220話:余計なもんはかなぐり捨てて
翌日の昼過ぎ。
ナルソン邸の広場は物々しい雰囲気に包まれていた。
数百人の護衛の騎士に護られて、国王が乗った馬車が広場に入ってくる。
「おお、えらく立派な馬車だな。さすが国王専用ってだけのことはあるな」
金銀の細工で飾り付けられた豪奢な個室馬車に、一良が感心した声を漏らす。
馬車はかなり大きなもので、8畳サイズの部屋が丸ごと移動しているような作りになっている。
昨日、ルグロたちが乗っていた馬車もかなり大きかったが、ここまでの大きさではなかった。
「すごいよね。ちょっと憧れちゃう」
リーゼが同意するように頷く。
イステール家の馬車もそれなりに豪華だが、大きさ的には王家の物の半分程度だ。
「あれか、王家とか領主によって、大きさって決まってたりするのか?」
「決まってるってわけじゃないけど、目上の家のものより大きくならないように気を使ってる感じかな。飾り付けもそうだと思うよ」
「なるほど。下が気を付けないといけないわけか」
「もしかしたら、今日からはカズラが一番大きい馬車を使うことになるかもね。どう考えても、立場的に一番上だし」
「うわ、めんどくせぇ……そういうの、俺は苦手だなぁ」
そんな話をしているうちに、馬車が一良たちの前までやって来た。
皆で深く腰を折り、国王たちが降りてくるのを待つ。
「出迎えご苦労。顔を上げよ」
皆が顔を上げる。
白髪白髭の『いかにも』な老人が、皆を見渡した。
この国の国王、エルミア・アルカディアンだ
「ナルソン、ルグロはどうした?」
「殿下は、中でご子息たちと――」
「おじいちゃん!」
ナルソンが言いかけた時、屋敷の中からロンが駆けてきて、エルミアに飛びついた。
「おお! ロン、ひさしぶりだな!」
それまでの威厳たっぷりな表情を途端に崩し、エルミアが満面の笑みでロンを抱き上げる。
国王ではなく、1人の孫が大好きなおじいちゃんになっていた。
ロンに続いて、末妹のリーネを抱っこしたルグロが、双子の姉妹とルティーナを連れて現れた。
「父上、長旅ご苦労様です」
「うむ。友達とは会えたのか?」
「ああ、会えたぞ。カズラ、父上に挨拶を」
ぽん、とルグロが一良の肩に手を置く。
一良はいきなりそんなことを言われるとは思っておらず、ぎょっとした顔をルグロに向けてしまう。
「ほう、貴君がそうだったのか。初めて見る顔だな」
「は、はい。カズラと申します、よろしくお願いします」
「うむ。とても話の合ういい友人だと聞いておるぞ。粗野で少しばかり常識が足らん息子だが、悪い奴ではないのだ。今後も仲良くしてやって欲しい」
ロンを抱っこしながら、人懐っこい笑みを浮かべるエルミア国王。
ナルソンとジルコニアは面食らっているのか、唖然とした顔でエルミアを見ている。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
「父上、あんまりカズラに雑な物言いはしないほうがいいぞ。最近噂になってる、グレ――」
「あ、ルグロさん、その話はまた後でお願いします。皆に同時に説明したいんで」
この場でグレイシオールがどうのこうの言い出そうとしたルグロを、一良が慌てて止める。
「お、そうだったか。その、『見せたいもの』っていうのは、すぐに見せてもらえるのか?」
「はい。準備はできているので、他の領主たちが到着次第、お見せしますよ」
「バイクは、まだ父上には見せちゃダメか?」
「それも、また後でということで」
ぽんぽんとやり取りをする一良とルグロに、エルミアが怪訝そうな顔になる。
「そんな顔すんなって。すぐに分かるからさ」
「おじいちゃん、すごいんだよ! 馬車より速くて、すごく大きな音が出る乗り物なんだ!」
「おお? そうなのか? それは楽しみだなぁ!」
ロンの話に、顔をくしゃくしゃにして微笑むエルミア。
デレデレである。
「おじいさま、私も抱っこ!」
「おお、リーネもおいで。ロン、リーネと交代しておくれ」
「えー? もっと抱っこしてて欲しいよ」
「2人一緒には無理だなぁ。腰をいわしてしまうわい」
「前はしてくれたよ?」
「2人とも大きくなってしまったからな。いやはや、本当に大きくなったものだ」
「……デレデレですね」
そんな彼らのやり取りに、バレッタが小声で一良に言う。
「ですね……孫は自分の子供よりかわいいって聞きますし、しょうがないんじゃないですかね」
「そうなんですか……そっか、お父さんも、孫ができたらああなるのかな……」
「きっとなると思いますよ」
「カズラは、子供何人欲しい?」
リーゼが一良に流し目を送る。
「男の子と女の子1人ずつ欲しいかな……って何言わせるんだお前は」
「えへへ。そっか、2人かぁ……えへへ」
「戻ってこい。トリップすんな。おーい」
頬に手を当ててうねうねしているリーゼの肩を一良が揺すっていると、広場に別の馬車が入ってきた。
どうやら他の領主たちも到着したようだ。
数十分後。
ナルソン邸の一室で、国王一家とフライス領領主のヘイシェル・フライス、グレゴルン領領主のダイアス・グレゴルンが、スクリーンに向けられた椅子に腰かけていた。
部屋に入るなり席に着かされ、よく分からないまま灯りが消されて暗くなり、皆困惑顔だ。
一良とバレッタは、スクリーンの横の机でパソコン画面を見ながら、動画を再生する準備をしている。
リーゼは皆に、大サイズの紙コップに入ったポップコーンを配っていた。
ちなみに、子供には不適切な映像が多数含まれているからということで、ルグロの子供たちは別室でエイラとマリーが相手をしている。
「ナルソン殿、いったい何が始まるのだ? あと、彼らの前にある板のようなものが光っているように見えるのだが……」
ダイアスが、落ち着かない様子で隣に座るナルソンに話しかける。
「うむ。まあ、見ていれば分かるよ」
「いや、そうは言うが……何が何だか、わけが分からんのだ。何であの板は光っているのだ?」
「あれはパソコンといってな。計算できたり書類が作れたりと、何かと便利な道具なのだよ」
「は?」
「えー、大変お待たせいたしました……あれ? 音が……」
ハンドマイクを手にした一良が、焦った様子でマイクを叩く。
「カズラさん、スイッチがオンになってないです」
「あ、しまった。ダメだな、緊張しちゃって」
一良がハンドマイクのスイッチを入れ、ぽんぽんと軽く叩く。
部屋中に大きな音が響き、ダイアスたちが「うお」と驚いた声を上げた。
「えー、ただいまより、皆様には実際の地獄と天国の映像を見ていただこうと思います。司会進行は私、グレイシオールが務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
「グレ……なんだって? 今、グレイシオールと言ったのか?」
ヘイシェルがナルソンの肩を掴んで揺さぶる。
「うむ。あのおかたが、グレイシオール様だ」
「グレイシオール様って……イステール領にはグレイシオール様が現れたという噂が流れていると聞いていたが、まさか」
「噂は本当だよ。まあ、見ていれば分かる」
「バレッタさん、お願いします」
「はい」
バレッタがパソコンを操作し、動画を再生する。
ゴゴゴ、という地鳴りのような音とともに、真っ暗な背景にこちらの世界の文字で『地獄』と表示された。
部屋の四隅にはスピーカーが設置されており、迫力のある音声が楽しめるようになっている。
『死とは、すべての始まりにすぎない』
『正しく生きた者には、死の先の喜びを』
『悪事に手を染め続けた者には、死の先の絶望を』
『死の先にある世界の一片を、ここに記す』
「ちょ、ちょっと待て! これはいったい何なのだ!?」
エルミアが驚愕の表情で立ち上がる。
一良は動画を一時停止した。
その隣のルグロは真剣な表情で、黙ってスクリーンを見続けている。
「座ってください。続きを見れば分かります」
「いや、座れと言っても――」
「父上、座ってくれ。とりあえず、これを見てみようじゃないか」
「う、うむ」
ルグロに諭され、エルミアが座る。
文字に続けて映像が流れ始め、阿鼻叫喚の地獄絵図が再生された。
皆口を閉ざし、目を点にして動画を見続けている。
「ひっ!」
男がゾンビに内臓を食われているシーンが流れ、ルティーナがか細い悲鳴を漏らした。
エルミアやダイアスたちも、額に脂汗を浮かべている。
しばらくして地獄の動画が終わり、続けて天国編が始まった。
先ほどとは打って変わって、美しい海と海上コテージが映し出される。
皆、一言も声を発さずに上映は進み、数分して動画が終了した。
一良がマイクを手に取り、スイッチを入れる。
「お疲れ様でした。これが、死後の世界です。死ぬ前の行いにより、死後どうなるかがこうして分かれるというわけですね」
「……ええと、グレイシオール様? 少しいいですかな?」
それまで一言も話さずにいたヘイシェルが、手を挙げる。
「はい、ヘイシェルさん。どうぞ」
「何分、急なこと続きで、我々は何が何やらといった状態でして。状況の説明をしていただけるとありがたいのですが」
堂々とした物言いをするヘイシェル。
落ち着いているように見えるが、よく見るとその瞳には興奮が宿っているのが分かった。
自信ありげというか、安心した、といった雰囲気すら感じられる。
「分かりました。まず、今までの経緯ですが――」
ナルソンと打ち合わせしておいたとおりに、一良が今までのイステール領復興の経緯を説明する。
説明内容は、グレイシオール伝説をなぞったものだ。
グリセア村に現れたグレイシオールに偶然気付いたナルソンが、誠心誠意頼み込んで領地の復興のために協力をとりつけたという筋書きである。
ひととおりの説明が終わると、ヘイシェルは「なるほど」と納得したように頷いた。
「ありがとうございます。今までのことすべてに納得がいきました。今回のこの催しは、我らにもグレイシオール様の名の下に、一致団結せよということ伝えるためですね?」
「そのとおりです。ご理解いただけてよかったです」
「父上、これではっきりしたな。もう、自領だ他領だなんて言ってる場合じゃなくなったぞ。しがらみなんて全部かなぐりすてて、協力し合う時が来たってわけだ」
ルグロが隣に座るエルミアに目を向ける。
エルミアは額から汗を流しながら、真っ暗になったスクリーンを見つめたままだ。
「皆さん、いきなりのことで動転しているかとは思いますが、どうか分かってください。私はこの国を守護する神として、現在の危機を乗り越えるために現世に再来しました。できることは何でもやるつもりですので、皆さんにも協力していただければと。リーゼ、あれを」
「はい」
リーゼが皆に、サイリウムを1本ずつ配る。
「お近づきの印に、というわけでもないですが、光の精霊の力を込めた道具を1日の間お貸しします。リーゼ、見本を見せてやってくれ」
「はい、グレイシオール様」
リーゼがノリノリといった様子で、にこっと微笑む。
「皆様、その棒の両端をお持ちください」
リーゼに倣い、皆がサイリウムの両端を持つ。
「これを折り曲げると、光の精霊の力が解放されます。私と同じようにやってみてください」
パキパキと音を立てて、リーゼがサイリウムを折る。
ぼうっとその中心が青く光り輝き、ルグロを含めた皆から「おお」と声が上がった。
ぶんぶんと振り、サイリウム全体が美しく輝きだす。
「なんと美しい……これが光の精霊ですか」
ため息交じりに、ヘイシェルがつぶやく。
「いえ、光の精霊そのものではなく、光の精霊の力を宿した道具です。半日ほどは輝き続けますので、皆さんは部屋に戻った後、それを見ながら今後のことをじっくり考えてみてください」
一良が『慈悲の神様っぽい微笑み』を思い浮かべながら、優しく微笑む。
「今見た天国と地獄で分かったとは思いますが、皆さんも将来、死後の扱いは、今後の行動一つで変わります。そのことをお忘れなきよう」
一良がナルソンに目を向ける。
ナルソンが頷き、口を開く。
「では、皆様お疲れでしょうし、今日のところはこれにて解散といたしましょう。軍議、そのほかの会議については、明日の朝より行いたく存じます……ダイアス殿、大丈夫ですか?」
「う、うむ……ナルソン殿、この後少し時間を貰えないか。少々話がしたいのだが」
「分かった。別室で話すとしようか」
こうして流れるような勢いで上映会は終わり、一良はバレッタとリーゼを連れてさっさと部屋を出た。
後は、彼らが今見た動画と手元にあるサイリウムを見て、今後どうするかの判断に委ねることになる。
かなりの力押しだったが、彼らの反応を見る限りは上手く行きそうに一良には思えた。
『余計なもんは全部かなぐり捨てて、協力し合うことがなぜできないんだ?』
ルグロの言葉が、一良の耳には強く残っていた。
次回更新は6月10日を予定しています。
→無理でした……。詳細は活動報告にて。