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206話:硝石

 バレッタは食事を終えると、布袋を片手に村の入口へと向かった。

 入口の跳ね橋ではすでにシルベストリアが待っていた。

 バレッタが慌てて駆け寄ると、彼女は片手を上げてにっこりと微笑んだ。


「やほ。待ってたよ」


「シルベストリア様、遅くなってしまい申し訳ございませんでした」


「いやいや、いいって。あっちで話そう?」


 収穫されて一面茎だけになった麦畑に、シルベストリアが目を向ける。

 農作業の休憩に座るためか、丸太がいくつか置かれていた。


「はい。あとこれ、お土産です」


 バレッタがずっしりとした布袋を手渡す。

 イステリアから持ってきた、ドライフルーツの詰め合わせだ。


「お、ありがと……わっ、ドライフルーツじゃん! こんなにたくさん、高かったんじゃない?」


「いえ、これは自分たちで作ったものなんです。そんなにお金はかかってないですよ」


「あ、そうなの? けっこう手間がかかるって聞いたことがあるけど、大変だったんじゃない?」


「そうでもないですよ。それに、まとめてたくさん作ったので」


 そんな話をしながら畑に移動し、並んで丸太に腰掛けた。

 シルベストリアが袋からドライフルーツを少し取り出し、一つ口に運ぶ。


「ん、美味しい。はい、バレッタも」


「ありがとうございます。それで、お話って?」


「バルベールとの戦いがどうなったのか、詳しく聞こうと思ってさ」


 もぐもぐと口を動かしながら、シルベストリアが街道の先を見つめる。


「あなたたちの到着を知らせにきた伝令からは『新兵器と神々の助力のおかげで圧勝だった』って聞いたけど、いったい何があったの?」


「えっと……新兵器っていうのは、私とカズラさんで作ったもので――」


 バレッタが今までのいきさつをかいつまんで、シルベストリアに説明する。

 野戦で行われた、歩兵に対するクロスボウの一斉射撃とスコーピオンの支援攻撃。

 あわやというところで現れた、オルマシオール様と思われる巨大なウリボウ。

 砦攻めで行われた、カノン砲での遠距離攻撃。

 ハンドキャノンでの対騎兵隊戦での一方的な戦いなどなど。

 それらの話を、シルベストリアは神妙な面持ちで聞いていた。


「……そっか、本当に圧勝だったんだ。オルマシオール様まで助けに来てくれたんだね」


 そう言って、彼女は村の方を眺める。


「ジルコニア様も無事だったんでしょ?」


「はい、なんとか救出できました。ロズルーさんが単身で砦に侵入して、救い出してくれて」


「ロズルーさんって、狩人やってる人だよね? あの人、そんなことまでできるんだ」


 感心した様子でシルベストリアが頷く。

 村人たちやバレッタが剛力を持っていることは知っており、その力のおかげだろうということは察している。

 だが、あれこれ聞いてバレッタを困らせるつもりはない。


「ほんと、砦の奪還が上手くいってよかったよ。確か、10日くらい前だったかな? 西から軍隊がこっちに向かってきた時は、内地にまで攻め込まれたのかって思って大慌てしたんだから」


「えっ、軍隊ですか?」


「うん。グレゴルン領から来た騎兵隊と軽装歩兵。全部で1000人くらいいたと思う」


 それを聞き、バレッタはナルソンが無線でイクシオスとやりとりしていた内容を思い出した。

 彼らはイステリアに駐留していたが、今頃はグレゴルン領への帰路についているはずだ。


「物資の補充をさせてくれって言ってきたから、麦と水を分けてあげたんだ。私たちが作ってた麦の刈り入れが終わったところだったし、有り余ってたからちょうどよかったよ」


「そんなことがあったんですか。じゃあ、私たちがここに着く何日か前にも、また寄って行ったんですね」


「うん。寄ったどころか、2日間泊っていったよ」


「えっ、どうしてですか?」


「『物資を貰ったお礼』って言ってた。畑仕事とか、木の切り出しとかいろいろ手伝ってくれてさ。おかげでほら、あのとおりだよ」


 シルベストリアが野営地の端を指差す。

 そこには丸太が山積みになっていて、傍には薪置き小屋がいくつも出来上がっていた。

 いくらなんでも作りすぎなのでは、というくらいに薪は積み上げられている。

 あれだけあれば、もう今年1年は薪の心配はしなくても済みそうだ。


「す、すごいですね。あんなにたくさん……」


「ね、すごいよね。物資のことは気にしなくてもいいって言ったんだけどさ、部隊長のおじさんがどうしてもって言ってさ。あんまりにも腰が低くて、断るのも悪い気がしてやってもらっちゃった」


「そうだったんですね……部隊長さんって、貴族のかたですか?」


「ん? どうだろ。短剣に家紋は入ってなかったから、たぶん違うんじゃないかな。どうして?」


「いえ、グレゴルン領の貴族様って、その……あんまりいい話を聞かなかったので、もし貴族様だったら意外だなって思って」


「あー……」


 シルベストリアが同意するように頷く。

 実際、グレゴルン領の貴族はプライドが高く、横暴な者が目立つのだ。

 全員がそうというわけではないのだが、なかには権力にものを言わせて、あれこれ理由を付けて器量のいい女性を無理やり召し上げる輩もいるとシルベストリアは聞いたことがあった。


「確かにそういう噂はあるよね……その点、この間の部隊長さんは立派だったなぁ。世話になったからって、部隊が帰るのを遅らせてまでお礼してくれてさ。すんごく腰が低かったし」


「そういう人もいるんですね……あ、でも、その人は貴族様じゃないんですよね」


「うん、平民だと思う。でも、平民上がりで出世したやつは、たいていはたちが悪いって聞いたことがあるよ」


「えっ、そうなんですか?」


「らしいよ。権力持って好き勝手やってる貴族のことを見てきてるから、自分もやってやるって感じになっちゃうんだって。実力でのし上がってきた分頭も回るから、余計にたちが悪いんだってさ」


「なるほど……」


「そういえば、アイザックは元気?」


 そういう人もいるのか、とバレッタが頷いていると、シルベストリアが話題を変えてきた。

 実は、一番聞きたいことは戦いの詳細ではなく、こっちなのだ。

 砦の奪還戦があったと聞かされた時から、アイザックの身が気がかりで仕方なかった。

 バレッタの様子がいつもどおりだったので、無事なのだろうとは思っていたのだが。


「はい、今頃はナルソン様と一緒にイステリアに戻ってると思いますよ」


「そっか。戦闘には参加したんだよね?」


「はい。臨時で、第2騎兵隊の隊長を務めてました」


「えっ、すごいじゃん。いきなり隊長に抜擢されるなんてさ! 後で褒めてあげないと!」


 まるで自分のことのように喜ぶシルベストリア。

 おや、とバレッタは内心思うが、口に出したりはしない。


「それで、怪我とかはしてないんだよね?」


「ええ、かすり傷1つ負ってないですよ」


「そっか。よかった……」


 シルベストリアがほっとしたように息をつく。

 それを見て、バレッタはくすっと笑った。


「ん、なに? どうかした?」


「いえ、なんでもないです。ふふ」


 バレッタは微笑むと、さて、と立ち上がった。


「そろそろ私は戻りますね。リーゼ様をお待たせしているので」


「あっ、そうだったの!? それならそうと言ってよ! 私なんかに構ってる場合じゃないって!」


「すみません。では、失礼します」


 ぺこりとバレッタが頭を下げる。


「あ、ちょっと待って! バレッタにお願いしたいことがあるんだけど」


「はい、なんですか?」


 バレッタが小首を傾げると、シルベストリアは少し気まずそうに頬をかいた。


「さっきさ、私、カズラ様にすごく失礼な態度取っちゃったから……イステリアに戻る時にでもいいから、少し時間を取ってもらいたいの。謝りたくって」


「あ……はい。分かりました。人のいないところに、こっそり呼びますね」


「うん、ありがと。……はあ。私って、どうしていつもこうなのかな。すぐ感情的になっちゃって」


「あはは……まあ、仕方がないですよ。それに、ちゃんと反省してごめんなさいもできるんですから、大丈夫です」


「うう、あなたはほんといい子だねぇ……」


 そうしてバレッタはシルベストリアと別れ、村へと戻るのだった。




 バレッタが駆け足で戻ると、畑の傍の空き地でリーゼが1人の男の子を追いかけまわしていた。

 それを、エイラとマリー、そして数人の子供たちが座って眺めながら騒いでいる。

 どうやら鬼ごっこをしているようなのだが、逃げる男の子も追いかけるリーゼも速さが尋常ではない。

 双方とも、明らかに普通の人間が走る速さを大幅に上回っていた。

 男の子は小柄な体躯を生かして、右へ左へとすさまじい速さで逃げ回っている。

 リーゼはそんな彼を付かず離れずといった具合である程度追いかけると、動きのパターンを読んで予測進路上に猛ダッシュした。

 思い切り地面を蹴ったせいで、踏み込んだ土がえぐれてしまっている。


「捕まえたっ!」


「わあっ!? リーゼ様、速すぎるよ!」


 背中をタッチされた男の子が足を止め、がっくりと肩を落とす。


「はあっ、はあっ……へへーん! これが大人の力なのさ!」


 リーゼがぜいぜいと息を切らしながら、腰に手を当てて胸を張る。

 エイラからタオルを受け取り、汗を拭った。

 駆け寄ってくるバレッタの姿を認め、ほっと息をついて子供たちに顔を向けた。


「さてと。私はこれからやることがあるから、今日はここまで! また今度遊ぼうね!」


 リーゼが言うと、子供たちから「えーっ!?」と不満の声が上がった。


「まだちょっとしか遊んでないじゃん!」


「リーゼ様、もっと遊ぼうよ!」


「あとちょっとだけでいいから!」


 やいのやいの騒ぐ子供たちを、リーゼは、まあまあ、と両手を小さく振って制する。


「ごめんね、私はまた今度。代わりに、このお姉さんたちが遊んでくれるから」


「「えっ!?」」


 指名されたエイラとマリーが、ぎょっとした顔になる。

 子供たちは「それならいいか」といった様子で、彼女たちの周りに集まって行った。

 リーゼはそそくさとその場を離れ、バレッタに歩み寄る。


「はあ……戻ってきてくれて助かったよ。疲れた……」


「ふふ、お疲れ様でした。少し休憩しますか?」


「ううん、大丈夫。爆弾作るんでしょ? カズラが戻ってくるまでに、用意しておかないと」


「分かりました。行きましょうか」


 2人して畑のあぜ道を歩き、『火を持ち込まないでください』と張り紙がされた小屋へとやってきた。

 ガラガラと引き戸を開け、中に入る。


「そういえばさ、火薬の材料って山から取ってきてるの?」


「……えっ?」


 バレッタが驚いてリーゼを見る。

 それを見て、リーゼは慌てて胸の前で手を振った。


「あっ、違う違う! 探りを入れてるとか、そういうのじゃなくて……ほら、材料をお父様に聞かれたとき、言えないってカズラは言ってたでしょ?」


「はい」


「言えないってことは、日本じゃなくてこっちで手に入れてるってことだからさ。日本でしか手に入らないなら、隠す必要もないし」


「……」


「そんな顔しないで。たとえ知っても絶対に墓場まで持って行くよ。お父様にだって言わない。約束する」


 それに、とリーゼが付け加える。


「カズラに買ってきて欲しい物を頼む時に、『爆弾に使うから硫黄粉末と有刺鉄線が欲しい』って、あなた言ってたじゃない。あれ、私たちのことを信頼してくれてるから言ったんでしょ?」


「あ」


 バレッタはリーゼに指摘されて、初めて気が付いた。

 それも、リーゼだけならともかく、エイラやマリーがいる前で言ってしまっていたのだ。

 愕然としているバレッタに、リーゼは苦笑を浮かべる。


「やっぱり、自覚なかったんだね。2人にはちゃんと口止めしておいたから、大丈夫だよ。お父様に聞かれても絶対に言うなって言ってあるから」


「……ありがとうございます」


「そんな顔しないでよ。悲しくなるじゃない」


「す、すみません」


「私も、あなたたちと一緒に頑張りたいの。何でもやるから、お願い、手伝わせて」


 真剣な顔でバレッタを見つめるリーゼ。

 バレッタもその視線を受け止め、頷いた。


「分かりました。でも、私たち3人だけの秘密でお願いします」


「うん、ありがとう」


 リーゼがほっとしたように微笑む。

 バレッタが一良に指示を仰がず、自分の判断で受け入れてくれたことが嬉しかった。


「材料ですが、リーゼ様のおっしゃるとおり、山から取ってきています。今は、村の人たちにお願いして採掘してもらっています」


「そうなんだ。村の人たちは、それが火薬の材料だってことは知ってるの?」


「いえ、知りません。必要だから取ってきて欲しいって、お願いしているだけです」


「そっか。皆、何も聞かずにやってくれてるんだね」


「はい」


「それで、その材料は山には十分にあるの? この前の戦いの時、カズラが無線で『弾はあるけど火薬がほとんどない』とか言ってたけどさ」


「それは大丈夫です。山にたくさんある廃鉱に、すごい量が埋蔵されているので。硝石っていう材料です」


「……廃鉱?」


 リーゼが眉根を寄せる。

 なぜそんな顔をするのかバレッタは分からず、小首を傾げた。


「どうかしましたか?」


「それって、今採掘してる場所以外の他の鉱山からでも採れるんだよね?」


「古い廃鉱からなら採れるはずです。廃鉱に住み着いている蝙蝠の糞が蓄積して、結晶化したものが材料になるんです」


「古い廃鉱って……バレッタ、それ、まずいよ」


「えっ? まずいって、何がです?」


「たしか、領内の廃鉱は片っ端から水を流し込んで崩落させて、再採掘してるはずだよ。早く止めないと、廃鉱が全部潰されちゃうよ」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 他の人にグレイシオールの事をバラしておきながら何のお咎めもないシルベストリアさん。 最重要機密情報だけど放置しておいていいの?しかも個人の感情で行動しといて誇りも何もあったもんじゃない…
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