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21話:お嬢様の悩み

「わぁ、これが100アル銀貨なんだ。私初めて見たよ」


 100アル銀貨を見たいとせがむミュラに、一良は老婦人から受け取った25枚の100アル銀貨から1枚を手渡した。

 100アル銀貨は1アル銅貨や10アル銅貨と比べると一回り程大きく、材質も銀である上に刻まれている模様も細かいように見える。

 ミュラは嬉しそうに銀貨を受け取ると、銀貨をコンコン叩いたり何故か軽く齧ってみたりと弄繰り回して遊んでいる。

 一良はそんなミュラを横目で見ながら、先程受け取った紅水晶を真剣な表情で色々な角度から眺めている老婦人に話を切り出した。


「さてご婦人、一つ提案があるのですが」


「ああ、これを誰から買い取ったかなんてことは誰にも言わないし、お前さんが何処で手に入れたかなんてことも聞くつもりはないよ。次からは適正価格で買い取ってやるから幾らでも持っておいで」


「……回転早いっすね」


 老婦人は紅水晶を眺めたまま、まるで一良が何を言うのか判っているかのように淡々とした口調で切り替えした。

 まだ提案の内容を言っていないにもかかわらずにそう切り返されてしまった一良は少々面食らったが、老婦人の発言はこれから一良が話そうと思っていた内容に沿っていたので、話が早いのはありがたかった。


「お前さんが袋からこの宝石を出した時に、少し袋の中で選んでいる様子だったからね。他にも何か持ってるんだろ? さっきのオカリナといい、こんなに高価なものをお前さんみたいな田舎者が持っているなんて、真っ当な手段で手に入れたとは思えないからね」


「いや、別に悪いことして手に入れたってわけじゃ……」


 まるで何処からか盗んできたかのように言われ、一良は困った表情をしたが、老婦人は


「あぁ、別に入手先なんてどうでもいいよ。私は儲かりさえすれば他は気にしないからね」


 と、紅水晶から一良に視線を移してニヤリと笑みを浮かべた。

 一良としては悪党のように思われてしまうのは癪だが、深く聞かれないならそれに越したことは無い。

 持ってきた紅水晶やオカリナが相当な金額で売れるというのであれば、あちこちで売り歩いてはかなり目立つ事になるだろうし、出来ることなら取引店は目立たないように1箇所に絞りたいのだ。

 先程、目の前にいるこの老婦人に販売金額をまんまと騙されかけて(オカリナは騙されたが)、ようやく危機意識を持つ事ができたのだが、ここで騙されておいて本当によかったと一良は自身の今までの能天気さを振り返るのだった。


 そうですか、と一良が適当に相槌を打っていると、老婦人は紅水晶を近くの商品棚に置いて一良に向き直った。


「それで、その袋に入っている他の物も売ってくれるのかい? 別にもう騙したりはしないから、安心してお出し」


 そう言って再び人の良さそうな笑みを浮かべながら揉み手をしている老婦人に、一良は一つ溜め息をついた。


「残念ですけど、今日持ってきたのはそれで全部ですよ。それに、たとえ品物を持っていたとしても、はいそうですかとまた出したりしたら、まるで私は馬鹿丸出しじゃないですか」


「ほう、さすがにそれくらいは分かるのかい。完全な馬鹿じゃなくてよかったよ」


 一良の返答に老婦人は声を出して笑うと、だけどね、と言葉を続けた。


「あんた、幾らなんでも無防備すぎるよ。たまたまかどうかは知らないが、今日は私のところに来たからよかったものの、他の店であんたみたいな田舎者がこんな高価な宝石を出したりしたら、盗品と疑われて衛兵を呼ばれてもおかしくない。役人の家族が経営してるような店でこんなもの出したら、一発で終わりだよ。この街の役人は融通が利かないのが多いからね」


「……ご忠告ありがとうございます」


 自分を騙した相手に説教をされるのは癪だが、老婦人の言っている事は一良にとって図星である。

 一良がしゅんとした様子で肩を落としていると、老婦人は溜め息を吐いた後に、店の奥に向かって声を掛けた。


「嬢ちゃん、そこの棚は私の持っている鍵を使わないと開かないよ。棚に入っている100アル銀貨と比べなくても、さっき渡した銀貨は本物だから安心おし」


 老婦人の言葉に一良はびっくりして店の奥へ目をやると、いつの間にか店の奥へと移動していたミュラが、老婦人がお金を出していた棚の引き出しを開けようとして取っ手を引っ張っていた。

 声を掛けられたミュラは驚いたのか、一瞬びくっと肩を揺らしていたが、まだ100アル銀貨が本物なのか疑っているらしく、訝しげな視線を老婦人に向けている。

 今までの楽しそうに店内を見ていた表情から一転、あからさまな敵意を持った視線で老婦人を見つめているミュラに、一良は少々驚いた。

 老婦人はやれやれと言って懐から鍵を取り出すと、ミュラの元まで行って棚の鍵を開けた。


「気の済むまで確認おし。ガイエルシオール様に誓って偽金なんて置いてないよ」


 老婦人がそう言うと、ミュラは早速手元の100アル銀貨と棚の中の銀貨を真剣な表情で見比べ始めた。

 老婦人は銀貨を見比べているミュラに目を向けたまま、


「全く、この嬢ちゃんの方がよっぽどしっかりしてるよ。お前さんもしっかりしな!」


 と言って、一良の背中をバンと叩く。

 一良は


「肝に銘じておきます……」


 と小さく項垂れるのだった。




「私、あのおばあさん嫌い。カズラ様を騙すなんて信じられない!」


 老婦人の店を出てすぐ、ぶすっとした表情でミュラは吐き捨てるように言った。

 ミュラが満足するまで100アル銀貨を確認させた後に店に置いてあった釘も購入したのだが、あまりにもミュラが不機嫌そうに老婦人を睨んでいたため、さすがの老婦人も居心地が悪かったのか、今後ともよろしくという言葉と共に40アルで釘を200本売ってくれた。

 更に店の奥から布の小袋に入った豆の焼き菓子を持ってきて、ご機嫌取りとばかりにミュラに差し出していたが、結局ミュラの機嫌は直らなかった。

 ミュラは不機嫌な顔をしながらも、しっかりと焼き菓子を受け取っていたのだが。


「うん、人を騙すのはよくないよね。俺がボケっとしてたのも悪かったんだけど」


「カズラ様は悪くないもん。悪いのはカズラ様を騙したおばあさんだもん!」


 ミュラは一良が騙されたことが余程許せないのか、若干涙ぐんだ瞳で一良を見上げる。

 そんなミュラを慌てて一良がなだめていると、視界の端にこちらへと向かってくるロズルーとターナの姿を見つけた。

 背負っていた薪や毛皮が無く、替わりに何かが入っている布袋を背負っている事から、全ての取引を終える事が出来たのだろう。


「おっ、ミュラちゃん、あそこにお父さんとお母さんがいるよ。もう用事は済んだみたいだね」


 一良がそう言うと、ミュラは今までの不機嫌な表情から一転して明るい表情になり、


「あっ、ほんとだ! おとーさん、おかーさん!」


 と大声で両親を呼びながら駆け出した。

 一良はタイミングよく現れた二人に感謝しつつ、走っていったミュラの後を追おうと歩き出すと、不意に斜め前方から現れた誰かの側頭部が一良の鼻っ面に激突し、一良はその衝撃でその場に尻餅をついた。


「い、痛ってぇ……」


「ご、ごめんなさい! 余所見していて……いたた」


「ちょっとエイラ、何やってるの!」


 一良が痛む鼻を手で押さえながら声のする方を見てみると、侍女服姿の女性が頭を押さえながら呻いており、その脇から上質な白いドレスを纏った物凄い美少女が慌てた様子で一良の元へと駆け寄ってきた。


「私の供の者が申し訳ありません! 走っていった子供を見て余所見をしていたら、貴方様とぶつかってしまったようです……大丈夫ですか?」


「え? あ、いや、大丈夫ですからお気になさらず」


 ドレスの裾が汚れるのも気にしない様子で、その場にしゃがみ込んで心底心配そうな表情で一良の肩に手を掛けてきた少女に一良は戸惑った。

 ぱっと見で判断したところ、その辺にいる人たちと比べて服装が格段に上質であり、従者まで従えているのである。

 そのような身分の高そうな人間が自分のような田舎者にこのように接する事自体驚きだが、それ以前に少女のあまりの美人っぷりに、一良は自らが赤面してくるのを感じた。


「お荷物の中身が出てしまっていますわ。エイラ、あなたも拾うのを手伝って」


「は、はい、申し訳ありませんでした」


 少女の言葉に、一良は地面を見て血の気が引いた。

 尻餅をついた拍子にズタ袋の入口が開いてしまっており、中身がいくつか地面に転がり落ちているのだ。

 だが、見たところ袋から出てしまっている物は万が一を思って袋の上のほうに入れておいた青銅の鍋や木のコップであり、日本から持ってきた缶詰やランタンは底のほうに仕舞っておいたためか、外には出ていなかった。

 一良は慌てて袋から出てしまった荷物を拾い、二人が拾ってくれたものと合わせてささっと袋に入れた。


「あら、靴の下に何か……」


 目に付く荷物を大急ぎで袋に入れて一良がほっと息をついていると、少女はかがんで自らの靴の下にあった何かを拾い上げた。

 ……ライターだった。


「す、すいません! それも私の荷物でして!」


「そうでしたか、お返しします……あら、これは何……っ!?」


 少女は手に持ったライターを一良に渡す際、妙にへこむ点火スイッチを不思議に思ったのか押し込んでしまい、見事に点火。

 ワンボタン式のライターであった上に、薪に火をつけるために火力メモリを最大にしてあったため、結構な大きさの火が出てしまった。

 火が出たことに驚いた少女は、驚きのあまりに手を引っ込めてしまい、その拍子にライターを取り落とした。

 その様子を見ていた侍女服姿の女性――エイラ――も、ライターから立ち上った炎に、目を点にしている。


「リーゼ様!」


 驚いて手を引っ込めた少女――リーゼ――に、一良たちの様子を遠巻きに見ていた数名の野次馬の中から、平民服を着た二人の若い男が駆け寄ってきた。

 男たちは街中にも関わらず、腰に剣を挿している。


「リーゼ様、どうなさいました!?」


「えっ!? 今火が……」


「貴様、何をしている! 動くな!」


 リーゼと呼ばれた少女が取り落としたライターを一良が慌てて拾おうとすると、男の一人に一瞬で腕を捻り上げられて拘束された。

 恐らく、この男達はこっそりついてきたリーゼの護衛なのだろう。

 

「あいたっ! わ、私は何もしてませんよ、本当です!」


 やはり高貴な身分の人物だったかと、一良は自分の運のなさに内心悪態を吐きながら弁明してみたものの、ライターを拾い上げられたら一貫の終わりである。

 いきなり罪人として処分されるようなことはないと願いたいが、連行された上で一良の荷物について厳しく追求されてしまうことは確実だろう。

 さらば村でのマッタリ異世界ライフ、などと一良が悲観していると、リーゼの後ろからロズルーたちが駆け寄ってきた。


「あの、私の連れが何か粗相を?」


 ロズルーが一良の腕を捻り上げている男に声を掛けると、男は鋭い視線でロズルーを睨み付けた。


「何っ、貴様らもこいつの仲間か! こいつはナルソン様のご息女であられるリーゼ様に危害を加えたのだ。貴様らも取り調べるから、詰め所まで来てもらおうか!」


「待ちなさい! この方は私に何もしていません!」


「そ、そうです! 元はといえば私がぶつかったのが悪いのであって、この方は何もしていません!」


 ナルソンのご息女という言葉にロズルーは一瞬硬直したが、すぐに頭を深く下げて謝罪を述べる。

 一良も、これはえらいことになったと捻られた腕に妨害されつつ謝罪を述べて頭を下げた。


 それでも二人の謝罪など一切無視し、腰元から縄を取り出して問答無用でロズルーたちまでも拘束しようとする男に、リーゼとエイラは慌てて割って入る。

 今まで、父親の私兵が尾行していることにリーゼは何となく気付いていたが、今回のように直接関わってくる事は初めてだった。


「しかし……」


「彼を放しなさい。二度は言いません」


「……はっ」


 リーゼが有無を言わさぬといった風にそう命ずると、男はしぶしぶ一良を拘束している手を放した。

 ロズルーは一良が解放されたのを確認すると深々と一礼した。

 一良たちもロズルーに習い、リーゼに対して深く頭を下げる。


「リーゼ様、ありがとうございました。それでは私達はこれで失礼いたします」



「あ、待ってください。先程落とした火の出る……あ、あれ?」


 立ち去ろうとする一良たちに、リーゼは先程落としたライターについて聞こうと足元を探したが、ライターは何処にも落ちていない。

 そんな様子のリーゼに、ロズルーはもう一度、失礼します、と声をかけると、一良の背を押して広場の入口へと歩き出すのだった。




「カズラ様」


 リーゼたちからある程度離れた所で、ミュラが差し出してきた手を一良が取ると、ミュラの手の中にはライターが握られていた。

 リーゼたちがやり取りをしている間に、地面に落ちていたライターをミュラがこっそり回収していたのだ。

 その様子を視界の隅で確認していた一良は、ミュラからライターを受け取って袋に入れると、


「ありがとう。助かったよ」


 と言ってミュラの頭を優しく撫でた。

 頭を撫でられたミュラは、


「うん!」


 と嬉しそうに返事をすると、再び一良と手を繋いで満足そうにしている。


「本当に危なかったですね。リーゼ様がああ言ってくださらなかったら、今頃どうなっていたことか」


「リーゼ様……さっき、私の腕を掴んでいた男がナルソン様のご息女と言ってましたね」


 ほっとした様子のロズルーに一良がそう言うと、ロズルーは、ええ、と頷いた。


「リーゼ様はまだ歳若いにもかかわらず、とても優しくて我々平民に対しても慈悲深く接してくださるという噂は聞いていたのですが、本当のことだったみたいですね。さすがはナルソン様のご息女であられる」


「近隣の有力者が沢山言い寄ってきているって話も聞きましたけど、イステール家のご令嬢という上に評判も良くて美人というなら、文句の付け所がありませんよね。言い寄る方が多いのにも納得できます。それに、若いながらに剣や槍の腕前も相当なものらしいですよ」


 歩きながら感心しているロズルーとターナに、一良は、なるほど、と頷いた。


「ふむふむ、天は二物を与えずとは言いますが、凄い人もいるものですね」


「天は二物を与えず?」


 一良の言った諺に、ロズルーとターナは小さく首を傾げている。


「天は一人の人間に、それほど多くの長所や才能を与えないという、私の国で使われている諺ですね」


 ロズルーたちとそんなことを話しながら歩いていると、広場の入口に立っているバレッタを見つけた。

 バレッタも一良たちに気付き、小さく手を振ると歩み寄ってきた。


「ロズルーさんたちと一緒だったんですね。釘は買えましたか?」


「ええ、200本程買えました。これで水車作りも出来そうです」


 一良の言葉にバレッタはほっとしたように微笑んだ。


「カズラ様の持ってきた宝石が2500アルで売れたんだよー」


「えっ!?」


「ちょ、あんまり大きな声で言わないで!」


 一良はミュラの口を慌てて押さえながら、目を丸くしているバレッタたちに先程の雑貨屋での一件を説明するのだった。




 その日の夜。

 蝋燭の明かりに照らされたそれなりに豪華な一室で、リーゼは両親と夕食を摂っていた。

 その部屋の広さは日本で言うところの畳12畳程度で、家族で食事を取る際に使うためだけにナルソンがしつらえさせた部屋である。

 部屋の床には動物の毛皮で作られた絨毯が敷いてあり、今は火が灯っていないが壁には暖炉が1つ設置されている。

 部屋に1つだけ設置されている窓は開け放たれ、その先には屋敷のあちこちに設置されている蝋燭の明かりに照らされた中庭が見える。

 季節は夏という事もあり、窓から時折入り込んでくる夜風が心地よく、虫たちの奏でる音楽がなんともいえない良い雰囲気を作り上げていた。


 3人が食事を摂っている長テーブルはそれほど大きいものではなく、あと2人分も食器を載せればテーブルの上は一杯になってしまうだろう。

 ちなみに今晩のメニューは、個人のものは塩をまぶして焼いた川魚に、豆と葉物のスープとパン、それにデザートのカットフルーツである。

 それとは別に、肉と野菜の炒め物が盛られた大皿がテーブルの中心に置かれている。

 

「リーゼ、毎月多くの者がお前に求婚しに来ているが、気に入った男は見つかったか?」


 ほぐした魚をフォークで口に運びながら問う自らの父親に、リーゼは内心溜め息を吐きながらも、表面上は少し困ったような笑顔で答える。


「いえ……会いに来てくださる方々はどなたもとても素敵な方ですけど、私はまだ結婚なんて考えられなくて……」


 リーゼがそう答えると、ナルソンはそうかそうかと笑顔で頷いた。


「まぁ、焦らずともその内お前も気に入るいい男が現れるだろう。お前が気に入った男であれば、貴族ではなく平民出の者でも構わんからな。ただし、イステール家の者となったら私が徹底的に鍛えるが」


 もう結婚させる気満々でアイザックを鍛えてるじゃないか、という言葉をリーゼは心の中で呟くと、ありがとうございます、と笑顔を作った。

 リーゼとしては、平民出でも構わないといった気遣いこそいらぬお世話であり、貴族以外の者と結婚するつもりは更々ない。

 他の貴族の娘のように、親が勝手に決めた者と強制的に結婚させられないことには感謝しているが、出来ることなら金持ちの貴族と結婚したいのだ。


 今まで、リーゼは特に不自由な生活を送ってきたわけではないが、他の貴族や王家に比べて明らかに華やかさが欠ける生活に対して、どうにもコンプレックスに感じていた。

 私生活で着る服や、他領の来賓を招く部屋などは比較的豪華にしつらえてあるが、それ以外では極力出費を抑えた生活を送らされている。

 ただでさえイステール家は、バルベールとの戦争の為にここ十数年で財政が急激に悪化しており、その節制度合いは前にも増して徹底してきているため、優雅な生活など夢のまた夢だ。


 今から4年前、領主会議に参加するナルソンに連れられて王都へ行った際に目にした、王族や取り巻き貴族達の優雅な暮らしぶりには衝撃を受けた。

 王都では、まだ10歳程だったが早くも美しさが際立ち始めていたリーゼに対し、沢山の貴族がリーゼに寄ってきては声を掛けてきた。

 更には、リーゼが将来美人になると確信した者たちが少しでも自分を印象に残そうと、美しい服や宝石といった豪華な贈り物を山のように贈ってきたのだ。

 その後、ナルソンは何故かリーゼを王都へ連れて行くことはなくなってしまったが、あの強烈な印象は今でもリーゼの心に残っており、自らも貴族なのにあのような優雅な生活ができない事に不満を覚えるようになったのだ。


「でも、結婚する相手は慎重に選びなさいね。身分の高さや家の大きさも重要かもしれないけど、頼り甲斐があって優しい人と一緒になったほうが絶対にいいと私は思うわ。後はあなたが夫を上手く教育して、足りない部分を補えばいいのよ」


 そう言って微笑む母に、リーゼは、はい、と笑顔で返事をしたが、内心複雑な気持ちであった。


 母の名前はジルコニア。

 歳はまだ26歳で、バルベールとの戦争が始まる直前、つまり10年前に父のナルソンが再婚した、兵士出身の平民出の女性である。

 ジルコニアは肩に掛かる程度まで伸ばされた銀髪に、無駄な贅肉の無い均整の取れた身体をしていて、おっとりとしたたれ目が印象的な顔立ちである。

 リーゼのように特別美人といったわけではないが、親しみやすい雰囲気を持った女性である。


 リーゼの本当の母親はリーゼが3歳の時に病死し、それからリーゼが5歳になるまでリーゼには母親がいなかった。

 そのため、ジルコニアがやってきた当初こそリーゼは人見知りをして打ち解けられなかったが、リーゼと仲良くなろうと積極的なジルコニアの姿勢もあって、二人はすぐに打ち解ける事ができた。


 しかし、リーゼが初めて王都へ行ってから1年が経った頃、リーゼはジルコニアの取る一つの行動が鬱陶しく感じるようになっていた。

 というのも、リーゼに面会に来る客人をジルコニアが独断で選別していることを、侍女のエイラから聞いて知ってしまったからだ。


 それまで、リーゼの美しさの評判を聞いて面会を求めてくる貴族や豪商が何人もいたが、リーゼと面会できたのはジルコニアが許可した者だけである。

 王都からやってきた大貴族や、挙句の果てには隣の地域を治めている大貴族のダイアス=グレゴルンまでも、ジルコニアの判断で面会を許される事はなかった。

 もちろん、ジルコニアが面と向かって拒否したわけではなく、ジルコニアに言われたナルソンがあれこれと嘘の事情を言って断っていたのだが、リーゼにしてみれば大きなお世話である。

 元々大貴族であったイステール家は、バルベールとの戦争で多大なる働きを見せて発言力も更に大きくなっており、リーゼとの面会を断られた貴族達も強く出ることができず、不満を持ちながらも面会を諦めて帰っていくしかなかった。

 何を基準にして面会の可否を決めているのかは分からないが、ジルコニアの独断で決められてしまうのには納得がいかない。

 しかし、ナルソンまでも協力しているとあっては反発することもできず、リーゼとしては我慢するしかない。

 日頃から休みも取らずに激務に追われていてなお、娘との時間だけはしっかりと確保する両親を見ていては、反発などできるはずもなかった。

 

 そこで、とりあえず今は両親に対して従順に振舞っておき、いつか王都へ行く機会が巡ってきた時に優良物件を手にすべく、自らの評判を少しでも上げるために、ジルコニアの選別を潜り抜けて面会に来た人には勿論の事、街の住人に対してでさえも極力好感を持たれるように振舞っているのだった。


「それはそうと、今日アイザックに国境沿いに建設している砦の視察を命じたのだがな……」


 リーゼの気持ちを知ってか知らずか、ナルソンは自らの推しているアイザックの話題を口にするのだった。




「ああもう! 私にどうしろっていうのよォー!!」


 両親との夕食を終えて自室に戻ったリーゼは、柔らかな天蓋付きベッドに倒れこむと、枕に顔を押し付けて絶叫した。

 最近、両親は食事の時に毎度のようにアイザックの話題を出してくるのだが、リーゼとしてははっきり言ってどうでもいい。

 アイザックを推したい気持ちは判るのだが、結婚相手を自由に選ばせてくれるのなら、特定の人物を押すような真似は止めてもらいたいものだ。


 リーゼがなおも


「アイザックなんてどうでもいいのよ! もう許してよ!」


 などと、アイザックが聞いたら首を吊りそうな言葉をベッドの上でじたばたしながら枕に叫んでいると、部屋の戸がノックされた。

 リーゼはすぐさま身体を起こし、ベッド脇の台に置いてある櫛で髪を整えて服装の乱れをぱぱっと直すと、


「はい、どなた?」


 と、落ち着いた声で答えた。


「エイラです! 失礼します!」


 エイラはそう返事をすると、まだリーゼが入室許可を出していないにも関わらず、慌てた様子で部屋に飛び込んできた。


「リ、リーゼ様! どどど、どうしましょう!?」


「ちょっ、落ち着きなさい! いったいどうしたの?」


 明らかに気が動転しているエイラに、リーゼが部屋の丸テーブルに置いてあった水差しの水をコップに入れて手渡すと、エイラは


「も、申し訳ありません」


 と断ってからコップを受け取り、中の水を一口飲んだ。


「部屋でエプロンを脱いだ時に気付いたのですが、エプロンのポケットから、こ、こ、こんなものが……」


 そう言うと、エイラはポケットから青みがかった乳白色の宝石が埋め込まれた、ハート形のペンダントトップを取り出した。

 ペンダントに埋め込まれた宝石は、部屋の蝋燭の光を反射してキラキラと美しく輝いている。


「……ッ!?」


 そのペンダントを見た瞬間、リーゼの思考は停止した。

 今まで沢山の宝石や装飾品を見たことがあったが、ここまで美しいものは見たことがない。


「ど、どうしましょう? 恐らく、私が昼間ぶつかった方のものだと思うのですが……リーゼ様?」


 リーゼはその後もエイラに声を掛けられているにも関わらず、ペンダントに目を奪われたまま固まっており、肩を叩かれてようやく思考を取り戻したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  貴族社会の子供なんて自分勝手な人が多い印象ですけど、貴族なら貴族の責務は果たすべきですよねぇ…。まぁ、その場合リーゼさんの考えは完全に間違ってる訳でもないですが…wでも理由がねぇ…w
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