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217話:理想を現実にするために

「すげえな! すげえなこれ! どういう仕掛けになってんだ!?」


 周囲の景色とバイクを交互に見ながら、ルグロが興奮した声で叫ぶ。

 膝に乗っているリーネも、「すごい!」を連呼していた。


「これは神の国の道具です。この国へのテコ入れの一環として、私が持ち込みました」


「は? 神の国?」


 ルグロがぽかんとした顔で一良を見る。


「はい。実は俺、グレイシオールでしてね。イステール領の急激な復興と、先のバルベール軍との戦いでの勝利は私が助力をした結果なんです」


「グレイシオールって……あの、慈悲と豊穣の神の?」


「はい」


「お前が、グレイシオール様だっていうのか?」


「一応、そう呼ばれていますね」


 さらりと一良が答える。

 王族や領主たちに動画や道具を見せるにあたって、一良は腹をくくっていた。

 保身はとりあえず考えないことにして、自分が主導してことを進めることに決めたのだ。

 ルグロは怪訝そうな顔で、一良をじっと見つめている。

 一良が跨るバイクに目を向け、もう一度一良を見た。


「……冗談ってわけじゃ、なさそうだな」


「はい。俺はいたって真面目ですよ」


「てことはアレか。今回、俺たち王族や領主連中を集めたのは、そのことを説明するためか」


「そうです。今、この国は危機的状況にあります。一致団結しなければ、この難局を乗り越えることはできません。足の引っ張り合いなんてもってのほかです。それを、皆さんに分かってもらいたくて」


「ふむ……」


 ルグロが一良の足の先から頭のてっぺんまで、嘗め回すように見る。


「神様って、人間の姿をしてたのか」


「とうさま、神様って?」


 リーネがきょとんとした顔を、ルグロに向ける。


「この兄ちゃんだよ。グレイシオール様なんだってさ」


「そうなのですか?」


 リーネが、純粋な瞳で一良を見る。


「ええ、一応そう呼ばれてます」


「そうなのですか」


 感心したようにリーネが言う。

 そしてすぐ、また楽しそうに周囲の景色を眺め始めた。

 あまり興味がないようだ。


「すぐに信じろっていっても難しいでしょうし、後でもっと分かりやすい証拠を見せますよ」


「証拠って、この乗り物でもう十分だろ。どこの国探したって、こんなとんでもない乗り物、ありゃしないぞ」


「お、そうですか。信じていただけてよかったです」


「なるほどな。飢饉でえらいことになってたイステール領を、一気に復興させたってのはお前の力だったのか。仲間から、そういう噂が最近流行ってるって聞いたことはあったけどよ。本当だとは思わなかったなぁ」


 今までと変わらない態度で、ルグロが言う。

 一良のことをグレイシオールだと認めたような口ぶりではあるが、だからといってへりくだった態度をとるつもりはないようだ。

 一良としてもそのほうがありがたいので、特に問題はない。


「この1年でいろいろと新しい道具が大量に発明されたのも、全部グレイシオール様のテコ入れってわけか。いくらなんでも、発展が急すぎておかしいと思ったよ」


「はい、そうです。私がやりました」


「なるほどなぁ……戦争直後でボロボロになってたイステール領が、たった半年足らずで食糧事情も金回りも異常なくらい改善されたって話だったからな。そっか、そういうことだったのか」


「王都でも噂になってたんですか?」


「ああ、水車とか手押しポンプが王都に入ってきてからは、よく話題に出るようになってたな。あまりにもポンポン新しい道具やら技術やらが入ってくるから、『イステール領はすでにバルベールに取り込まれてるんじゃないか』って言う連中もいたみたいだ」


「あー……なるほど、そういうふうに考えられちゃっても仕方ないですよね。裏切ってるんじゃないかって疑われちゃってたんですね」


「まあ、そんなことを言うやつらは数えるくらいしかいなかったけどな。そんな技術をバルベールが持ってるなら、とっくの昔にうちらはボコボコにされてただろ。前回の戦争の時点で、アルカディアは滅んでたはずだ」


 ルグロが真剣な表情で、前に向き直る。


「裏切ってるだのなんだの言ってる奴らは、実際に戦場を見ていないからそんなことが言えるんだ。あの惨状を見てたやつなら、そんなこと言えっこない」


「ああ、ルグロさんも、前回の戦争では戦地にいたんですもんね」


「おう、いたぞ。まるで役には立ってなかったがな」


 以前、一良がジルコニアから聞いた話では、ルグロは手持ちの軍団をすべてイステール領軍の指揮下に入れたということだった。

 作戦にも一切口は出さず、ナルソンの指示をそのまま実行していたと聞いている。


「ナルソンさんもそうだが、ジルコニア殿は文字通り命がけで戦ってたからな。そんな人たちが裏切るなんて、あってたまるかよ」


 それはおいといて、とルグロが続ける。


「他の連中にもこういう道具を見せて、うだうだ言ってないで一塊になって協力しろって諭すわけだな?」


「そのとおりです。表向きは協力的でも、土壇場で裏切るような人が出てもおかしくない状況ですからね。現に、イステール領から1人、重鎮の裏切者が出ているわけですし」


「カズラ、お前が思っているほど、この国の奴らは利口じゃねえぞ。自分の利益しか考えてないやつだらけだ。王族、貴族問わずな」


 少しきつい口調になった彼に、リーネが顔を向ける。

 ルグロは彼女に笑顔を向け、頭を撫でた。

 リーネは小首を傾げ、再び景色に目を向ける。


「自領だ、他領だなんて言ってる場合じゃないってのに、利権がどうだの管轄がどうだのって話ばっかりだ。そんなことは後回しにして、一塊になって頑張らないといけないってのに」


「いや、それは仕方がない部分もありますよ。皆それぞれ生活があるんですし、今まで築いてきた地位や財産があるんですから。それを守ろうとするのは当然のことです」


「そんなことは分かってるよ。だけどよ、国が滅びたらそれで全部おしまいだぞ。そんな利己的なことを言ってる場合じゃないんだ。立場がどうとか、縄張りがどうだとかって話は、平和な時にやってもらいたいと俺は思うね」


 ムスッとした顔で言うルグロ。

 その内容に、一良は村で話したウリボウと女性とのやり取りを思い出した。

 ルグロの主張は、彼らに近いところがあるように思えた。


「そうは言っても、やはり難しいものは難しいですよ。地位がある人なら、なおのことそうです。でも、ルグロさんの――」


「カズラ、俺は自分が大した人間じゃないってのは、よく分かってるんだ」


 一良の言葉を遮り、ルグロが言う。


「家臣どもに陰でバカにされてることだって仕方ないと思ってるし、それをとやかく言うつもりもない。確かに俺はバカだし、人の上に立つような人間じゃないってことも重々承知だ」


 リーネが話の雰囲気を察したのか、ちらりとルグロを見てまた視線を前に戻した。


「だけどよ。何が良くて何が悪いかくらい、分かってるつもりなんだよ。地位とか利権が大切なのは分かる。でも、そいつらの身勝手のために、関係ない奴が不幸になるのはおかしいだろ」


 分かってくれよ、とでも言いたげな視線を、ルグロが一良に向ける。


「どうして皆、そんな簡単なことが分からないんだ? この国が滅んだら、そんなこと言ってる場合じゃないって、少し考えれば分かるはずだろ?」


「ルグロさん……」


「余計なもんは全部かなぐり捨てて、協力し合うことがなぜできないんだ? 現に俺たち上の連中が足並み揃えなかったせいで、イステール領の領民たちは砦で大勢死んだじゃないか! 王都で贅沢してる連中が、もっと現実に目を向けていれば防げたことだぞ! 俺が何度言っても誰も耳を貸さなかった結果がこのざまだよ!」


「……うぅ……ぐすっ」


 ルグロの剣幕に怯えてしまったのか、リーネが泣き出してしまった。

 ルグロははっと我に返り、慌ててリーネに目を向ける。


「あっ、ご、ごめんな! 父ちゃん、別に怒ってるわけじゃないんだ。ちょっと熱くなっちゃってさ」


「とうさま、怖いです……」


「ごめんな。もう怒鳴らないから、泣かないでくれ。な?」


「うぅ……」


 一良としては、彼の言いたいことはよく分かる。

 分かるが、彼の求めることは非現実的だ。

 いくら彼が声を上げたとしても、家臣たちは鼻で笑っておしまいだろう。

 だが、それは今までであれば、の話だ。


「……すまん。俺のこと、バカだと思うだろ?」


 リーネの頭を撫でながら、自嘲気味に言うルグロ。


「いいえ、そんなことありません。それに、俺がこれからルグロさんたちに強いようとしていることと、今ルグロさんが話したことはまるっきり同じですし」


「……神の名のもとに、力を合わせて頑張れって命じるのか? その場では皆、理解したふりをして頷くだろうが、とてもじゃないが――」


「大丈夫です。絶対に皆さん言うことを聞きますよ。聞かないと、それこそ死ぬほど後悔することになりますからね」


 ルグロが怪訝そうな顔で一良を見る。

 そこでちょうどバイクが広場を一周し終え、皆の前に戻った。

 一良がバイクを止め、エンジンを切る。


「す、すごい速さで走るのね……って、リーネ、どうしたの!?」


 ルグロにしがみつき、肩を震わせて泣いているリーネの姿にルティーナがぎょっとした顔になる。


「すまん。泣かせちまった」


「ああもう、だから止めたのに……」


 ルティーナが泣いているリーネを抱き上げ、よしよしと背中をさする。


「……ごめん」


 謝るルグロに違和感を感じたのか、ルティーナが怪訝な顔を向ける。

 ルグロはロンに目を向け、にっと笑った。


「ロン、乗るか?」


「うん!」


「えっ!? ちょ、ちょっと、やめときなよ!」


 慌てて止めるルティーナに、ルグロが苦笑を向ける。


「大丈夫だって。泣かせやしないから」


 ルグロがサイドカーから降り、ロンを抱っこして再び乗り込んだ。


「カズラ、頼む」


「了解です。しっかり掴まっててください」


 軽快なエンジン音とともに、再びバイクは走り出すのだった。

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