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315話:大変なことになりますよ

「な……」


 突然現れた映像に、ティティスが目を丸くする。

 フィレクシアは口を開けたまま、スクリーンを凝視していた。


「これは、ここではない別の世界で実際に行われた戦いの様子です」


 深い森の上空を編隊を組んで飛行する航空機の一団を見つめながら、一良が言う。

 航空機の周囲には空に浮かぶ島がいくつも浮かんでおり、滝となって流れ落ちる水の雫が霧になって散っていた。

 どう見ても自分たちがいる世界とは全く異なる光景に、ティティスとフィレクシアはただただ唖然とするばかりだ。


「この空を飛ぶ乗り物に乗っているのは、私たち神々を信仰する人々です。今向かっている先に、彼らを長きにわたり虐げてきた者たちがいます。虐げられてきた人々を救うべく、私たちは彼らに武器を授けたのです」


 航空機の集団が、数千メートルはあろうかという巨木の前にたどり着く。

 そこには手に弓や槍を持った人型の生き物が大勢集まっており、飛来した航空機に唖然とした顔を向けていた。

 この映像は、SF映画のワンシーンを切り取って繋げたものだ。

 野営地まで来る間に、バレッタとリーゼが動画編集ソフトで作った。

 登場人物たちのやり取りの箇所を省き、航空機の飛行シーンや攻撃シーンのみを繋げて作った動画である。

 本来の映画の内容は、他の惑星に資源を求めて入植した地球人たちが、そこにしか存在しないレアメタル採掘を巡って現地民といさかいを起こして戦争に発展するといったものだ。

 人間側が悪役として描かれている作品なのだが、今回の目的に戦闘シーンの一部がちょうど合うので使うことになった。


「これが、その時の戦いの様子です。よく見ていてください」


 人型の生き物たちが、航空機に向かって矢を放つ。

 当然ながら矢は装甲に弾かれ、風防ガラスにわずかな傷を付けるのみだ。

 航空機から無数のガス弾が発射され、人型の生き物たちが激しく咳込みながら逃げ惑う。

 続いて白煙の帯を引いたミサイルが撃ち込まれ、生き物たちの間に着弾して次々に吹き飛ばす。

 巨木が炎上し、メキメキと音を立てて倒れた。

 動画が終わり、天幕内がしんと静まり返る。

 ティティスとフィレクシアはただただ唖然とした表情で、真っ白なスクリーンをじっと見つめていた。


「これが、私たち神の力です。アルカディアにはまだ、このような兵器は授けていませんが、あなたがたの今後の対応によっては同様のことが起こるかもしれません」


「こ、これは……今のは、いったい何なのですか? すぐそこに、別の世界が出現したように見えたのですが」


 ティティスが恐怖の滲んだ表情で、一良を見る。


「別の世界で起こった様子を記録したものです。今のように、何度でも繰り返し見ることができるんですよ」


 一良がバレッタに目を向ける。

 バレッタは頷き、別の動画を再生した。

 この世界と似たような武具に身を包んだ兵士たちが、巨大な防壁に大砲を向けている。

 着火手が火のついた棒を砲身後部の穴に突っ込むと石弾が発射されて防壁に直撃した。

 壁を貫通した石弾が街中に突っ込み、建物や露店を破壊する。

 中にいた人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、さらにそこに石弾が撃ち込まれた。

 こちらの動画は、古代のコンスタンティノープル包囲戦の再現映像だ。


「これは、別の世界における、今のあなたがたと非常によく似た状況のものです。石弾を撃っている兵器にも見覚えがあると思います」


 ティティスとフィレクシアが、食い入るように動画を見つめる。


「アルカディアとバルベールと、ほぼ同じ状況です。この程度で済んでいるのは、相手方の抵抗が比較的微弱だったからです」


 バレッタが続けて、別の動画を再生した。

 スクリーンに、アルカディア軍が砦へと向けてカノン砲や火炎弾を発射している様子が映し出される。

 身に覚えのある光景に、ティティスの表情が再び驚愕のものへと変化した。


「これは、数カ月前にアルカディア軍が砦奪還作戦を行った時の様子です。先ほどの戦いの様子と同じように記録してあります」


「なに……これ……こんなことが、そんな……」


 フィレクシアがガタガタと震えながら、擦れるような声を漏らす。

 アルカディアがいくら新兵器を多数保持しているとはいえ、それらは時間さえかければ自分たちでも作ることが可能なものがほとんどであるとフィレクシアは考えていた。

 バルベールには優秀な技術者が何十人、何百人といるので、たとえ緒戦で敗北を喫しても、時間が経てば模倣兵器を作ることができるだろう。

 いずれは地力の違いと圧倒的国力差で押し返せると、疑っていなかったのだ。

 しかし、今見たものは、模倣してどうにかできるレベルを遥かに超えている。

 もしもあんな兵器で攻撃されたら、いくらバルベールといえどもひとたまりもない。

 あの人型の生物たちのように、あっという間に街ごと破壊されて蹂躙されてしまうだろう。


「私は、あのような殺戮を望んではいません。過度な肩入れは世界に非常に大きな影響を与えるため、するべきではないと私は考えています」


 一良が言うと、フィレクシアは彼に顔を向けた。


「最初にお見せしたものは、もはや虐殺です。我らを信奉する者たちを救うためとはいえ、やりすぎにもほどがあります。しかし、他の神々は、そうは考えていないのです」


『ええ、そのとおりです。あんな連中、皆殺しにしてしまえばいい』


 その時、ティティスとフィレクシアの頭に涼やかな声が響いた。

 それと同時に猛烈な眠気が一瞬襲い、2人の体ががくんと傾く。

 ずるりと地面に倒れかけたフィレクシアを、一良が慌てて支えた。

 リーゼも少し影響を受けてしまったのか、少しふらつきながらも足を踏ん張っている。


「う……い、今のは?」


 ティティスが頭を押さえて、イスにしがみつく。


「フィレクシアさん、大丈夫ですか?」

 

「あ、あれ? 私、寝てました?」


「はい。一瞬だけ」


 フィレクシアは一良に支えられながらイスに座り直し、ふと左を見た。

 巨大な漆黒のウリボウが天幕の入口に座っているのを見て、「ひっ」と息を飲む。


「オルマシオール、ここには来ないでくれと言いましたよね?」


 一良が言うと、ティタニアは目を細めて「ふん」と鼻を鳴らした。


「お、オルマシオールって……あのウリボウが?」


 フィレクシアが一良にしがみつきながら、怯えた表情で言う。


「ええ。彼女はオルマシオールです。あなたたちバルベール人を皆殺しにするべきだと、ずっと言い続けているんです」


『クズどもが。グレイシオールが首を縦に振りさえすれば、即座に皆殺しにしてやるものを』


 ティタニアが術の力を極力抑えながら、冷たい声色で言い放つ。

 ティティスとフィレクシアに再び猛烈な眠気が襲い、強制的に瞼が落ちる。

 ティティスは唇を噛み締めてどうにか耐えたが、フィレクシアは「ぐう」と寝息を立てて眠ってしまった。

 一良がその背を強く叩くと、「あえ?」と間抜けな声を漏らして目を開いた。


「ど、どういうことなのですか……すごい眠気が……」


 ティティスが額を押さえ、頭を振る。


「オルマシオールの術の力です。あなたたちを眠らせて、説得の邪魔をしようとしているようですね」


「じゃ、邪魔って……」


 ティティスが怯えた表情でティタニアを見る。

 そんな彼女に、ティタニアはニイッと口元を歪めて牙を覗かせた。

 それを見たフィレクシアが、再び「ひっ」と声を上げて仰け反る。


「いいですか、もしこのままバルベールが抵抗を続ければ、私はもう他の神々を止めることはできません。この国の将軍たちも、それを望んでいます」


 一良がティタニアに目を向けながら言う。


「今が最後のチャンスです。もし今、バルベールが敗北を認めるのなら、先ほど見たような悲劇に見舞われずに済むんです」


「そ、そんなことを言われても……わけのわからないことだらけで、頭がこんがらがってしまって……」


 声を震わせて言うティティス。

 自身の身に起こったことと、先ほど見た想像を絶する光景に、理解がまったく追い付かない。

 本当に神が実在してアルカディアに協力しているとは、露ほども思っていなかった。

 まさか、アルカディアで流れている噂が真実だったとは。


「こ、こんなの、まやかしなのですよ! 私たちを騙そうとしているのです!」


 フィレクシアが一良にしがみつきながら、震える声で叫ぶ。


「きっと、何かからくりがあるのですよ! あんな……空を飛ぶ乗り物だとか、空に浮かぶ島だとかなんて、あるわけがありません! 私たちに催眠か何かをかけているんでしょう!?」


「催眠なんかで、こんなことができるとでも?」


 一良が困り顔で言うと、フィレクシアはこくこくと頷いた。


「それに、獣がしゃべるなんておかしいのですよ! 幻覚を見せる薬を、私たちの食事に混ぜたのではないですか!?」


「幻覚ねえ。どうしたら信じてもらえるのか……あ、そうだ」


 一良はぽんと手を打つと、マリーに目を向けた。


「マリーさん。ティティスさんから預かっている短剣を持ってきてもらえますか? ジルコニアさんが持っているはずです」


「かしこまりました」


 マリーが頷き、天幕を出て行く。


「な、何をするつもりなのですか?」


 短剣と聞き、フィレクシアが怯えた表情で一良に問いかける。


「まあ、待っていてください。先ほどのものを、もう一度見ながら待ちますか?」


 一良が聞くと、ティティスとフィレクシアはちらりと目を見合わせ、こくりと頷いた。

 バレッタが再び動画を再生し、航空機が基地を飛び立っていく映像が流れ始める。


「……信じられない」


「うう、さっきとまったく同じ……何がどうなっているんですか。こんなのおかしいですよ……」


 じっと映像を見つめるティティスと、頭を抱えるフィレクシア。

 フィレクシアは動画が幻覚なら自分の精神が錯乱しているはずなので、まったく同じものは見えないだろうと考えていた。

 だが、当然ながら先ほど見たものと完璧に同じものが彼女の目に映っている。

 そうして動画を見ていると、ぱたぱたとマリーが戻ってきた。

 手には、刃を布で包まれたティティスの短剣が握られている。


「お持ちいたしました」


「ありがとうございます」


 一良が短剣を受け取り、布を開いてナイフの柄を持つ。

 すっと、ティティスの前にそれを差し出した。

 バレッタとリーゼが小走りで2人の下へと駆け寄る。

 万が一、に備えてのことだ。


「ティティスさん。この短剣は、あなたのもので間違いありませんね?」


「はい」


「手に取って、よく確認してください」


 一良がティティスに短剣を手渡す。

 ティティスはそれを受け取り、くるくると回して確認した。

 いったい何を始めるつもりだろうと、フィレクシアもその様子をじっと見つめる。


「……間違いありません。私の短剣です」


「ありがとうございます。ティティスさんは、その短剣の刃を手で曲げることはできますか?」


「え? で、できませんが」


「試してみてください。思いきり、力を込めて」


「は、はあ」


 ティティスが怪訝な顔をしながらも、短剣の刃を摘まむ。

 ぐっと力を込め、しばらくプルプルと震えた。


「……無理です。とてもできませんよ」


「ですよね。フィレクシアさんも、試してみてください」


 フィレクシアが短剣を受け取り、同じように力を込める。


「無理です。普通にやったら、曲がらないのですよ」


 フィレクシアが一良に短剣を返す。


「でも、マリーさんは簡単に曲げることができます。神の祝福の力を、私が授けているので」


 一良がマリーに短剣を手渡す。

 マリーは短剣の柄を右手で持ち、刃先を左手で掴んだ。


「マリーさん、お願いします」


「はい」


 マリーは「ふう」と息を吐き、ぐっと両手に力を込めた。

 ぐぐっと刃がたわみ、やがてぐにゃりとくの字に折れ曲がった。

 それを見て、フィレクシアが「ふん」と鼻を鳴らす。


「それは、ものの中心点を上手く利用した曲芸なのですよ。ティティスさん、騙されてはダメですよ!」


「えっ」


 予想外の反応に一良が驚く。

 ティティスは意味が分からず、小首を傾げた。


「曲芸、ですか?」


「はい! やはり、カズラ様は私たちを騙そうとしているのです!」


 驚くティティスに、フィレクシアが自信ありげに頷く。

 そんな彼女に、一良は困り顔になった。

 マリーとリーゼは何のことか分からずにきょとんとしているが、バレッタは感心した表情になっている。


「あの、フィレクシアさん。焼きが入っている短剣を曲げたんですよ? 本気で言ってます?」


「本気です! それは、曲芸師が小銭を稼ぐ時に使う芸の1つなのです! 物の中心点をとらえて両端に適切な力を加えれば、驚くような力がその中心点に作用するというからくりです。さっき見せられた戦いの様子も、何か種があるに違いないのです!」


 ふんす、と胸を張るフィレクシアに、一良が頭を掻く。

 人外の力を見せてダメ押しをするつもりが、余計に話がややこしくなってしまった。

 黙って天幕の入口でそれを見ていたティタニアは、困っている一良が面白いのかくすくすと笑っている。


「ああもう……マリーさん、ジルコニアさんの鉄槍を持ってきて曲げてください。あれは柄まで鉄ですし、あれを曲げればさすがに信じるでしょ」


「て、鉄槍ですか? さすがにそれは……」


「やってみてください。もしできたら、後で何でも欲しい物をあげますから」


「か、かしこまりました」


 その後、マリーは鉄槍を持ってきて両手で曲げようとしたのだが、さすがに曲げることはできなかった。

 そこでリーゼが、「もしできたらちゅーしてくれる?」と一良に聞いたところ、即座に横から手を伸ばしたバレッタが一息で鉄槍をくの字に折り曲げた。

 フィレクシアはバレッタに、「信じましたよね?」と肩に手を置かれて笑顔で言われ、こくこくと震えながら頷いたのだった。

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フィレクシア賢いやん 普通にぺてん師に騙される奴が頭アレやんw まぁ、ご都合で騙されるやろうけどw 自分より頭の良い奴は騙せなんやで ネタを見抜かれ嘘が見破られるから
[一言] フィレクシアが馬鹿すぎませんか? 人は自分の理解の限界を超えた際に、その心の安定のために神などを用います。 また、技術で圧倒的に劣っている世界の人間からしたら、理解不能で超常的な科学技術は…
[一言] 最後笑いました。映画は私はアバターを想起しました。
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