285話:話せば殺さない?
ラースとの約束の期日の前日。
一良たちは村の広場で、バイクに荷物を積んでいた。
主だった物資は数日前に荷馬車で砦に搬送しており、予定では今日中に到着する見込みだ。
「よっこらしょっと。それにしても、ずいぶんとたくさん作れましたね」
爆弾が詰まった木箱をサイドカーに載せながら、一良がバレッタに言う。
「はい。これだけあれば、しばらくは持つと思います」
「ですね。これなら、この間みたいに敵が大部隊で攻めて来ても大丈夫そうです。灯油とガソリンもたっぷり用意しましたし」
あれから、一良は毎日日本に戻っては、遠方まで足を運んで灯油とガソリンを少しずつ購入していた。
同じ地域で買い続けて目を付けられてもまずいので、いくつか街をまたいでは購入を繰り返したのだ。
「それにしても、バレッタさん、その服似合ってますねぇ」
「えへへ。ありがとうございます」
バレッタが照れた様子で微笑む。
バレッタはジーパンに白のTシャツ、デニムジャケットという服装で、一良が日本で買ってきたスニーカーを履いている。
バイクを運転するのに似合う服が欲しい、という要望に応えて、一良が購入したものだ。
あれから、カタログを見ながらそれぞれが好みの服を選び、一良はそれをネット通販で購入した。
一良はいつもと同じ、こちらの世界の貴族服だ。
「ねえねえ、私も似合ってる?」
2人の後ろで荷物を積んでいたリーゼが、一良に声をかける。
リーゼも、バレッタと似たような服装だ。
「似合ってる似合ってる。かっこいいぞ」
「えへへ。ありがと。この服も靴も、すごく動きやすくていいよね。気にいっちゃった」
「それはよかった。でも、その服装だと、街なかじゃかなり目立ちそうだな」
当然ながら、彼女たちの着ている服はこちらの世界のものとはだいぶ違う。
普段着として使うには、少し勇気がいるだろう。
「でもほら、もしかしたら流行るかもしれないよ? 戦いが終わったら、仕立て屋さんに貰った服を持ち込んでみようかな」
「それはいいかもしれないですね。新しい流行を作れるかもしれないです。イステール家のブランドを立ち上げたりしても面白そうですね」
バレッタが言うと、リーゼがぱっと笑顔になった。
「じゃあさ、バレッタも一緒にデザイン考えてよ! 私たちで、流行を作っちゃお!」
「ふふ。はい。今から楽しみですね」
「ほら、そろそろ行きましょう。遅くなっちゃうわ」
黒のぴっちりとしたライダースーツ姿のジルコニアが、バイクに跨って一良たちに言う。
ジルコニアは機能重視のものがいい、とのことだったので、これを用意したのだ。
黒い革の手袋をつけ、ベルトに括り付けた長剣を背中に背負っており、そのスタイルの良さも相まってかなりキマッていた。
エイラは白のTシャツ、ジーパン、スニーカーという服装で、ジャケットは羽織っていない。
アイザックとハベルは「職務中なので」とのことで、いつものように鎧姿だ。
他の村人たちは、それぞれ一良からもらった普段着を着ている。
「そうですね。行きましょうか」
村に残る者たちに別れを告げ、皆でバイクを走らせる。
手を振る村人たちや守備隊の兵士たちに見送られて、一行は砦へと向けて出発した。
その後、食事休憩もそこそこに一行は走り続け、夕方頃になって砦へと到着した。
オルマシオールを伴い、けたたましいバイクの騒音を響かせて入場する一良たちを、城門付近や防壁の上で待ち構えていた大勢の兵士たちが歓声を上げて出迎える。
ナルソンの方針で、もうバイクなどの道具は隠さないことになっていた。
すべては、士気高揚のためだ。
周知されていないのは、一良がグレイシオールであるということだけである。
「ジル、何やら妙な恰好をしているようだが……」
出迎えたナルソンが、ライダースーツ姿のジルに怪訝な顔になる。
「これ? バイク用の正装なんですって。カズラさんから貰ったの。ナルソンにも、お土産の服が何着かあるわよ」
「そ、そうか。カズラ殿、ありがとうございます」
ナルソンが一良にぺこりと頭を下げる。
「いえいえ。少しでも気晴らしになればと思って」
「そこまで気を使っていただけるとは……いつも本当に、ありがとうございます」
「ナルソン、ニーベルはもう砦に着いてるかしら?」
「うむ。以前、お前が囚われていた倉庫の隣に小屋を建てて、そこに収監しているぞ」
ナルソンが答えると、ジルコニアはにこりと微笑んだ。
「そう。尋問はしたの?」
「私は特に何もしていない。お前の好きにしろ」
「ありがと。じゃあ、早速行ってこようかしら。そこのあなたとあなた。小屋まで案内して」
ナルソンの傍にいた2人の近衛兵に、ジルコニアが声をかける。
「今からか? 明日のこともあるし、今日はゆっくり休んで後日にしたほうがいいんじゃないか?」
「ううん。大丈夫。別に疲れてないし、あいつの顔も見ておきたいから」
「……ジル、一応言ってはおくが」
ナルソンがジルコニアに近づき、耳元で囁く。
「くれぐれも、すべての情報を聞き出すまで殺すんじゃないぞ。あと、拷問するにしても、後日にしておけ。万が一にもリーゼに見られるわけにはいかん」
「分かってる。今回は顔を見るだけよ。後で、リーゼを辱めたことを、殺してくれって言いたくなるくらい後悔してもらうけど」
ジルコニアが小声で返す。
傍にいる一良が小首を傾げるのを見て、彼女はにこりと微笑んだ。
「カズラさんたちは、先に休んでいてください。私も少ししたら行きますから」
「はい。ジルコニアさん、ニーベルさんのところに行くんですか?」
「ええ。反乱に与した者たちについて、聞き出そうかと」
「もしよかったら、地獄の動画使います? お手伝いしますよ?」
「んー……」
そう言われ、ジルコニアがグリセア村で一良に見せてもらった地獄の動画を思い浮かべる。
新しく一良が持ってきた地獄の動画は、犯した罪の重さに応じて段階的に分けられたものだった。
一良が言うには、モルスのようにニーベルと最初から組んで謀反を起こしたような者たちに、少しでも希望を与えるのに使うということらしい。
善行を積んだ者が、「今の時点で自分はどのあたりの地獄に送られる予定なのか」、と聞かれた際に、「このあたりですね」と教えてあげるのだという。
その話を聞いた時は、「上手いこと考えるものだな」、とジルコニアは感心してしまった。
徐々に死後の世界が良いものに変わっていくのが見てわかれば、贖罪するにしてもやる気が出るだろう。
「いえ、いいです。前にも言ったように、自暴自棄になられても困りますから」
「そうですか。その……無理はしないでくださいね? 俺、ジルコニアさんが心配で……」
「ふふ、ありがとうございます。カズラさんにそう言ってもらえるだけで、元気百倍ですよ」
ジルコニアはそう言って微笑むと、近衛兵を連れて去って行った。
「ナルソンさん、モルスさんたちはどうしてます?」
「彼らですか。寝る間も惜しんで、負傷者の治療の手伝いや陣地の補修を行っています。砦にいる誰よりもやる気ですな」
「はは、それはよかった。笑うところじゃないかもですけど」
「まあ、あんなものを見せられた後では、頑張らないわけにはいかないでしょうな。それと、彼らは私財もすべて戦死した兵士の遺族への補償金に使ってほしいと言っています。もとより、全財産没収することにはなっていましたが」
「そうですか。まあ、ありがたく頂戴しましょうかね」
「しかし、裏切りを働いた者たちがもっとも有用な労働力になるとは。モルスは部隊指揮能力もありますし、戦いでも役立ってくれるでしょう」
「真っ当に生きてきた人たちより、真面目になっちゃいましたからねぇ」
「カズラ、いつまで話し込んでるのよ。私、疲れたしお腹減っちゃった」
リーゼが横から口を挟む。
バイクに積んできた荷物は兵士たちによって運び出されて行っているのだが、運転してきたリーゼたちは棒立ちで一良を待っていた。
「あ、ごめんごめん。宿舎に戻ろうか」
そうして、一良たちはその場をナルソンに任せ、宿舎へと戻るのだった。
「……ふう」
ニーベルが収監されている小屋の前にやって来たジルコニアは、扉の前で深呼吸した。
今すぐにでもニーベルをくびり殺してやりたくなる気持ちを抑え、いつの間にか堅く握り締めていた拳を緩める。
「あなたたち、私が手を出しそうになったら止めてね。何なら、頭をひっぱたいてくれてもいいから」
「は、はっ!」
「承知しました!」
近衛兵たちの返事を背に受けながら、扉を開く。
中では、両手首に木製の手枷を着けられたニーベルが椅子に座ってうなだれていた。
部屋にはイスとテーブル、ベッドが置かれているだけだ。
先ほどまで食事中だったのか、テーブルには何も載っていない皿が2つと、飲みかけの水が入ったコップが置かれていた。
ニーベルは顔を上げてジルコニアを見ると、不貞腐れた様子で「ふん」と鼻を鳴らした。
「こんにちは。ひさしぶりね」
彼の対面に置かれていたイスに、ジルコニアが腰かける。
「ずいぶんと妙な格好をしているな?」
「ああ、これ? 最近仕立ててもらったの。まあ、気にしないで」
「ふん……それで、何の用だ? 私を殺す日取りが決まったのか?」
太々しい態度で、ニーベルが言う。
「いいえ。まだあなたをどうするのかは、決まってないの」
「ふん。どうせ、ダイアスのように市民の前で公開処刑するのだろうが」
ニーベルが小馬鹿にした態度で鼻を鳴らす。
「そのことなんだけど、誰が反乱に加わっていたか正直にすべて話すなら、処刑じゃなくて幽閉ってかたちでもいいって話が出てるのよ」
「見えすいた嘘を。王家に反逆を企てて処刑にならないなど、あるわけがないだろうが」
「あら。みすみす、生きながらえるチャンスをふいにするというのかしら?」
「……ふむ」
ニーベルがジルコニアを見据え、黙り込む。
「嘘じゃないだろうな?」
「信じるも信じないも、あなた次第だけどね」
「私に選択肢はない、ということか」
「ええ。ダイアス様のように、惨たらしく死にたくないでしょう?」
ジルコニアが言うと、ニーベルは「よし」と頷いた。
「よかろう。ただし、2つ条件がある」
「なあに? 言ってみて」
「食事の改善だ。もっとマシなものを食わせてくれ。こんな家畜に食わせるようなもの、二度と口にしたくないわ」
ニーベルは、ジルコニアが先ほどの話を持ちかけた時点で、自分はすぐには殺されないと確信していた。
もとより、彼女からその話が出なかったとしても、同様の話を持ちかけるつもりだったのだ。
いずれアルカディアは、バルベールの物量に押し切られて必ず敗北する。
その際、バルベールと繋がっていた(正確にはダイアスがだが)自分が、バルベールの連中に各領主や王家の存続の便宜を図ってもらえるよう交渉しよう、と提案するつもりだ。
交渉の席にさえ着いてしまえば、後は持前の話術でバルベールの連中を丸め込めるという自信がニーベルにはあった。
自分の優位な点は、自分がどこまでバルベールと通じていたかをジルコニアたちが知らないということにある。
必ず生き延びてモルスたちを八つ裂きにしてやると、ニーベルは憎悪に燃えていた。
「分かった。次の食事から、もっといいものに変えさせるわ。もう1つの条件は?」
「反乱に与した者の名を言うのは、この戦争が終わった後だ。お前たちがバルベールに打ち勝って情勢が落ち着いた後にしてもらいたい」
ニーベルの提案に、ジルコニアが顔をしかめる。
「それは無理ね。裏切り者を抱えたまま、戦争を続けろというの?」
「いやいや、別に問題はないだろう? どのみち、この状況でグレゴルン領内部で再度反乱など、土台無理な話だ」
ニーベルがどっしりと構え、落ち着いた様子で話す。
「グレゴルン領には王都軍が詰めていて、指揮をしているのも彼らなのだろう? そんな状況で反乱を起こす者など、ただの自殺志願者だぞ」
「戦いの最中に悪さをするかもしれないじゃない。敵軍に逃げ込んで情報を漏らされたり、水や食事に毒を盛ったり、やりようはいくらでもあるわ」
ジルコニアの意見に、今度はニーベルが顔をしかめる。
馬鹿かこいつは、と顔に書いてあった。
「あのな、バルベール軍と唯一通じていた私が不在なのに、そんな真似ができるわけがないだろう。バルベール軍に逃げ込んだとしても、事前連絡もなしに連中が信用すると思うか? 捕縛されるか殺されるのがオチだろうが。毒を盛って自軍を敗北に導いたとしても、私以外の誰が裏切り者かなどバルベールの連中は知らないのだぞ?」
「……そうね」
ニーベルがやれやれとため息をつく。
「どのみち戦いの最中に裏切り者をつるし上げたとしても、いたずらに味方の士気を下げるだけだぞ。戦いが終わってからでも、裏切り者探しは遅くはないだろう?」
「……」
「いや、納得できない気持ちは分かる。だがな、私とて簡単にすべてを吐いて、これで用済みと殺されては敵わんのだよ」
「だから、話せば殺さないって言ってるでしょう?」
「口で言うのは容易いが、保証など何もないではないか。私は今、反乱に与した者を全員知っているという情報だけが命綱なのだ。それがわずかな日数だとしても、できるだけ長く生きていたいのだよ」
「……そう」
ジルコニアが顔をしかめたまま答える。
ニーベルは、「だが」と再び口を開いた。
「ここまで譲歩してもらった手前、何も話さないというのもな。何かいい情報は……」
ニーベルが「ううむ」と、考えるそぶりをする。
ジルコニアは黙ってそれを見つめる。
「……以前、イステール家がアロンド・ルーソン捜索の依頼を出したことがあっただろう」
「あったわね」
「あいつは、ダイアスの手引きで、船でバルベールに逃亡したぞ」
ジルコニアが目を見開く。
「それは確かなの?」
「確かだ。直接ダイアスから聞いたからな。信じてもらえないかもしれないが、ダイアスは何年も前からバルベールと本当に通じていてな。アロンドはそれに乗っかったというわけだ」
ニーベルの言っていることは、半分は本当で半分は嘘である。
アロンドがバルベールに渡るのを手引きしたのは金を掴まされた漁師であり、ダイアスは一切関わっていない。
ニーベルは、その噂を配下の者から聞いたことがあるだけだ。
「どうだ、お役に立てたかな?」
ニーベルが人の好さそうな笑みを浮かべる。
「ええ。今日のところは、これでよしとしましょう」
ジルコニアが立ち上がる。
「ところで、リーゼ嬢は元気に――」
ニーベルがそこまで言った時、ジルコニアが拳でテーブルを思いきり殴りつけた。
ごく一般的な木製のテーブルは、その一撃で中央から破砕され、くの字に折れて無残な残骸と化した。
ニーベルとジルコニアの背後にいた近衛兵の2人が、「ひっ!」と引き攣った声を上げる。
「次にその名を言ったら、目玉を2つともえぐり出してやるぞ!」
いきなり憤怒の表情になったジルコニアに、ニーベルが震え上がってこくこくと頷く。
「……あなたたち、片付けておきなさい」
「「は、はっ!」」
ジルコニアは近衛兵たちに指示すると、扉へと向かった。
ばん、と扉を開き、外に出て乱暴に閉める。
数回深呼吸をして、何とか頭を落ち着かせた。
先ほどの自分の行動を振り返り、やれやれとため息をつく。
何か言われても我慢してみるつもりだったのだが、リーゼの名前を聞いた瞬間に我を忘れてしまった。
やはり自分は、交渉事にはまるで向いていないようだ。
――交渉って、ああやってやるのね。嘘と真実を混ぜて話す、か……勉強になったわ。
ダイアスがもしアロンドのことを知っていたら、以前地獄の動画を見た折に話していただろう。
それがなかったということは、ダイアスの手引きという話は嘘ということになる。
しかし、アロンドがグレゴルン領から船でバルベールに渡ったという情報は、ジルコニアはハベルから聞いたことがあったので本当だろう。
ジルコニアが振り返り、扉を見る。
「今はまだ、せいぜい安心しておきなさい。後でじっくり、代償を払わせてあげるから」
そうつぶやき、ジルコニアは宿舎へと戻るのだった。