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210話:甘いものは別腹

「すごくお洒落なお菓子ですね……いい匂い」


 紙皿に載ったイチゴのショートケーキを前に、エイラがうっとりとした表情になる。

 皆の前にも、すでにケーキは配膳済みだ。

 ケーキは全種類違うものを買ってきており、それぞれ好きなものを取ってもらった。

 エイラがショートケーキ、バレッタがミルクレープ、リーゼがブルーベリーのスフレ、ジルコニアがガトーショコラ、マリーがパンダの顔を形どったミルクケーキ、一良がモンブランだ。

 最初、全員がパンダに興味を示したのだが、マリーが目をキラキラさせていたので皆が譲った。


「か、かわいいです……食べるのがもったいない……」


 マリーはフォークを手に、パンダと睨めっこしている。


「かわいいですよね。あと、そういうケーキの作り方が載ってる本も買ってきたんですよ。はい、どうぞ」


「えっ!? い、いただけるんですかっ!?」


 本を差し出す一良に、マリーが、ばっと顔を向ける。


「ええ、もちろん。生クリームの作り方もそれに載ってるんで、よかったら挑戦してみてください。卵とミャギの乳があれば作れますから」


「ありがとうございます! 美味しいケーキをカズラ様にお出しできるように、私、頑張ります! 日本語も勉強しないと!」


 本を胸に抱き、マリーが心底嬉しそうに微笑む。

 生クリーム作りはかなりの重労働だが、マリーは人間ハンドミキサーといっても過言ではない身体能力を持っているので大丈夫だろう。

 砂糖もたっぷり買ってきてあるので、きっと美味しい生クリームケーキが作れるはずだ。


「あ、いいなぁ。マリー、後で私にも読ませて!」


「本は人数分買ってあるよ。安心してくれ」


 そう言う一良に、リーゼが嬉しそうに微笑む。


「さすがカズラ! イステリアに帰ったら、美味しいケーキ作ってあげるからね!」


「うん、楽しみにしてるよ」


 一良がさらに、プチシュークリームの袋を開けて皿に盛る。

 エイラがお茶を用意し、皆に配った。


「あと、映画を見る時はこれだ」


 一良が袋詰めのポップコーンを、大皿にあける。


「す、すごい量ですね。食べきれるかな……」


 苦笑するバレッタを横目に、ジルコニアがポップコーンに手を延ばす。


「変わった見た目のお菓子ですね。いただきます」


 買ってきたものは、ごく普通の塩味だ。

 アルミホイルの簡易フライパン型の、自分で作るタイプのものもいくつか買ってきてある。

 調理時に出るコーンが弾ける音が少々心配だが、皆のリアクションが面白そうだと思って買ってきたのだ。

 後日、作成した動画を事前視聴する際に作る予定だ。

 ジルコニアに作らせたら面白いだろうかと、ポップコーンを頬張る彼女を見ながら一良はその姿を想像した。


「んっ、塩が利いていて、なかなか美味しいですね。サクサクというか、ふわふわというか……あ、あの、カズラさん、私の顔に何か付いてます?」


 ジルコニアが自分を見ながらニヤニヤしている一良に気づき、少し照れた表情になる。


「あ、いや、何でもないです。それ、映画館に行くと、食べながら見る人が多いんですよ」


「映画館? 映画を見る施設ですか?」


「ええ、何百人も収容できる大きな建物で、中に巨大なスクリーンがあってそこに映画を映すんです」


「なるほど、演劇場の映画版ってことですね」


「そうですね、そんな感じです。そういえば、せっかくイステリアに住んでるのに、一度もそういう場所は行ったことないなぁ」


 イステリアでの生活は1年近くになるが、一良はそのような娯楽施設には一度も足を運んだことがない。

 遊びに出かけるとしても、買い物をしたり飲食店を巡ったりがせいぜいだった。


「そうでしたか。私も、ナルソンと一緒に招待されて、3年前に一度行ったきりですね」


「あ、行ったことはあるんですね。どんな劇をやってたんです?」


「それが、私が主役の戦争劇だったんです。まるで英雄みたいな扱いであることないこと演じられてて……劇の終わりには壇上に呼び出されるしで、恥ずかしくって……」


 当時を思い出し、ジルコニアが苦笑する。

 その時はよく分からないまま壇上に呼び出され、何を話したらいいかも分からないまましどろもどろに挨拶し、拍手と笑いに包まれながら壇上を降りたのだ。

 今まで生きてきた中で、一番緊張した瞬間だったと記憶している。


「み、見たい……主に、恥ずかしがって挨拶するジルコニアさんが見たい」


「ふふ、残念でした。あと3年、こちらの世界に来るのが遅かったですね」


「ち、ちくしょう。もっと早く来るべきだった……」


「カズラ、早く早く! ペンギン見たい!」


 リーゼが待ちきれないといった様子で、一良を急かす。


「ごめんごめん、今やるから」


 一良がDVDプレイヤーを操作し、再生する。

 先ほどの続きのペンギンの映像が流れると、皆が「わあ」と声を漏らした。


「はうう、かわいいです……ふわふわしてますね……」


 バレッタがうっとりとした表情で画面を見つめる。

 完全にやられてしまっている様子だ。


「バレッタさん、ケーキもペンギンに負けないくらいふわふわしてますよ。食べて食べて」


「あ、はい。いただきます。……す、すごいですねこれ。生地とクリームが何段にも重なってます」


 ミルクレープをフォークで切り、バレッタが目を見張る。

 どうなってるんだろう、と皿を持ち上げて断面を覗き込んだ。

 薄いクレープ生地の間に、生クリームが等間隔で綺麗に挟まっている。


「ミルクレープっていうケーキです。本に作りかたも載ってますよ」


「そうなんですね。では……っ! こ、これは!」


 口の中に広がったとろけるような甘さに、バレッタの瞳が輝いた。

 今まで一良が持ってきたいろいろなお菓子やアイスを食べたことはあったが、これは完全に別格だった。

 ふんわりとした舌ざわりと、なめらかで濃厚な生クリームの甘味。

 そして、何層にも重なった生地の絶妙な食感。

 これほどの衝撃を受けるのは、初めて一良と一緒に食べた桃缶以来だ。


「気に入りました?」


 こくこく、とバレッタが激しく頷く。


「はい! すっごく美味しいです!! こんなに美味しい食べ物があったなんて……!」  


「はは、そんなに喜んでもらえるなら、買ってきたかいがありました。また明日買ってきますね」


「いいい、いいんですかっ!? ありがとうございます!!」


 その喜びように、隣のジルコニアがバレッタのミルクレープをじっと見つめる。


「そ、そんなに美味しいの? 私にも一口分けて」


「はい! 食べてみてください!」


 ジルコニアがフォークでミルクレープを少し取り、口に運ぶ。

 そして、先ほどのバレッタのように目を見開いた。


「……カズラさん」


「はい?」


「何でもしますから、私を日本に連れて行ってください。何でも言うこと聞きますからお願いします」


「んな無茶な……」


「そ、そんなに美味しいの? バレッタ、私にも一口ちょうだい!」


 リーゼが膝立ちになって、一良の前を通ってバレッタの下へとにじり寄る。


「はい、いいですよ。リーゼ様のも、一口もらっていいですか?」


「うん、いいよ……って、まだ自分の食べてなかったんだった」


「もうあれだ、皆で少しずつ分け合えばいいんじゃないかな」


「そうだね。皆、そうしよ!」


 皆でケーキをつつきながら、愛くるしく動き回る赤ちゃんペンギンの映像を眺める。

 時折一良が主要なナレーションを翻訳しながら、DVD鑑賞会は楽しく進んでいった。




 それから数時間後。

 DVD鑑賞会も終わり、皆で順番に風呂に入った。

 居間に人数分の布団を敷き、3人ずつ川の字になっている。

 現在、皆で腕時計のカタログを見ながら品定め中である。


「うーん……腕時計、どれにしようかなぁ」


 リーゼが布団に寝転がりながら、カタログをぺらぺらと捲る。

 カタログはショッピングモールで貰ってきたもので、値段は記載されていない。

 時計店は数店舗あったので、とりあえずすべての店のものを貰ってきた。


「どれも綺麗ですよね。青い表紙のやつの、3ページ目の左側に載ってるやつなんてかわいくていいんじゃないですか?」


 一良を挟んで反対側に寝転がっているバレッタが、リーゼに顔を向ける。


「青い表紙の3ページ目……あ、これか」


 うーん、とリーゼが唸る。


「あのさ、カズラ」


「ん、どうした?」


「これ、金色っていうか、ピンク色っぽい金色してるけど、金でできてたりするの?」


「いや、違うと思うぞ。ちょっとカタログ見せてくれ」


 リーゼからカタログを受け取り、スペックを見る。

 

「チタン合金製って書いてあるな。それに、ピンクゴールドのメッキがしてあるみたいだ」


「チタン合金? 何それ?」


「チタンっていう、ほぼ腐食しない金属に別の金属を混ぜ合わせたものだな。すごく軽くて、毒性もないし便利な金属だ」


 一良の実家は金属引き物業であり、父親の真治がそういった材料を仕入れて工場内に保管している。

 一良は仕事を手伝いながら金属材料についてもあれこれ聞いたことがあり、断片的ながら知識は持っていた。


「そんな金属があるんですか。加工のしやすい物なんですか?」


 ジルコニアは興味が湧いたのか、カタログから顔を上げて一良を見る。


「ええ、比較的柔らかいです。といっても、金とかに比べたら全然硬いんで、包丁とかナイフに使われてますね」


「なるほど……その金属で盾が作れれば、取り回しがしやすそうですね」


「盾ですか。確かに使いやすそうですけど、この先はあまり役に立たなくなりそうですね」


「そうですね……これからは、射撃戦でほとんどカタがつきそうですし。剣士や騎兵の時代は、もう終わりなのかも――」


「お母様、今くらい、そういう話はやめにしませんか?」


 リーゼが少し顔をしかめながら、ジルコニアに言う。


「あ、ごめんなさい。そうよね、せっかくこんなに楽しい時間を過ごしてるのに」


「カズラさん、これって、同じデザインの男性用はないんでしょうか。どこにも載ってなくて」


 バレッタがカタログを一良に見せる。

 前半のページは女性用、後半のページは男性用と別れていて、ペア商品は最後部に数点載っているだけだ。


「あー、そういう可愛らしいデザインの物になると、ペアってのはあまりないかもしれないですね」


「そうなんですか……うーん。できればペアがいいな……」


「別にペアにこだわらなくてもいいんじゃないですか? 好きなの着けたほうがいいと思いますけど」


「えっ、でも……同じのを付けていたいです……」


 バレッタが顔を赤くしてうつむく。

 最後の方は、消え入るような声になっていた。


「そ、そうですね。同じのがいいですね」


「……ちょっと、何2人の世界に入っちゃってるわけ?」


 顔を赤くしている一良とバレッタに、リーゼが不満げな目を向ける。


「い、いやいや、そんなことないって」


「むー」


「あれだ、それなら、俺が2人に合わせるよ。別に女性もの着けてたって、こっちじゃおかしくは見られないし」


 むくれるリーゼに、一良が提案する。

 腕時計自体、こちらの世界では存在しないのだ。

 男性用だとか女性用だとか、特に気にする必要はない。

 ぱっと見、細工の細かいブレスレットと同じに見えるだろう。


「あ、確かに。ブレスレットみたいなものだもんね」


「そうそう。だから、2人で好きなのを選ぶといいよ」


「じゃあ、さっきバレッタが勧めてくれたのにしようかな」


「カズラ様、このソーラー電波時計とはどういう意味でしょうか?」


 エイラが布団から立ち、一良の下に来てカタログを見せる。

 エイラも、バレッタたちと同じものを見ていたようだ。


「ソーラーっていうのは、太陽の光で充電して動く種類の時計ってことですね。電波は……ええと、無線みたいな見えない信号をキャッチして、勝手に時間を正しいものに合わせてくれる方式です」 


「そ、そんな機能まであるんですか。すごいですね……」


「ただ、こっちの世界にはその電波を飛ばす基地がないんで、意味はないんですけどね。まあ、気にしなくて大丈夫です」


「そうなんですね……じゃあ、私もこれにしようかな」


「分かりました。ジルコニアさんとマリーさんはどうです?」


 カズラが2人に目を向ける。

 ジルコニアもマリーも、真剣な表情でカタログを眺めていた。


「私は、赤い表紙の5ページ目のものにします。薄い金色のやつです」


「お、ジルコニアさん、すごく上品な物を選びましたね。似合いそうです」


 ジルコニアが選んだものは、暖色系の金色をした上品な色合いのものだ。

 デザインもかわいいというよりはスマートな感じで、3時、6時、9時、12時の部分にローマ数字が置かれている。


「ふふ、楽しみです。マリーはどうするの?」


「赤い表紙のほうの、8ページ目のものにします!」


「8ページ目……ああ、盤面に蝶の形の穴が開いてるやつね。中の仕掛けが見えてて素敵よね」


「はい、一目惚れしました……」


 そうして腕時計選びも終わり、囲炉裏の火を消して就寝の運びとなった。




「カズラ様、起きてください」


 深夜。

 耳元で声を掛けられ、一良は目を開けた。

 いつの間にやって来たのか、枕元に黒髪の女性が座っていた。


「起きてます」


「あら、そうだったんですか? 気付きませんでした」


 くすくすと、女性が笑う。


「ええ、そろそろ俺も出て行こうかと思っていたところで……というか、いつの間に入って来たんですか。全然分かりませんでしたよ」


「ふふ、こっそり近づくのは得意なんです」


 女性が、隣の布団で寝ているバレッタに目を向ける。


「どうしました?」


「……いえ、もう大丈夫です。少々眠りが浅かったようなので」


「え?」


「行きましょう。少しふらつくと思うので、私に掴まってください」


「いや、大丈夫ですよ……ととっ!」


 一良はそう言って立ち上がりかけたのだが、なぜか足がふらついて女性にしがみついた。  


「お、おかしいな。どうしてこんな……」


「まだ半分眠っているんです。さ、足元に気を付けて」


 女性に支えられるようにして土間に降り、靴を履く。

 引き戸を開いて外に出ると、以前背中に乗せてくれた巨躯の白いウリボウが待っていた。


「あ、お久しぶりです」


「うむ、約10日ぶりだな」


 ウリボウがそう言って、鼻先を一良の胸にこすりつける。

 そのまま一良に背を見せるように移動し、身をかがめた。


「遠慮はいらん。乗ってくれ」


「は、はい」


 なにやらずいぶんと物腰が柔らかい彼に、一良は小首を傾げながらも跨った。


「お前も乗れ。腰に掴まらせてやらねば、揺れで落ちてしまうかもしれん」


「ふふ、はいはい」


 女性がくすくす笑いながら、カズラの前に跨る。

 なぜか前回会った時よりも、ウリボウの対応がずいぶんと丁寧だ。 


「掴まったか?」


「はい」


「落ちぬようにな。気を付けるのだぞ」


「は、はあ」


 ウリボウは背に乗った一良を気遣うように振り返りながら、雑木林へと向けてゆっくりと駆け出した。

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