209話:たんとお食べ
「カズラさん、料理は全部出しちゃっていいんですか?」
バレッタが箱を居間に運び込み、フタを開ける。
中に入っていた中華オードブルを見て、「おー」と声を上げた。
料理本で似たようなものは見たことがあるが、実物を見てその出来栄えに思わず唸ってしまった。
仕切りで区切られた器には、料理が7種類入っている。
中央にエビチリ、それを囲むようにして、シュウマイ、チンジャオロース、豚の角煮、ホイコーローなどの料理が収まっていた。
まだ温かいそれらからは、食欲をそそるいい香り漂っていてとても美味しそうだ。
「『デザート』って書いてある箱のは、まだ出さないでください。ケーキとかシュークリームが、保冷剤と一緒に入ってますから」
「カズラ様、お飲み物は何になさいますか?」
エイラが靴を脱いで居間に上がり、持参していたコップを用意する。
一良はバッグから紙袋を取り出し、彼女に差し出した。
「これを使ってください。前にエイラさんが飲みたいって言ってたセイロンティーを買ってきたんで」
「わあ、ありがとうございます!」
「映画の用意もするか。マリーさん、こっち来て手伝ってもらえます?」
「かしこまりました」
マリーに手伝ってもらい、リアカーから引き上げ式スクリーンやポータブルDVDプレイヤーを運び込む。
居間の角にスクリーンを置き、ツマミを引き上げてスクリーンを固定した。
「わっ、すごいねそれ。筒の中に巻いてあるんだ」
あっという間に出現した大画面に、リーゼが目を丸くする。
「うん。これがあればどこでもプロジェクターが使えるんだ。ていうか、もっと早く買ってきておけばよかったな」
ポータブルDVDに電池を入れてモバイルプロジェクタと接続し、DVDをセットする。
スクリーンに光が差し、動画が流れ始めた。
ナルソン邸では壁に投影していたのだが、当然ながらスクリーン映したほうが断然見やすい。
「『プラネットアニマル』……動物の映画ですか?」
表示されたタイトルをバレッタが読み上げる。
さまざまな動物の一生を追いかけたドキュメンタリーシリーズの1巻目で、今作は南極に住む1匹のメスペンギンが主人公だ。
「ええ。なるべく映像だけでも楽しめるものがいいかと思って。これは動物の生活に密着したドキュメンタリーですね」
「そういうのもあるんですね。あ、字幕もちゃんと……っ!?」
「きゃーきゃー! なにこの生き物! すっごくかわいいんだけど!!」
「わあ、かわいいですね!」
「も、もこもこしてます……!」
ふわふわの羽毛に包まれた赤ちゃんペンギンの映像に、リーゼが瞳を輝かせて騒ぎ立てる。
バレッタも口を半開きにしたまま、その愛くるしい姿に見とれていた。
エイラとマリーも、スクリーンに釘付けだ。
「あら、かわいいわね。カズラさん、これは何ていう生き物なんで……あ、ペンギンっていうんですね」
ジルコニアが料理を箱から取り出しながら、音声とともに表示された字幕を読み上げる。
マリー以外は、ひらがなとカタカナなら何とか読むことができるのだ。
「カズラ! 私ペンギン欲しい! 買ってきて!」
リーゼが一良の腕を掴む。
目が本気だ。
「いや、ペンギンは寒い場所でしか暮らせないから無理だよ。暑いところじゃ生きていけないんだ」
「えー、そうなんだ……ぎゅって抱きしめたいなぁ」
「今度ぬいぐるみを買ってきてやるから、それで我慢してくれ」
「カ、カズラさん、私も欲しいです!」
はい、とバレッタが手を上げる。
見ると、エイラとマリーも物欲しそうな顔をしていた。
「じゃあ、全員分買ってきますね」
「ほら、皆手を動かして。お風呂の時間もあるんだから」
ジルコニアが箱から料理を出す。
DVDを流していると皆の手が止まりそうなので、上映会はいったん取りやめて食事をしてから見ることにした。
「さて、いただきますか。だいぶ買いすぎちゃったんで、皆気合入れて食べてくださいね」
寿司、BLT、中華オードブル、焼き鳥、トンカツ、カットステーキ、シーザーサラダといった料理が並べられた。
囲炉裏の脇に料理を並べ、それを皆で囲んでいる状態だ。
用意してきたウェットティッシュで、ごしごしと手をふく。
「ねえ、カズラ。このお魚って生じゃない? なんていう料理なの?」
リーゼが自分の皿に取り分けられた大トロ、真鯛、車エビの握りを、怪訝そうな顔で見る。
3人前しか買ってきていないので、配られているネタもそれぞれ違っている。
ちなみに、すべてサビ抜きだ。
「うん、生だよ。寿司っていう料理で、お酢を混ぜた米に生魚の切り身を乗せた料理なんだ」
「そ、そう……食べられるかな……」
「心配だったら、少しだけ齧ってみるといいよ。あと、食べる時は醤油をつけて食べてくれ」
「うん……これ、フォークで刺して食べていいの?」
「いや、本当は箸で食べるんだけど……使えるかな? 一応貰ってきたけど」
一良から割り箸を割り、皆に配る。
「こうやって使うんだ。上側の箸を、こうやって親指と人差し指と中指で――」
リーゼは一良の手を見ながら、見様見真似で箸を持った。
一良がゆっくりと動かすのを真似て、器用に箸を開いたり閉じたりする。
「こう?」
「うお、もう使えるようになったのか」
「うん。そんなに難しくないし。バレッタも使えてるじゃない」
リーゼ同様、バレッタも器用に箸を開いたり閉じたりしている。
むしろ、リーゼよりも小慣れている様子だ。
「マジか。バレッタさん、すごいですね。完璧じゃないですか」
「えへへ。鉛筆を箸代わりにして練習したことがあったので」
「あ、そうだったんですか。ジルコニアさんは……そうそう、いい感じですよ」
ジルコニアは顔をしかめながらいじっていたが、なんとかコツを掴んだ様子で開いたり閉じたりしていた。
若干、手元がプルプルしている。
「……なるほど。手が攣りそうだけど、なんとか使えそうだわ」
「ダメそうならフォーク使ってくださいね。……エイラさんとマリーさんも、無理しないでいいですよ」
ぷるぷると指を震わせて箸を操るエイラとマリー。
2人とも、箸が交差して×になっている。
「いえ、頑張ります!」
「わ、私も頑張ります!」
「そ、そうですか。さて、食べましょうか」
「うん。それじゃあ、このピンク色のやつ食べてみようかな」
リーゼが大トロのにぎりを箸でつかみ、醤油につけて半分齧った。
もぐもぐと咀嚼し、ぴたりと動きを止める。
「ごめん、私これ無理」
口元を手で隠し、一良を見る。
「ありゃ、ダメだったか。無理しないで吐き出しちゃっていいぞ」
「うん、ほんとごめん……」
「いやいや、苦手なものは仕方ないって」
「リーゼ様、これに……」
リーゼは後ろを向き、エイラに渡されたハンカチに吐き出した。
「私、これ大丈夫です! すごく美味しいです!」
その声に、皆がバレッタを見る。
もぐもぐと口を動かし、瞳を輝かせていた。
大トロを丸ごと1貫食べたようだ。
「ええ……なんかこう、独特な香りがしない? 味はまあ……悪くはないと思うけど」
「そうですか? 風味もいいですし、まろやかで甘味があって、すごく美味しいですよ」
「そうかなぁ……うう、なんかすごく損した気分」
「誰だって好みがあるから仕方ないって。他の皆もどうぞ」
一良の勧めに、ジルコニアとマリーが中トロを。
エイラがエビを口に入れた。
うっ、とジルコニアが顔をしかめる。
「わ、私もこれはダメだわ……」
「私は平気です。さっぱりしてて美味しいですね。マリーちゃんはどう?」
もぐもぐと咀嚼し、エイラがマリーを見る。
「すっっっごく美味しいです!!」
食べたネタにもよるのだろうが、寿司はかなり好みが分かれる料理のようだ。
バレッタとマリーはよほど気に入ったのか、とても美味しそうにもぐもぐとイクラや鳥貝も口にしている。
酢飯も問題ないようだ。
生魚はともかく、イクラはさすがに無理かもしれないと一良は考えていたので、かなり驚いていた。
「うー……カズラ、初心者でも美味しく食べれるのってないの?」
「エビなら大丈夫だと思うぞ。エイラさんがさっき食べてたやつ」
「うん……」
隣で美味しそうに寿司を頬張るバレッタを、リーゼがちらりと見る。
よし、と息を整えると、エビの握りを箸で掴み、醤油をつけて口に放り込んだ。
目を瞑り、もぐもぐと頬を膨らませて咀嚼する。
「……どうだ?」
ごくん、と飲み下し、ふうとため息をつく。
「……うん、これなら大丈夫。食べられる」
「味の感想は?」
「……まあまあ、かな。お米がすっぱいけど、一応平気」
「まあまあか……マリーさんはどうですか?」
ちょうどエビを食べていたマリーに、一良が話を振る。
マリーはこくこくと、勢いよく頷いた。
「最高に美味しいです!!」
「うう、いいなぁ……私も美味しく食べたかった……」
「うーん……あ、こっちなら多分大丈夫だぞ。サラダ巻きっていうんだけど」
一良がリーゼの小皿に、サラダ巻きを1切れ取り分ける。
ツナと野菜、そしてマヨネーズがベースの海苔巻きなので、生魚よりは食べやすいはずだ。
「生魚は入ってない?」
「入ってないよ。魚を煮たやつと、焼き玉子と野菜しか入ってないから」
「それなら大丈夫かな……」
リーゼがおそるおそる、サラダ巻きを半分齧る。
数回咀嚼し、おっ、という顔になった。
「これなら大丈夫! 美味しいよ!」
もぐもぐと残りも頬張るリーゼ。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「わあ、この黄色いの美味しいですね!」
バレッタがウニ軍艦を頬張り、とろけそうな表情になっている。
それこそウニは好き嫌いが分かれそうなものだが、バレッタの好みには大当たりだったようだ。
「おお、ウニが大丈夫なんですか。高級食材なんですけど、苦手な人がけっこう多いんですよね」
「そうなんですか。高級食材だなんて、アルカディアン虫みたいですね。リーゼ様も食べてみませんか? 美味しいですよ!」
「わ、私はやめとく。なんか、見た目からして多分ダメそうだから」
「まあ、リーゼは他の料理にしておいたほうがよさそうだな。そっちの中華料理とか、BLTだったら美味しく食べられると思うぞ」
「BLT? なにそれ?」
「ベーコン、レタス、トマトのサンドイッチだ。美味しいぞ」
ほれ、と一良がリーゼにBLTを1つ取り分ける。
「ありがと。……ん、ほんとだ、美味しいね! サラダ巻きと似てる味するし!」
「よかった。リーゼはマヨネーズ系が好きなんだな」
「リーゼ、こっちの赤いやつ、すごく美味しいわよ。少し辛いけど」
ジルコニアはエビチリを頬張りながら、あれこれと中華料理を皿に取っている。
中華料理がかなり気に入った様子で、次々と口に運んでいた。
「それはエビチリっていう料理ですね。ジルコニアさんは中華料理派ですか」
「そうですね、しっかり火が通っているもののほうが好みです」
「エイラさんはどうです?」
「んー、私はこのサラダが好きですね。さっぱりしてて、すごく美味しいです」
その後も皆で食事を続け、半分ほど料理を平らげたところで終了となった。
バレッタとマリーがひたすら寿司を食べ続けてくれたため、生魚を翌日に持ち越すといった羽目にはならずに済んだ。
残った料理は発泡スチロールの箱に戻し、ケーキに使っていた保冷剤を入れることにした。
これなら、明日の朝までは十分もつだろう。




