23話:神様はお茶が好き
芋の異常成長を確認した日の午後。
真夏の太陽がさんさんと降り注ぐ中、一良は額に汗しながらシャベルを使って一人で穴を掘っていた。
ここは日本へと通じる石畳の通路のすぐ脇で、掘っている穴は通路に崩れ落ちていた白骨死体を埋葬する為のものである。
こちらの世界に来てからというもの、纏まった時間が取れずに白骨死体を埋葬することも出来なかったのだが、思いの他水車作りがハイペースで進んでスケジュールに余裕が出たため、死体を埋葬する事にしたのだ。
一良が留守の間の部品作りの指揮は、留守中に作業を主導していた村人が引き続き執っている。
「こんなもんかなぁ。あぁ、腰が痛ぇ……」
一良は人ひとりが横になれる程度にまで穴を掘り進めると、シャベルを地面に突き刺して背伸びをした。
最近、重い物を背負ったまま長時間歩いたり、大量の肥料やら米やらをリアカーに積み降ろししていたせいか、なかなかに腰が痛む。
日々肉体労働をしているおかげで筋力が付いたことに加え、時々バレッタにしてもらうマッサージのおかげで痛みは大分良くなったが、今やっているような穴掘り作業のような腰に負担のかかる仕事をすると、どうしても腰が痛むのだ。
本日は死体の埋葬をした後に一旦日本へ戻って買い物に行く予定なので、その時に湿布でも買ってこようと一良は思うのだった。
一良は腰をさすりながら溜め息を吐くと、風呂の浴槽程度にまで深くなった穴から這い出した。
そして、さあ死体を埋葬するか、と気を取り直して通路に崩れ落ちている白骨死体の元まで歩いていったのだが、白骨死体はパーツごとにばらばらになっており、骨を一つ一つ運ばなければいけないようである。
それに加えて、手袋など持ってきてはいないので、人骨を素手で掴まなければならない。
「……まぁ、素手でもいいか」
ビニールシートと軍手でも持ってきて纏めて運ぼうかとも思ったが、なんとなくバチ当たりな気がしたので素手で運ぶことにした。
万が一警察にこの場所が見つかったとしても、骨の劣化具合から見てかなり昔のものと思われるので、事情聴取は受けても逮捕ということにはならないだろう。
むしろ、もう長いこと人目に触れていないような場所だと思われるので、警察に見つかるといった心配もいらないかもしれない。
そんなわけで、最初こそ初めて素手で触る人骨におっかなびっくりな一良だったが、作業を続けるうちに次第に慣れ、両腕に大小様々な骨を抱えて運ぶに至った。
遺骨を全て穴に運び終えると、横たわった人間の形になるように骨を並べる。
骨について特に詳しいわけではないので、あちこち有り得ない位置に他の部位の骨が置いてあったりするのだが、当の本人が気づいていないのでどうしようもない。
骨を全て並べ終えると、死体が纏っていたボロボロの和服をかけてやり、その上にシャベルで丁寧に土を被せて埋葬した。
「これでよし。帰りに線香と日本酒でも持ってくるから、待ってておくれ」
一良はそう言って出来たての墓の前で手を合わせて一礼すると、日本へ通じる通路へと足を向けるのだった。
「レモングラスにローズヒップにオレンジピール……ハイビスカスも買っていくか。ブレンドしてあるやつもいくつか買っていこう」
日本に戻った一良は、町外れにある個人経営のハーブ屋へとやってきていた。
携帯のネットで調べて単に近かったという理由だけでやってきたのだが、昔の民家をそのまま使った木造の小さな店舗は雰囲気もよく、所狭しと陳列されたハーブ入りのアクリルビンが店の雰囲気と非常にマッチしている。
また、開け放たれた窓から見える景色も町外れということもあって、緑が多くて爽やかであり、時折入り込んでくる風がとても心地よい。
ハーブも自分で栽培したものを販売しているらしく、試飲させてもらったハイビスカス入りの冷やされたブレンドティーはとてもさわやかで美味しかった。
ハーブの他にアロマオイルの入った小瓶やガラス製のポット、それにハーブについて書かれた書籍も置いており、品揃えも豊富である。
一良自身ハーブティーが好きで、群馬の屋敷に逃亡する前はちょこちょこ買っては自分でブレンドしたりして飲んでいたので、こういう店と出会えると嬉しくなる。
「すいません、ハーブを単品でいくつか貰いたいんですけど、取り分けてもらってもいいですかね?」
一良は飲み終わった試飲用のコップをレジのあるカウンターに返しに行くと、先ほど試飲用のハーブティーを出してくれた長い黒髪の若い女性店員に声を掛ける。
他に店員は見当たらないことから、この女性が店長なのかもしれない。
「はい、どれを取り分けましょうか?」
「えっと、レモングラスとローズヒップと……」
一良は先ほど見繕ったハーブに加えて数点のハーブを女性に注文すると、それぞれ30グラムずつ取り分けてもらった。
種類にもよるが、この店ではハーブ30グラムあたり平均で600円程だったので、ちょっとお高めな価格である。
その後、レジにて商品を清算していると、カウンターに陳列されているハーブの種が入った袋が目に止まった。
「むむ、種か……。あの、ハーブの苗って売ってますかね?」
一良がそう聞くと、女性は申し訳なさそうに
「ごめんなさい、苗は売り物では出してないんです。種ならあるんですけど……」
と言って、陳列されているハーブの種が入った袋を数個引き抜き、カウンターに並べて見せた。
全ての袋に200円と書かれた値札が張られている。
「ううむ、種か。どうしようかな……」
以前、バレッタと一緒にハーブティーを飲む約束をしていたのでハーブを買いに来たのだが、これを機にハーブを使って色々と実験を行ってみようと思ったのだ。
あちらの世界にハーブの苗を持っていって、植木鉢に入れたまま肥料を与えてハーブがグリセア村の芋のように急激な成長を遂げれば、日本から持っていった物に何らかの劇的な変化が起こっていると判断することができる。
逆になんの変化も起こらなければ、日本から持っていった物には特別な変化は起こっておらず、あちらの世界の植物や人間に原因があると判断することが出来ると思ったのだ。
リポDや米などの驚異的な効能に関しては、一良に対しては何の効能も発揮していないので、恐らくあちらの世界の人間に原因があるのだろう。
一良自身もあちらの世界に行ってから、特にこれといって特別な力が備わったような実感は皆無なので、この推測は正しいように思えた。
何の恩恵も受けられないように体質が変化しているといった逆チート状態に一良の身体が変質しているとしたら、それこそ原因の追究は毒でも飲んでみない限りお手上げ状態なのだが、それは勘弁願いたい。
別にハーブの苗ではなく種を持っていって向こうで育ててみてもいいのだが、苗だと生長の変化がすぐに目に見えて判るのでありがたいのだ。
とはいえ、売っていないものを無理に売ってくれと頼むわけにもいかず、とりあえず種だけでも買っていくことにした。
「まぁいいや、ここにある種を一通り1つずつもらえます? あとこのガラス製のポットと本も1冊お願いします」
「ありがとうございます。あ、でも、ホームセンターに行けばハーブの苗も売ってると思いますよ? 種もうちより安くて沢山種類があるはずですし」
女性は種の入った袋を纏める手を止め、思い出したように言った。
そんなことを言ってしまったら折角品物が売れる機会をふいにしてしまうかもしれないのにと一良は思ったのだが、表情から察するに素で言っているようである。
「んー、やっぱり種も買うことにします。ホームセンターでは苗だけ買うことにしますよ」
「まぁ、ありがとうございます。これ、私が書いたハーブの育て方を書いたメモなんですけど、よかったら使ってくださいね」
女性は嬉しそうに微笑むと、各ハーブの育て方がイラスト付きで載っているメモのコピーを、ハーブの種袋と同じ数だけ紙袋に入れてくれた。
メモの内容はイラストを含めて全て手書きである。
こうして一良はポットやハーブの種などを購入すると、ハーブの苗やその他の日用品などを買うべく、いつものホームセンターへと向かうのだった。
いつも贔屓にしているホームセンターに到着すると、一良は早速園芸コーナーへとやってきた。
園芸コーナーには花や果物などの苗が沢山並んでおり、一良の捜し求めているハーブの苗も売っている。
一良がハーブの苗を物色していると、それを見つけた店員の一人が小走りでやってきた。
胸に着けてある名札には「主任」と書かれている。
「志野様、本日はどういった物がご入用でしょうか?」
「え? ハーブの苗をいくつか貰おうかと……」
いきなり名前を呼ばれたので少々驚いたが、何度も農具やら肥料やらを大量購入していたので名前を覚えられてしまったらしい。
今日はホームセンターではそこまで大量に物を買う予定はないので、あまり期待されても困る。
「ハーブですか。本日ご用意できるのはここ並んでいるものだけとなっているのですが……必要とあれば明日中にでも大量に取り寄せることができますよ」
「いや、そんなに大量にはいらないです。2、3鉢もあれば十分です」
一良がそう言うと、主任店員は少し拍子抜けしたような表情を見せたが、直ぐに気を取り直すと陳列されているハーブを一つ一つ説明し始めた。
一良はハーブをお茶として飲みはするが育てたことは無かったので、簡単に育てることが出来るハーブにはどんなものがあるのか店員に質問しながら苗を紹介してもらう。
あれこれと説明を受けた結果、丈夫で繁殖力の強いペパーミントとレモングラスの苗を買っていくことにした。
その他に、種を植えるための鉢をいくつかと、それに入れるハーブ用の土も何袋か購入した。
ハーブ栽培に必要な品物を購入した次は、仏さんに供える線香と日本酒である。
線香はホームセンターでも売ってはいるが、そのホームセンターは日本酒を置いていなかった為に、以前米を大量購入したスーパーへ移動した。
店に入ると酒売り場へと向かい、有名どころの飲みやすい日本酒を2本カゴに入れる。
2本もカゴに入れたのは、村長への土産用として試しに1本持っていこうと考えたからである。
あちらの世界に行ってから酒を見たことは無かったが、さすがに存在はしているだろう。
あちらの世界の人間がアルコールを摂取した結果酷いことになったら困るので、とりあえず1本だけ持っていくことにしたのだ。
もし酒を飲む人間がいなかったら、2本とも墓にお供えしてしまえばいい。
線香もカゴに入れ、さあ清算しようと思ったところで目に入ったのがお薬コーナー。
今日の午前中に村人達と話した際、薬についても少し考えたのだが、もしリポDと同じく薬も驚異的な性能を発揮するのであれば、ある程度手元に置いておいて損はない。
使用する分量は気をつけなくてはいけないが、持っていっておいて損はないだろう。
とりあえず機会があれば病気の者に確認を取ってから試してみることにしようと決めると、通常の風邪薬の他に漢方薬も効能を確認しながら複数カゴに放り込んだ。
その他に、真っ白なティーカップを3つと傷に塗る軟膏や包帯、ガーゼなどもいくつかカゴに入れ、清算をするべくレジに向かうのだった。
空が綺麗な夕焼け色に染まり始めた頃、全ての買い物を済ませて山奥にある屋敷に戻った一良は、両手に買い物袋をぶら下げ、いつものように異世界への敷居を跨ぐ。
そうして石畳の通路を抜け、先ほど作ったばかりの墓の前までたどり着くと、日本酒を開けて少し墓に掛けてやり、線香を焚いて手を合わせた。
「墓石も何も無くて申し訳ないけど、今はこれで我慢してください。今度何か作って持ってきます……花も買ってくればよかったか。面目ないです」
そう言って土が丸く盛られているだけの墓に向かって一礼すると、村へ通じる雑木林へと歩き出した。
そしていつものように目印を付けてある木を辿りながら雑木林を抜け、バレッタたちが作業を続けているはずの伐採場に向かう一良の背後の木陰に、小さな人影が一つ。
その人影は一良が見えなくなったのを確認すると、木陰から出てきて雑木林を見ながら首を傾げた。
「……おかしいなぁ、確かにカズラ様はここから出てきたんだけどなぁ」
木陰から出てきたコルツは、雑木林の奥を眺めながら納得がいかない表情で唸った。
コルツは一良が昼頃に雑木林へと入っていった後、自分もついて行ってみようと後をつけて一人で雑木林に入ったのだ。
しかし、しっかりと一良の背中を見ながら雑木林を歩いていたにもかかわらず、いつの間にか一良の姿は掻き消えてしまっていたのである。
そしてなお訳が分からないことに、そのまま歩いて雑木林を抜けた先には見慣れた自らの村があり、元の場所に戻ってきてしまっていたのだ。
「あの兄ちゃん、どう見ても神様には見えないんだけどなぁ。村のみんなは直接聞いたらダメだって言うし、どうすれば分かるんだろ……でも目の前で消えちゃったし、やっぱりグレイシオール様なのかな……」
コルツは日頃、自らの両親や村の大人達から、村の人間が一良をグレイシオールだと気づいていることを絶対に一良に知られてはならないと、耳にタコが出来るほど言い聞かされていた。
コルツのわんぱくぶりを心配した大人が釘をさしてのことだったのだが、コルツとしては言われれば言われるほど一良の正体を確かめてみたくなる。
そこで、以前ミュラと一緒に一良の後をつけたりしたのだが、その時は正体は分からず仕舞い。
今朝、イステリアから帰ってきたミュラにもう一度一良の後を一緒につけようと切り出そうとしたのだが、ミュラがあまりにも楽しそうに旅の話を(主に一良との話)をしていたので、誘っても拒否どころか妨害されかねないと思って諦めたのだ。
本当は一良に直接聞いてしまいたいのだが、大人達はそれは絶対にしてはならないという。
大人達曰く、グレイシオールは正体がばれると村から姿を消し、二度と姿を現さなくなるということなのだが、コルツとしては納得がいかない。
何故納得がいかないのかというと、大人達はグリセア村に古くから伝わっている昔話の内容を理由に、グレイシオールに正体を知っていることを知られてはならないというのだが、その昔話の内容が問題なのである。
コルツが知っているグレイシオールの昔話の内容には、グレイシオールは正体がばれると姿を消すといった話は一切出てこないのだ。
その昔話の内容は、大体こんな内容である。
その昔、アルカディアという国が今ほど大きくなかった頃。
この地域一帯の村々は、長い日照りの末に大飢饉に襲われた。
それに加えてこの一帯を支配する領主は取立てる作物の量を平時と変えず、村人の食料を根こそぎ持っていってしまった。
このままでは飢餓のために村が滅びかねないといった状態になった時。
変わった服を着た一人の男が、何処からともなく村にやってきた。
その男は村の惨状を見ると、何処からか沢山の水や食べ物を運んできては村人達に粥を作って分け与え、飢え死にしかかっていた村人達を救ってくれた。
村人達はその男に大変感謝し、村は息を吹き返した。
しかし、その話を聞きつけた周囲の村々の人々が、救いを求めてこの村に押し寄せてきた。
男は押し寄せてきた村人達を救うべく、もっと沢山の食べ物を必ず持ってくると約束して何処かへと姿を消した。
男が姿を消してから数日間、この村の人々は男の残していった食べ物を押し寄せてきた村人達にも分け与え、何とか食いつないでいた。
不思議なことに、男の持ってきた食べ物は少しの量でも身体に力が沸き起こり、大勢の飢えた人々を救うことができた。
数日後、男が木の台車に沢山の食べ物を載せて村に戻ってきた。
集まっていた人々は大喜びで男を迎えたのだが、そこに男の噂を聞きつけた領主が沢山の家来を従えて現れた。
その領主は欲深く悪いやつで、男を捕らえると食べ物を全て取り上げた。
その上、男の首に縄をくくりつけ、男に食べ物を持ってきた場所まで案内するように強要した。
男は大層悲しそうな顔をすると、一瞬で首の縄を解き、村の林へと向かって走り出した。
領主は縄を解かれたことに激昂し、携えていた剣で何度も男に斬りかかったのだが、男は領主の剣をひらりひらりと華麗にかわし、村はずれにある林に到達すると霧のように忽然と姿を消してしまい、その後二度と姿を現さなかった。
不思議な事に、男を捕らえようとした領主とその家来達は男が消えた直後から謎の病に倒れて数日の内に死んでしまい、村は圧政から解放された。
その上、領主達が死んでからすぐに雨が降って日照りも終わった。
人々は、あの男は慈悲と豊穣の神様であるグレイシオール様に違いない、領主と家来達は神様に斬りかかるという大罪を犯したため、天罰を受けて死んでしまったのだろうと噂しあったという。
とまぁ、このような内容の昔話なのだが、グレイシオールの正体云々のくだりは一切出てこないのだ。
話に出てきた林というのは、今まさにコルツの目の前にある雑木林のことなのだが、村の人々はその雑木林を神聖視して伐採などは一切行わない決まりとなっている。
以前、何人かの不心得者が、先程のコルツのように雑木林へと入っていった事があったらしいのだが、真っ直ぐ歩いて行ったはずがいつの間にか雑木林の入口へと戻ってきてしまうという現象に見舞われたため、なおの事村人達はこの場所を神聖視するようになったのである。
コルツとしても、この雑木林に足を踏み入れたのは今日が初めてである。
以前だったら好奇心よりも得体の知れないものに対する畏怖が勝り、とても雑木林に入る事など出来なかったのだが、20日以上も村で一緒に生活をし、その姿を見慣れた一良が雑木林に入っていくのを見ていくらか畏怖も薄れ、勇気を振り絞って一良の後を追い、雑木林に入ったのだ。
しかし結果はごらんの有様。
夕方頃までコルツがうろうろしている内に一良は何食わぬ顔で荷物をぶらさげて雑木林から出てくるし、何が何やらさっぱりわからない。
コルツはその後も、雑木林を見つめながら暫く唸っていたのだが、周囲に誰もいないことに改めて気付くと急に怖くなり、慌てて村へと逃げ帰るのだった。
その日の夜。
一良はいつものように村長親子と夕食を済ませると、囲炉裏に小鍋を置いてお湯を沸かしていた。
日本から持ってきたハーブを使い、二人にハーブティーを振舞うためである。
お湯が沸くのを待つ間に、ガラスポットに目分量でハーブを数種類取り分け、自らが日本で好んで飲んでいたものと同じものになるようにブレンドする。
一部のハーブは香りが出やすいように、少し手で潰してからポットに入れた。
「ほう、それがハーブというものですか。何かの薬草ですかな?」
「ええ、香りがいい草や花びらなどを乾燥させたものです。お茶の他に料理に使ったりすることもありますし、身体にもいいんですよ」
一良は珍しそうにハーブの入った袋を眺めている村長に、レモングラスの入った袋を手渡す。
村長はそれを受け取ると、眺めた後に袋を少しだけ開け、中の香りを嗅いで微妙な表情をした。
「……変わった香りがしますな」
村長はそう言うと横から覗いていたバレッタにも袋を手渡すが、同じく香りを嗅いだバレッタも微妙な表情をしている。
「そのままだとイマイチな香りに感じるかもかもしれませんけど、お湯で煮出すといい香りになりますよ」
一良は日本から持ってきた紙袋の中から更に数種類のハーブを取り出すと、それを二人に見せながら味や効能などを説明した。
バレッタは一良の説明を聞きながら、一良がハーブと一緒に買ってきたハーブの説明本を開き、載っている写真と見比べながらふむふむと頷いている。
そんなことをしているうちにお湯も沸き、いよいよ実際にハーブティーを作る事となった。
「私が好きな組み合わせのものを淹れますけど、もし口に合わなかったら言ってくださいね。別のを淹れますから」
一良はそう言いながら、小鍋のお湯をガラスポットに注ぎ込む。
ポットの中に入れたハーブは、レモングラス、オレンジピール、ハイビスカス、ローズヒップである。
ガラスポットの中に入っていたハーブたちはお湯を注がれるとふわりと広がり、それぞれの特徴的な色をお湯に溶かし出し始めたが、みるみるうちにハイビスカスの赤色に支配され、ガラスポットのお湯は鮮やかな赤色で統一された。
「わぁ、凄く綺麗ですね。前に本で見たハーブティーと同じ色です」
ガラスポット内のお湯がゆっくりと赤色に染め上げられる様を、バレッタは瞳を輝かせて見つめている。
村長もポットの様子を見ながら、ほう、と感嘆の声を漏らしている。
「本のものとは入れられているハーブの種類が少し違いますけどね」
一良はポット内のハーブが煮出されるのを少し待つと、スーパーで買ってきた白いティーカップにハーブティーを注ぎ入れる。
「どうぞ、お口に合うといいんですが」
バレッタと村長は一良からカップを受け取ると、カップから立ち上る爽やかな香りに頬を緩ませた。
先程の乾燥状態のハーブとは違い、中々にいい香りがする。
「いただきます……んっ、少し酸っぱいけど美味しいです!」
「うむ、これは美味い。酸っぱさも梅干とは違った酸っぱさですな。それに何と言っても香りがいい」
そう言って美味しそうにハーブティーを飲む二人を見て、一良はほっと胸を撫で下ろした。
初めてハーブティーを飲む二人には是非とも楽しい思いをしてもらいたかったのだが、なんとか上手くいったようである。
「おお、そうですか、よかったです。他にも色んな種類のハーブがありますから、組み合わせ次第で様々な味と香りが楽しめますよ」
一良はそう言って二人を見ながらハーブティーを口にしたのだが、折角なら蜂蜜も持ってくればよかったと自身の詰めの甘さに頭を掻くのだった。




