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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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317/411

313話:無茶ぶり

 約1時間後。

 日が落ちて薄暗くなった砦の北門前では、大勢の兵士たちと大量の荷馬車がひしめき合っていた。

 ムディアへと向けて撤退していくバルベール軍を追い、今から出撃するのだ。

 兵士たちは全員が口を閉ざし、ナルソンの訓示に耳を傾けている。


「此度の進軍は隠密行動だ。バルベール軍に付かず離れず進軍し、奴らの退路を完全に遮断しなければならん」


 大声で語りかけるナルソンに、兵士たちが「応!」と力強く返事をする。


「敵の伝令はオルマシオール様がすべて仕留めてくださっている。敵は完全に盲目状態だ。兵士たちよ、勝機は我らの手の中にあるぞ!」


 兵士たちが一斉に歓声を上げ、ビリビリと大気が震える。

 皆の表情は自信に満ちており、勝利を確信している様子だ。

 ナルソンの訓示が終わり、各部隊長が号令をかけ、順に城門をくぐり始めた。

 先頭に立つのは、王都第1軍団長のミクレムだ。

 城門の外では、ハベルが出陣の様子をハンディカメラで撮影している。

 戦争が終わった折には、出陣する姿を撮影した写真を引き伸ばし、額に入れてミクレムとサッコルトにプレゼントすることになっている。

 ルグロが「あの2人の性格なら絶対に喜ぶから、後でサプライズしようぜ」と一良に提案したからだ。

 王都では普段奔放なルグロに苦言を呈しつつも、なんだかんだで結局は立ててくれている2人に、ルグロは感謝しているとのことだった。


「なあ、カズラ」


 丘を下るミクレムの背を城門の上から眺めながら、ルグロが一良に話しかける。

 ルグロの隣にはルティーナと子供たちもおり、城門をくぐる兵士たちに大きく手を振っていた。

 彼女たちは、砦で留守番をすることになっている。


「やっぱりさ、どうにかして、バルベールと講和できねえかな?」


「次の戦い次第じゃない? 主力を壊滅させられれば、バルベールは南に軍がなくなるんだし」


「そこだよ。蛮族は首都を制圧するつもりなんだろ? もしこっちより先に首都を取られたら、連中はバルベールの上半分を制圧したことになるだろ」


 防壁のレンガの1つを、ルグロが指で横半分になぞる。


「そうなると、きっと連中は占領下の住民の家族を人質に取って、戦える人全員を無理矢理軍に組み込むかもしれねえ。そうなると、とんでもないことになるぞ」


「……バルベールが南北に両断されて、もっと大きな戦争になるってことか」


「ああ。蛮族にとっては、別に殺されたっていい兵力が大量に手に入るんだからな。領土を取れるだけ取ってやろうと考えて、その人らに無理矢理こっちに攻めさせるかもしれない。そうなると、バルベールはもう滅茶苦茶だ。死体の山になるだろうな」


「確かに、その可能性もあるね……」


 ルグロの懸念どおりの事態になった場合、バルベールの広い国土を舞台に、戦争は長期化する可能性が高い。

 そうなると心配になるのは、蛮族を追い立てているかもしれないという新たな勢力の存在だ。

 同盟国と蛮族が潰し合って疲弊したところにその勢力が出現したら、と考えるとぞっとした。


「だろ? 俺としては、講和するならバルベールを完全に潰す前がいいと思うんだよ。俺ら同盟国とバルベールが手を組めば、少なくとも蛮族を止めることはできるはずだ」


「うーん……でもそれ、どう考えてもこっちの兵士たちは納得しないよね?」


 11年前までの戦争の件と、休戦協定を破って砦を奪われたことによる怨恨はかなり根深い。

 もしも話がまとまってバルベールと講和となったとして、互いに協力して蛮族に立ち向かうなどということができるだろうか。


「そりゃそうだけど、ええと……何ていったっけ? 蛮族のとこに潜り込んだ……アンドロ? アンコロだっけ?」


「アロンドだよ」


「そう、そのアロンドって奴。ナルソンさんは『信用しない』って言ってたけどさ。そいつを上手いこと使って、蛮族とも講和ができねえかな?」


「この戦争を一度に終結させようってこと?」


 驚く一良に、ルグロが「そうそう」と頷く。


「蛮族は領土が欲しい。バルベールは挟み撃ちのピンチから脱却したい。俺らは売られた喧嘩を買ってるって状態だろ? 全部の国が納得できる条件があれば、もしかしたらいけねえかな?」


「うーん……」


「アロンドって奴はアルカディア人なわけだしさ、どうにかして地獄と天国を見せることができれば、少なくともカズラには逆らわねえだろ。『地獄に行きたくなかったらどうにかしろ』って言ってさ」


「す、すごい無茶ぶりだけど……そうか、動画か」


 一良はすっかり失念していたが、確かに動画を見せればアロンドは指示に従うはずだ。

 もしよからぬことを考えていたとしても、死後に永遠の責め苦を受けるとなれば考えを改めるだろう。

 それに、やりようによっては、もっと上手く事を運べるかもしれない。


「そうだね。戦争の泥沼化なんて嫌だし、何とか考えてみようか」


 一良の返事に、ルグロの表情が明るくなる。


「ああ! カズラが意見を出せば皆ちゃんと聞いてくれるだろうしさ。どうにかしようぜ!」


「うん。思い付きの案なんだけど、ちょっと相談したいことがあるんだ。後で時間くれる?」


「もちろんだ。この後はどうせ移動だけだし、馬車でゆっくりと――」


「カズラ殿、殿下。そろそろ我らも出立いたします」


 話している一良とルグロに、防壁の下からナルソンが声をかけてきた。

 ラタに跨ったバレッタが2頭のラタの手綱を引いて、近くの階段へと歩み寄ってきている。


「今行きます。ルグロ、行こう」


「おう。皆、こっち来い」


 ルグロが家族を呼び寄せる。


「行ってくる。帰って来るまで、ちゃんと待ってるんだぞ?」


「うん……気を付けてね。危ないことしちゃダメだよ?」


 ルティーナが不安げな目でルグロを見る。


「大丈夫だって。カズラとオルマシオール様が一緒なんだ。何も心配するようなことはないさ」


「お父様、ご武運をお祈りしています」


「必ずや、勝利をお納めください」


 ルルーナとロローナがきりっとした表情でルグロを見上げる。


「ありがとな。ほら、2人ともおいで」


 ルグロが膝をつき、両手を広げる。

 ルルーナとロローナは、すぐに彼の胸に飛び込んだ。


「立派になってくれて、父ちゃんは嬉しいぞ。弟と妹の面倒をしっかり見ててくれ」


「っ、はい!」


「分かりましたっ!」


 泣くのを堪えるような声色で、2人が答える。

 ルグロは彼女たちの背を優しく撫でてから離れさせると、続けてリーネとロンも同じように呼び寄せて抱き締めた。

 一良はお邪魔になってはいけないと、静かに階段を下りてバレッタの下へと向かう。


「お待たせしました」


「あ、はい……」


 ルグロたちを羨ましそうに見上げていたバレッタが、ラタから降りる。

 一良は彼女に手を貸してもらい、ラタに飛び乗った。


「どうしました?」


「え? そ、その……何だか、羨ましくって」


 そう言いながら、バレッタは再び防壁上へと目を向けた。

 一良のその視線を追うと、えぐえぐと泣きべそをかいたルティーナがルグロに抱き着いていた。

 子供たちは泣くのを堪えており、ルティーナに「大丈夫ですよ」と声をかけている。


「子供っていいですよね……あんなふうにたくさん子供がいたら、きっとすごく楽しいですよ」


「ですねぇ。俺も一人っ子なんで、憧れちゃいますよ」


「カ、カズラさんもですか……そっかぁ。えへへ」


 何を想像しているのか、バレッタは両手を頬に当ててウネウネしている。

 それに気付かずに一良がルグロたちを見上げていると、激しい蹄の音が響いてきた。


「ちょっと、早く来てよ! 皆待ってるんだから!」


 ラタで駆け寄ったリーゼがウネウネしているバレッタに気付き、怪訝な顔になる。


「バレッタ、何やってんの? こんにゃくの真似?」


「えっ!? あ、いえ、何でもないです! 殿下、そろそろ出立です!」


 バレッタが表情をとりなし、ルグロに呼びかける。


「あ、悪い! すぐ行く! ルティ、またな!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしているルティーナを引き剥がすと、慌てた様子で階段を下りてきた。

 慣れた様子で、空いているラタに飛び乗る。


「うええーん! ルグロぉぉ! 行っちゃやだあああ!」


「お、お母様! 落ち着いてください!」


「兵士さんたちが見ています。せめてお顔を拭いてください」


 困り顔のルルーナとロローナが、必死にルティーナを押さえつける。

 下の子供たちも「落ち着いて!」と足にしがみついていた。

 これではどっちが子供か分からない。


「よし、行こうぜ!」


「う、うん。でも、いいの?」


 一良がルティーナを見上げる。

 相変わらず、「やだあああ!」と泣き叫びながらも子供たちに押さえつけられていた。

 子供たちは顔を真っ赤にして渾身の力で押さえつけている様子だ。

 ルティーナも剛力が備わっているはずなのだが、同じく剛力を持った子供4人の全力には敵わないらしい。


「あのまま相手してたら、いつまで経っても離れねえよ……引き剥がした時なんて、服を引き千切られるかと思ったぞ」


 泣き叫んでいるルティーナにルグロは手を振ると、逃げるように広場へと向けて駆け出した。

 一良たちもルティーナの叫びを背に受けながら、彼の後を追うのだった。




 砦を出立してから数時間後。

 同盟軍は、開けた草原で野営をしていた。

 あちこちに焚火の灯りが揺らめき、皆が夜食をとっているところだ。

 一良やナルソンといった首脳陣たちも一カ所に集まって焚火を囲んでおり、それぞれ缶詰をつつきながら談笑している。

 エイラとマリーもおり、ミクレムたちに酒を注いだり温めた缶詰を開けたりと給仕している。

 そんななか、一良たちのすぐ傍に停められている馬車からは、フィレクシアの怒声が響き渡っていた。


「ナルソン様! 約束と違うじゃないですかっ!」


 窓の柵越しに、憤慨した様子のフィレクシアがナルソンに叫ぶ。


「撤退の妨害はしないって、約束しましたよね!? これでは約束破りじゃないですかっ!」


「約束は守っているぞ。我らは貴軍の撤退を妨害などしていない。ただ、ムディアに向けて進軍しているだけだよ」


 焚火に当たりながら缶詰の焼き鳥をフォークで食べつつ、ナルソンがすまし顔で言う。

 缶詰は湯煎されており、香ばしい香りとともに湯気を立ち上らせている。

 1缶550円のお高め缶詰ということもあって、味はすこぶるいい。

 彼の傍では、ミクレムやサッコルトといった軍団長たちも缶詰に舌鼓を打っていた。

 まだ戦闘にはならないという確信があるので、それぞれ果実酒を飲んでいてほろ酔い状態だ。

 兵士たちにも1人コップ1杯分の果実酒と2個のパン(出立直前に焼かれたもの)が配られており、皆が上機嫌で夜食を楽しんでいる。


「攻撃など一切していないし、我らはただ移動しているだけだ。約束破りなんて、していないと思うが?」


「それは詭弁きべんです! このまま撤退するカイレン様の軍勢を追って、ムディアに入る前に襲い掛かるつもりなのでしょう!?」


 柵を両手で握り、フィレクシアが叫ぶ。

 移動中はシルベストリアとセレットが睨みを利かせていたので静かだったのだが、ナルソンの顔を見た途端にこの有り様だ。

 ティティスは何を思っているのか、じっと目を閉じたまま座っている。

 

「いやいや、そんなことはせんよ。もっとも、彼らが攻撃を仕掛けて来れば別だがね」


「攻撃をって……まさか、ムディアを包囲するつもりなのですか!?」


「それもしないぞ。我らはただ、移動しているだけだ」


 ナルソンが言うと、ティティスが静かに目を開いた。


「……まさか、ムディアはすでに陥落しているのですか?」


 ティティスの言葉に、フィレクシアが「えっ!?」と驚いた顔を向ける。


「そうでなければ、この進軍に説明がつきません。まさか、ムディアはもう――」


「そ、そんなわけないですよ! だいたい、ムディアを攻め落とす戦力がどこにあったっていうんですか!」


「日和見をしていたプロティアとエルタイルが参戦したのであれば、戦力の説明は一応つきます」


「あ……」


 フィレクシアが青ざめる。

 そんな彼女にティティスは目を向け、「でも」と言葉を続けた。


「もしそうだとしても、あの城塞都市がこの短期間で陥落するはずがありません。それに、それらの国の軍勢が動いた時点で、偵察部隊が気付かないはずがないんです」


「そ、そうですよ! いくら距離があるといっても、ムディアが攻撃される前に私たちのところに知らせが来たはずです! あり得ないのですよ!」


「はい。だから、どうにも分からないんです。わざわざ防備を固める時間を捨てて、しかも丸一日も時間を置いて、カイレン様の後を追う理由が」


 ティティスはそう言うと、ナルソンを見た。


「ナルソン様、教えてくださいませんか?」


 すると、それまで黙って缶詰を食べていたミクレムが、肩を揺らして笑い出した。

 顔が赤く、かなり酔っているように見える。


「くははは! そりゃあ、わけが分からなくて当然だろうなぁ!」


 威圧的に言い、ぎろりとティティスを睨みつける。


「いいざまだ。これは貴様らが、今まで散々好き勝手やってきた報いなのだ! 思い知るがいい!」


「お、おい、ミクレム。やめないか」


 サッコルトが一良をチラチラと見ながら、ミクレムの肩を揺する。


「性根の腐りきった野蛮人どもめ、貴様らはもうおしまいだ! 貴様らの軍勢は――」


「おい! ミッ――」


「ミッチーさん。口を閉じてください」


 ルグロが止めるよりも早く、一良がミクレムの言葉を遮った。

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― 新着の感想 ―
敵は殲滅やろ潜在的な敵を殺れる時に殺っとかんでどうすんの 大義付きやぞw
[良い点] ルグロが一応考えてしゃべってて良かった [気になる点] バルベール潰して蛮族と講和したほうが良くない? ルグロが自国民の気持ちを無視してバルベール残そうとする気がわからん [一言] ルグロ…
[良い点] どちらの側にしても不確定な事柄が多いんだから、先読みのし過ぎは悪手でしょ。 [気になる点] 捕虜二人は、自国がやってきたことに疏すぎる。
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