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214話:心を覗いて

 それから9日後の昼過ぎ。

 バリン邸の前に、9台のサイドカー付きバイクが並べられていた。

 先に仕入れられた10台が今朝納車されたので、一良が1台ずつ村まで運んできているのだ。


「すごいね。どういう仕掛けになってるんだろ……」


 リーゼがバイクの一台に近寄り、まじまじと眺める。


「いいなぁ。私もこれに乗って、カズラと一緒に道路を走ってみたいな。海を眺めながらさ」


「あの映画みたいにですか? 死んじゃう前に海を見に行こうっていう」


 リーゼの隣にきてバイクを眺めながら、エイラが言う。


「そうそう。海は小さい頃に王都で一度だけ見たことはあるけど、それきり見てないしさ。この際、バイクに乗りながらカズラと見れるなら、あの映画みたいな汚い海でもいいよ」


「確かに、楽しそうですよね。でも、私はできれば綺麗な海がいいです。あの、ドキュメンタリー映画に出てきた、南国の島とかの」


「コモド島だっけ。あそこの海すごく綺麗だったよね。コモドドラゴンっていうのが怖すぎるけど。ねえ、バレッタは……あれ?」


 リーゼがきょろきょろと辺りを見渡す。

 先ほどまでいたバレッタの姿が、いつの間にかなくなっていた。


「マリー、バレッタ知らない?」


「バレッタ様でしたら、雑木林の方に駆けて行きましたよ。水筒をお持ちになっていたので、それを届けに行ったのかと」


「そうなの? 待ってればすぐに来るのに……あ! まさか、抜け駆けして先にバイクに乗るつもりなんじゃ!」


 リーゼが慌てた様子で駆け出していく。

 エイラとマリーも、その後を追った。




「カズラさん!」


 一良がバイクに跨って雑木林を進んでいると、バレッタが駆け寄ってきた。


「あれ、どうしたんです? 村で何かあったんですか?」


「いえ、たくさん汗をかいていたので、喉が渇いたかなと思って」


 はい、とバレッタが水筒を差し出す。


「ああ、そういえばそうですね。さすがバレッタさん、気が利くなぁ」


「ふふっ」


 バレッタがとても嬉しそうに微笑む。

 一良はきょとんとした顔で、小首を傾げた。


「カズラさん、私の話した言葉、ちゃんと分かりました?」


「え? どの部分です?」


「全部です。私、さっきからずっと、日本語で話してるんですよ」


「ええっ!?」


 驚く一良に、バレッタがくすくすと笑う。


「日本語って……あ、あの、こっちの言葉で話してもらってもいいですか?」


「はい、分かりました。今話しているのは、こちらの世界の言葉です」


「マジか……違いが全然分からねぇ……」


「よかった……一生懸命練習したかいがありました。発音とか、おかしなところはないですか?」


「完璧ですよ。今話してるのは、日本語なんですか?」


「はい、日本語です」


「いつの間にそんな……あ! まさか、映画を見ながら練習したんですか?」


「はい、正解です」


「でも、そんな時間はなかったような……」


 ここ数日、カズラが帰ってくるとお決まりのように皆で映画を見てはいたが、特にバレッタが日本語の練習をしているといった様子は見られなかった。

 常に一良と2人で字幕の読み上げはしていたが、それだけだ。


「えへへ。毎晩こっそり起きて、2時間くらい練習してたんです」


「そうだったんですか……そういえば、日本の映画もありましたもんね。練習にはもってこいか」


「はい、字幕も出てくれたんで、すごく練習しやすかったです」


「すげえ……本当、バレッタさんは天才ですね。何でもできるし、完璧すぎて怖いくらいですよ」


「ちょっと! バレッタ!!」


 その時、村の方からリーゼがすさまじい勢いで駆けてきた。

 一良と話しているバレッタの姿に、ほっと息をつく。


「はあ、よかった。もう、抜け駆けして先にバイクに乗せてもらおうとするなんて酷いじゃない!」


「えっ、い、いえ、そんなつもりじゃ……」


「じゃあ、何で1人でこっそりここまで来たのよ」


「そ、それは、水筒をカズラさんに届けに来ただけです」


「本当だぞ。ほら」


 一良が水筒を揺らしてみせる。

 日本語を話せることは秘密にしたいという、バレッタの気持ちは分かっていた。

 どうもバレッタは、『2人だけの秘密』ということにこだわりがあるようだ。


「リーゼ様、先に乗ってください。私は後でもいいので」


「えっ、いいの?」


「はい。変な誤解をさせてしまったお詫びです」


「じゃ、じゃあ、乗せてもらおうかな」


 リーゼがいそいそと、サイドカーに乗り込む。

 一良がバレッタを見ると、彼女はにこっと微笑んだ。


「えーと……じゃあ、村を一周してみるか?」


「うん! ばーって、飛ばしちゃって!」


「了解。皆、少し離れてて」


 力強いエンジン音とともに、バイクが土ぼこりを巻き上げて走り出した。




「わあ、速いねカズラ!」


 長い髪を風にたなびかせ、リーゼが一良に笑顔を向ける。


「だなぁ。やっぱり地面と身体が近いせいか、かなり速く感じるな」


「いい気持ち……すごいなぁ。ラタとは全然違うよ。どれくらい速く走れるの?」


「全速だと、ラタの3倍くらいの速さは出せるはずだぞ」


「そうなんだ! その速さで走ってみてくれない?」


「いや、道がデコボコすぎて、ここだと危ないから無理だな。道路みたいに舗装されてればいいんだけど」


「そっか。あー、日本に行けたらなぁ」


「行く方法があればいいんだけどな。こればっかりは、どうしようもない」


「そうだね……でさ」


 風に目を細めていたリーゼが、一良に顔を向ける。


「バレッタと、本当は何の話してたの?」


「あー……やっぱ分かっちゃうか」


「うん。2秒で何か隠してるって分かった」


「に、2秒……」


「私には言えないこと? そうなら、別にいいけどさ」


「え、いいのか?」


「うん。あの娘のことだし、きっと『2人だけの秘密にしたい』とかそんな話でしょ?」


「……お前、実は人の心が読めるんじゃないのか?」


 一良がハンドルを握りながら、頬をひくつかせる。


「カズラたちが分かりやすいだけだよ」


「いや、それにしても鋭すぎだろ……」


「まあまあ、いいじゃない。あと、あなたたちの秘密は諦める代わりに、私もカズラとの秘密が欲しいな」


「秘密ねえ。急にそんなこと言われてもなぁ」


「簡単だよ。ちょっと、そこの森に入ってくれる?」


 うっそうと茂る森に、リーゼが目を向ける。


「どこでもいいのか?」


「うん。適当に入っちゃって」


 速度を緩め、2人の乗ったバイクが森に入る。


「いいよ、止まって」


「おう」


 バイクが止まり、リーゼがサイドカーに乗ったまま立ち上がった。

 んー、と背伸びをし、深く息を吸う。


「はあ、けっこう揺れるね。ラタよりはマシだけど」


「未舗装だからな。一応そういうところに適したバイクだけど、ある程度揺れるのはしょうがない」


「あはは、そうだね」


「で、秘密って? 簡単とか言ってたけどさ」


「んー……カズラ、ちょっと耳かして」


 ちょいちょい、とリーゼが手招きする。


「何だよ。内緒話なんてしなくたって、誰も聞いてないって」


「いいから、ほら」


 やれやれ、と一良が顔を近づける。


「……ねえ、こっち向いて?」


「ん?」


 振り向いた一良の唇に、リーゼが自分の唇をすっと寄せる。


「……」


 そして、もうあと数ミリで触れるといったところで彼女は止まり、一良の頬にキスをした。


「……えへへ」


 リーゼが顔を離し、少し寂しそうに笑う。


「リーゼ……」


「やっぱり、今はこれでいいや」


 リーゼが、サイドカーにすとんと腰を下ろした。

 にこっと、明るい笑顔を一良に向ける。


「ほら、早く行こ!」


「あ、ああ」


 一良はハンドルを握り、再びバイクを走らせた。




 その日の夕食後。

 いつものようにいろいろな種類のケーキを並べ、一良たちは皆でスクリーンに向かっていた。

 ただし、今日鑑賞するのは映画ではなく、一良が日本で作ってきた地獄のプロモーション動画だ。

 とりあえず何とかかたちになったので、修正する点はないか皆で確認することにしたのである。


「ね、ねえねえ。この前見たゾンビ映画みたいに、気持ち悪いのが流れたりするの?」


 リーゼがペンギンのぬいぐるみを抱きしめながら、緊張半分期待半分といった様子で言う。

 あれから彼女は普段どおりで、一良に特に何を言うでもなかった。

 まるで何もなかったのように、いつもと同じ立ち振る舞いを今のところしている。


「薄暗がりで死にかけてる人間を食ってるシーンは出てくるな」


「うえ。覚悟して見なきゃ……」


「エイラさん、マリーさん、心配なら、隣の部屋に行っててもいいんですよ?」


「い、いえ、頑張ります。ちゃんと最後まで見ます」


「私も頑張ります! 井戸から女の人が出てくる映画も耐えられましたし、きっと大丈夫です!」


「あんまり頑張るところじゃないような気もするんだけど……」


「エイラさん、マリーちゃん、これ、気分が悪くなったら嗅いでください。心を落ち着ける作用がある精油が染み込ませてあります」


 バレッタが精油を垂らしたハンカチを、2人に手渡す。

 一応アロマポットで緊張緩和系の精油を焚いてはいるのだが、念のためということだろう。


「リーゼは大丈夫か?」


「うん、平気。見られないほど苦手ってわけじゃないから」


 ありがとね、とリーゼが一良に微笑む。


「よし、じゃあ再生するか」


「あ、私がやります」


 バレッタがリモコンを操作し、動画が流れ始めた。

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