「防御陣地がほとんどできていないのを見て、完全に動けなくなる前に突破するつもりなのよ。バカ丸出しね」


「……返す言葉もない」


「ラッカとラース、今ごろは殺されてるんじゃない? あの2人が扇動したのかもしれないけど」


「あいつらは、そんなことしねえよ!」


 カイレンがジルコニアを睨む。


「血は繋がってないが、俺たちは兄弟と同じだ! 愚弄するんじゃねえ!」


「あらそう? なら、2人とも殺されてるわね。講和に同意した臆病者って言われて」


「……」


 煽るジルコニアから目を逸らし、カイレンは険しい表情のまま前に向き直る。 


「カズラさん! 私はカノン砲部隊のところに行ってきます!」


「バレッタさん、まだ射撃はさせないでください!」


「分かってます!」


 バレッタが腰の無線機を取り、待機を呼びかけながら走り去って行く。


「ハベル、状況を教えろ! どうぞ!」


 ナルソンが無線機を手に叫ぶ。


『敵はこちらの右翼に向かって全速力で前進してきています。騎兵の大集団が、こちらの前衛に間もなく接触します』


「ナルソン殿!」


 カイレンが走りながら、ナルソンに声をかける。


「あの鉄の弾を飛ばす兵器っていうのは、カノン砲というのか!?」


「ああ、そうだが」


「そいつで、議員たちを狙い撃ちしてくれ! 全軍の中央部にいるはずだ!」


「カイレン様!? 何を言うのですか!?」


 カイレンの提案に、ティティスが驚愕する。


「指揮してる連中をどうにかしないと、軍は止まらねえ! 奴らが死ねば、俺が出て行って説得できるはずだ!」


「し、しかし……」


「カイレン様の提案は合理的なのです!」


 フィレクシアが同意する。


「我々の軍は、頭を潰せば機能不全に陥るのですよ! 止めるには、それしかないのです!」


「ナルソン殿、議員だけを狙い撃ちにして、兵士たちには手を出さないでもらいたい! その後、俺が先回りして連中を説得する! カズラ殿、ジルコニア殿が乗って来た、あの乗り物を貸してください!」


 一息に捲し立てるカイレンに、一良はすぐに返答できず口ごもった。

 このまま戦端を開けば、バルベール軍は大損害を被るだろう。

 そうなっては、たとえ講和を結んだとしても、怪我人の収容や治療にすさまじい労力を強いられることになる。

 これから蛮族とことを構えようという時に、それは避けたい。

 だが万が一、大半を首都へと逃がした場合はかなり危険だ。

 講和に反対する者たちはカイレンの言うことに耳を貸さないだろうし、そうなれば力攻めをするしかない。

 カイレンたちにブラフをかけている以上、どうしてもここでバルベール軍を止める必要がある。


「何をバカなことを! もし上手くいかなかったらどうするつもり!?」


 ジルコニアが怒りの形相で叫ぶ。


「必ず説得してみせる! 信じてくれ!」


「話にならないわ。カズラさん、猛撃を加えて敵軍全体に恐怖を植え付けなかったら、カイレンが説得しても言うことを聞きませんよ?」


「カズラ、お母様の言うとおりだよ」


 隣を走るリーゼが、気遣う表情で一良に言う。


「向こうにいる議員たちは動画を見てないんだし、カイレン将軍が臆病風に吹かれたって考えてると思う。兵士たちにも、そう言ってるはずだよ」


「ああ。リスクはできるだけ減らすべきだ」


 一良が頷き、カイレンを横目で見る。


「カイレン将軍、聞いてのとおりです。議員は狙い撃ちしますが、それと同時に全軍に攻撃をかけますから」


「……承知しました」


 カイレンが顔をしかめながらも頷く。


「ナルソンさん、全軍に攻撃指示を。バレッタさんには、俺から伝えます」


「かしこまりました」


 ナルソンが無線機のチャンネルを合わせ、攻撃開始の指示を出す。


「まったく……カズラさん、カイレンには私が付いて行きます。いいですね?」


「……分かりました。でも、くれぐれも気を付けてください」


「もちろん。心配ご無用ですよ」


 ジルコニアがにこりと微笑む。

 一良は腰の無線機を取り、バレッタのものにチャンネルを合わせた。


「っと、ジルコニアさん」


 何かを思い出した様子で、一良がジルコニアに声をかける。


「はい、何ですか?」


「念のため、持って行ってほしいものがあります。付いてきてください」


 そう言って、一良は無線機でバレッタに話しかけながら、自身の天幕のほうへと走りだした。

 ジルコニアは小首を傾げながらも、その後に続くのだった。




「分かりました。議員だけを狙いますね。通信終わり」


 猛スピードで兵士たちの間を走り抜けながら、バレッタが無線で一良に答える。

 物見台に立つニィナの姿を見つけ、思いきり地面を蹴って跳躍した。

 10段飛ばしで梯子に飛びつき、そのまま一息に駆け登った。

 付近は盛り土がされており、カノン砲が1門、射撃準備を行っている。

 横の射角に自由を利かせるために、計6門のカノン砲は約100メートル間隔で横長に分散配置されていた。


「ニィナ!」


「あっ、バレッタ!」


 双眼鏡をのぞいていたニィナが、バレッタに振り向く。


「本当にバレッタの言ったとおりになったね! 軍団長っぽい人は見つけてあるよ!」


「ううん、そうじゃなくて、狙うのは議員たちになったの! 貸して!」


 ひったくるようにして双眼鏡を受け取り、目に当てる。

 凄まじい数の兵士たちが、土煙を上げて北西へと向けて全速力で進んでいた。


「……いた!」


 数秒で豪奢な鎧を着た集団を見つけ、バレッタは口元に無線機を添えた。

 双眼鏡を下ろし、カノン砲部隊に射撃指示を出そうとして、ふと視界の隅に違和感を覚えた。

 もう一度双眼鏡を目に当て、そこに目を向ける。

 全速力で進軍する軍勢の後方に、まったく動いていない軍勢がいた。


「あれは……」


 嫌な予感に、バレッタはその軍勢を舐めるように見渡した。

 右手を三角巾で吊り、騎乗して何やら叫んでいる大柄な男の姿。

 ラースだ。


――そういうこと、か。


 バレッタが、ぎりっと奥歯を噛み締める。

 その周囲に目を向けると、同じように何やら叫んでいるラッカの姿があった。

 おそらく、これはカイレンの策略だ。

 あちらに帰ったラッカとラースは、議員たちに強行突破するべきだと煽ったのだろう。

 今までのカイレンの行動からして、今の状況を好機と見て、自分と対立関係にある議員たちをできるだけ殺し、残った者からもすべての権限を剥奪しようと考えているのだろう。

 そのために死ななくてよかったはずの兵士たちを犠牲にするとは、鬼畜の所業だ。

 やはり、彼は信用できない。


「バレッタ、怖い顔してどうしたの? 早く攻撃しないと……」


「うん、そうだね」


 バレッタが双眼鏡を下ろし、無線機の送信ボタンを押す。

 カイレンには怒りを覚えるが、だからといって今できることは何もない。

 彼の目論見どおり、議員たちの抹殺をするしか、逃げるバルベール軍を止めることは不可能だ。

 それに、巻き添えを食う兵士たちはかわいそうだが、今後の交渉を考えれば、同盟国には有利に働くはずだ。


――……こんなことを考えるなんて、私、酷い人間だな。


「バレッタ?」


 押し黙っているバレッタに、ニィナが再び声をかける。

 バレッタはひとつため息をつくと、口を開いた。


「こちらバレッタ。全カノン砲部隊に通達。初撃はこちらで加えます。着弾地点にいる豪奢な鎧を着た騎兵の集団に、各個任意で射撃を行ってください」


 そう言うと、物見台を飛び降りて手近のカノン砲に駆け寄った。

 兵士から軍事コンパスを受け取り、議員たちとの距離を測る。

 移動速度から未来位置を暗算で割り出して、砲身を向けさせた。

 兵士に火薬量を伝え、装填指示を出す。

 そして、左手に付けている、一良に貰った腕時計に目を落とした。


「射撃準備が完了しました!」


「ゼロに合わせて着火してください。8、7、6、5――」


 火の付いた棒を持った着火手が、バレッタのカウントダウンが0になると同時に砲身後部の穴に棒を突っ込んだ。

 どかん、と轟音を響かせて鉄の砲弾が射出され、一直線に議員の集団に向かって行く。

 砲弾は全速力で走る議員たちのど真ん中に突き進み、手前にいた議員の脇腹に直撃した。

 彼の胴体は引き千切れ、貫通した砲弾がその奥にいた議員たちにも襲いかかり、衝撃で千切れ飛んだ彼らの手足が付近の者やラタにぶつかって二次被害を出す。

 驚いたラタが足を止めたり転倒したりと、一瞬にして修羅場が生まれた。

 続けて、防御陣地に分散配置されていたカタパルトとスコーピオンが、一斉に射撃を始めた。

 カノン砲部隊の射撃の邪魔にならないようにと、ナルソンが攻撃を待たせていたのだ。

 特定の箇所を狙った射撃ではなく、「とりあえず撃てば誰かしらに命中するだろう」、といったものだ。

 全速力で走る兵士たちの頭上にそれらが滅茶苦茶に飛来し、巨大なボルトと爆発炎上する火炎弾ですさまじい死傷者が発生した。


「す、すげえ……」


「ど真ん中に命中したぞ……」


 カノン砲の射撃をした兵士たちが、唖然とした声を漏らす。


「すぐに第2射を放ちます。砲身を掃除してください」


 静かな声で、バレッタが指示を出す。

 兵士たちは慌てて、射撃準備に取り掛かった。




 その頃、一良からとある物を受け取ったジルコニアは、バイクが停車してある場所にやって来ていた。

 先に近衛兵と到着していたカイレンもいる。

 どうしても付いて行きたいとせがんだ、フィレクシアも一緒だ。

 さっそくジルコニアがバイクに跨り、カイレンに目を向ける。


「お待たせ。そこに乗りなさい」


「ああ。それ、何だ?」


 ジルコニアの手にさがっているビニール袋に、カイレンが目を向ける。


「すっごいもの。使うかは分からないけどね」


「は? なんだそりゃ」


 いぶかしみながらも、カイレンがサイドカーに乗り込む。

 フィレクシアも、近衛兵が跨る別のバイクに駆け寄った。


「これ、持ってて。あと、荷台に載ってる白いのが拡声器よ。走りながら、使いかたを教えるから」


 ジルコニアはビニール袋をカイレンに渡すと、バイクのエンジンを起動した。

 周囲では近衛兵たちがバイクに乗り込んでおり、サイドカーに乗る者たちは手投げ爆弾とクロスボウを手にしている。


「うわ、なんだこりゃ? つるつるカサカサしてて、ものすごく薄いぞ」


「ビニール袋っていう、燃える水から作られてる袋だそうよ。しっかり掴まってて」


 アクセルを捻り、バイクが猛スピードで走り出す。


「ひゃっほう! 何度乗っても、これは楽しいのですよ!」


 ジルコニアの背後から、フィレクシアのはしゃいだ声が響く。

 カイレンはサイドカーの縁に掴まりながら、その速さに感心した顔になった。


「すげえな……こんだけ速けりゃ、俺らより早くムディアに着けて当然か」


「ラタと違って、休憩もいらないしね。ラタの倍以上速く走れるし」


「そ、そうか。まさか、全部の兵士分、これがあるのか?」


「さあ、どうかしらねぇ」


 ジルコニアがにやりとした笑みをカイレンに向ける。


「でも、これがなくても、あなたたちよりずっと早く行軍できるのよ?」


「あ? どういうことだよ?」


「神様の祝福よ。私たち全員が祝福を受けてるの。いくら行軍を続けても、全員が元気いっぱいなんだから」


「おいおい……ラースじゃねえが、そりゃあ反則だろうが」


 カイレンはそう言って、はっとして背後を振り返った。

 サイドカーで膝立ちになって後方に手を振っているフィレクシアの姿が目に入る。

 バイクの停車場所まで一緒に全速力で走ったというのに、元気いっぱいだ。

 そんな彼女を、近衛兵が「危ないぞ!」、と慌てて怒鳴りつけていた。


「あいつ……何であんなに元気なんだ? あれだけ走ったら、今までなら咳が止まらなくなってたのに」


「グレイシオール様が秘薬をあげたの。おかげで、無駄に元気になっちゃったわ」


「カズラ殿が?」


「あら? もう聞かされてたの?」


 少し驚いた顔で言うジルコニアに、カイレンが苦笑する。


「いや、カマかけたんだよ。これもカズラ殿に渡されたんだろ? 『もしかしたら』、って思うのが普通だろ」


「……」


 ジルコニアが、ぶすっとした顔になる。

 ニーベルに馬鹿にされた時のことを思い出し、余計自己嫌悪になった。


「そんな顔すんなって。どのみち、教えてくれるつもりだったんだろ?」


「そうだけど、カズラさんに教えられるまでは、知らないふりをしておいて。怒られちゃうわ」


「あいよ。しかし、どんな医者に診せても病弱なままだったあいつが……」


 カイレンがもう一度、背後を振り向く。

 座り直したフィレクシアと目が合うと、彼女は「カイレン様ー!」とはち切れんばかりの笑顔で手を振った。


「神様ってすげえな。何でもありじゃねえか」


 フィレクシアに小さく手を振り返し、カイレンが前に向き直る。

 ビニール袋の中身をのぞき、太い筒状のものが数本入っているのを見て首を傾げた。

 いったい何なのか、さっぱり分からない。


「私も初めて会った時は驚いたけどね」


「他の神々にも、会ってるんだよな?」


「ええ。いろんな神様がいるわよ。そっちの神様は、あなたたちを何とも思っていないみたいだけどね」


「そうなのかもな」


 同意するカイレンに、ジルコニアが小首を傾げる。


「あら、ずいぶん素直じゃない」


「俺はもともと、神様なんて信じてなかったんだ。あんただってそうだろ?」


「……ええ」


 昔の自分を思い出し、ジルコニアの表情が曇る。

 カイレンはちらりと横目で見た。

 そして、口を開きかけ、やめた。

 神ならば、人を、アーシャを生き返らせることはできるのか。

 動画を見た時から、そう聞こうと考えていた。

 だが、ジルコニアの表情を見て、その質問は無駄だと察したのだ。


――できるなら、とっくにやってるよな。なあ、神様?


 それからしばらくの間、2人とも口を閉ざしたままだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そろそろ読唇術とか覚えそう・・・
[一言] カイレンさん退場かな? となるとカイレンに繋がる皆が間引かれるから一気に減るなぁ
[気になる点] ビニール袋の中の太い筒状のものってなんだろう? カイレンに持たせるくらいだから非殺傷用だろうからアレかなと思うものはあるにはあるけど…早く答えが知りたい。 [一言] >「あいつらは、そ…
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