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30話:岩場の影から

 コルツの言葉を聞いた瞬間、アイザックは自らの頭の中が灼熱するような錯覚を覚えた。

 アイザックの記憶が正しければ、カズラなどという名前の人物はこの村には住んでいない。

 その人物が本当にいるのであれば、村長とバレッタは嘘を吐いていたということになるのだ。


 アイザックは笑顔の裏で必死に怒りを堪えると、コルツの言葉に相槌を打った。


「あぁ、そうだった、カズラって名前だったね。その人と少しお話をしたいんだけど、今何処にいるのか知ってるかな?」


「んー、少しの間神様の世界に帰るって昼前に母ちゃんが言ってたから、もう村にはいないんじゃないかなぁ」


「……神様の世界?」


 神様という予期せぬ単語を聞き、アイザックは思わず聞き返した。

 コルツが何を言っているのか、咄嗟には理解出来なかったのだ。


「そうだよ。村長さんから聞かなかったの?」


「……その神様の世界って、何処にあるんだい?」


 アイザックがそう問うと、コルツは呆れた様子でアイザックを見上げた。


「あっちの林の奥だよ……にいちゃん、何度もこの村に来てるのに、そんなことも知らないの?」


 アイザックはコルツの指差す方向に目を向けると、遠目に雑木林が見えた。

 その雑木林に纏わるグレイシオールの言い伝えは、アイザックももちろん知っている。

 知っているのだが、カズラという人物とグレイシオールの言い伝えに、何の関連があるのかが判らないのだ。


「あ、いや……あの林は、グレイシオール様が現れた林だよね?」


「何だよ、知ってるんじゃん。じゃあ、早く俺の家に行こうよ」


「え? ちょ、ちょっと待って! そのカズラって人は、あそこの林に入っていったのかい?」


 まるで話が終わったかのように、自分の家に向かって歩き出したコルツを、アイザックは慌てて引き止めた。

 コルツの口ぶりでは、まるでカズラという人物は神様の使いか何かだとでも言わんばかりなのだ。


 アイザックがそう問いかけると、前を歩いていたコルツはぴたりと足を止め、くるりとアイザックに振り返った。


「……にいちゃん、まさか……」


 コルツは真っ直ぐにアイザックを見上げたままそう言い掛けると、見る見るうちに表情が青ざめ、再びくるりとアイザックに背を向けた。


「俺、もう帰る」


「あ、ちょっと!」


 コルツは短くそう言うと、アイザックの制止の声も聞かずに、自らの家へと向かって走って行ってしまった。

 アイザックは走り去るコルツの背を呆然と見送ると、コルツの言っていた話を思い返しながら、その場で暫し考え込むのだった。




 一方その頃、昼前にグリセア村から日本へと帰還していた一良は、落ち始めた太陽の下、シャベルを使って地面に小さな穴をいくつも掘っていた。

 ここは埼玉県の某地区にある1000坪程の畑で、一良の父親である真治が知り合いの地主から借りている畑である。

 何でこんなことをしているのかというと、日本に移動してすぐに携帯電話に電源を入れた直後に真治から電話がかかってきて、「たまには実家にも顔を出せ」と呼び出しをくらったため、急遽実家に帰ってきたところ、


「アスパラの苗を植えるから手伝ってくれ」


 と言われ、畑まで軽トラで連行されてきたのだ。

 これから植える予定のアスパラの苗は、大きめの黒いビニールポットに入った状態で、一良が穴を掘っている畑の脇に大量に並べられている。


「お、随分と手際がいいじゃないか。もうこんなに掘ったのか」


 一良が黙々と等間隔で穴を掘っていると、あと3つで一列分の植え替え穴が掘り終わるというところで、真治が肥料と平鍬を乗せた手押し一輪車を押してやってきた。


 真治は日頃から畑仕事をしているためか、無駄な贅肉は殆どなく筋肉質である。

 身長は170センチに届かない程度で一良よりも少し低いが、日焼けした褐色の肌と多少混じっている白髪がいい具合にマッチしており、中々にダンディな風貌だ。


「最近屋敷の近所の農家で、毎日畑を手伝わさせて貰ってるからね。手際も良くなるさ」


 一良はそう言いながら残りの穴を掘り終えると、シャベルを地面に突き刺し、首に掛けていたタオルで顔の汗を拭った。

 グリセア村で畑仕事をしている時に比べ、埼玉の暑さは湿度がある分体感的にかなり辛く、何もしなくても汗が大量に吹き出てくる程だ。


「ほう、畑を手伝ってるのか、道理で逞しくなってるわけだ。近所の人とは仲良くやってるのか?」


 畑の手伝いと聞いて、以前に比べて大分逞しくなっている一良の姿に納得したかのように真治は頷いた。

 一良は今まで特に力を入れてスポーツなどしたことがなかったため、肉体的に貧弱な部類の人間だったのだが、ここ一ヶ月ちょっとの間の農作業のおかげでそれなりに筋肉がついた。

 食事も一良が持ち込んだ米や缶詰が中心だったので、村では間食も殆どしない上に基本的にドカ食いもしないため、いい具合にデトックス効果も出て、身体は頗る快調なのだ。

 たまに日本に戻ったときにファミレスなどで大量に食べてしまうこともあるのだが、そこはご愛嬌である。


「うん、皆良い人ばかりだからね……あ、そうだ、屋敷のことで一つ教えて欲しいんだけどさ」


「屋敷? あぁ、古いわりに埃一つなかっただろ。昔、俺が行った時もやたらと綺麗でなぁ」


 真治はそう言いながら肥料を一輪車から降ろすと、以前自分が屋敷に行った時の様子をつらつらと語り始めた。

 しかし、一良が聞きたいのはそんな話ではないので、


「いや、そうじゃなくて」


 と、話の腰を折る。


「屋敷の奥に南京錠で扉が封印されてる部屋があったんだけど、あの部屋って何なのか知ってる?」


「南京錠? ……そんな部屋あったっけか? 俺が昔行った時は、南京錠付きの部屋なんて無かったぞ」


 怪訝な顔をしながら首を傾げている真治に、何かしら異世界へ通じる部屋についての情報を得られると考えていた一良は当てが外れてしまった。

 真治の他に屋敷のことを知っている可能性のある人物となると、親族を総当りしていけば誰かしら知っているかもしれないが、直近で親族に顔を会わせる予定はない。

 どうしても屋敷についての情報がすぐに必要というわけでもないので、一先ずこの件は保留ということになりそうだ。


「それより、あの屋敷の周りは民家も殆どないけど、治安は大丈夫か? 強盗とかには十分気をつけろよ」


「そういう物騒な話は全然聞かないなぁ……田舎の方が都会より治安はいいんじゃないかな?」


 一良がそう答えると、真治はなんとも心配そうな表情で一良を見やる。


「いや、そうとも限らないぞ。用心に越したことはないからな。いくつか防犯用品を用意しておいたから、帰りに持っていけ」


「防犯用品ねぇ……それより先に、屋敷に水道だけでも引きたいところだなぁ」


 そんな話をしながら、一良が掘った穴に真治が苗を植え替えては、撒いた肥料と土を混ぜるという作業をひたすら続け、順調にアスパラ畑を拡張していくのだった。




 二人で植え替え作業を開始してから2時間後。

 ようやく全てのアスパラの植え替えが終わり、日も落ちてきたこともあって、二人して実家へと帰ることとなった。

 一良の当初の予定では、群馬県内の街でバレッタへのお土産用の本でも物色し、何か美味しいものをお土産を買って翌日の昼にはグリセア村へ様子を見に戻るつもりだったのだが、真治の呼び出しで計画が狂ってしまった。

 なので、とりあえず今日の所は実家に泊まり、明日の夕方くらいまでに前述の作業をこなす予定に変更したのだ。


 軽トラの窓を全開にし、助手席で少し排ガス臭い風を浴びながら国道を走っていると、運転席の真治が、そういえば、と声を掛けて来た。


「農家の手伝で耕運機とかは使ってるのか? あれは下手すると大怪我をするから、使ってるなら気をつけるんだぞ」


「耕運機とか機械は何も使ってないよ。鍬とかシャベルしか用意してないから」


「そうか……手伝い先の家の物を使わせてもらう予定もないのか?」


「んー……」


 真治の問いに、一良はふとグリセア村の今後ついて考えてみた。

 機械を使えば広大な土地を一気に耕すことが出来、村の人々の負担を大幅に軽減することができるだろう。

 だが、一良が持ち込んだこちらの世界の食べ物のおかげで疲れ知らずの超人と化している村人には、今更機械の力は不要に思えた。

 それに加え、急いで畑を耕さなければならない理由もない上に、野菜も順調に生育している今、グリセア村に限ってはこれ以上の農業支援は必要ないだろう。

 そして何より、水車ならまだしも耕運機などというオーバーテクノロジーの塊を持ち込んで、万が一村人以外の人間に見つかったら言い訳のしようがないのだ。


「いや、特に使わせてもらう予定はないかな。鍬で十分だよ」


 一良がそう言うと、真治は何処と無くほっとしたような表情で


「そうか」


 と呟いた。

 そんな真治を見て、いくらなんでも25歳にもなった息子に対して心配しすぎだろうと一良は思ったのだが、それが親というものなのだろう。

 一良は一人っ子なので、父親としては余計に気にかけてしまうのかもしれない。




「おかえりー。畑の手伝い大変だったでしょう」


 実家に到着し、一良と真治が家に入ると、母のむつみが玄関で出迎えてくれた。

 睦は真治と違って白髪が全く無く、真治と同じ54歳にしては肌も綺麗で大分若く見える。

 これが日頃食生活に気を使ったり、肌の手入れを怠らない女の底力なのだろうか。


「ただいま。群馬から長距離運転してそのまま畑だったからね。さすがに疲れたよ」


 一良がそう言いながら靴を脱いでいると、家の奥からは何やら美味しそうな匂いが漂ってくることに気付いた。

 どうやら、夕飯はすき焼きのようだ。


「あら、少し痩せたんじゃない? ちゃんとご飯食べてるの?」


「無駄な贅肉が落ちて引き締まったと言って欲しいな。ご飯もちゃんと食べてるよ」


 じろじろと身体を眺めてくる母の視線を浴びながら家に上がり、真治と共に手洗いを済ませて居間へ移動する。

 居間のテーブルの上には鍋ですき焼きが煮えており、生卵も3人分用意されていて食事の準備は万端だ。


 睦が茶碗にご飯を盛って配り終えると、みんなで手を合わせて、


「いただきます」


 と言ってからすき焼き鍋に箸をつける。


「ねぇ、もう一ヶ月以上群馬に行ってるみたいだけど、あとどれ位屋敷にいる予定なの?」


 久々の我が家の味に、一良が猛烈な勢いですき焼きにパクついていると、追加の肉を冷蔵庫から出しながら睦が聞いてきた。


「ん、まだ暫くは屋敷に住むつもりだよ。何だかんだで田舎暮らしも楽しいし、金目当てに集まってくる輩も今の所いないし」


 群馬の屋敷に移動してからというもの、宝くじの当選金目当てに集まってきていた奴らは完全に撒くことができたようで、誰かが屋敷に押しかけてくるといったことは一度もない。

 日本に帰ってくること自体が週に1回程度で、殆ど異世界で生活しているというのが一番の要因なのかもしれないが。


 どちらにせよ、グリセア村での生活に馴染みきっており、異世界でのスローライフを満喫している一良としては、暫くは9割異世界1割日本といった生活を続けたいのだ。


「そう……でも、たまには実家にも連絡ちょうだいね。お屋敷がある地域が山奥すぎるみたいで、電話掛けても電波が届かないことが殆どなのよ。今日はたまたま真治の携帯から繋がったみたいだけど」


「そうだぞ。ずっと連絡がないと俺達も心配になるからな。一ヶ月に一回程度でもいいから電話の一本も寄越してくれ」


「あー……そうだね、覚えておくよ」


 思い返してみれば、一ヶ月前に一度真治に電話をしたきり、一度も両親に連絡を取っていなかった。

 たまに日本へ物資の調達などで戻ってきた際も、携帯の電源を切ったまま行動していることが殆どで、両親にはこちらから掛けない限りはまず連絡が取れないのだ。

 それに、異世界に行っている時はもちろん電波は届かないので、両親がいくら電話を掛けても一良の携帯に繋がらないのは当たり前である。


「それで、初めての田舎暮らしはどう? お屋敷は電気も通ってないから不便なんじゃない?」


「いや、慣れれば電気くらい無くても大丈夫だよ。明かりなんてランタンがあれば十分だし」


「どんな生活してるんだお前……」


 そんな話をしながら、一良が社会人になってから数える程しかしなくなってしまった家族団らんの夜はゆっくりと更けていくのであった。




 次の日の朝。

 時計の針はまだ午前6時を指しているにもかかわらず、一良は実家の車庫で着替えなどの入ったボストンバッグを車に積んでいた。

 真治も既に起きており、大きな旅行用のキャリーケースを一良の車の後部座席に載せている。

 睦はまだ起きておらず、車庫にいるのは一良と真治の二人だけである。


「しかし、随分早く帰るんだな。何か用事でもあるのか?」


 後部座席にバッグを載せ終え、ドアの取っ手に手を掛けながら真治が言う。


「うん、ちょっとお手伝いしてる農家の人と約束があってね……それより、あのキャリーケースの中身って……」


「おう、防犯用品とか田舎暮らしに役立ちそうなものが適当に入れてあるぞ」


「適当にって、あのキャリーケースでかすぎだろ……」


 そう言いながら車の中を覗きこむと、そこにあるキャリーケースはどう見てもLサイズはありそうな大きさである。

 いくらなんでも詰め込みすぎだ。


「まぁいいじゃないか、別に腐るものでもないし。さて、俺は畑に行くかな。今日は聖護院大根ショウゴインダイコンを蒔かなきゃならん」


 真治はそう言って車のドアを閉めると、自らの軽トラに乗り込んだ。

 そんな真治を見て、一良はやれやれと溜め息を吐くと、自分の車に乗り込みエンジンを掛ける。


「じゃあ、俺は群馬に帰るよ。母さんにもよろしく言っといて」


「あいよ、身体に気をつけるんだぞ」


 そう挨拶を交わすと、一良は群馬へ向けてアクセルを踏み込んだ。




 実家を出発してから4時間後。

 群馬県内に到着した一良は、市街地で缶詰や石鹸などの日用品や、バレッタへのお土産用の本を数冊購入した後、以前訪れた個人ハーブ店へとやってきていた。

 以前訪れた時と同様、古民家のいい雰囲気を残したままの店内には、様々な種類のハーブがアクリルビンに入れられて陳列されている。

 レジの前で座って本を読んでいた女性店員は、一良が店にやってきたのを確認すると、よく冷やされたベルガモット入りのハーブティーを試飲用の紙コップに入れて渡してくれた。


「えっと、ネトルとレモンバーベナと……おっ、このハーブティー美味しいですねぇ。これと同じやつも30グラム貰えます?」


 貰ったハーブティーを一口飲んで一良がそう言うと、女性は嬉しそうに了解の返事をし、アクリルビンの一つからハーブを小袋に分け始めた。

 よくよく店内を見渡してみると、以前来た時には無かったブレンドのものもいくつかあるようだ。

 今日試飲させて貰ったものも、新商品なのかもしれない。

 その他にも、床に何個かハーブの苗が植えられた鉢が値札と共に置かれている。


「あ、ハーブの苗の販売も始めたんですか?」


「はい、以前お客様がいらした時に、ハーブの苗が欲しいっておっしゃってたじゃないですか。それで、いくつか育てているものを株分けしてお店にも置いてみることにしたんです」


 まさか自分の発言が元で商品の枠が広げられるとは思わなかったが、そういった心遣いは一良としてはとても嬉しい。

 商品として置かれている苗はまだ数が少ないが、どれも葉や茎がしっかりしていていい苗である。

 置いてある苗は、どれも以前一良が買っていかなかった種のものばかりだった。

 

「ありゃ、何か催促したみたいですいません……それじゃ、このワイルドストロベリーとマリーゴールドを一つずつ貰おうかな」


「ありがとうございます。そういえば、この間買って行かれた種の芽は出ました? ルッコラあたりはそろそろ出てると思うんですけど」


 女性は一良が指定した苗とハーブの小袋をビニール袋に入れると、ふと思い出したようにそう言った。

 どうやら、以前一良が買った商品の内容も覚えていたらしい。


「ええ、種を買っていってその日の内に植えられるものは植えたんですが、ルッコラとバジルは大量に芽が出始めてますよ。他はまだ出てないですね」


 ハーブの種を植えてから本日で丁度2週間なのだが、先に上げた二つ以外は未だに芽を出していない。

 その代わりと言うかのように、バジルはこれでもかと大量に芽吹いているのだが。


「レモンバームもそろそろ芽を出す頃だと思いますよ。風通しを良くしてあげてくださいね」


「はい、その辺は気を使って植えたので大丈夫だと思うんですけど……あ、精油か……」


 商品を袋に入れてもらい、会計をしようと財布を出したところで、近くの棚に置いてある精油が目についた。

 考えてみれば、バレッタにお土産としてハーブは時々買っていっているのだが、精油は一度も買っていったことが無い。

 ハーブの本で予備知識はあるはずなので、買って行けばきっと喜んでくれるだろう。


「すいません、この精油も一緒にお願いします。あと、アロマポットのセットとポーチも一つずつ」


「まぁ、沢山買っていただいてありがとうございます」


 とりあえず目についた30ミリリットル入りの精油を数本と、ちょっとお高めなガラスポットなども一緒に購入すると、


「ありがとうございました。また来てくださいね」


 と小さく手を振る女性店員に見送られながら、一良は店を後にするのだった。




 一良がハーブ店を出てから約3時間後。

 グリセア村へと続く水路の脇に設置されている水車から、数百メートル程離れた小高い丘の岩陰で、アイザックと3人の兵士が身を隠していた。

 アイザックと部下の2人は、鎧を着込んだ上に短槍と盾を傍らに置いているが、もう1人の兵士は鎧を着ておらず、布製の服を着て腰に短剣を挿しているのみである。

 4人は何か言葉を交わすでもなく、時折木製の水筒から水を飲む以外は、グリセア村の方向を身を隠したままじっと覗き見ている。

 特に話すことが無くて言葉を発しないというよりも、何処かピリピリとした雰囲気を醸し出しているアイザックに気を使い、部下の3人は沈黙しているようだった。


「来たぞ。岩陰に隠れろ」


 アイザックは視線の先に何か見つけたのか、部下の3人を岩陰に完全に引っ込ませると、鎧を着けていない兵士に声を掛ける。


「こっちに向かってきている奴らが水車の傍まで来たら、お前は本隊へ伝令に走れ。当初の作戦通りに行動を起こせと伝えろ」


「了解しました。村長の屋敷を制圧し、村人は全員家に押し込めておくのですね?」


 伝令を命じた鎧を着けていない兵士の返答にアイザックは頷くと、遠目に見えたこちらへ向かう人影を思い返した。

 人影まで距離がかなりあったので確証は持てないが、こちらへ向かってきている者はどうやら2人のようである。

 アイザックの予想が正しければ、2人の内の1人は、昨日コルツが言っていたカズラという人物のはずなのだ。


 昨日、アイザックはコルツと別れた後、何食わぬ顔で部隊に戻ると、部隊と共にイステリア方面へと日が暮れるまで移動し続け、部隊は全て撤収したかのように見せかけた。

 その後、夜の内に部隊を再び村の周辺にある森の奥にまで静かに移動させ、潜伏させたのだ。

 もちろん、事前に部下の内二人をイステリアへ伝令に出し、部隊の帰還が遅れることを伝えるように命じてある。


 これによって、部隊はカズラのことに気付かないまま撤収したと思い込んだ村人達は安心して警戒を解き、村の外に避難しているカズラという人物も村に戻ってくるはずなのだ。

 万が一、コルツが昨日のアイザックとのやり取りを村の誰かに言ってしまった場合、下手に部隊を村の付近に留まらせておくとカズラが二度と村に戻ってこなくなる恐れがあったため、あえてこのような面倒な手段をとったのだが、どうやら上手くいったようである。

 昼間、村を部下に偵察させた際にも特に変わった様子はないとの報告を受けていたので、コルツは村の誰にも昨日のアイザックとの一件を言っていないのかもしれない。


 そうして暫く待機していると、水車の方から話し声が聞こえてきた。

 どうやら、こちらへ向かって来ていた2人が水車に到着したようだ。


「いくぞ。万が一反抗した場合でも絶対に殺すな。生け捕りにして尋問する必要があるからな」


 アイザックは部下の二人にそう声を掛けると、岩影からするりと抜け出した。

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