222話:REC
一方その頃。
邸内の会議室では、ナルソンがダイアスから質問攻めにあっていた。
内容は、先ほど見せられた動画についてと、一良が話していた内容、そして一良についてだ。
ナルソンの隣にはジルコニアも控えており、2人のやり取りを黙って聞いている。
「だから、何度も言っているじゃないか。あのおかたは、本物のグレイシオール様なのだよ」
やれやれといった様子で、ナルソンがため息交じりに言う。
「しかし、どう見てもただの人間にしか見えないぞ。あの男がグレイシオール様だという証拠はあるのか!?」
必死の形相で言うダイアス。
よほど切羽詰まっているのか、額には汗が浮かんでいた。
「今手にしている、それがあるではないか」
ナルソンが、ダイアスが手にしているサイリウムに目を向ける。
黄色に光り輝くそれは、ダイアスの手の中で強く光り輝いていた。
「む……だ、だが、これは何かこう……そう! ただの道具ではないか! 彼自身が神であるという証拠はないのかと聞いているのだよ!」
「そうは言ってもだな……ダイアス殿は、いったい何を見れば信じてくれるのだ? 先ほど見た天国と地獄の様子だけでは足りないのか? あんなものを見せることができるなんて、神以外にありえないではないか」
「いや、しかし……」
ダイアスが膝に目を落とし、口ごもる。
それに追い打ちをかけるかけるように、ナルソンが口を開く。
「ダイアス殿。いろいろと思うところもあるだろうが、納得するしかないのだ。私とて、このままだと地獄行きだと、グレイシオール様に言い渡されているのだからな」
「っ!? ナ、ナルソン殿もか!?」
「うむ」
険しい表情で、ナルソンが頷く。
もちろん、ナルソンは一良にそんなことは言われていない。
ダイアスを落ち着かせるための方便である。
「領地を統治するためとはいえ、口に出すことすらはばかられるようなことを、私もいろいろしたよ。地獄行きと言われても、当然の結果だと納得もしている」
「諦めたというのか!? そんな――」
「まあ聞け」
取り乱すダイアスを、ナルソンが制する。
「カズラ殿が……グレイシオール様が言っていただろう。『将来、死後の扱いは、今後の行動一つで変わります。そのことをお忘れなきよう』と。これがどういうことか分かるか?」
「……過去に過ちを犯していても、これから善行を積めば地獄行きを回避できるということか?」
「うむ、そのとおりだ」
ナルソンがしっかりと頷く。
「そ、それは本当なのか!? 間違いないのだな!?」
「ああ。グレイシオール様に確認を取ったからな。間違いない。でなければ、こうして冷静になどいられるものか」
「そ、そうか……しかし、善行とはいっても、何をすればいいのだ? 民に金をばら撒けばいいのか?」
さっぱり分からない、といったふうにダイアスが言う。
ナルソンは内心呆れながらも、顔には出さずに「そうだな……」と考えるそぶりをする。
「ダイアス殿。失礼な問いかもしれないが、貴君はいったいどんな過ちを犯してしまったのだ? もしよければ、話して聞かせてくれないだろうか」
「む……」
ぐっと、ダイアスが表情を歪める。
「過ちの内容を教えてくれれば、私としても何か助けになれるかもしれん。これでも一応、1年近くグレイシオール様と共に過ごしているのでな」
「……グレイシオール様に、口利きをしてくれるというのか?」
ダイアスがいぶかしんだ顔でナルソンを見る。
「口利きとまではいかないが、何とかしてやれないだろうかという相談くらいはできるだろう。ダイアス殿が地獄の亡者どもに未来永劫責め苦を味わわされないよう、手を回してやることができるやもしれん」
「み、未来永劫……」
「うむ、未来永劫だ。地獄に落ちるということは、そういうことらしいからな」
重々しく言うナルソン。
ごくり、とダイアスが生唾を飲む。
ジルコニアは顔を伏せ、髪で顔を隠してプルプルと震えている。
今にも噴き出しそうなのを必死で堪えているのだが、ダイアスの目にはそれが彼女が怯えているように映った。
「……本当に、口利きをしてくれるのか?」
「貴君は私の盟友だ。できる限りのことはしよう。約束する」
ナルソンが即答する。
「もっとも、グレイシオール様もあの世行きの沙汰を取り仕切っているわけではない。私が相談させていただいて、グレイシオール様が納得してくだされば、今度はグレイシオール様がリブラシオール様のような神に口利きをしてくれるかもしれないという話だ。もちろん、ダイアス殿が今から善行を積むことが大前提だがな」
「そ、そうか……確かに、そういうツテがあるならば、なんとかなるかもしれんな」
ダイアスが納得したように頷く。
リブラシオールとは、すべての神を統括する元締めのような存在である。
グレイシオールやオルマシオールのように特定の役割を持たず、神同士がいざこざを起こさないように間を取り持ったり、太陽と月が交互に天に上るのをサボらないように見張っていたりしていると考えられている。
直接人々に手を下さないが、絶対的な存在とされている神だ。
「うむ。カズラ殿なら、それが可能だ。正直に過ちを告白し償えば、きっと救いの手を差し伸べてくれるだろう。何しろ、カズラ殿は慈悲と豊穣の神なのだからな」
「……分かった」
ダイアスが重々しく言い、ナルソンを見る。
「貴君に洗いざらい話そう。だが……」
ちらりと、ダイアスがジルコニアを見る。
ナルソンはそれで察し、ジルコニアに顔を向けた。
「ジル。すまないが、席を外してくれ」
「……ええ、分かったわ」
ジルコニアが、うつむいたまま席を立つ。
そのまま顔を上げずに扉に向かい、静かに退出した。
「ルグロさん、食堂で下働きをしてたって言ってましたけど、どういう経緯があってそんなことしてたんですか?」
ルグロと並んで廊下を歩きながら、一良が彼に話しかける。
「えっとだな……俺、王城での生活が窮屈で嫌いでさ。14、5歳くらいの頃から、よく王城を抜け出して城下町に遊びに行ってたんだよ」
苦笑しながら、ルグロが言う。
「初めて城下町に行った時に、たまたま知り合った奴がいてさ。あちこち街を案内してくれたんだ。それで、そいつの友達とも仲良くなって、毎日遊びまわってたんだ」
「ま、毎日ですか。その知り合った人って、平民のかたってことですよね?」
「いや、案内してくれた奴は貴族の息子だ。そこら一帯のガキ大将だった奴だ」
「ガキ大将ですか。見慣れない奴が来たから、声をかけられたってことですかね?」
「ああ、そんな感じだな。で、いろんな場所に遊びに連れて行ってもらったり、店で飯を奢ってもらったりしてたんだけど、奢られっぱなしってのはさすがに悪いだろ? でも俺、金なんて1アルも持ってなかったし、かといって王城を抜け出してるのに、親にせびるってのはさすがに無理だし。どうしたらいいかなって考えたけど何も思いつかなくて、そいつらに『金を手に入れるにはどうすればいいんだ』って聞いたんだよ」
昔を懐かしんでいるように、ルグロが言う。
後ろで話を聞いているリーゼは内心ドン引きで、笑顔が引きつっていた。
隣を歩くバレッタが、ちらちらと横目で心配そうに彼女を見ている。
「そしたら、そいつらが『金が欲しいなら働くしかないだろ』って教えてくれてさ。いつも飯を食ってる下町の大衆食堂に頼み込んで、通いで働かせてもらえることになったんだ」
「す、すごい話ですね……でも、王城を抜け出したりして、大騒ぎにならなかったんですか?」
「んー、まあ、なってたみたいだな。近衛兵とか教育係が追っかけて来るから、毎回それを撒くのが楽しかった記憶がある。1年くらいしたら、誰も何も言わなくなったぞ」
「そ、そうですか」
一良がそう言った時、廊下の先から、ジルコニアがすごい勢いで走ってきた。
彼女は一良たちに気付くと、慌てて急ブレーキをかけた。
「あ、ジルコニアさん。どうしたんです? そんなに急いで」
「す、すみません! 時間がなくて! 通してください!」
ジルコニアは一良たちの脇をすり抜け、奥にある作業部屋へと飛び込んで行った。
「なんだ? ずいぶん慌ててたな」
ルグロが怪訝な顔で、遠目に見える作業部屋の扉を見つめる。
「ですね。ジルコニアさんがあんなに慌てるなんて珍しいな……俺、ちょっと様子を見てくるんで、先に行っててもらってもいいですか?」
「おう。早く来いよ。料理は作るのも食べるのも、皆でやったほうが楽しいからな」
「了解です。部屋に戻ったついでに、なにか珍しい食材を持って行きますね」
「カズラ様、私も行きます」
歩き出そうとする一良に、リーゼが声をかける。
「ん、そうか。バレッタさん、マリーさん、ルグロさんたちのこと、お願いしますね」
「はい」
「かしこまりました」
一良とリーゼがルグロたちと分かれ、来た道を引き返す。
一良は歩きながら、隣のリーゼに目を向けた。
リーゼは目が据わっており、小さく肩で息をしている。
「リーゼ、深呼吸しろ。落ち着け」
「はあ、はあ……うう、こんなに我慢するの、久しぶりだわ」
「そんなに、ルグロさんのことダメか?」
「ダメっていうか、話を聞いてるだけで、毎日我慢のしっぱなしだった頃の自分を思い出しちゃって、なんだか無性に腹が立つのよ。力いっぱい頬を引っ叩いてやりたくなるわ。ふふ……」
謎のどす黒い笑みを浮かべるリーゼ。
そんな彼女に、一良が苦笑する。
「そうだよな。リーゼは今までずっと我慢ばっかりしてきたんだもんな。ほんと、よく頑張ってきたよ。偉いと思う」
「えっ。……あ、ありがと」
てっきり窘められると思っていたところに予想外の言葉を貰い、リーゼがたじろぐ。
「でもほら、今はもう、昔みたいに我慢しないといけないことなんてないしさ。ルグロさんみたいな人を見ても、『ああ、こういう人もいるんだな』くらいに考えて、どーんと構えていればいいんじゃないか?」
「う、うん。分かった」
「よしよし。偉いぞ。さすがリーゼだ」
ぽんぽんと一良がリーゼの頭を撫でる。
そうこうしているうちに作業部屋に到着し、一良が扉を開いた。
中では、ジルコニアがソファーに座り、テーブルに置かれた小さな機械を凝視していた。
「ジルコニアさん、何してるんです?」
「カズラさん! 早くこっちに! 始まっちゃいますよ!」
ジルコニアの目の前にある機械、監視カメラのモニターから、ぼそぼそとした話し声が響く。
一良とリーゼは顔を見合わせると、ジルコニアの下へと歩み寄った。
『ナルソン殿、もう一度聞くが……過ちを正し、善行を積めば、本当に地獄行きは免れるのだな?』
『うむ。グレイシオール様がそうおっしゃっていたのだ。間違いないだろう』
『ううむ……ううむ……」
「……ナルソンさんとダイアスさん? もしかして、盗み聞きしてるんですか?」
モニターには、窓が締め切られた薄暗い会議室内で机に向かう、ナルソンとダイアスが映っていた。
2人とも、酷く深刻そうな顔をしている。
ダイアスは膝に目を落とし、顔に大量の汗をかいている。
ナルソンはそんな彼を、じっと見つめている。
「ええ。すごく面白いものが見れそうなんです。2人とも座って」
ジルコニアがわくわくした表情でそんなことを言う。
一良とリーゼがソファーに座り、モニターを見る。
ダイアスは「ううむ」と唸るばかりで、いっこうに話し出さない。
ナルソンは埒が明かないと見たのか、やれやれといったように口を開いた。
『ダイアス殿、まずは、比較的小さいと思われる過ちから話してみてはどうだ? 1つ1つ、しっかりと過ちを認めることから、贖罪は始まると思うのだが』
『小さなものから1つ1つだと? 例えばどんなものだ?』
ダイアスが顔を上げ、困惑したように問い返す。
『そうだな……強制的に女を連れてきて相手をさせたとか、反抗的な市民を縛り首にしたとか、そんなところではどうだ?』
『そんな細かい話、いちいち覚えていないぞ。第一、そんなものは我ら為政者の権利ではないか』
さも当然といったように、ダイアスは憮然とした表情で言い放った。




