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228話:律儀な兵士

 数時間後、上映会と昼食を終えた一良たちは、街なかの軍事施設内にある訓練場へとやって来ていた。

 数人の近衛兵が改良型クロスボウを手に整列し、50メートルほど離れた場所で台座に固定された鎧に照準を合わせている。

 その背後では、グリセア村の村人たちがハンドキャノンに火薬を詰めて射撃準備を行っていた。

 そのほかにも、カノン砲やカタパルト、ラタに着ける鐙、兵士の携帯用土木工具のリゴとドラブラといったものが並んでいる。


「用意……撃てっ!」


 近衛兵長の号令とともに、クロスボウから一斉にボルトが発射された。

 高速で射出された鉄のボルトが、鈍い音とともに鎧に突き刺さる。

 傍にいた兵士が鎧を取り外し、皆の下に運んできた。


「このとおり、あの程度の距離ならば鎧を貫通いたします。先ほど見ていただいた会戦のように、兵を多段に配置すれば連続射撃も可能です」


 ナルソンの説明に、エルミアたちが感心した様子で頷く。

 ダイアスもすでに落ち着いており、黙ってエルミアの隣に控えている。


「ううむ、深々と刺さっているな。鉄鎧でも、防ぐことができないのか」


 エルミアが、鎧に突き刺さっているボルトを掴む。

 ぐりぐりと動かすが、深く刺さったボルトは当然ながら抜けない。


「ナルソンよ、イステール領ではすでにクロスボウの大量生産を行っていると言っていたが、一般の武具の生産に支障は出ていないのか?」


「はい。鍛造機や製材機といった工作機械を多数導入して生産力が底上げされているので、むしろその他の品についても生産量は増えています。それらの工作機械も、見本と設計図を持ち帰っていただいて――」


「カズラさん」


 一良がナルソンたちのやり取りを見守っていると、バレッタが手投げ爆弾を手に駆け寄って来た。

 一人で邸内の倉庫に、それを取りに行っていたのだ。


「お、ありがとうございます。それを使って見せるのは最後にしましょうか」


「分かりました。えっと、それとは別に、コルツ君から伝言を頼まれていて」


「え? コルツ君?」


「はい。カズラさんに会ってもらいたい人がいるって言っていて。ウッドベルっていう兵士さんらしいんですけど」


「ウッド……ああ、ジルコニアさんの代わりに、コルツ君に剣術を教えてくれているっていう人でしたっけ」


 先日、コルツと話した内容を一良は思い起こす。

 コルツは黒い女性から「剣術をジルコニアに教わるように」と言われていたが、それが叶わないので、代わりに仲良くなった兵士に教えてもらっている、と話していた。

 その時に確かコルツは、「ウッドさん」と言っていたはずだ。


「はい。その兵士さんが、一度カズラさんに挨拶をしたいって言っているらしいんです」


「俺に挨拶? どうしてです?」


「それが、『カズラ様を守るコルツ君に剣を教えるからには、カズラ様に挨拶もしないでいるのは失礼だ』って言っているらしくて」


「ふーん……ずいぶんと律儀な人ですね。そんなこと、気にしなくてもいいのに」


「はい。私もコルツ君にそう言ったんですけど、どうしてもって言っているらしくて。あの、カズラさんの代わりに、今から私が話してくるのでもいいですか?」


「バレッタさんが?」


 きょとんとする一良に、バレッタが頷く。


「はい。お礼は私から言っておきますから」


「いや、それなら俺も一緒に行きますよ。そこまで――」


「いえいえ、大丈夫ですから。ちょっと行ってきますね」


 バレッタは一良の返事を待たず、手投げ爆弾を一良に手渡すと、訓練場の門へと駆けて行ってしまった。


「カズラ、どうしたの?」


 バレッタと何やら話していた一良に気付き、リーゼが声をかける。


「ん? いや、コルツ君に剣術を教えてくれてる兵士さんが、俺に挨拶したいって言ってるらしくてさ。バレッタさんが、俺の代わりに話しに行ってくれたんだ」


「挨拶って……ちょっとその人、常識なさすぎるでしょ。そんなの、受けちゃダメだよ」


 リーゼが顔をしかめる。


「え、そうなのか?」


「当たり前でしょ。考えてもみなよ。屋敷で働いてる侍女の友達とかが、『普段その娘が世話になってるから、ナルソン様に挨拶したいから会わせて欲しい』とか言って、その侍女に頼むようなものだよ? そんなの、通ると思う?」


「……確かに、無茶苦茶だな」


「でしょ? 工房に視察に行ってる時に、そこにいる職人に挨拶されるのとはわけが違うんだから。誰彼構わず簡単に会いに行くのなんて、やっちゃダメだよ」


「う……ご、ごめん」


「あ、別に怒ってるわけじゃなくて!」


 しゅんとしてしまった一良に、リーゼが慌てる。


「その、会うにしても、ちゃんと面会ってかたちにしたほうがいいってこと。手順はきちんと踏まないとね」


「うん、そうだな。これからはそうするよ」


 一良たちがそんな話をしているうちに、今度はハンドキャノンの射撃を行うことになった。

 的として山積みにされたナツイモの山に向けて、数人の村人たちが照準を合わせる。

 数秒して、盛大な射撃音が訓練場に響き渡った。




 バレッタが訓練場の門を出ると、コルツが待っていた。

 見張りの兵士がすぐに、門を閉める。


「バレッタ姉ちゃん、カズラ様はなんて言ってた?」


「カズラさんはお仕事が忙しくて、挨拶はちょっと無理なんだ。代わりに、私がウッドベルさんに会うよ」


 にこっと微笑むバレッタに、コルツが少し残念そうな顔になる。


「うーん、本当はカズラ様に会って欲しいんだけど……ウッドさん、カズラ様にすごく会いたがってたし。きっと、残念がると思う」


「ごめんね。でも、カズラさんはすごく忙しいから。今から、私が挨拶に行っても大丈夫かな?」


 バレッタが言うと、コルツは渋々といった様子で頷いた。


「……うん。付いて来て」


 バレッタはコルツに連れられて、軍事施設内を進む。

 その時、どかん、というハンドキャノンの射撃音が訓練場から響いた。

 近場にいた非番の兵士たちの何人かはそちらに目を向けたが、ほとんどが気にする様子も見せずに雑談したり、洗濯物を干したりしている。

 皆、慣れ切ってしまっている様子だ。

 どちらかというと、普段この場所ではあまり目にすることのない、若い女性のバレッタに視線が向いていた。


「そういえば、コルツ君はこの場所にはよく来てるの?」


 勝手知ったる様子で歩くコルツに、バレッタが聞く。


「うん。父ちゃんと母ちゃんも、訓練をしによく来るよ」


「あ、そっか。村の皆も、ここで訓練してるんだもんね」


 イステリアに残っているグリセア村の村人たちは、いつも交代で一良の警護に当たっている。

 といっても、一良の傍に付いて回るのは、一良が外出する時のみだ。

 普段は兵士たちに混ざって訓練を行ったり、料理や買い出しの手伝いといった雑用をこなして過ごしている。


「俺も皆と訓練したかったけど、子供は邪魔だからって近寄らせてももらえないんだ」


「そっか……お父さんに、剣術を教わったりはしないの?」


「父ちゃん、剣は下手くそだもん。型もろくにできてなかったし、俺の方が上手いと思う」


「そ、そうなんだ」


「バレッタ姉ちゃん、砦の戦いって、どんな感じだったの?」


 コルツは歩きながら、バレッタを見上げる。


「んー……兵隊さんたちがすごく頑張ってくれて、あっという間に終わっちゃったよ」


「カズラ様が危なくなるようなことはなかった?」


「うん、大丈夫だったよ。村の皆が護ってくれてたし、ずっと私も傍にいたから」


「バレッタ姉ちゃんも、敵と戦ったの?」


 心配そうに言うコルツに、バレッタが微笑む。


「ううん。私は何もしてないよ。全部兵隊さんたちがやってくれたから、なにも危ないことなんてなかったし」


「そうだったんだ。はあ、俺も一緒に行きたかったなぁ。イステリアに来てから、ずっと留守番ばっかりだし」


「留守番だって、大切なお仕事だよ? 待ってくれてる人がいるから、皆頑張れるんだから」


「でも、俺はお姉ちゃんにカズラ様の傍にいろって言われてるんだもん。お姉ちゃんとの約束、全然守れてないしさ」


 酷く不満そうに、コルツが言う。

 それを見て、バレッタが苦笑する。


「できることとできないことがあるんだから、仕方がないよ。そういえば、その女の人とは、あれから会ったことはあるの?」


「ううん。一度も会ってないよ」


「そっか。もしまた会ったら、教えてもらってもいいかな? それとできれば、私も会ってみたいの」


「うん、分かった。会ったら言っておくね」


 そうしてしばらく歩き、一棟の兵舎の前にやってきた。

 ベンチに座って仲間の兵士たちと雑談しているウッドベルに、コルツが駆け寄る。


「ウッドさん」


「お、戻って来たか。どうだった……って、そちらのお嬢さんは?」


 ウッドベルに目を向けられ、バレッタがぺこりと頭を下げる。


「バレッタといいます。カズラさんの代わりに、挨拶に来ました」


 バレッタが名乗ると、ウッドベルは少し驚いたような顔になった。

 すぐに立ち上がり、バレッタに駆け寄る。


「す、すみません! わざわざ来てもらっちゃって! ええと、カズラ様の側近のかたですよね?」


 ウッドベルの言葉に、一緒にいた兵士たちが驚いた表情で慌てて立ち上がった。


「はい。カズラさんはちょっと手が離せないので、代わりに私が。いつもコルツ君に剣術を教えてくれているんですよね?」


「ええ。こいつ、けっこう見込みがあって、めきめき腕を上げてるんですよ!」


 ウッドベルが、コルツの頭をぐりぐりと撫でまわす。


「ちょ、ちょっとウッドさん! やめてよ!」


「ん? なんだよ、褒めてやってんのに」


「それは嬉しいけど、髪の毛がぐちゃぐちゃだよ……」


「おお、悪い悪い。はは」


 ウッドベルが笑いながら、コルツの頭から手を離す。

 見ている兵士たちからも笑い声が上がった。

 その様子に、バレッタも笑顔になる。

 皆、とても仲が良さそうだ。

 コルツも彼らと一緒なら、気負わずに日々を過ごせているだろう。


「いつもコルツ君のこと、ありがとうございます。本当は、剣術は私が教えてあげられればよかったんですが」


「いえいえ、俺もちょうど暇だったし、こっちに引っ越してきたばかりで友達も欲しかったんで。構ってもらってるのは俺のほうですよ」


 ウッドベルは爽やかな笑顔を見せると、ふと、バレッタの腰に下がっている長剣に目を向けた。


「あの、失礼な質問かもしれませんが、バレッタ様も剣を使うんですか?」


「はい。一応、カズラさんの護衛をしているので」


「そうなんですか。いや、こんな綺麗な人が剣を使うなんて……ううむ、想像しただけでかっこいいですね!」


 ウッドベルの言葉に、兵士たちも「確かに」と頷く。

 女性の兵士もいることはいるのだが、かなり少数なうえに、バレッタくらいの年齢の兵士は非常に稀だ。

 バレッタはそれをお世辞と受け止め、にっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。えっと、それで……もしよければ、これからもコルツ君に剣術を教えてもらえると……」


「もちろんです! ちゃんと一人前になるまで面倒見ますから!」


 即答するウッドベルに、バレッタはほっとした。

 コルツも懐いている様子だし、ウッドベルも人となりは悪くなさそうだ。

 他にもたくさん兵士はいることだし、皆がコルツを気にかけてくれるだろう。


「よかった。ありがとうございます。部隊長さんにも、私からお礼を言っておきますね」


「えっ、いいんですか!? いやぁ、うちの教官、ものすごく厳しくて参ってるんですよ。ウッドベルはよくやってるんだぞって、言っておいてやってください」


「ふふ、分かりました。では、私はそろそろ戻りますね」


「はい! わざわざおいでいただいて、ありがとうございました!」


 びしっと胸に拳を当てて敬礼するウッドベル。


「こちらこそ、お時間を取らせてしまって、ありがとうございました。それでは」


 バレッタは微笑んで答礼すると、訓練場へと戻って行った。


「……なあ、コルツ!」


 ウッドベルが去っていくバレッタの背を見ながら、コルツの肩を組む。


「な、なに?」


「あの人、めちゃくちゃ可愛いな! あんな可愛い知り合いがいるなら、もっと早く教えてくれよ!」


「ああ、バレッタ姉ちゃんなら、諦めたほうがいいよ。カズラ様にしか興味がないみたいだから」


 コルツが言うと、ウッドベルは不思議そうに小首を傾げた。


「興味がない? もしかして、カズラ様の恋人なのか?」


「んー……どうなんだろ。分からないけど、2人ともすごく仲はいいよ」


「……あのさ。カズラ様って、リーゼ様の婚約者だって話を聞いたことがあるんだけどさ。コルツは何か知らないか?」


 ウッドベルの質問に、コルツが少し迷惑そうな顔になる。


「知らないよ。でも、リーゼ様もカズラ様と仲がいいよ。リーゼ様とバレッタ姉ちゃんも、すごく仲良しだし」


「ふーん……」


「だから、バレッタ姉ちゃんのことは諦めたほうがいいよ。絶対に無理だから」


「ウッド、残念だったな!」


「まあ、もとから手の届くような女じゃないけどな。ていうか、お前、よくあの人がカズラ様の側近だって知ってたな」


 野次を飛ばしてくる兵士たちに、ウッドベルが苦笑いを浮かべる。


「いや、知ってるもなにも、あの人自分から『カズラさんの代わりに』って言ってたじゃんか。側近だって考えるのが普通だって」


「ああ、言われてみれば、確かにそうか」


「ウッドさん」


 兵士と話しているウッドベルに、コルツが声をかける。


「今日も、剣術は教えてくれる?」


「おう、もちろんだ! ほら、そこに木剣も用意してあるからさ。取って来いよ」


「うん!」


 ベンチに置かれている木剣に、コルツが駆け寄る。

 ウッドベルはそんな彼から視線を外し、遠目に去っていくバレッタに目を向けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前科?あるし、バレッタさんに興味持つ人は、スパイ臭がしてしまい怪しく見える。
[一言] ウッドベルが俄然怪しくなってきたぞw スパイかも?
[一言] スパイフラグを匂わせておいて、違ったら良いけど。 コルツ君が身を挺して~みたいにならないと良いなぁ。
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