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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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234話:冷たい腹の探り合い

 数日後。

 グレゴルン領の中心都市であるグレゴリアに帰着したダイアスは、自領の重鎮たちを応接室に招いていた。

 来客を招く応接室は、まさに「豪華絢爛」といった言葉がふさわしい内装だ。

 腕利きの絵師に描かせた風景画やダイアスの肖像画、王都経由で手に入れた珍しい調度品、王家への多額の上納金の返礼として賜った黄金の杯や感謝状といった品々が、いたるところに置かれている。


「ダイアス様、この度は長旅、お疲れ様でした」


 他の皆に先立って、つるんとした禿頭の壮年の男が、ダイアスに揉み手をしながら労をねぎらう。

 彼はグレゴルン領の徴税官の責任者だ。


「うむ。皆も急に呼び出してすまなかったな」


「いえいえ、ダイアス様のお呼出しとあらば、いつどんな時でも馳せ参じますぞ」


「どうぞ、なんなりとお申し付けください」


「ダイアス様のためならば、どんな仕事も苦にはなりません」


 皆が、我も我もとダイアスにおべっかを使う。

 基本的にダイアスは、部下に対してものすごく「えこひいき」をする人物だ。

 目をつけられてしまっては大変なことになるが、この場にいる者たちのように気に入ってさえもらえれば、領内ではやりたい放題である。

 利権の優遇から親族の働き口の融通まで、ありとあらゆる面で恩恵を受けることができる。

 そういった者たちで上層部を固めてしまっているので、ダイアスに反抗する勢力自体がこの領内には皆無と言っても過言ではない。

 割を食っているのは、もちろん重税を課されている領民たちである。


「ああ。お前たちのような有能な臣下に恵まれて、私は本当に助かっているぞ」


 ダイアスがいつになく柔和な笑みを浮かべる。


「そんな皆に、今日は折り入って話がある。イステール領にて、グレイシオール様が現れたという噂は、聞いたことがあるか?」


「グレイシオール様、ですか? 一年ほど前にイステリアに現れて、領内の復興を成し遂げたという噂の?」


 徴税官の男が怪訝な顔をする。


「うむ。その噂なのだがな、噂ではなく、真実だったのだ」


「は?」


 徴税官をはじめ、皆がきょとんとした顔になる。


「困惑するのも無理はないが、事実なのだよ。イステリアにて、私はグレイシオール様とお会いしてきた。本物の神と面会したのだ」


「あ、あの。おっしゃっている意味が……神が現世に降臨したというのですか?」


「そうだ」


 ダイアスが頷くと、皆が困惑した様子で顔を見合わせた。

 ダイアス様は頭がおかしくなってしまったのだろうか、といった雰囲気がありありと見て取れる。


「いや、そんな顔をしてくれるな。私は嘘などついていないぞ」


「は、はあ……。あの、どうしてそのグレイシオール様が本物だと確信なされたのですか?」


「あの世の光景を見せられたのだ。死後、私たちがどうなるのか、天国と地獄の様子を目の前で見せられてしまった」


「「「……」」」」


 押し黙る皆に、ダイアスが頭を掻く。

 こんなことを言われても、彼らがすぐには信じないことなど予想済みだ。


「とりあえず聞いてくれ。グレイシオール様の話によるとだな、現世でどれだけ善い行いをしたか、または悪い行いをしたかによって、天国行きと地獄行きが決まるらしい。はっきり言おう。今この場にいる者たちは、私も含めて、このままだと全員地獄行きだ」


「ダイアス様、恐れながら申し上げます」


 法務官の男が、毅然とした表情で声を上げる。


「ダイアス様はそのグレイシオール様を名乗る者に騙されているのではないでしょうか?」


「そ、そうです! 神が現世に現れたなどと、あり得ない話ではないですか!」


「ダイアス様、お気を確かに!」


 一斉に諫めてくる臣下を、ダイアスは「まあまあ」と両手で制する。


「いや、皆の言うことも分かるのだ。私が洗脳されてしまったのではと疑っているのだろう?」


「そうです! 天国と地獄が存在するなど――」


「こ、こら! 黙らんか! 失礼ではないか!」


「そうだ! ダイアス様、私はダイアス様を疑ってなどおりませんぞ!」


 ダイアスの目を気にして擁護する者、正気に戻れとダイアスを諫める者が入り乱れ、皆が騒ぎ立てる。

 ダイアスは皆の騒ぐ様をひとしきり眺め、再び口を開いた。


「よいよい。皆の言うことはもっともだ。にわかに信じることができないというのも、よく分かる。私もそうだったからな」


「ダイアス様、天国と地獄の様子を見せられたとおっしゃいましたが、それはいったい?」


 法務官の男が、鋭い視線をダイアスに向ける。

 ダイアスの庇護の下で甘い汁をたっぷり吸っているとはいえ、そのような意味不明な話にいきなり納得などできはしなかった。


「そのままだよ。天国と地獄を、目の前で見せられたのだ」


「それは、演劇などで、ということですか?」


「違う。目の前に天国と地獄が出現したのだ。焼け焦げた広大な街並みにうごめく怪物や、その怪物たちに引きちぎられる亡者をはっきり見た」


「亡者? それに、怪物、ですか?」


「うむ。諸君らにも、イステリアに赴いてそれを見てもらいたくてな……ああ、そうだ。これを見てみろ」


 ダイアスが懐からサイリウムを1本取り出し、皆の前にかざした。

 臣下を説得する道具として、一良から数本借りてきたのだ。


「それは何ですか? 透き通っているような……」


「宝石ですか? ずいぶんと美しいですな……」


 皆がまじまじとサイリウムを見つめる。


「見ていろ」


 ダイアスがサイリウムを折り曲げると、中心に青い光が宿った。

 皆が一斉に、「おおっ!?」と声を上げる。


「これは、光の精霊の力を宿した道具だ。水の中に入れようが、振り回そうが、熱も発さずに光り続ける」


 ダイアスがサイリウムを振ると、全体が青く光り輝いた。

 皆、唖然としてその光景を見つめる。


「分かったか。精霊というものは存在するのだ。同じように、神も存在する。ほれ、手にとってよく見るがいい」


「ま、まさか、このようなものがあるとは……」


「し、信じられん……」


 臣下たちはサイリウムを受け取り、皆で頭をくっつけるようにしてそれを眺める。


「グレイシオール様が言うには、自分で犯した罪はもちろん、自分の部下が悪事を働いた場合も罪として数えられてしまうとのことだ。罪を重ねたまま死ねば、地獄で怪物に未来永劫切り刻まれることになる」


「な、なんともすさまじい話ですな……」


「うむ……あまりにも理不尽というか、にわかには信じられない話でしょう」


「だから、イステリアに行ってその目で地獄を確かめてこいと言っているのだよ」


 なかなか信じようとしない臣下たちに、ダイアスが少々苛立ち気味に言う。

 そんなダイアスの様子に、彼らは渋々、といったように頷いた。


「お前たちには、明日の朝すぐにイステリアへと向かってもらう。それまでに、必ずやってもらわなければならないことがある」


 その後、ダイアスは彼らが現在進行形で行っている悪事をすべて取りやめるよう、事細かに話して聞かせたのだった。




 次の日の朝。

 夜通しで税率の見直しやら、理不尽な理由で逮捕してしまっている市民の解放やらを決めたダイアスは、一睡もしていない状態で、ニーベルを応接室に呼び出していた。


「ダイアス様、この度はイステリアへの長旅、お疲れ様でした。……あの、体調がすぐれないように見受けられますが」


 青白い顔をしているダイアスに、ニーベルが怪訝な目を向ける。


「ああ。少し忙しくてな。まあ、気にするな」


「は、はあ」


 ニーベルが、手土産として持参した琥珀の装飾が施された金のコップと高級果実酒入りの銀のボトルをテーブルに置く。


「まあ、あまり無理はなさいませぬようご自愛ください。それはさておき、王都から珍しいコップを取り寄せまして。ぜひダイアス様にお譲りせねばと思っていたところでしたので――」


「ああ、すまんな。そんなことより、折り入って話があるのだ」


 ダイアスのそっけない態度に、ニーベルがきょとんとした顔になる。


「お前の担当している、塩の売買の件についてなのだが」


「塩ですか。今も順調に生産は進んでおりますが、何か問題でも?」


「うむ。お前も、いい歳だろう? そろそろ後任を育てなければいけない時期だと思ってな。別の者を責任者にあてることにしたのだ」


「……失礼ですが、もう一度聞いてもよろしいですか?」


 ニーベルがダイアスに鋭い視線を向ける。


「私に、塩の事業から手を引けとおっしゃったのですか?」


「そうだ。お前には、今までの商売の知識があるだろう。今度はそれを、畜産事業の副管理者として生かしてもらいたい」


「ダイアス様、それは話が違います。塩事業に関しては、将来にわたって我が家系に任せるとおっしゃってくださったではございませんか」


 ニーベルが静かに異議を唱える。

 ダイアスは内心「ああもう、めんどくせえな。このド平民が」と思いながら椅子に背を持たれかけた。

 ニーベルはジルコニアに手を出した(とダイアスは思っている)ことで、ダイアスの中ではすでにゴミ虫以下の存在となっていた。


「事情が変わったのだ。我が領地は、今後はイステール領を全面的に支援していくことになった」


 ニーベルが驚いたように目を見開く。


「はっきり言おう。お前は、一年程前にリーゼ嬢に脅しをかけただろう。そんなことをした者を、このまま塩取引の責任者にしておくわけにはいかんのだ」


 ニーベルがリーゼを手籠めにするために塩取引を引き合いに出して脅しをかたことを、ダイアスは知っていた。

 リーゼと面会を終えたニーベルが、喉から血を流しながら「必ず目にものを見せてやる」と荒れている様子を見た彼の側近が、ダイアスに報告してきたのだ。

 だがその時は、ダイアスとしては将来的にはアルカディアを裏切るつもりだったので、大事にならない限りは知らんぷりをしておこうと放置していた。

 それ以前にも、ニーベルはなんとかリーゼと婚姻を結べるように便宜を図ってくれとダイアスに幾度となく頼んでいたが、さすがにそれは無理だと突っぱねていた。


「……知っておられましたか」


「ああ。お前は今まで、非常によく働いてくれたから黙認していたが、今度ばかりはそうもいかなくなった。その代わり、その件で処分するといったことはしないから、大人しく身を引け」


「……」


 押し黙るニーベルに、ダイアスがため息をつく。


「いや、ただで今の地位から退けと言っているわけではない。今まで私に尽くし、岩塩洞窟の発見とその後の塩事業で多額の収益を上げたお前の功績は高く評価しているからな。今までの働きに見合うだけの、土地と金は用意するつもりだ。その金で、悠々自適な余生を過ごせばいいだろう」


「……さようでございますか」


 静かにニーベルが答える。

 実のところ、結晶状態の塩を採掘できる岩塩洞窟を探し当てたのはニーベルの商売仲間だ。

 ニーベルはその仲間をさっさと毒殺し、手柄を丸ごと自分のものにした。

 これは、ダイアスも知らないことである。


「うむ。事業の引継ぎ指示はこちらから出すゆえ、早急に資料をまとめておけ」


「かしこまりました。では、本日はこれにて失礼いたします」


 ニーベルが席を立ち、部屋を出ていく。

 ダイアスは彼が出ていった扉をしばらく眺め、手元にあるベルを鳴らした。

 すぐに、老年の鎧姿の男が一人、部屋に入ってきた。

 彼はダイアスの護衛兵長だ。


「ダイアス様、お呼びでしょうか?」


「ああ。ニーベルの奴を、今から四六時中監視させろ。何か不穏な動きがあれば、ただちに報告するのだ」


「報告、ですか。捕縛ではないのですか?」


「いいや、報告だけでいい」


「承知いたしました。お任せください」


 男が一礼し、退室する。

 ダイアスはやれやれといったふうに、イスの背もたれに寄り掛かる。

 ニーベルが持ってきた酒を杯に注ぎ、一息に飲んだ。


「ニーベルの奴、このままでは済まさんといった目をしていたな」


 グレゴルン領では、ダイアスに逆らうことは死を意味する。

 普通ならば、先ほどのニーベルのように、どれだけ不満があっても反論せずに受け入れるのが当然だ。

 だが、ダイアスの知るニーベルは、非常に狡猾で悪知恵が働く抜け目のない男だ。

 このまま、ただで引き下がるはずがない。

 何らかの手段をもってして、自分の立場を守ろうとするだろう。


「くそ。今までなら、とっとと殺しておしまいだったというのに。まさか、あの外道を更生させねばならんとは……」


 邪魔者は排除してしまうに限るのだが、それをしてしまうと自らの罪を上塗りすることになってしまう。

 何とか彼を身動きできない状態に持っていき、彼が現在進行形で行っている悪事を1つ1つ引きはがす必要がある。

 下手に捕縛して過去の悪行をもとに裁判にかけると、様々な場所に影響が飛び火するので、それは避けたい。

 あれこれと汚れ仕事を彼にやらせた反動が、ここにきて出てきてしまった。


「しかし、リーゼ嬢の件はナルソン殿にはまだバレていないようで助かった。彼とは今後とも仲良くして、グレイシオール様に便宜を図ってもらわなければ」


 今のダイアスにとって、もっとも頼れる人物はナルソンだ。

 今後は可能な限りイステリアに支援を行い、彼と良好な関係を築いていかねばならない。

 そのためには、ニーベルは非常に邪魔な存在だった。

 グレイシオールはリーゼとかなり仲睦まじい様子だったので、もし事が露呈したら洒落ではすまない。


「さて、まずは早急に奴の運営する孤児院の運営権を奪い取らんとな……まったく、あいつはいくらなんでもやりすぎだ。死んだ後、どうなるか考えるだけでも恐ろしいわ」


 ニーベルはあちこちで器量のいい少女を見つけては、親を経済的に追い詰めて借金のカタに侍女として少女を召し上げたり、それでもダメならば親を暗殺して、半ば強制的に自身の運営する孤児院に押し込んだりしていた。

 孤児院に入れられたり召し上げられた少女たちは、だいたい14~15歳くらいになると、「食べごろ」と判断されて、彼専属の情婦として囲われることになるのだ。

 ダイアスは何年か前に、ニーベルから少女を1人献上されたことがあった。

 だが、もともとダイアスは「大人の女性」にしか興味がないので、少女など貰っても有難迷惑でしかない。

 結果、ダイアスは今までその少女を一度も夜に呼び出すようなこともなく、普通の侍女として屋敷で使っていた。

 最初は怯え切った目でいつもダイアスを見てはびくびくしていた少女だったが、今は元気でやっているようだ。


「ああ、くそ。国境線の守りも固めなければならないのだった。まさか、バルベールの連中相手にまた戦う羽目になるとは……女を連れだしたあちこちの村にも出向かねばならんし、このままでは贖罪を済ます前に過労死しかねんぞ」


 ぶつぶつ言いながら、ダイアスが再び銀のボトルから酒を注ぐ。

 酒の注がれる金のコップを見ていて、ふと疑問が頭をもたげた。


「……そういえば、ニーベルの奴、リーゼ嬢にどうやって『目にものを見せてやる』つもりだったんだ? 脅しが空振りしたのでは、もう手の出しようがないように思えるんだがな」


 ダイアスは首を傾げたが、「まあ、どうでもいいか」と頷くと、再び酒をあおるのだった。

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― 新着の感想 ―
悪党で犯罪者と分かってるんだから冤罪吹っ掛けても良いし 手っ取り早く捕まえて吐かせれば良いだけやん と言うか、私がダイアスなら自分の事すら儘ならないのに 部下の悪徳加算とか普通に無理ゲーと悟って遣りた…
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