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255話:手のひら大回転

「えっ、なになに? 何が起こってるの?」


 突然御者台から突き落とされてしまったニーベルに、シルベストリアが唖然とした顔になる。

 距離が離れすぎていて聞こえないが、彼を突き落とした少女が兵士たちに何かを語っているようだ。

 地面に落ちたニーベルは兵士たちに隠れてしまい、ここからでは姿が見えない。


「内輪揉めか? ニーベルが突き落とされたようだが……あの女は誰だ?」


 守備隊長が、シルベストリアに話しかける。


「いえ、私にもさっぱりで……セレット、双眼鏡を持ってきてくれる?」


「かしこまりました」


 セレットが村の中へ走り、双眼鏡を手に戻って来る。

 砦でシルベストリアが一良から借りてきた、高倍率のものだ。

 シルベストリアはそれを受け取り、目に当てた。


「えーと……」


 くりくりと双眼鏡のメモリを回して低倍率にし、ニーベルを探す。

 手振れ補正機能付きの高性能品なので、遠くの被写体が揺れずにはっきりとよく見える。

 御者台に立つ少女の姿を見つけ、倍率を上げた。


「んー、なんかしゃべってるけど……何を言ってるんだろ」


「なんだその道具は? それも、グレイシオール様からお借りした物か?」


 守備隊長が怪訝な顔で双眼鏡を見る。


「遠くのものを、間近にあるように見ることができる道具です。隊長も見てみます?」


 はい、とシルベストリアが守備隊長に双眼鏡を手渡す。


「どれどれ……うおっ!?」


 突然目の前にラタの顔のドアップが現れ、守備隊長が驚いてのけぞる。


「あ。今それ、すごく大きく見えるようになっちゃってるんです。そこのツマミで調節してください」


 シルベストリアが横から手を伸ばし、使い方を指導する。


「お、おお? 大きくなったり小さくなったり……おお」


 守備隊長は双眼鏡を覗きながら、感心した声を漏らした。

 あちこちの風景を見ながら、双眼鏡を楽しんでいる。


「これはすごいな。偵察にはもってこいじゃないか」


「隊長、ニーベルたちを見ないと」


「あ、そうだった」


 守備隊長が双眼鏡を目に当てたまま、ニーベルたちを探す。


「……ん? あいつ、さっき村に来た騎兵に剣を向けられてるぞ。こっちに来るようだが」


「えっ!?」


 シルベストリアが、ニーベルが転落した場所へと目を向ける。

 兵士たちの隙間から、モルスに剣を向けられてあとずさりしているニーベルの姿が遠目に見えた。

 すると、兵士たちが両脇に退いて道を開けた。

 モルスに追い立てられるようにして、ニーベルがこちらに歩み寄って来る。


「守備隊長殿! 話をさせていただきたい!」


 ニーベルに剣を突き付けたまま大声で呼びかけてくるモルスに、シルベストリアと守備隊長は顔を見合わせた。


「上手くいった……のか?」


「かもしれないですね。行ってみましょう」


 2人がセレットと護衛の兵士を伴い、ニーベルたちの下へと走る。

 シルベストリアたちが彼らのところへ着くと、モルスはニーベルに向けていた剣を鞘にしまい、苦悶した表情になった。


「申し訳ございません。我々はどうやら、この男に騙されていたようです」


 モルスの後に続いていた他の兵士たちも、深くうなずく。

 装備からして、中隊長や騎兵隊長のようだ。

 シルベストリアたちは知らないことだが、彼らの大半はモルスと同様に、「ダイアスに対する領民の不満に付け込んで反乱を起こし、グレゴリアとイステリアを占領し、後々はバルベール側に付く」という計画をニーベルから直接聞かされている。

 ところが一般兵士たちの不穏な空気を察したモルスが翻意ほんいしたことを受けて、阿吽の呼吸で彼に同調したのである。


「ダイアス様がバルベールに寝返るという話をこの男に吹き込まれ、愚かにも信じてしまいました。偽の血判状までこの男は見せつけてきまして――」


「モルス! 貴様――」


 怒りに顔を歪めてニーベルが叫んだ瞬間、モルスは目にも止まらぬ速さで剣を抜き、彼の首めがけて振り抜いた。

 ニーベルの首からわずか1センチのところで剣はビタッと止まり、その風圧でニーベルの髪が大きく揺れる。


「次に余計な口を叩いたら、その首を刎ね飛ばしてやるぞ! この薄汚い売国奴め!」


「っ、ひぃっ」


 ガタガタと震えるニーベルをモルスは睨みつけると、再び剣を鞘に納めた。


「こいつは口が上手すぎる。これ以上雑言を吹かせて、兵に動揺を与えるわけにはいかん。口を縛っておけ」


「はっ!」


 部隊長の1人(モルスの仲間)が自分の腰のベルトを外して、ニーベルの口を縛り付けようとする。


「よ、よせっ! ぐぼっ!?」


 抵抗しようとしたニーベルのみぞおちに、モルスが強烈な蹴りを食らわせた。

 革ブーツによる容赦のない蹴りをモロに食らい、ニーベルがその場に膝をついて地面に嘔吐する。


「クズが。おい、早く縛れ!」


「はい! おら、さっさと立て! この裏切り者!」


 ベルトを手にした中年の部隊長が、言葉とは裏腹にニーベルの背中に蹴りを入れた。

 ニーベルはその衝撃で自らの吐瀉物に倒れ込んでしまい、ぐえ、とくぐもったうめき声を上げる。


「ゲロ野郎が。手間をかけさせるな!」


 彼はニーベルの髪を掴んで無理やり立たせ、ゲロまみれの口にベルトを巻き付けた。

 シルベストリアと守備隊長は、まるで下品な拷問でも見ているかのような不快な気分になってしまい、顔をしかめている。


「守備隊長殿、この男はそちらに……ん? 貴女は、シルベストリア様ではないですか!」


「え? ああ、どうも」


 今さらかよ、という言葉をシルベストリアは飲み込み、モルスに会釈する。


「我々はこの男に騙されたとはいえ、王家に剣を向けるという大罪を犯してしまい……弁解の余地もございません」


 モルスが神妙な顔でうなだれる。

 他の部隊長たちもそれに倣うように、表情を暗くしてうなだれた。


「私はどんな罰でも受ける覚悟です。ですが、後ろにいる者たちは、ニーベルにそそのかされた私が説得してしまったようなもの! 何とぞ、陛下には寛大な処置を取っていただけるよう便宜を――」


「モルス殿、それは違います!」


「そうです! モルス殿は民と国のためを思って立ち上がったのではないですか!」


「悪いのはすべて、そこにいるニーベルですぞ!」


 口々にモルスをかばう部隊長たち。

 シルベストリアと守備隊長は、内心「何だこの流れは」と困惑しながらそれを眺める。


「あー、えっと……モルスさんたちは、ニーベルに騙されていただけ、ということなんですね?」


 シルベストリアが言うと、モルスはすぐに頷いた。


「はい。ダイアス様がバルベール側に寝返るという話を、この男に聞かされまして。血判状をはじめ、数々の『裏切りの証拠』を見せつけられ――」


 ニーベルがどうやって自分たちをそそのかしたのかを、モルスがつらつらと語る。

 いかにニーベルが言葉巧みに自分たちをそそのかしたのか、そのためにどれだけの罪のない者たちを殺めてしまったのか。

 ダイアスが日頃領民に対して行っていた苛烈な行いは実際に目にしていたので、ついつい信じてしまったという話だ。

 シルベストリアはそれを少しの間黙って聞き、片手を上げて制した。


「皆さんが騙されたというのは分かりました。後で私も皆さんに同伴して、ナルソン様や陛下にお話ししますから」


 シルベストリアの言葉に、モルスの背後にいる部隊長たちがほっとした顔になる。


「皆さんのやってしまったことは途方もない重罪です。ですが、本当に騙されていたというのなら、陛下もグレイシオール様も、きっと寛大な処遇を約束してくださるでしょう」


「先ほどの大声でも言っていましたが……グレイシオール様というのは?」


 怪訝な顔でモルスが聞く。


「そのままです。今から1年くらい前に、本当にグレイシオール様が現れたんですよ」


 シルベストリアが言うと、モルスをはじめ、部隊長たちは困惑した顔になった。


「ええと……神が現世に降臨した、ということでしょうか?」


「ええ、そうです。後ほど皆さんには面会してもらいますから、何か質問があればその時に直接どうぞ」


「大丈夫だとは思うが、グレイシオール様には絶対に嘘はつかないようにな。さもなくば、死ぬよりも恐ろしい目に遭うことになるぞ」


「は、はあ」


 釘を刺すように言う守備隊長に、モルスたちが困惑顔のまま頷く。

 守備隊長は王家やグレゴルン領の重鎮たちと一緒に地獄の動画を見た際、グレゴルン領の者たちが死んだ同僚が怪物に引き裂かれている姿を見て、青い顔で大騒ぎしていたのを目にしている。

 もともと人の道に外れるようなことはしてこなかった彼だったが、それ以降はなおのこと、清く正しく生きるよう心掛けていた。

 さて、とシルベストリアは彼らの背後にいる兵士たちに目を向けた。


「兵士たちに、ことのいきさつを説明しないと。それと、あなたたちがあちこちに放った市民たち。それも止めないといけません」


「はい。すぐに作戦中止を伝えに伝令を出します。すでに現地で被害が出ているかもしれませんが……」


「それなら大丈夫です。さっき私が言ったとおり、領内の村や街の人たちは、全員イステリアに避難させてありますから」


 シルベストリアの台詞に、背後の部隊長たちがざわつく。

 たとえ反乱の起こったその日にグレゴリアから伝令が砦に向かっていたとしても、時間的に自分たちの動きを見越してそこまでの対応を取れるはずがない。

 何が何だか分からない、といった状態なのだ。


「……先ほど大声で『全部お見通し』と言っていたのは、事実だというのですか?」


 信じられない、といった表情のモルスに、シルベストリアがにっこりと微笑む。


「もちろん! そちらで起こったことは、ナルソン様やルグロ殿下も全部知っていますよ」


「その、いったいどうやって、それほど早く情報を砦に伝えたのでしょうか? グレゴリアから最速で砦に伝令が向かったとしても――」


「グレイシオール様のお力です。そちらでダイアス様たちの処刑が行われている時点で、砦にはその情報は伝わっていましたから」


「……」


 モルスたちが顔を見合わせる。

 未だに納得できていない様子だが、シルベストリアは気にせず話を進める。


「ここでのんびりしている暇はありません。今すぐ、市民たちに伝令を出してください。あなた方のとりあえずの処分は、こちらに向かっているルグロ殿下が到着してから判断していただこうと思います」


「……殿下も、本当にこちらに向かっているのですか」


「向かってますよ。グレゴリアでの説得も、もう済んでる頃合いじゃないですかね」


「承知しました。お前たち、兵を集合させろ! 私が状況を説明する!」


 モルスの指示で、部隊長たちが兵士たちに集合を呼びかける。

 シルベストリアは守備隊長へと目を向けた。


「隊長、私はグレイシオール様に無線で報告をしたいのですが」


「ああ、分かった。後は私がやっておこう。兵たちには、そのまま臨戦態勢を維持しろと指示しておいてくれ」


「すみません。セレット、一緒に来て」


「かしこまりました」


 守備隊長たちにその場を任せ、シルベストリアは村の中へと戻るのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった。 続きが気になります。
[一言] 嘘発見器を持ち込んでもいいかもしれないw 拡声器もそうだけど、そこそこ小さい双眼鏡とか単眼鏡、 あるいは弓兵、砲兵向けにレーザー距離計って すごい軍事兵器になりそうです。
[一言] 手のひらくるくるですが、偽証を疑うなら地獄の映像(笑)を見せればそれはもう自白してくれるから心配ないでしょうね。 カズラにすがって救いを求める反乱軍隊長陣が目に浮かぶ(苦笑)
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