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2話:村にて その1

「すごいなぁ。どういう仕掛けになってるんだろ」


 畳部屋と石畳の通路の境目に、顔を半分ずつ出したまま、一良は呟いた。

 ちなみに、通路との境目になっている畳部屋のスペースには、靴で歩いてもいいようにブルーシートが敷いてある。


 現在一良の視界は、左目に石畳の通路、右目に元居た畳部屋が映っているという何とも奇妙な状況になっている。

 暫くそうして新感覚を楽しんでいたが、脳みそが混乱したのか吐き気がしてきたので、石畳の通路へ移動した。


「奥はどうなってるんだろ。何か明るいけども」


 通路の奥を見てみると、30メートル程先に曲がり角があり、外から光が入っているのか、明るく見える。

 通路自体も、ヒカリゴケのようなものが明るく照らしている。


 一良は「ヒカリゴケって確か天然記念物だけど、役所に連絡したほうがいいのかな」などと考えながら、奥の光を目指して通路を進んで行くと、曲がり角の隅に何やら妙な物体を見つけた。


「ん? 何だこれ……げっ!」


 それはよく見てみると、風化してボロボロになった和服を纏った人骨らしきものだった。


「マジかよ……、誰の死体だよ。てか、白骨化して服がボロボロって、どんだけ長い間放置されてたんだよ」


 一良は人骨から数歩後ずさり、「やっと静かな場所にこれたと思ったら、いきなり警察のお世話になるのか」とぼやきながら、警察に通報するべく携帯電話を取り出した。


「あれ、圏外になってる」


 屋敷に着いたときにはしっかり3本立っていた電波表示が、ここでは何故か圏外表示。

 この通路の中にいるからかと、外に出るべく曲がり角を曲がってみると、曲がり角の先は直接外の雑木林に繋がっており、外に出ることができた。

 そこでもう一度携帯電話を確認してみるが、電波は相変わらず圏外のままだ。


「おかしいなぁ、何で圏外なんだろう」


 一良は首を傾げながらも、電波の繋がる場所へ移動しようと、自分の車を探して周囲を見渡した。


「……車どこだよ。むしろ屋敷はどこだよ。それに、今気づいたけど屋敷の周りって雑木林じゃなくて竹林だっただろ」


 携帯片手に周囲を見回す一良の視界には、先ほど通ってきた通路の入り口と雑木林しか入ってこない。

 屋敷の奥の部屋からここまで、一良の移動した距離はせいぜい50メートル。

 普通に考えて、たかだかそれだけの移動距離でこの周囲の環境の変わりようはありえない。


「……これはもしや」


 一良は真剣な表情でそう呟くと、元来た石畳の通路を走って戻った。

 途中で白骨死体に「ちょっと通らせてもらいますよ」と声を掛ける。


「……やはりそうか」


 畳の部屋に戻って再度携帯電話を確認すると、電波はしっかりと3本立っていた。


「この敷居の先は、きっとどこか遠くの別の場所に繋がってるのか。どうりで鍵が掛けられて封印されていたわけだ」


 一頻り納得すると、「これはすごい超常現象だ!」と興奮を覚えながら、屋敷の入り口に置いておいたボストンバッグを持つと、再び敷居を跨いで雑木林に向かった。

 白骨死体の通報はとりあえず置いておき、自らの冒険心を満たすことにしたのである。


「世界の怪奇事件とかだと、アメリカの端から端に一瞬で移動したとかいう話もあるからな。日本以外の国に移動してる可能性もあるぞ」


 一良は道に迷わないように、通った場所の木に拾った石で印をつけながら5分程歩くと、雑木林が急に終わって目の前に畑が現れた。

 畑の先には、木で出来たシンプルというか簡素な家がポツポツ見られ、どうやら村のようであり、畑仕事をしている数名の住民の姿も見られる。


「おお、第一村人発見。……髪がブロンドってことは、ここはヨーロッパかアメリカあたりだろうか」


 一良の頭に一瞬「不法入国」の文字が浮かんだが、観光客のフリをしていればいきなりバレることも無いだろうと楽観することにした。


 そして、折角だからと持っていたデジカメで写真を撮っていると、村人も一良に気づいたのか、付近の村人とこちらを見ながら何やら話している。

 一良は、不審者と思われたら面倒なことになると思い、通報される前にこちらから話しかけることにした。

 ボストンバッグを持っていれば、観光客にも見えるだろう。


「はろー! あいむツアーリスト。あいむジャパニーズ!」


 ニコニコと微笑み大きく手を振りながら彼らに向かって畑のあぜ道を歩く一良に、周囲と何やら話していた金髪ショートカットの妙に痩せた男は、


「え? 何ですって!?」


 と完璧な日本語で返事をしてくれた。

 一良は振っていた手を萎れるように下ろし、


「ちくしょう……海外かと思ったら、長崎のオランダ村とか青森のアメリカ村みたいなノリの所かよ……」


 と、やるせない気持ちになりながらも、とりあえずは日本でよかったと気を取り直した。


「観光でこの辺に来てるんですけど、最寄の駅って何処にありますかね?」


 てくてくと歩いて村人の所まで近寄り、現在地を確認しようと話しかけると、先ほど返事をした男は困ったような顔をして他の村人に目を向けるが、どの村人も困惑した表情をしている。


「あの、何のことか私にはわからないのですが……ナルソン様の使いの方ですよね?」


「は?」


 男の言葉に、今度は一良が困惑した。

 駅を尋ねる人間に、「何のことかわからない」と言う返答こそ意味がわからない。

 ってか、ナルソン様って誰だ。


「あーっと、トレインにライドしたくてステーションを探しているんですけど……」


「……申し訳ありません。貴方様が何を言っているのか私にはわからないのですが」


 何処と無く緊張している様子の男の言葉に、一良は腕を組んで俯き、「ううむ」と唸った。

 駅という単語がわからないのかと思い、咄嗟に少ない知識を総動員してルー語のような文章を紡いだのだが、まるで伝わらないようだ。

 むしろ、ここまで流暢な日本語を話しているのに、駅という単語がわからないはずがない。


「(……まるで、駅という単語そのものを初めて聞いたというような反応だな)」


 そう考えた瞬間、一良はハッとして顔を上げ、改めて周囲を見渡した。

 目に付く建物は簡素な木造平屋の家ばかりで、屋根は藁のようなものが敷き詰めてあり、お世辞にも立派とは言えない。

 目の前にいる村人たちの服装も、何の素材で出来ているのかはわからないが、縫い目は粗く、無地である。

 畑に目を向けてみると、置いてある鍬は、持ち手も刃の部分も木製で、使い易そうにはとても見えない。

 それに、一良と話している村人たちは随分と痩せ細っていて、明らかに栄養失調気味だ。


「(ここは本当に日本なのか? 全然違う世界なんじゃないか?)」


 目の前で消滅する南京錠や、跨いだだけで空間が切り替わる敷居があるのだ。

 この場所が異世界ということもありえる気がしてくる。


 一良は、もし彼らが何かのイベントで古代人のような演技していたとしても笑われるだけだと考え、「彼らが演技をしていない素の対応をしている」として行動することにした。


「ああ、すいません。つい方言が出てしまって。旅の商人をしております、カズラと申します。今晩何処か泊まれる場所を探しているのですが」


 一良は組んでいた腕を解き、営業スマイルでさらりと嘘をついた。

 思うに、この世界……もしかしたらこの付近だけかもしれないが、文化レベルはかなり低い。

 右手にぶら下げているボストンバッグの中身だけでも、十分商人としてこの状況をやり過ごすことが出来るはずだ。


「商人の方なのですか? 今までこの村に商人がやってきたことなんて一度もないのですが……」


「おや、そうなのですか。道に迷って偶然この村に着いたのですが、私がこの村に訪れた商人第一号となるわけですね。偶然とはいえ、名誉なことです」


 人の良さそうな笑みを浮かべる一良に、男も他の村人たちも緊張が解けたようだ。

 彼らは恐らく、一良のことをナルソンというこの付近の有力者の家来か何かと勘違いしていたのであろう。


「お近づきの印と言っては何ですが、私の扱っている商品の一部を村にお贈り致しましょう。塩、それに痛みを止める薬などはいかがでしょう?」


「えっ、塩? ……塩ですって!? それに薬!?」


 驚愕する男に、一良は内心ほくそ笑みながら


「ええ、塩と薬です。友好の印に、少しですがお譲りします」


 と微笑んだ。

 一良の記憶が正しければ、大昔の時代で塩や薬といったら、その価値はかなりのものだったはずである。

 目の前にいるような平民には、塩はともかく、薬などは絶対に手の出せるようなものではない。


「ちょ、ちょっと村長を呼んで……いや、村長のお屋敷に案内しますから、ついてきてください」


 慌てた様子で促す男に、一良は「わかりました」と笑顔で返しながら、心の中で「よし」と呟く。

 これで、村長という立場の者に好印象を与えることができれば、暫くこの村を拠点にして、異世界探索ができるかもしれない。




 男に連れられて村の中を歩くこと10分。

 村の家々に比べれば、それなりにしっかりした一軒の屋敷にたどり着いた。

 男は一良に「ちょっと待っていてください」と言うと、屋敷の引き戸を強くノックする。


「バレッタさん、ロズルーです! 旅の商人さんをお連れしました! 塩と薬を譲ってくださるそうですよ!」


 一良を屋敷まで連れてきた男――ロズルーという名前らしい――が戸を叩いてから待つこと10秒ほど。

 戸が開き、これまた痩せ細った若い女が顔を出した。


「あ、ロズルーさん……薬って聞こえましたが……」


 女の目の下には濃い隈が出来ており、手足は細くて棒のよう。

 何処に出しても恥ずかしくない、完璧な栄養失調と過労の化身である。

 身長が170cmちょっとである一良よりも頭一つ分程小柄な体格も相まって、なおのこと儚げな印象を受ける。

 女は肩ほどまで伸ばしている金髪を首の後ろで一つに結んでいるのだが、栄養失調のためか髪にも潤いが無くパサついて見えた。


「(しっかり休んで栄養さえとれれば、結構可愛くなりそうだなぁ)」


 栄養失調でガリガリな今ですら、一良の見立てでは顔立ちはかなり可愛い部類に入る。

 女を見てそんな感想を抱いている一良を他所に、ロズルーは興奮した様子で話し始めた。


「ええ! カズラさんが譲ってくださる薬があれば村長の病も治るかもしれません!」


「えっ、本当ですか! 父の命は助かるんですか!? ありがとうございます!」


 薬と聞いた女、バレッタは、疲労に染まった顔をパッと輝かせ、一良を見ると涙を滲ませながら頭を下げた。


「え? ちょ、ちょっと待ってください。貴女のお父様はご病気なのですか?」


 何やら話が、一良が目の前の女の父親を救う救世主のような方向になってきている。

 風邪や腹痛程度に使う薬ならば持っているが、万が一結核とか癌などだった場合はどうしようもない。


「はい、5日ほど前から寝込んでしまって、ずっと熱は出ているし、栄養をつけさせようにも食べ物はろくな物が無くて……。お金さえあればお医者様を呼ぶことができるのですが、私たちのような者にはとても払えるような金額ではなくて……。もう、半分諦めかけていたんです」


 どうやら、彼女の父親はかなりの重病らしい。

 そして、何故か彼女たちは一良が譲ると言っている薬を使えば、重病人である村長は治ると考えているようだ。

 まだ何の薬かすらも言っていないというのに。


「(薬といっても、胃薬と少し前に医者で処方してもらった痛み止めくらいしか持ってないぞ。あとリポDか)」


 バッグに入っている薬を思い起こしながら、一良は陰鬱な気持ちになった。

 万が一、村長の病気が難病だった場合、手持ちの薬ではどうにもならないし、医療従事者でもない一良に正しい診断が下せるとも思えない。

 農作業のやりすぎで足腰が痛んでる村人がいるだろうと思い、結構強めの痛み止めを持っていたので薬を譲るなどと言ったのだが、考えが甘かった。


「私の持っている薬が効くかどうかはわかりませんが、とりあえず村長さんの具合を見せていただけますか?」


「はい、よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げるバレッタに、一良は「どうか腰痛とか栄養失調でありますように」と祈りながら、バレッタに導かれて屋敷に入るのだった。




「お父さん、この方が薬を持ってきてくれたよ! もう大丈夫だから!」


「村長! もう大丈夫ですよ!!」

  

「う……、くす……り……?」


「(……ええ……)」


 通された一室で寝込んでいるバレッタの父親を見た瞬間、一良は思った。

 これは明日にも香典を持ってくる羽目になりそうだなと。


「どうですか、カズラさん。父は治りそうですか?」


 バレッタは父親の手を握り、棒立ちになっている一良を泣きそうな表情で見上げる。


「最寄の葬祭場ってどこですかね?」


 などとはとても言えない空気を感じ取った一良は、とりあえずバレッタの父親の傍に座って具合を見ることにした。


「うわ、凄い熱だな。目も窪んでて焦点が合ってないし、全身に震えが起こっててこれはもう……大丈夫です! 治ります!!」


 素人目に見てもあまりに酷い病状に、思わず素直な感想を口走った一良であったが、涙をこぼし始めたバレッタを見た瞬間に発言を切り替えた。

 言った直後に「やっちまった!」と後悔したけれど。


「本当ですか!? ……よかった」


「あ、いや、治るっていうか、もうすぐ苦しみから解放されるというか……」


 一良の手を握り、泣きながら何度も礼を述べるバレッタに、一良は全身に冷や汗を掻き始める。

 そんな一良に追い討ちをかけるかのように、ロズルーが


「そうですか! では、私は村の人たちにこのことを伝えてきます!」


 と言うと、慌てて制止をかける一良を無視して屋敷の外へ飛び出して行くのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  なんかもうすぐ滅びそうな村ですね…。
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