256話:いろいろな刑罰
その頃、砦の南門の防壁上では、バレッタがカノン砲担当の兵士たちとともに射撃訓練を行っていた。
彼女の傍にはカノン砲が3門並んでおり、中央の1門だけが射撃準備をしているところだ。
――そろそろ、ひと雨来るかな。
どんよりと曇った空を、バレッタが眺める。
今は乾季であり、例年ならほとんど雨は降らないのだが、ここ最近は何度か降っていた。
降っている最中は涼しくていいのだが、上がった後の蒸し暑さがかなりつらい。
バレッタとしては、雨が降れば降るほど丘の向こうに陣地を敷いているバルベール軍の消耗を誘えるので、雨上がりの炎天下は大歓迎だ。
「バレッタ様、配置に着きました!」
1基のカノン砲の傍にいた兵士が、仲間たちが持ち場に着いたのを見てバレッタに声をかける。
砲弾を持っている者、火薬箱の傍にいる者、込め矢を持っている者、着火するための火のついた棒を持っている者、射角と火薬量を計算する者の計5人が配置についている。
込め矢とは、棒の両端に布を巻いた物だ。
片側で砲弾と火薬を砲身の奥に押し込み、反対側で射撃後の砲身内を掃除するのである。
「あ、はい。それでは、射撃準備開始」
兵士たちが返事をし、軍事コンパスを用いて左右の角度と射角を調整し、火薬袋に火薬を詰めた。
使っているカノン砲は、砦攻めで使ったものと同じタイプのものだ。
砦攻めでは砲弾が小さすぎたのと火薬の量が多すぎたせいで、砲撃した城門を貫通してしまったことが分かっていた。
今後バルベール国内に攻め込むような事態になれば、より大口径のカノン砲を開発する必要があるだろう。
「装填よし!」
「照準よし!」
諸々の準備が整って兵士たちが宣言すると、それを見守っている他の兵士たちが祈るように手を合わせた。
「1発こっきりだぞ! 絶対に決めろよ!」
「ほんと頼む。何日も前から拝み倒して、やっと約束を取り付けたんだからさ!」
「バレッタ様が朝昼晩の食事を作ってくれるんだぞ! 外したら、お前らのケツ穴に夏イモをねじ込んでやるからな!」
「あ、あはは……それじゃ、撃ち方始め」
騒ぐ兵士たちにバレッタは乾いた笑いを浮かべながら、射撃指示を出す。
着火手が火のついた棒を点火口に差し込むと、どかん、という轟音が響いた。
数秒して、遥か遠方の地面から土煙が上がった。
バレッタは双眼鏡を目に当て、着弾地点を眺める。
赤く塗った看板の少し後ろの地面に、鉄製の砲弾が当たった窪みができていた。
看板の前後には距離を示す棒が1メートル間隔でいくつも並んでいるのだが、窪みは看板から奥に数えて3本目付近に付いているようだ。
砲弾はそのまま跳弾し、はるか後方へと吹き飛んで行ってしまっている。
「着弾位置、左右よし。誤差、後方に約3メートルです。修正をお願いします」
バレッタが双眼鏡を覗いたまま、兵士たちに言う。
「ダメじゃん!」
「あー! 火薬を入れすぎなんだよ! 1回弾が跳ねていく分には当たり判定なんだから、少な目にしろよ!」
「このアホ! ポンコツ兵士!」
「ま、マジでごめん! まさか外すなんて……」
「前に撃った時はこの火薬量でいけたんだよ! 軍事コンパスの目盛りにも従って計算したし! 俺は悪くない!」
「今日は追い風があるだろうが! それくらい考慮しろよ!」
「お前ら全員、夏イモの刑だ!」
「謝罪はいいから尻を出せ!」
見ていた兵士たちが騒ぎたてながら、射撃を行った兵士たちをしばき倒す。
いつの間に用意していたのか、手に夏イモを持っている兵士までいる始末だ。
「バレッタ様!」
ズボンを下ろされそうになっている兵士たちを見てバレッタがあわあわしていると、背後の防壁の下から声が響いた。
バレッタがそちらに目を向ける。
防壁へと上る階段から少し離れたところに、ウッドベルの姿があった。
階段には見張りの兵士が立っており、現在は通行止めとなっている。
「ウッドベルさん。お久しぶりです」
「お久しぶりです! ちょっと、お見せしたいものがあって。そっちに行きますね」
「あっ、ウッドベルさ――」
「待て待て、ここは通行禁止だ」
ウッドベルが階段に駆け寄ると、見張りの兵士が行く手を塞いだ。
「ん? 話は聞いてただろ? バレッタ様に見せなきゃいけないものがあるんだって」
「いや、ナルソン様の命令で、今は防壁には誰も上がらせられないんだ。カノン砲の射撃訓練中だからさ」
「ああ、さっき撃った音がしたな。近くにも寄らせてもらえないって、ずいぶん厳重なんだな」
「まあ、一応機密扱いっていうのもあるけど、迂闊に近寄ると危ないんだよ。発射音で耳を悪くするかもしれないし、煙は臭いし。そんなわけだから、通せないんだ」
「そっか。となると……」
警備兵とウッドベルがバレッタを見上げる。
「すみません、今そちらに行きますから。皆さん、射撃訓練はそのまま続けてください。雨が降りそうなんで、手早く済ませてくださいね」
バレッタが若い兵士に双眼鏡を手渡す。
「次の班が1発で当てたら、食事を作ってもらえますか!?」
「え、えっと……それはまた、次の機会にということで」
「「「えー……」」」
兵士たちが不満げな声を上げる。
バレッタとしてはやる気を出してもらいたいので、仕方がない、と苦笑して口を開いた。
「じゃあ、明日もう一度射撃訓練をして1発で当てたら、侍女さんたちも誘って3食ご馳走を作ってあげます! だから、気合入れて頑張ってください!」
バレッタの提案に、兵士たちから「おおっ!」と声が上がった。
ゴネ得である。
「やった! お前ら、死ぬ気で訓練しろ! 明日に備えるぞ!」
「このまま雨が降ったら、もう撃てねぇぞ! 急げ急げ!」
兵士たちの元気な声を背に受けながら、バレッタが小走りで階段を降りる。
「お待たせしました。それで、私に見せたいものって?」
「お手間取らせてすみません。これなんですけど」
ウッドベルが、手にしている草編みのサンダルをバレッタに手渡す。
バレッタはそれ見て、はっとした顔でウッドベルを見た。
「子供用のサンダル……これをどこで?」
「食事棟の物陰です。もしかしたら、コルツのじゃないかなって」
「見つけたのはいつですか?」
「昨日の夜ですね。調理場でメルフィを手伝って残飯を捨てに行ったら、そこで落ちてるのを見つけたんですよ」
「そうでしたか……あの、メルフィさんって?」
小首を傾げるバレッタに、ウッドベルが頭を掻く。
「俺の彼女っす。少し前から付き合ってて。今、部隊の使用人として働いてるんですよ」
「そうなんですね。知らせてくれてありがとうございます。もう一度、砦の中を探してみますね」
バレッタがにこりと微笑む。
「お願いします。俺も、暇を見つけてあちこち探してみますんで」
「はい。よろしくお願い――」
『バレッタさん、カズラです。どうぞ』
バレッタが言いかけた時、彼女の腰に付けている無線機から一良の声が響いた。
バレッタは「しまった!」といった顔で、慌てて無線機に手を伸ばして電源を切る。
有事の際は耳にイヤホンを付けているのだが、いつもつけっぱなしだと耳が痛くなってしまうので、普段はこうしてイヤホンを付けずに使っているのだ。
ウッドベルは少し驚いた顔で、バレッタの無線機に目を向けている。
「えっ? 今、その腰の物から声が聞こえませんでした?」
「え、ええと……その、機密事項なんで、詳しくは言えないんです。ごめんなさい」
「あ、いやいや! 別に詮索しようなんてつもりはないですから!」
ぺこりと頭を下げるバレッタに、ウッドベルが慌てて手を振る。
「それじゃ、俺はこれで! また来ますから!」
ウッドベルがバレッタに軽く頭を下げ、走り去って行く。
バレッタはそれを見届けると、無線機を手に取り電源を入れた。
「カズラさん、バレッタです。どうぞ」
『バレッタさん、反乱軍の件ですけど、ルグロとシルベストリアさんたちが上手くやってくれました。今、宿舎の会議室に集まってるんで、来てもらえます? どうぞ』
「分かりました。すぐに行きますね」
バレッタは無線機を腰に戻すと、サンダルを手に宿舎へと走るのだった。
バレッタが会議室に入ると、すでに一良をはじめとした首脳陣が勢ぞろいしていた。
イステール領軍からは、ナルソン、ジルコニア、一良、リーゼ、イクシオス、マクレガー、そして武官と文官の重鎮が数名。
王都軍とフライス領軍からは、各軍団の軍団長と副軍団長が出席している。
「すみません、お待たせしました」
バレッタがそそくさと一良の隣の席に着く。
「では、会議を始める。先ほど言ったとおり、殿下のおかげでグレゴリアに詰めているグレゴルン領軍の説得は上手くいった。また、グリセア村に向かっていた者たちも説得に応じたようだ。首謀者のニーベルも、生きたまま捕らえることができた」
ナルソンの話に、皆が頷く。
王都軍と合流したルグロがグレゴリアの市民たちを説得して街を解放し、海岸線の砦には王都軍に拡声器を持たせて向かわせたと報告を受けている。
ルグロは今、バイクでシルベストリアたちのいるグリセア村へと急行しているはずだ。
「反乱を手引きした者たちを早急に洗い出さねばならん。だが、首謀者はニーベルで確定だが、他の協力者が誰なのか、現時点ではまだ分らない状態だ」
「ニーベルに吐かせましょう。それが一番手っ取り早い」
王都軍の軍団長の1人が提案する。
「ニーベルは仲間たちに翻意されたようですから、その連中の名前は惜しげもなく吐くはずです。簡単な話ですな」
「うむ。だが、下手をすれば本当に騙された連中まで巻き添えを食う可能性もある。ニーベルの自白だけというわけにはいかんな」
ナルソンがカズラに目を向ける。
「カズラ殿。ここはやはり、主だった部隊長たちにも地獄の様子を見せて白状させるべきかと思うのですが」
「まあ……それが一番確実ですかね」
一良がナルソンの意見に頷く。
嘘をついたまま贖罪もせずに死ねば地獄行き、と言われれば、騙されていたとうそぶいている者たちも白状せざるを得ないだろう。
ただ、あまりにも重い罪を重ねているニーベルに関しては、逆に絶望して自暴自棄になってしまう可能性がある。
贖罪をさせるために野に放つわけにもいかないので、扱いは別で考えたほうがよさそうだ。
「グレイシオール様」
すると、今度は別の王都軍の軍団長が口を開いた。
彼は王家の血筋の者だ。
「王家への謀反を画策、または実行した者への刑罰は、公開での『石潰し刑』と決まっておりますが……そちらは従来通り執行する旨を、陛下に進言してもよろしいでしょうか?」
「石潰し刑? どんな刑罰です?」
「横長に加工した石を、足の先から1つずつ載せて体を少しずつ潰していく刑罰です。爪先、脛、膝といった順に潰れるまで上に石を積み重ねて、しっかりと潰れたら次の部位へ移ります。生きていようが死んでいようが、頭まで潰したら終了です。王家に歯向かった者の存在を磨り潰す、という趣旨の刑罰です」
「最後は生きたまま口から内臓を吐き出すらしいのですが、なにぶん、最後に行われたのが100年以上前でして。本当にこの刑罰が相応しいのか、今一度話し合う必要があるやもしれません」
もう1人の軍団長が補足するように言う。
だが、その処刑法でいいかと聞かれても、一良としては困る。
過去に一度、アイザックから「舌引き抜きの刑」を宣告されたことを、ふと思い出した。
「そ、そうですか。まあ、処刑についてはまた後で検討としましょう」
「処刑を行うこと自体に問題はありませんでしょうか? その……それを指示した者の徳が下がるというような」
「んー……私も担当外のことなんではっきりとは分かりませんが、権力を振りかざして不当な理由で処罰を行うとかじゃなければ大丈夫かと。まあ、皆さんの罪にならないようにリブラシオール(すべての神の元締め)には私から伝えておきますね」
一良の返答に、軍団長たちが「おお」と声を漏らした。
実際に他の神への口利きが可能であると分かり、なおのこと一良には好印象を持たれるよう努めようと内心決意していたりする。
「カズラさん」
それまで黙っていたジルコニアが口を開いた。
「おそらくニーベルは、自分が処刑されることは分かっているでしょう。そのうえで地獄の様子を見せると、絶望して自暴自棄になってしまうかもしれません」
「ですね。それは俺も思いました」
ジルコニアの意見に一良が頷くと、軍団長たちも同意して頷いた。
分かりやすく、「確かに」だとか「もっともだ」と声まで出している。
「なので、ここは地獄の様子は見せずに、助命の約束と引き換えに情報を聞き出したほうがいいと思います。処刑はしないでおきましょう」
ジルコニアが言うと、王都軍の軍団長たちが打って変わって驚いた顔になった。
「な、何をバカなことを!」
「そうだ! 王家に逆らった者を生かしておくなど、あっていいはずがないではないか!」
大声で喚く軍団長たちを、ジルコニアが冷めた目で見る。
「なら、数千の兵士と数万の市民たち全員に地獄の様子を見せろと? 部隊長たちがすべての裏切り者を把握しているとは限らないでしょう? 重要なのは、裏切り者を全員炙り出して後顧の憂いを断つことでは?」
もっともな指摘を受け、軍団長たちが「うっ」と言葉に詰まる。
「ニーベルは、公には獄中で病死したということにでもしましょう。真相を聞き出した後は、彼の身柄はイステール家が最後まで責任を持って管理しますから」
「……真相を聞き出した後で公開処刑すればいいのでは? なにも、謀反者との約束を律義に守る必要などないでしょう」
「うむ……扇動された民草も、ニーベルを引きずり出して目の前で殺さねば収まりがつかないようにも思えますな」
王都軍の軍団長たちがに言う。
それを聞き、ジルコニアは呆れ顔になった。
「犯罪者だから約束を破って殺してしまえ、ということですか? グレイシオール様の前で、よくそんなことが言えますね。ご自身の徳を下げたいのですか?」
ジルコニアが言うと、彼らははっとした様子で一良を見た。
「あっ! い、いや、今のは言葉の綾です!」
「例えばです! 例えばの話でして!」
「え、ええ。分かってます。あなたがたの徳が下がったりはしませんよ。大丈夫ですから、安心してください」
一良がフォローを入れると、彼らはほっとした様子で息をついた。
「では、ニーベルの処遇とその他の裏切り者の調査については、イステール家にお任せします。皆も、それでよいな?」
一良のことをチラチラと見ながら、額に汗を浮かべて言う軍団長。
他の者たちも、こうなっては異議など唱えられるはずもなく、すぐに頷いた。
一良は「これはちょっとまずい傾向だな」、と内心思う。
余計な発言をして徳が下がることを恐れて、イエスマンばかりになるのも困りものだ。
意見は率先して出してもらわねば、会議の意味がなくなってしまう。
後で彼らには何かしらのフォローを入れておくべきだろう。
「よし、決まりだ。ジルコニア殿、よろしくお願いしますぞ」
「ええ、大丈夫です。裏切り者が誰なのか、私が責任を持ってニーベルにきっちりしゃべらせますから」
ジルコニアがにこりと微笑む。
隣のナルソンは何も言わず、難しい顔で腕組みしていた。
「では、ニーベルたちに騙されて扇動されてしまった市民たちですが、彼らは騙されただけですので、なるべく寛大な処置を取るように陛下に進言すべきかと」
「うむ。さすがに無罪とはいきませんが、処刑や奴隷化のような苛烈な処罰は控えるべきですな。彼らも国や家族を想って、ニーベルの口車に乗せられてしまったのでしょうから」
先の軍団長たちが率先して、会議を取りまとめながら話を進め出した。
ことあるごとに「寛大な処置」やら「騙されていた領民には慈悲深い対応を」といった言葉を吐き出している。
ここぞとばかりに、自らの徳を上げようと頑張っている様子だ。
慈悲と豊穣の神である一良を強く意識しているというのもある。
「あの、カズラさん」
皆があれこれと話し合っていると、バレッタが小声で一良に話しかけた。
「ん、どうしました?」
「さっき、ウッドベルさんがこれを見つけたって教えてくれて」
バレッタがサンダルを一良に見せる。
「これは……もしかして、コルツ君の?」
「分かりません。けど、残飯を捨てる場所に落ちていたとウッドベルさんは言っていたので、もしかしたら……」
「ふむ……ん?」
「どうしました?」
何かに気づいた様子の一良に、バレッタが小首を傾げる。
「そのサンダル、紐の裏に何か書いてありますよ」
「えっ?」
バレッタがサンダルの紐の内側を見る。
黒い糸でこちらの世界の文字で「リリ」と刺繍されていた。
「それ、そのサンダルの持ち主の名前じゃないですかね?」
「ほんとですね……はぁ、やっと手掛かりが見つかったと思ったのに」
肩を落とすバレッタに、一良も少し暗い顔になる。
「やっぱり、砦にはいないんじゃないかな……イステリアでも見つかっていないし、どこへ行っちゃったんだろ」
「ですね……あ! ウリボウさんたちに手伝ってもらえないでしょうか? 匂いを追って探してもらうとかで」
「なるほど、彼らなら何か分かるかもですね。今夜あたり、一緒に森に行ってみますか」
「グレイシオール様、この方針でよろしいでしょうか?」
一良とバレッタが話し込んでいると、会議を進行していた軍団長が一良に声をかけてきた。
「えっと……」
一良がちらりとリーゼを見る。
リーゼはそれで察したようで、こくこくと小さく頷いた。
どうやら、その方針とやらに問題はないようだ。
一良は「大丈夫です」と軍団長に答え、心の中でリーゼに感謝するのだった。