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31話:運命の来訪者

「なるほど、軍隊は村の視察ついでに行軍訓練で立ち寄っただけだったんですか」


「はい、いつも通りに父がアイザックさんに付き添って村の視察をしただけで、軍隊はイステリアへ帰っていきました。村のみんなも上手く立ち回ってくれたので、何も問題は起こらなかったですよ」


 晴れ渡った空の下、一良はバレッタと一緒に水車2号機の設置されている川べりに向かって歩きながら、昨日の報告を受けていた。

 バレッタの話では、どうやら上手く今回の騒動を乗り越えることが出来たようである。

 村人から物騒な提案もあったらしいが、バレッタの機転で上手く村人たちを誘導することが出来、穏便に済ませることが出来たようだ。



 水車と作物についてアイザックが色々と聞いていったらしいので、近いうちに水車の製造手法や農作業の方法を詳しくイステリアに報告するようにと命令が下されるかもしれないが、それは仕方がないだろう。


「よかった……でも、恐らく水車の作り方を説明させるためにバレッタさんがイステリアに呼び出されるかもしれませんね……何か身代わりにさせてしまったみたいで申し訳ないです」


「あ、そんな謝らないでください! 今まで沢山カズラさんに助けていただいてますから、これくらいお安い御用です。それに、呼び出されたとしても直ぐに帰ってこれるように上手くやりますから」

 

 そんな話をしながら歩いている内に、二人は水車2号機の設置されている水路に辿り着いた。

 昨日、バレッタが川と水路を隔てている水門を木板で閉じてしまっているので、今は水車は動いてはいない。


 バレッタは早速水車の傍に近寄ると、軸の部分を覗き込んだ。


「この軸の部分なんですけど、使っている内に磨り減ってしまったみたいで……」


 そう言うバレッタと入れ替わりに、一良は水車の前に立つと、軸の部分を覗き込んでみた。


「どれどれ……あー、これは随分と磨耗してますねぇ。軸が折れる前に気付いてよかった」


 一良は動きを止めている水車の軸の痛み具合を確認すると、片手に持っていた大学ノートを開き、中に描いてある水車の絵に赤ペンでメモ書きをする。

 これは早々に何らかの対策を講じなければ、水車2号機は使い物にならなそうだ。


「やっぱり、軸か軸受けのどちらかを金属か何かで補強したほうがいいか……銅は日本から持ってきてもいいけど、イステリアで買った物を使ったほうがいいかな」


 青銅か純銅を加工して補強材にすることが出来れば、軸の回転摩擦による磨耗対策は問題ないだろう。

 本当なら、材料自体も日本から持ってきてしまったほうが手っ取り早いのだが、材料の仕入先をアイザックやイステリアの役人などに問い詰められた時に備えて、手間ではあるがイステリアまで仕入れに行ったほうがいいかもしれない。


「村で加工するとなると、少し大きめの炉を作らないといけませんね。村にはノミなどの修理に使う小さな炉しか……ッ!?」


 水車の軸を見ながら大学ノートにメモ書きしていた一良は、背後で急に言葉を詰まらせた様子のバレッタに、何事かと振り返った。


「水車の具合はどうですか?」


「……」


 振り返った一良は、突如として現れた三人の兵士の姿に絶句した。

 バレッタも、目の前に立つ指揮官風の男――アイザック――を見つめたまま小さく震えている。

 アイザックは二人に問いかけた口調こそ親しげではあるが、二人を見据える目は冷え切っている。


 そうしている間に、アイザックの背後に控えていた二人の兵士が、一良とバレッタの両脇を取り囲むように移動した。


「お前は何者だ。グリセア村の住人ではないな」


 アイザックは部下が一良たちの脇に回りこむのを確認すると、一良の目を直視して詰問した。

 詰問された一良は、目の前の兵士たちを見た当初こそ、突然の出来事に思考が停止してしまっていたが、傍らで震え上がっているバレッタの様子を見て逆に少し冷静さを取り戻す。


 状況から察するに、この兵士たちは一良がこの場所に現れることを見越して張り込んでいたようである。

 何故一良の存在を彼らが嗅ぎつけたのか、今はその疑問の答えを出すことはできないが、絶体絶命のこの状況を何とかして打破せねばならない。

 自分が彼らを上手く言いくるめなければ、一良だけでなくグリセア村自体も、かなりまずい状況に陥ってしまうだろう。

 目の前で恐慌状態に陥っているバレッタに代わり、自分が何とかせねばならないのだ。


「ア、アイザックさん、この方は……」


「貴女は黙っていなさい」


 アイザックは口を挟もうとしたバレッタを睨み付け、問答無用で黙らせると、再び一良を直視する。


「さっさと答えろ。それとも、答えられないような理由でもあるのか?」


 一良は自分を睨みつけている男を見ながら


「(この人がアイザックか。随分と若いんだなぁ)」


 と暢気なことを考えながら、どう答えるべきか数秒思案する。


 目の前にいるアイザックが、村長やバレッタから聞いていた通りの人物であるならば、まだ少しは救いがありそうだ。

 一良の話に耳を貸さず、いきなり縛り首といったことになる可能性は低いだろう。

 とはいえ、危機的状況に何ら変わりはないのだが。


「……私は旅の商人です。この辺りを彷徨い歩いている内にグリセア村に辿り着き、少しの間住まわせてもらっていました」


 一良がそう答えると、アイザックは特に驚いたような様子も見せず、一良が片手に持っている大学ノートに視線を向けた。


「商人……か。その手に持っている本を見せてもらおうか」


 一良はアイザックに持っていた大学ノートを渡すと、隣で怯えた様子で自分を見つめるバレッタに、大丈夫、と小声で言い微笑んだ。

 アイザックはノートを受け取ると、表紙を指で撫で、その紙質に小さく唸った後、ぱらぱらとページを捲った。


「……水車の設計図か。他にも何やら書いてあるが……この水車を設計したのはお前なのか?」


「ええ、そうです」


「この本に書いてある文字は見たことがないのだが、お前は何処の国からきた商人なんだ?」


 バレッタを落ち着かせようと微笑みかけていた一良であったが、この短時間ではどうにもいい作戦は思いつきそうにない。

 村に来た当初、村人たちに言ったように『商人である』と場繋ぎ的に答えはしたが、このまま下手にごまかそうとしても、事態は悪い方向に進むだけだろう。

 ここはどうやら、腹を括る必要がありそうだ。


「グリセア村の林の奥にある世界から、と言えばわかりますかね?」


「……なんだって?」


 予期せぬ答えに、アイザックは思わず問い返した。

 一良たちを取り囲んでいる二人の兵士も、何を言っているんだこいつは、といったような視線を一良に向けている。


 そんな彼らの視線を浴びながら、一良は一度小さく深呼吸をすると、アイザックを真っ直ぐ見据えて口を開いた。


「神の世界から来たと言ったのです。このグリセア村の人々を救う為にね」


「……」


 そう答える一良に、アイザックたちは顔を見合わせた。

 予想だにしていなかった返答に、困惑している様子がありありと見られる。


 そんな彼らを前にして、一良は表面上は実に堂々としたものであるが、慣れない行動のために内心冷や汗だくだくである。

 村に戻って、一良が日本から持ち込んでいる道具をアイザックにいくつか見せることが出来れば、有無を言わさず『神の世界の者』として納得させることができるという確信はあるのだが、今手元にあるのはノートとボールペンだけ。

 

 とりあえず村に戻って携帯電話でも見せれば納得してもらえるだろうかと一良が考えていると、怪訝な顔をしたままのアイザックが口を開いた。


「お前、自分は商人でこの辺りを彷徨っていたら村に辿り着いたと言ったばかりじゃないか。言っていることの辻褄が合っていないぞ」


「……それは言葉の綾です。たとえ神の世界の商人でも道に迷うことはあります。グリセア村に来ようとして道に迷い、林の中で少しの間彷徨っていたんですよ」


 発言の矛盾を指摘され、苦し紛れにそう答えた一良だったが、アイザックの表情から察するに、余計不信感を煽ってしまっているようである。


「いや、お前さっき村に住んで……」


「ほ、本当です! この方は、村を救うために神の世界からやって来てくださったグレイシオール様なんです!」


 再びアイザックが一良の言葉の矛盾を突こうと口を開くと、それに被せるようにしてバレッタが口を挟んだ。

 さすがにこの流れはまずいと思ったのだろう。

 ……グレイシオールという重要な単語が飛び出し、更に矛盾が生まれた気がしないでもないが。


「グレ……なんですって?」


「グレイシオール様です!」


「この男がグレイシオール様だというのですか?」


「そうです!」


 バレッタがそう断言すると、アイザックはげんなりした様子で深く溜め息を吐いた。


「……グレイシオール様が商人をしているとは知りませんでしたね」


「……あ」


「いや、神の世界では商売もしていてですね……」


 尚も取り繕おうとする一良を無視し、アイザックは一良の脇に立つ兵士に


「この男の腕を縛り上げろ」


 と命じるのだった。




 静まり返った森の中、アイザックからの伝令の報告を受けた副官は、部下の兵士たちを周囲に集めて指示を出していた。

 指示を受けている兵士たちの表情は硬く、皆一様に緊張しているようである。


「我々の目的は、村人たちを家の中に押し込めておくことだ。その後の指示は隊長が戻り次第伝令を回すから、それまで各自持ち場を離れないように」


「副長」


 副官がそう説明すると、一人の兵士が手を挙げた。


「万が一村人が抵抗した場合は、少しこいつで痛めつけてやってもよいでしょうか」


 そう言って右手に持つ短槍を揺する兵士に、副官は首を振って見せた。


「ダメだ。多少不服従な態度を取ったからといって、直ぐに暴行を加えてはいけない。極力説得して家の中に押し込めるようにしてくれ。どうにもならないようなら私を呼んでくれていい」


 副官がそう言うと、大部分の兵士たちの顔に不満の色が浮かんだ。

 軍隊、それも貴族である自分たちが、たかが農民に何故そのような丁寧な扱いをしなければならないのだと思っているのだろう。


 副官の男としても、仮に自らが隊長ならば、必要に応じて多少手荒な真似をしても確実に任務を遂行したいところなのだが、隊長であるアイザックはそのような手段は望まないだろう。

 過去1年間、この部隊が設立されてから、副官としてアイザックと共に行動してきて、彼の思考は大体把握しているつもりだ。

 自分がどのように行動すれば、高い評価を得ることが出来るのかも判っている。


「これは命令だ。異論は認めない」


 副官はそう厳命すると、


「よし、各員行動を開始しろ」


 と、部下たちを行動に移らせた。




 アイザックの部下たちがグリセア村の制圧作戦を敢行している頃、一良たちはグリセア村に向かってぞろぞろと歩いていた。

 一良は後ろ手に縄で縛られており、結び目はがっちりと絞められていて簡単には外れそうにない。

 傍から見たら、まるで罪人そのものである。


 一良の隣を歩いているバレッタは縛られてはいないが、背後を二人の兵士がしっかりと見張りながら付いて来ている。


「これは……インクを付けずに書くことが出来るのか……」


 アイザックは一良から取り上げたボールペンを使い、歩きながら自分の持っていた皮紙に試し書きをしていた。

 日頃アイザックが使っている羽ペンとは違い、ボールペンは文字を書くたびにインクを付ける必要などない。

 初めて使うボールペンの利便性に、アイザックは小さく唸った。


「それはボールペンという物です。村に戻れば、神の世界から持ってきた道具がいくつかありますよ」


 一良はそう言いながら、村の屋敷に置いてある自分の持ち物を思い浮かべた。

 今朝村に戻ってきた時に持参したボストンバッグの他に、父親に渡されたキャリーケースも屋敷の自分の部屋に置いてある。

 キャリーケースの中に何が入っているのか確認はしていないが、アイザックの興味を引けるような品物の一つや二つは入っているだろう。

 それに、ボストンバッグの中身だけでも神の世界から来たという証明は十分可能であると一良は踏んでいるので、割と余裕な心境である。


 先ほど水車付近で交わした会話では、受け答えのまずさからアイザックに不信感を与えてしまったようだが、日本から持ってきた道具を見せれば何とかなるはずだ。


「一つ聞きたいのだが」


 じっとボールペンを見ていたアイザックは、立ち止まると一良を振り返った。


「お前がグリセア村にやって来て何日になる?」


「えーと……確か30日とちょっとですかね」


 アイザックの問いに、一良は自分が会社を退職した日の日付と今日の日付を思い出しながら答えた。

 正確には、一良が異世界に初来訪してから本日で34日目になる。


「30日……前に俺が村へ来たのが20日前か……」


 アイザックはそう呟くと、何やら考え込んでいる様子で押し黙り、再び前を向いて歩き始めた。

 他の二人の兵士も、そんな上官に声を掛けるでもなく、黙々と歩くのみである。


 一良が隣を歩いているバレッタを見ると、アイザックと同様に何やら考え込んでいるような表情で、黙々と歩いている。

 恐らく、村に着いた後に自分がどう行動すべきなのかを考えているのだろう。


「(村に着く前に、この縄だけは解いて貰わないと……今の状態はグレイシオールの言い伝えとまるっきり同じだもんな……)」


 後ろ手に縛られた状態の一良を村人達が見た場合、言い伝えと全く同じ状況を目にしたことで、一良を守ろうと蜂起する可能性がある。

 先ほど水車を見るために川に向かっている途中、一良は昨日の村人達と村長のやり取りの話をバレッタから聞いていたので、村人達が武器を手に立ち上がる可能性が非常に高いと考えたのだ。


 一良たちがグリセア村に到着するまで、あと20数分。

 運命の歯車が、大きく動き出そうとしていた。

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[良い点] 緻密な構成。 [気になる点] 特になし [一言] コルツのバカ野郎~! 迂闊、愚か、短慮…いくら言っても足りない。 冒険心を否定するものではないが、好奇心猫を殺す、を地でいきやがった。 猛…
[一言] 子供のせいで見つかってしまったな。
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