203話:同じ匂い
「わっ!? な、何これ!?」
「こ、こんなこともできるんですか……」
テーブルに置かれたノートパソコンの画面を見て、リーゼとバレッタが驚きの声を上げた。
画面には、以前バレッタがスマートフォンで撮影した一良の写真が表示されている。
だが、その写真は顔の部分がぐにゃりと歪み、まるで安っぽいホラー画像のようになってしまっていた。
付属のペイントソフトで、一良が少しだけいじったのだ。
「こんなふうに、動画も加工できるんだよ。もっとも、俺みたいな素人じゃ上手には作れないけどさ」
「撮影した動画を加工して、地獄の映像を作るってこと?」
顔の歪んだ写真から目を逸らしつつ、リーゼが聞く。
「そういうこともできる。といっても、俺はそんな技術持ってないから、プロにお願いすることになるけど」
「河川改修工事の図面の時みたいに、日本の業者さんに頼んで作ってもらうってことですか?」
「そのつもりです。ただ、どんなふうに作ればいいのかイメージも描けてないんで、どうしようかなって」
「どんなふうに、ですか……」
バレッタがカチカチとマウスを操作し、写真をいじくり回す。
一良の上半身が背景ごと変形し、さらに気味の悪いものが出来上がった。
うっ、とバレッタが顔をしかめる。
リーゼは見たくないのか、顔を逸らしたままだ。
「こう、アルカディアの人たちがイメージする地獄ってどんなものなんです?」
「どんなものって言われても……考えたこともなかったです」
「ありゃ、そうなんですか。リーゼはどうだ?」
話を振られ、リーゼが唸る。
「んー……これこれこういう場所っていう細かい話は聞いたことないかな。言い伝えとかもないと思うよ」
「えっ、そうなのか? 何となくでもいいんだけどさ」
「そう言われても……悪いことした人たちが罪を償う場所なんだから、とにかく酷い目に遭う場所なんじゃない?」
「酷い目、ねぇ……」
「カズラさんの国の人たちが想像する地獄って、どういうところなんですか?」
変形した写真を閉じ、バレッタが一良を見る。
「日本の絵本とか昔話だと、鬼っていう化け物に巨大な大釜で釜茹でにされたり、針でできた山をひたすら上り下りさせられたりしますね」
「釜茹でと針の山ですか……釜茹ではともかく、針の山なんてあっという間に死んじゃいそうですね」
「いや、亡者はもう死んでるから、体中穴だらけになりながら延々と上り下りするんです。極限の苦しみがひたすら続く感じですね」
「あ、穴だらけですか……」
想像してしまったのか、バレッタは足をもじもじさせている。
「まるで、極悪人がやられる刑罰みたいだね。釜茹でなんかは、やってる国もありそうだし」
「そうなのか? そういえば、この国の刑罰とか全然知らなかったな……どんなのがあるんだ?」
一良に聞かれ、リーゼが口元に手を当てて考える。
「講義で聞いたのしか知らないけど、一番すごいのは焼けた鉛の棒を死ぬまで何度も身体に押し付けるやつかな。すぐに死なないように、少しずつ焼くんだって」
「うげ、それは刑を執行する人もきつそうだな……すぐに死なないようにってのが、なおのこときついな」
「王家とか領主に謀反とか暗殺を企てたりすると、これらしいよ。大昔に1度やったことがあるみたい。何日かに分けて執行して、貴族は全員見学するのを強制させられたんだってさ」
「見せしめの意図もあるだろうからな。他にはどんな刑罰があるんだ?」
「んーと、実質死刑と同じなのは、鞭打ち、火あぶり、舌引き抜きとかかな。溶けた鉛を飲ませるのもあったと思う」
「ほうほう、いろいろあるんだな。他には?」
「……もしかして、実際の刑罰を動画で使うの?」
明らかに『見たくない』といった表情でリーゼが言う。
「あ、いや、ただ興味本位で聞いただけだよ。一般的に地獄がどんなものか認知されてないなら、動画は映画の映像を切り貼りして作ったものを使えばいいかな」
「映画? なにそれ?」
「娯楽用に作られた、物語形式の映像のこと。おとぎ話とか昔話とか、作り話を映像で作ったりするんだ」
「えっと……演劇を撮影した動画のこと?」
「そういうのもあるけど、映像自体を本物そっくりに作ることができて……何て言ったらいいのかな」
上手い説明の仕方が思いつかず、一良が唸る。
バレッタは百科事典の知識があるためか、分かっている様子だ。
「『コンピューターグラフィックス』とか、『アニメーション』のことですよね?」
「そうそう、それです。そういう技術で、地獄をモチーフにした映画がすでにあるんで、それを切り貼りして作るのもありかなって」
「切り貼りですか。映像をつなぎ合わせるんですね?」
「ええ。1から作るよりは、かなり簡単に作れると思うんで。地獄がどんなところかっていう具体的な言い伝えがないなら、たぶんそれでも平気かなと」
「そうですね。業者さんにお願いすれば、製作期間も短くて済みそうですもんね」
「じゃあ、何か適当にそれ系の映画を探して、業者さんにお願いしてそれっぽく作ってもらいますね」
「はい。ハンドキャノンとかカノン砲の紹介動画みたいな感じで作ってもらえれば、きっと分かりやすく……あ」
何かに気づいたように、バレッタがはっとした顔になる。
「カズラさん、やっぱりそれダメですよ」
「え、何でです?」
「日本で作るってことは、音声は日本語なんですよね?」
「あっ、そうか!」
以前、兵器の紹介動画を皆に見せた時、一良以外は動画から流れてくる日本語を理解することができなかった。
日本の業者に丸投げして動画を作ってもらうにしても、こちらの世界の言語の字幕を入れるか、音声を吹き替える必要がある。
「うーん……そしたら、バレッタさんとリーゼに台詞を録音してもらいますか」
「えっ、わ、私たちがですか!?」
バレッタがぎょっとした声を上げる。
「はい、お願いします。3人で映画を見ながら、どんな説明にすればいいか考えましょう。リーゼもお願いできるか?」
「うん、いいよ。映画っていうのにも興味があるし、日本語の勉強にもなりそうだし」
「ありがとな。それじゃ、ひとまず動画の話はこれでいいか」
一良がソファーから立ち上がる。
「ウリボウたちを砦に運ぶように伝えてくるか。あと、怪我人たちの様子を見に行こうかな」
「あ、私も行く。カズラのお薬も持って行っていい?」
「そうだな、持って行こうか」
「うう、王族のかたたちに見てもらう動画に、私が声を入れるなんて……」
「大丈夫ですって。何度でも撮り直しできるんですし、実際に王族の前で話せって言ってるわけじゃないんですから」
「それでも心配です……」
「なら、私が全部やってあげるよ。たぶん上手くできると思うから」
「あっ、いえ! 私も頑張ります!」
そんなやり取りをしながら、3人は部屋を後にした。
その日の深夜。
一良は1人、暗視スコープと紙袋を手に、邸宅の屋上から砦内を眺めていた。
ところどころに篝火が置かれてはいるものの、月明りもほとんどなく、砦内はほぼ真っ暗だ。
「……うーん、今日は来ないのかな」
戦死した味方が集められている建物の方へ目を向け、ぽつりとつぶやく。
もしかしたら、数日前の戦いの時のように、あの黒い女性とウリボウがやってくるのではと思ったのだ。
バレッタたちに言うと間違いなく一緒に起きていようとするはずなので、あえて何も伝えなかった。
明日は早起きして出発する予定なので、連日働きづめだった彼女たちにあまり無理はさせたくない。
こうして屋上にいるのは、敵兵の死体が集められている広場と味方の死体が納められている建物の場所が、ちょうど邸宅を挟んで反対方向に位置しているからだ。
敵兵の死体はあまりにも多かったため、建物に収めることもできずに広場に並べて雨ざらしとなっている。
「今日はこないのかな……ん?」
その時、味方の遺体が納められている建物の窓から、ちらりと何かが光るのが見えた。
慌てて暗視スコープで窓をズームする。
キラキラと、以前見た蛍のような光が舞っているのがはっきりと見えた。
「あれは……もう中にいるのか。いつの間に入ったんだ? 見張りの人は……って、寝てるし」
建物の入り口にレンズを向けると、見張りの兵士が槍を片手に立ったまま舟を漕いでいた。
何のための見張りなのかさっぱり分からない。
「次はきっと反対方向に行くはずだ。先回りしないと!」
貴重な機会を逃してなるものかと、一良は階段を駆け下りた。
「はあっ、はあっ……ま、まだ来てないよな?」
大量の死体が並べられている広場にたどり着き、荒い息を吐く。
ぐるりと周囲を見渡してみるが、誰もいない。
「私をお探しですか?」
「うわあっ!?」
突然背後から声をかけられ、一良は振り向きざまにその場に転倒した。
驚きのあまり、足をもつれさせて無様に転んでしまった。
「あ! も、申し訳ございません! そこまで驚くなんて思わなくて!」
「いてて、いつの間に後ろに……ていうか、驚かすなんて酷いですよ」
倒れた姿勢のまま、打ち付けた頬を撫でる。
ヒリヒリとした痛みが、頬に伝わる。
どうやら、擦りむいてしまったようだ。
「ごめんなさい。こんなことになるなんて……」
女性の手を取り、立ち上がる。
やれやれと、服に付いた埃を払った。
「こんな場所で驚かされたら、誰だってこうなりますよ。勘弁してください」
「すみません……」
黒い女性がしゅんと肩を落とす。
「えっと、また戦死者の魂を送りに来てくれたんですか?」
「はい。カズラ様をお迎えに行こうかとも思ったのですが、建物の上から見ていらしたので、いいかなって」
そう言うと、彼女は周囲の死体を見渡した。
それらの死体から、一斉に小さな光の玉が浮かび上がる。
あまりの数の多さに、周囲がぼんやりと明るくなった。
光の玉は胸元くらいの高さにまで浮かび上がり、ふっと消えた。
「終わりました。では、失礼いたします」
「あ、ちょっと待ってください!」
ぺこりと頭を下げる女性を、一良は慌てて引き留めた。
持っていた紙袋を彼女に差し出す。
「これ、持って行ってください。傷薬と栄養ドリンクっていう飲み物と、お菓子もたくさん入ってます」
「えっ、私にですか?」
「はい。この前は危ないところを助けていただいて、ありがとうございました。怪我もしているって言っていたので、そのお礼とお詫びです」
「まあ、ありがとうございます。では、遠慮なく」
彼女が紙袋を受け取り、にっこりと微笑む。
「あの、あなたはいったい何者なんですか? オルマシオール様なんですか?」
「一部のかたは、そう考えているみたいですね」
「みたいって……オルマシオール様じゃないんですか?」
「違います。ですが、今後はそう呼ばれるようになるかもしれませんね。カズラ様や、森の奥にいる……あ、そうそう」
女性は思い出したように、ぽんと手を打つ。
「カズラ様が行き来している森の奥で、カズラ様と同じ匂いの魂がずっと彷徨っています。今度森から戻ってくる時に、一緒に連れてきてあげてください」
「えっ、俺と同じ匂い?」
「はい。かれこれ300年近く彷徨っています。彷徨っている場所が遠すぎて、私では導くことができません。お願いしますね」
「は、はあ……えっ!?」
一良が瞬きをした瞬間、女性の姿は掻き消え、目の前に真っ黒なウリボウが現れた。
ウリボウは紙袋の紐を咥えると、一良にぺこりと頭を下げた。
そして、くるりと背を向け、風のような速さで音もなく闇の中へと消えて行ってしまった。
「……やっぱり、あの人はウリボウだったのか。これ、夢じゃないんだよな?」
頬の傷をもう一度触る。
ヒリヒリした痛みが走った。
やはり、夢ではないようだ。
「今度、写真撮らせてくれってお願いしてみようか……さすがに失礼かなぁ。ううむ」
あの世の話聞けなかったな、などとぼやきながら、一良はその場を後にした。




