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198話:未知の兵器

 どすん、と大きな音を響かせて、大きな石の塊が地面に落ちる。

 その様子を数百メートル後方から見ていた一良が、「うわ」と声を漏らした。

 1カ月前の防御塔での体験を思い出し、腹の奥がきゅっと縮こまるような感覚が沸き起こる。

 それを見て、バレッタが心配そうに一良を見た。


「いや、すみません。防御塔でアレを喰らった時のことを思い出しちゃって」


「そうですね……あれは、本当に危なかったです」


 ぎり、とバレッタが歯を噛みしめる。

 たまたま無事だったからよかったものの、下手すれば一良は殺されていたかもしれないのだ。

 そう思うだけで、頭のなかが怒りで熱くなる錯覚を覚えた。


「大丈夫かな、当たらないといいけど……」


「……あれなら、よっぽど運が悪くない限り当たらないですよ。きっと大丈夫です」


 バレッタは一呼吸おいて心を落ち着かせ、勤めて柔らかい口調で言う。


「確か、大型投石機は3基あるんでしたっけ」


「砦を攻められた時点ではそうでしたね」


「てことは、今はもっと持ってたりするのかな。10基とか20基とかあったら、さすがにやばそうだ」


「相手にしてみれば会戦に敗れること自体想定外だったはずですし、新たに作るような真似はしてないんじゃないですか? あれは攻城兵器ですから、軍隊を狙うような使い方には向いてないですよ」


「なるほど、それもそうですね……てことは、この戦いってかなり一方的なものになりそうですね」


「そうですね。本当なら、もっとカノン砲の数をそろえられれば良かったんですが」


 カノン砲の製造にはものすごく手間がかかり、最優先で作ったにもかかわらず2基しか完成しなかった。

 現在もイステリアで製造中であるが、半月に2基がせいぜいといったところだろう。

 他の武具や兵器も並列生産しているので、こればかりは仕方がない。

 ちなみに、火薬に使う硝石の採取は、グリセア村に残った人々にお願いして、以前バレッタが立ち寄った廃坑から集めてもらっている。

 硝石の存在自体が極秘なため、その存在を知っているのは一良とバレッタを含めたグリセア村の人々だけだ。

 全員防毒マスク着用の上、防護服を着用しての採掘作業である。

 とてもキツイ作業なはずなのだが、誰一人文句を言わず必死に取り組んでくれているようだ。


「あ、また飛んできた……」


 再び1つの石弾が飛来し、今度は砲撃部隊の頭上を飛び越えて、30メートルほど後方に着弾した。


「こっちの射撃位置までは、あとどれくらいですかね?」


「カタパルトはもう少し。スコーピオンは、あと50メートルくらいです。ずいぶん手間取ってますね……」


 車輪の付いたスコーピオンとカタパルトは坂道の移動が困難なようで、前進速度はかなりゆっくりだ。

 停止すれば、木製の車止めをはめ込んで固定することができるのだが。

 前からは牽引用のロープを4人の兵士が引っ張り、後ろからも4人が押している。


「また撃ってきた」


 石弾が飛来し、部隊の20メートルほど前方に着弾する。

 段々と、狙いが正確になってきていた。


「……だんだん、狙いが正確になってきましたね」


「ですね。ちゃんと考えながら撃ってますね」


 一良のつぶやきに、バレッタが頷く。

 少し時間を置いて、今度は3つの黒い点が、砦内から空に飛びあがった。

 どすんどすんと、砲撃部隊の至近距離に石弾が着弾する。

 カタパルトが停止し、射撃準備に取り掛かった。

 荷車から一抱えほどもある陶器の壺を下ろし、カタパルトの受け皿に乗せる。

 スコーピオンは時折降りかかる石弾のなかを、なおも進んでゆく。

 敵の矢が届かないギリギリの距離まで近づき、できるだけ正確な射撃を行うためである。

 カタパルトは砦内に投げ込めさえすればいいので、射程ギリギリで構わないのだ。

 その時、一良とバレッタの耳に、ザザッという無線の音が聞こえた。


『カズラ、攻撃を開始して。どうぞ』


「了解。分かってるとは思うけど、城門を破壊したのが見えても、こっちからいいって言うまで突入しちゃダメだからな。どうぞ」


『うん、分かった。大丈夫だから安心して』


 一良がバレッタを見る。

 バレッタは頷き、一良の左手をぎゅっと握った。

 前方に待機しているカタパルトの傍では、射撃指揮官が振り返ってこちらの合図を待っている。

 一良はバレッタの手を握り返し、右手を上げて攻撃合図を出した。




「……怪しいですね。攻撃兵器にたったあれだけの歩兵しか随伴させないなんて」


 ゆっくりとこちらへ向かってくるスコーピオンの一団を眺めて、ティティスが怪訝な顔をする。

 隣では、セイデン副長もそれらを眺めていた。

 まるで、『美味しい餌があるから騎兵を送ったほうがいいぞ』と誘われているようだ。


「そうですな……それに、あれでは防御塔はともかく、防壁は壊せないでしょうに。それにしても、あんなに数をそろえていたとは」


 スコーピオンの威力はマルケスから聞いているが、あれで防壁や防御塔を攻撃してもほとんど意味をなさないだろう。

 もちろん、寄ってくる歩兵を狙う弓兵や投石兵には効果はあるだろうが、そもそも歩兵が前に出てきていないのだ。

 はるか後方の、重装歩兵隊の間には梯子が見えるので、壁をよじ登ってくる気はあるようなのだが。

 そうしていると、防壁の階段をフィレクシアが駆け上がってきた。

 先ほどまで投石機の傍にいたのだが、着弾地点が気になって上がってきたのだ。


「どうです? そろそろ1発くらいは命中しましたか?」


「いえ、全然当たりませんね。近くには落ちるのですが」


「まあ、仕方がないですね。当たったら儲けものくらいに考えていてください」


 あはは、とフィレクシアが朗らかに笑う。

 それを見て、ティティスがため息をついた。


「しかし、もっと何かいい方法はなかったのですか? あんなものをたくさん作って、まるで負けを前提にしているようなものではないですか」


 敵軍がここに到着するまでの間、フィレクシアの強い勧めで、砦に籠る兵士たちは大量の罠をこしらえていた。

 それは木板に釘を打ち付けただけの、簡単なもので、地面に敷設して進んでくる兵士の足を狙うものだ。

 だが、それは砦の周囲には設置しておらず、木箱に詰められて広場に山積みにされている。


「今できるのはこれくらいなものなのです。無理して小難しい物を作ろうとしても、こんな短時間じゃハナから無理なのですよ」


「ですが、それならそれで、せめて敵の進路にばらまくとかすればいいじゃないですか」


「隠し玉というのは、使いどころが肝心なのです。敵が迫ってきたら、敵兵の真上から……あっ」


 声を上げたフィレクシアに、ティティスが顔を向ける。


「どうしました?」


「ティティスさん、これはまずいですよ」


「まずいって、何がです?」


「あの弓の形をした兵器の後ろの、5つあるやつ。あれ、投石機ですよ。石弾で防御塔とかを壊す気ですよ」


「えっ!? あ、あれは投石機なのですか!?」


 驚きに目を剥くティティスとは違い、フィレクシアは興味深げにそれらを眺めている。


「ふむふむ。あの大きさでも、あんなところから届くんですか。勉強になりますねぇ」


「何を悠長なことを言ってるんですか! セイデン副長、騎兵隊に出撃命令を!」


「ティティス殿、落ち着きなさい。あれはどう見ても罠です。今出て行っては、敵の新兵器のいい的ですぞ」


 慌てふためくティティスとは違い、セイデンは落ち着いた様子でティティスを窘める。


「し、しかし、このままでは城門を破られてしまうではないですか!」


「侵入されたらされたでいいのです。兵数はやや敵のほうが多いですが、個々の戦闘能力はこちらが勝っています。白兵戦なら望むところです」


「……分かりました。取り乱して申し訳ございません」


 セイデンの言葉にようやく冷静さを取り戻し、ティティスが謝罪する。

 ティティスはただの秘書官であり、今まで軍の指揮などは執ったことがない。

 いつもカイレンの隣にいて、蛮族との戦いでは彼の指揮する様を常に見ていた。

 そしてそれを学んでいたつもりだったが、いざ自分が指揮を執る立場になるとどうしていいか分からなくなってしまったのだ。

 カイレンから出立前に「後のことは任せた」と言われていたため、何としても砦を守らねばと気がはやっていた。


「むむ、あの歩兵たちが持ってる筒みたいなやつは……あれ?」


 カタパルトに壺のようなものが載せられたことに気付き、フィレクシアが小首を傾げる。

 次の瞬間、カタパルトのはるか後方から、どかんという轟音が響いた。

 そして、ひゅんっ、と風を切る音が聞こえたと思った瞬間、城門から木の爆ぜる音が響き渡った。

 3人は防壁から身を乗り出し、城門を見る。

 ばらばらと砕けた木片が地面に散らばり、衝撃で起きた砂煙が薄っすらと舞っていた。


「な……」


 ティティスが思わず声を漏らしたと同時に、再び敵陣から轟音が響く。

 先ほどとまったく同じ風切り音が響き、今度は防御塔の柵がはじけ飛んだ。


「な、何なんですかあれは!? 何が起こったんですか!?」


 ティティスがフィレクシアの肩を掴んで、強く揺さぶる。

 フィレクシアは目を真ん丸に見開いて、真っ白な煙に覆われている2基のカノン砲を見つめていた。


「なに……あれ……」


「っ! セイデン副長!」


 セイデンが頷き、防壁内に顔を向ける。

 罠だとは分かっているが、あんな兵器を敵が有しているとあっては放置するわけにはいかない。

 大きな被害を出そうとも、何が何でも撃破しなければ士気に関わる。


「うろたえるな! 重装歩兵、敵の侵入に備えろ! 騎兵隊、西門から出撃して投射兵器を叩け!」


 その時、3人の頭上を飛び越えて、カタパルトから発射された大きな壺が5つ、砦内に飛び込んできた。

 地面や建物に着弾とすると同時に壺が爆ぜ、壺の口で燃え盛っていた炎に中身が引火して盛大に燃え盛る。

 もうもうたる黒煙が、砦内に広がり始めた。

 煙を吸い込んだ兵士たちが、激しく咳き込む音が聞こえてくる。


「火を消せ! 水を――」


「待って! 近づかせちゃダメです!!」


 砦内を振り返ったフィレクシアが、兵士たちの様子に気付いて叫んだ。

 兵士たちが次々に、喉を押さえてその場に倒れ始めたのだ。


「な、何だ? いったい何だと言うのだ!?」


「あれは毒の煙です! 皆を砦の奥に避難させてください! 早く!!」


「け、煙を吸ってはならん! 退避しろ!!」


 この煙は、硫黄と硝石の混合物の燃焼によって発生する窒息性の毒ガスである。

 古代スパルタ軍が使用した硫黄を用いた亜硫酸ガスを、さらに凶悪にした代物だ。

 本来、毒ガスというものは風が少し吹いただけで散り散りになってしまうが、防壁と建物に囲まれた砦内ではそうはいかない。

 しかも今回使用されたものには、燃焼を促進するためにガソリンを染み込ませた藁が混ぜ込まれていた。

 そうこうしている間にも、城門はカノン砲の砲撃を受け続けて、すでに半壊している。

 防御塔を狙っていたもう一基のカノン砲も城門に照準を変え、交互に砲火を浴びせている。

 新たな毒ガス弾も2撃目が放り込まれ、砦内は修羅場と化していた。


「そ、そんな……こんなことって……」


「ティティスさん!」


 呆然とその光景を見つめるティティスの腕を、フィレクシアが掴む。


「不測の事態に遭遇した場合は? はい!」


「……い、いったん退いて守りを固める?」


 以前、何度かカイレンに聞かされたことのある言葉をティティスが答えると、フィレクシアはにっこりと微笑んだ。


「正解です! 行きましょう!」


 フィレクシアに引っ張られ、ティティスは防壁上を駆け出した。

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