247話:あの子はいずこ
宿舎を出た一良とバレッタは、ルグロの下へと向かう前に、通り道にある騎兵隊の兵舎へと立ち寄った。
中では兵士たちが、長机でわいわいと語らいながら食事をとっている。
一良たちが兵士たちの中にシルベストリアの姿を見つけると、彼女もちょうど一良たちに気づき、目が合った。
「シルベストリアさん、ちょっといいですか?」
「もぐっ……は、はい!」
シルベストリアが慌てて口の中のものを飲み込み、一良たちに駆け寄った。
何だろう? という視線を兵士たちに向けられながら、3人は兵舎を出る。
周囲を見渡しながら、人気のないところまで歩いた。
「お食事中にすみません。いくつか、急ぎでお話ししたいことがあって」
「いえいえ、お気になさらず! どういったお話でしょうか?」
「実は、イステリアにいるはずのコルツ君が行方不明になっているらしいんです。もしかしたら、砦のどこかにいるんじゃないかって親御さんに言われて」
一良が言うと、シルベストリアがぎょっとした顔になった。
「えっ!? コルツ君がですか!?」
「ええ。何か心当たりはありませんか?」
「ええと……」
シルベストリアがウッドベルから聞いたコルツとのやり取りを思い出す。
「ウッドベルっていう志願兵がいるのですが、砦を出立する数日前に、コルツ君が彼に頼んで荷物に紛れ込んで砦に連れて行ってくれって頼んでいたようなんです」
「ウッドベル? コルツ君に剣術を教えてくれている兵士さんですよね?」
「ご存知でしたか。あ、バレッタが話したことがあるんだっけ?」
シルベストリアがバレッタに目を向ける。
「はい。挨拶程度ですけど。シルベストリア様も、ウッドベルさんをご存知なんですね」
「うん。コルツ君を交えてちょくちょく話してたんだ。彼、面白い人だよね」
「ですね。すごく人当りがいいというか、ひょうきんというか」
「そうそう。いつも話を盛り上げてくれてさ……って、そうじゃなかった」
話が脱線しかけ、シルベストリアが一良に向き直る。
「コルツ君、砦に行きたいって駄々をこねてたんですけど、ウッドベルと私で説得して、イステリアで留守番するって約束させたんです。出立前に家にいることも確認したとウッドベルは言っていたので、砦にはいないと思うのですが」
「む、そうなんですか……でも、コルツ君、イステリアにはいないらしいんですよ。こっそりついてきているかもしれないんで、一応砦の中も探さないと」
「かしこまりました。私の所属部隊に手伝ってもらって、砦中を探させます」
シルベストリアが真剣な表情で答える。
「あ、えっとですね、それもちょっと問題があって」
一良が言うと、シルベストリアが小首を傾げた。
一良は周囲を見渡して他に人がいないことを改めて確認し、声量を抑えてシルベストリアに話す。
「実は、グレゴルン領で反乱が起きまして。反乱軍がイステリアを制圧するために向かっている可能性があるんです。シルベストリアさんたち騎兵隊は、イステリアの守備に回されることになりました」
「は、反乱!?」
再びシルベストリアの表情が驚愕に染まる。
「あっ! しー! シルベストリアさん、小声でお願いします!」
「も、申し訳ございません! それで、反乱ということは、グレゴルン領がバルベールに寝返ったということでしょうか?」
「いえ、そうじゃないみたいです。領主のダイアスさんに反感を持っている人たちが市民や兵士たちを扇動して、イステール領がバルベールと手を組んだと触れ回ったようでして」
「そうなのですか……反乱軍がイステリアを制圧する目的は何なのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あくまでも可能性の1つですが、反乱の首謀者たちはバルベールと裏でつながっているのかと。イステリアを制圧することで砦に詰めている軍の補給線を断って、バルベール軍が砦を陥落させたら、その状況を利用して無理やり全軍でバルベール側に投降というかたちで寝返るのでは、というのがナルソンさんの見解です」
「なるほど……では、イステリアはなんとしても守らなければなりませんね。騎兵隊はすべて、イステリアの守備に回すということでしょうか?」
「すべてかどうかは聞いていませんが、少なくない人数を送ると思います。シルベストリアさんもイステリアに行ってもらうことになるかと」
「かしこまりまし……あっ!? カ、カズラ様! グリセア村の人たちにこのことを伝えないと!」
シルベストリアがはっとした様子で言う。
「グリセア村はグレゴリアからイステリアの進路上にあります! 以前、グレゴリアから砦への増援として軽騎兵と軽装歩兵の一団がやって来た時があったのですが、その時もグリセア村に立ち寄ったんです! 反乱軍も、きっと村に来ます!」
「えっ、そんなことがあったんですか?」
「はい。その時は物資の補給ということでいろいろ支援を……」
シルベストリアはそこまで話し、何か気付いた様子でバレッタに目を向けた。
バレッタもそれで気づき、「まさか」といった顔になる。
「……カズラ様、反乱軍はグリセア村を確実に制圧するつもりです。急いで住民を避難させてください」
「確実に制圧するつもりというのは? 何か根拠があるんですか?」
「はい。前回やってきた増援部隊ですが、グレゴリアに戻る際、2日ほど村に滞在していったんです」
増援部隊が村に滞在していった際、「世話になったお礼」と称して、過剰とも言えるほどに木材を切り出し、農作業の手伝いをしていったことがあった。
あれは、イステリアにほど近いグリセア村を食料をはじめとした物資の補給地点として下見していた可能性がある。
グリセア村一帯はかなりの食糧生産量を誇っており、少数とはいえ守備隊がいるため資材も備蓄されていると反乱軍は考えるだろう。
中継地点として物資を接収し、イステリアに向かう可能性が高いとシルベストリアは考えた。
「やってきた増援も騎兵と歩兵の混成部隊で、食料も村にたどり着いた時には手持ちが切れている状態でした。グレゴリアからイステリアまでの最速での行軍時間を計っていたとも考えられます」
「なるほど……反乱軍は、グリセア村を重要拠点と見ているということですか」
「かもしれません。もしもグリセア村に部隊を置かれたら、村ごと人質に取られるかもしれません」
「……味方のふりをして村に入り込んで、そのまま制圧するつもりかもしれませんね」
「はい。村は要塞化されているので、制圧すれば拠点として機能します。それに、グレイシオール様の伝説が残る地ですので、そこが制圧されたとなれば、全軍に与える士気にも影響が出るはずです」
シルベストリアが深刻な表情で話す。
「私たち騎兵隊もそうですが、イステール領軍内部ではグレイシオール様がイステリアを支援しているという話がかなり広まっています。前回の会戦で現れたウリボウの集団が我々に加勢したのが決定的だったようで」
「分かりました。グリセア村の人たちはイステリアに避難することになっているので大丈夫です。すでに指示も出していますから、安心してください」
一良の言葉に、シルベストリアがほっと息をつく。
「よかった……あの、よろしければ、私もグリセア村の守備に回していただけないでしょうか?」
「シルベストリアさんもですか? どうしてです?」
「あの村は私にとっても大切な場所です。村の子供たちのためにも、あの場所は私が守りたくて」
シルベストリアは村に強い思い入れがあるというのもあるのだが、何よりも一良に無理強いして騎兵隊に戻してもらったという負い目があった。
自分が村を離れた途端に起こった有事に、居ても立っても居られないのだ。
「分かりました。ナルソンさんには俺から伝えておきます。指揮はイステリアから向かう守備隊長が執ることになっているので、現地ではその人の指示に従ってください」
「はい! ありがとうございます!」
「騎兵隊長にはナルソンさんから指示が行くので、シルベストリアさんは戻って食事を済ませてください。1刻もしないうちに出発することになると思います」
「かしこまりました。もしよろしければ、私は直接グリセア村へ向かってもいいでしょうか?」
「構いませんよ。乗って行くラタとシルベストリアさん用に特別な携行食を渡すので、道中食べてくださいね」
「えっと……いつも朝食代わりに食べるようにと頂いているサクサクのやつと栄養ドリンクですか?」
シルベストリアには、身体能力強化のためにエネルギーバーとリポDを支給している。
そのおかげで、彼女の身体能力は今では大幅に強化されていた。
「ええ、そうです。あ、もしかして、飽きちゃいました?」
「いえ、いろんな味の種類があって、むしろ毎朝楽しみなくらいです」
「ならよかった。チョコレートっていう甘いお菓子も用意するんで、食べながら行ってくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
甘いお菓子、と聞いてシルベストリアの顔が綻ぶ。
大多数の女性の例に漏れず、彼女も甘味が大好物なのだ。
「では、俺たちはこれで。バレッタさん、ルグロさんのところへ行きましょうか」
「はい」
そうして、その場は解散となったのだった。
一良たちと別れたシルベストリアは、自分の兵舎には戻らずウッドベルのいる兵舎へと走った。
中に入り、食事をしている兵士たちのなかにウッドベルを見つけ、小走りで駆け寄る。
「あれ、シアさん。どうしたんです?」
丸パンを齧りながら、ウッドベルがきょとんとした顔でシルベストリアを見る。
「食事中にごめんね。実は、コルツ君が何日も前からイステリアで行方不明になっちゃってるらしいの」
「えっ!?」
ウッドベルが驚いた顔になる。
周囲の兵士たちも、驚いた顔をしている。
ウッドベルがコルツに剣術を教えていることは周知されており、イステリアにいた時はコルツはマスコット的存在として兵士たちに可愛がられていた。
「悪いんだけど、砦中を探してみてくれないかな。もしかしたら、こっちに来てるかもしれないらしくて」
「マジすか……分かりました、探してみます。シアさんも、騎兵隊の人たちに手伝ってくれるよう頼んでもらえます?」
「あ、それがさ。騎兵隊はこの後すぐにイステリアに行かないといけないことになっちゃって」
「えっ、イステリアに戻るんですか? 何でまた?」
「ちょっと私からは言えなくて……ごめんね」
「機密事項ってやつですね。了解です!」
ウッドベルはにこやかに微笑むと、立ち上がった。
「皆! そういうわけだから、飯食ったらコルツ探しに付き合ってくれないか?」
ウッドベルの呼びかけに、兵士たちが「いいぞー!」とか「任せとけ!」と返事をする。
その様子に、シルベストリアも微笑む。
「ありがと。後でお礼はするから」
「いえいえ、お礼なんて。あ、もしよかったら、今から少し時間貰ってもいいっすか?」
「うん、少しならいいよ」
「んじゃ、行きましょうか」
ウッドベルは隣の席の兵士に片づけを頼むと、シルベストリアと一緒に出口へと向かうのだった。
「で、どこに行くの?」
兵舎を出て歩きながら、シルベストリアがウッドベルに聞く。
「ええとですね、もしコルツがいるとしたらって考えたんですけど、そこって俺だと入れないんですよ」
「えっ、どこのこと?」
「弾薬庫っす」
「えっ!?」
シルベストリアが驚いた顔になる。
弾薬庫は、カノン砲の砲弾や火薬、手投げ爆弾、ガス弾などが置かれている場所だ。
「この砦、広いっていっても、中には兵士が大勢いるわけですし、何日も見つからないってのは不自然ですよ。隠れているとしたら、そういう普段人が入らないところだと思うんです」
「弾薬庫って……ウッドは見たことあるわけ?」
「見たわけじゃないんですけど、聞いたことはあります。防壁の上にカノン砲ってやつを設置するのを手伝ってた時に、一緒にやってた人から聞いたんです」
ウッドベルは先日、防塁を掘っている時に手首を痛めてしまい、土木作業は無理だと上官にかけあって、防壁上の兵器の設置作業に回してもらっていた。
その際、シルベストリアとも話したのだが、ウッドベルが事情を説明すると、「弛んでるんじゃない?」と彼女に叱られてしまっていた。
「カノン砲の弾とかを出す時しか出入りしない場所ですし、隠れるには絶好の場所かなと思って」
「出入りは確かにそうだけど……さすがにそこに隠れるってのは……」
弾薬庫は立ち入りが厳しく制限されており、警備はかなり厳重だ。
関係のない者は立ち入ることはできないどころか、付近をうろつくだけで咎められるような場所である。
「いくらなんでも、そんなとこにはいないと思うなぁ。それに、弾薬庫の中までは私でも入れないよ」
「なら、警備の兵士に中を調べてもらうってのはどうです?」
「うーん。まあ、それならなんとかなるかも。行ってみようか」
「お願いします。弾薬庫や武器庫にもいないようなら、食糧庫とかの屋根裏とかですかね」
そうしてしばらく歩き、弾薬庫のある区画へとやってきた。
周囲は柵で覆われており、いたるところに警備兵がいる。
シルベストリアが所属を伝え、2人で柵の中へと入る。
そのまま歩き、一番奥にある弾薬庫へとやってきた。
弾薬庫は倉庫を流用したもので、石造りのしっかりとした造りの建物だ。
窓は付いているのだが、4メートルほども高さがあるうえに窓自体の幅が50センチほどしかない。
大人では通ることができない大きさだ。
「止まれ。所属と名前を名乗れ」
2人がやってくると、扉の前にいた2人の近衛兵のうちの1人に制された。
重装備の、いかにも老練といったいで立ちの兵士だ。
「第1騎兵隊所属、シルベストリア・スランです。ええと……」
シルベストリアが事情を説明する。
「――というわけなんですが、中を調べてみてもらえませんか?」
「調べなくても、中には誰もいないぞ。出入口は四六時中見張っているし、入り込む余地などない」
「あそこの窓はどうです? 子供なら通れますよ」
ウッドベルが口を挟み、建物側面にある窓を指差す。
窓までの高さは、約3メートル半程だ。
近衛兵は窓を見上げ、いぶかしげな顔になった。
「あんなところ、どうやってよじ登るというんだ。無理に決まっているだろう」
「いえ、もしかしたらって思っただけです。念のため、中を調べてもらえません? お願いします!」
ウッドベルがぱちんと手を合わせ、平身低頭お願いする。
その近衛兵はやれやれとため息をつくと、鍵を開けて1人で弾薬庫に入って行った。
「ね、ねえ。やっぱりここにはいないと思うよ? 警備が厳重すぎるし、誰も入り込めないって」
シルベストリアがウッドベルに小声で話す。
「ですけど、こうやって1つずつ潰していかないとダメだと思うんですよ。闇雲に探すより、隠れられそうな場所を1つずつ当たったほうがいいですって」
「うーん。それはそうなんだけど、場所が場所だからなぁ……」
そうして話していると、数分して近衛兵が出てきた。
「隅々まで、梁の上も見てみたが、誰もいなかったぞ。その子供というのは、本当に砦にいるのか?」
「すみません、それも分からない状況で。カズラ様から、砦中を探すようにってお達しが出てるんです」
シルベストリアが申し訳なさそうに話す。
「ふむ……子供の容姿は?」
「これくらいの背丈で、赤髪の男の子です。何日も前から行方不明になってて……もし見かけたら、すぐにカズラ様に報告してください。もうすぐ、ここにも通達が回ってくると思うので」
「承知した。それと、そっちの男。名前と所属は?」
近衛兵がウッドベルに目を向ける。
「第1軍団重装歩兵第3中隊のウッドベルっす」
「……お前がウッドベルか」
近衛兵が顔をしかめる。
シルベストリアとウッドベルは、彼の表情の意味が分からずきょとんとした。
「お前たちが来たことは上に報告させてもらうぞ」
「あ、はい。了解っす。シアさん、行きましょっか」
「う、うん」
「おい、ウッドベル」
立ち去ろうとしたウッドベルに、近衛兵が声をかける。
「私の娘を泣かせたら、承知せんぞ。浮ついた気持ちで付き合っているようなら、今すぐ別れろ」
「え? 娘って……げっ!?」
ウッドベルがぎょっとした顔になった。
どうやら、この近衛兵はウッドベルの彼女であるメルフィの父親だったようだ。
「この戦いが終わったら、すぐに身を固めろ。死んで娘を悲しませるような真似をしたら、絶対に許さん」
「は、はは。分かりました」
冷や汗を掻きながら答えるウッドベル。
対して、シルベストリアはニヤニヤ顔になった。
もう1人いる近衛兵も、話を聞きながら興味深げな視線をウッドベルに向けている。
「よかったじゃん。彼女との結婚、認めてくれるってさ」
シルベストリアが肘でウッドベルを小突く。
「そ、そうっすね。それじゃ、お父さん、俺たちはこれで」
「誰がお父さんだ! 次に言ったら殴り飛ばすぞ! さっさと消えろ!」
「ひっ!? すんません! シアさん、行きましょ!」
「あはは。はいはい」
怒鳴り声ともう1人の近衛兵が噴き出す声を背に受けながら、2人はその場を後にしたのだった。