194話:時間よ止まれ
反省会が終わり、一良、バレッタ、リーゼは外に出た。
ナルソンたちは明日からの行軍予定を組むとのことで、もう少し会議を続けるらしい。
外は真っ暗で、野営地はしんと静まり返っている。
起きている者はほとんどいないようで、見張りの者がちらほら見えるだけだ。
ところどころに配置された篝火が、野営地をぼんやりと照らしていた。
「はあ、かなり疲れたな……今日はリポDゴールドを飲んでから寝るか」
「ゴールド? いつものやつとは違うの?」
肩をコキコキと鳴らしながら言う一良に、リーゼが顔を向ける。
「うん。いつものやつより、効き目が強いやつ。栄養とか、疲れが取れる成分が多めに入ってるんだ」
「そんなのがあるんだ。私も飲んでみたい」
「別にいいけど、リーゼたちだとあんまり違いが実感できないんじゃないかな? 普通のやつを飲んだだけでも、体力全快って感じなんだろ?」
「そうだけど、飲んでみたいじゃん。なんかこう、すごいことになるかもしれないよ?」
「すごいことって何だよ……バレッタさんも飲みます?」
「あ、はい。いただきます。カズラさんは、気分は大丈夫ですか? 動画でいろいろ映ってましたけど……」
撮影した映像にはモザイクやぼかしなどは入っていないため、完全なグロ動画と化していた。
ナルソンやジルコニアたちは見慣れているのか、顔色一つ変えていなかった。
「大丈夫ですよ。目の前で見るのと、カメラ越しに見るのとではやっぱり違いますね」
「よかった……リーゼ様は、大丈夫だったんですか?」
「あんまり大丈夫じゃなかったけど、じっくりとは見ないようにしてたから。バレッタは平気だったの?」
「はい。動物の解体とか、手術の練習で血は見慣れていたので。なるべく、人間だって考えないようにしてました」
「あー、なるほど。私もお医者さんのところとかに、見学に行っておけばよかったなぁ」
そんな話をしながら、一良の天幕にやってきた。
中に入り、一良が木箱の中からリポDゴールドを取り出した。
ボール箱に入れられた、10本入りのものだ。
「ナルソンさんとかエイラさんとかにも配るか。食事の効果で疲れてないかもだけど、飲んでおいて損はないだろうし」
「そうだね。皆、きっと喜ぶよ」
「カズラさんは休んでいてください。私が配ってきますから」
「あ、私も行くよ。お父様たちのところには私が持っていくから、バレッタは他をお願い」
「分かりました」
箱を開け、バレッタがリポDゴールドを3本取る。
エイラ、マリー、ハベルの分だ。
リーゼは箱をそのまま持ち、2人して天幕を出て行った。
「さて、トイレ行って、身体拭いて寝るか。何だか胃がむかむかするし、胃薬も飲もうかな……」
用を足すべく、一良も天幕の外に出る。
トイレといっても、地面に穴を掘って板を敷いただけの簡単なものだ。
野営地の隅にトイレ用の天幕が作られているので、そこへと向かう。
すると、野営地を少し出たところに、数人の兵士たちが集まっているのを見つけた。
その表情から、何やら困っている様子だ。
なんだろうと、一良も近づいてみる。
「どうしました? 何かあったんですか?」
「あ、カズラ様!」
兵士たちが、一斉に一良を見る。
「ちょうどいいところに来てくださいました。これの扱いに困っておりまして……」
兵士たちが振り返り、地面を見る。
真っ白な長い動物の毛が、山積みになっていた。
「何だこれ。誰が持ってきたんですか?」
「いえ、それが分からなくて……カズラ様もご存じないのですか?」
「え? いや、知りませんよ。動物の毛を持ってくるような……」
ふと、昼間にバレッタが言っていたことを思い出し、思わず声を漏らしそうになる。
これはもしかしたら、あのウリボウたちの仕業ではないだろうか。
「カズラ様?」
「いや、何でもないです。捨てちゃうのはもったいないですし、貰っておきましょう。俺も手伝うんで」
「あ、いえ! それなら私たちだけでもできますので!」
「いやいや、ちょっと身体を動かしたいとも思ってたところなんで、手伝わせてください。あ、その前にトイレ行ってきますね」
そんなこんなで、一良も兵士たちに混ざって毛を運ぶことになった。
すぐに終わるかと思いきやかなり時間がかかり、袋詰めを終える頃には30分以上が経過してしまっていた。
「ん? リーゼじゃないか」
天幕に戻ると、リーゼがベッドにちょこんと座っていた。
カラになったリポDゴールドの瓶を手のひらで転がし、もてあそんでいる。
「どうした? ……ああ、それ飲んでたのか。味はどうだった?」
「うん、美味しかったよ。でも、私はいつものやつのほうが好きかな」
そう言ってビンを隣に置き、一良に目を向ける。
珍しく、少し緊張したような顔だ。
「あのね、お願いがあるんだけど」
「どうした、改まって」
真剣な話なのかと、リーゼの隣に腰かける。
リーゼは膝に置いた手に、目を落とした。
「何でも言ってくれていいんだぞ。俺にできることなら、なんだってしてやるから」
「ほんと?」
リーゼが一良に顔を向ける。
とても不安そうな眼差しに、一良はしっかりと頷いた。
「おう、任せとけ。何か困りごとか?」
「うん……すごく困ってる」
「何があった?」
「その……」
リーゼが再び、自分の膝に目を落とす。
「今夜は、一人になりたくなくて……」
「……え」
言葉を詰まらせる一良の目を、リーゼが横目で見る。
「一緒に、寝て欲しいな……って」
「……」
「ダメ……かな?」
不安げな眼差しで言うリーゼに、一良が言葉を詰まらせる。
その時、天幕の入口が揺れて、バレッタが入ってきた。
「あの、カズラさ……ん……」
ベッドに隣り合って座る2人見て、バレッタが表情を引きつらせる。
なぜか、手には寝間着を抱えていた。
「……あ! バレッタ、ちょうどよかった! 今、呼びに行こうって話してたところなの!」
「え?」
先ほどとは打って変わって、リーゼが明るい声で話す。
「昼間の戦い、すごかったじゃない? 何だか夢に見そうで怖くって、皆で一緒に寝たいなって思って。カズラにお願いしてたんだ」
「え、皆で一緒に、ですか?」
「うん。ベッドは1人用だから3人は寝れないし、地面に敷き布引いて寝ることになっちゃうけど……って、バレッタ、何持ってるの?」
バレッタの持っている寝間着に気付き、リーゼが目を細める。
「えっ? こ、これは……洗濯したカズラさんのお洋服です!」
「カズラの? でもそれ……」
「わ、私も寝間着を取ってきますね!」
バレッタは慌てた様子で、外に飛び出して行った。
呆気に取られている一良の横で、リーゼが大きくため息をついた。
「はあ……やっぱりダメだ私。ほんと、どうしようもないや」
「な、何が?」
リーゼが一良に横目を向ける。
「だって、あの娘のあんな顔見ちゃったら……ほんと、自分が嫌になるわ」
そう言って、すっと立ち上がる。
「私も着替え、取ってくるね。敷き布、用意しておいて」
後ろ手に手を振りながら、リーゼは天幕を出て行ってしまった。
数十分後。
身体を拭いて寝間着に着替え、3人は厚めに敷いた敷き布の上に寝転んでいた。
一良を真ん中にして、両脇をバレッタとリーゼが挟んでいるかたちだ。
ちなみに、バレッタとリーゼが身体を拭く時は、一良は外に出て待っていた。
「えっと、それじゃあ寝るぞ。おやすみ」
「おやすみー」
「おやすみなさい」
「……ぐぅ、ぐぅ」
「「えっ?」」
10秒せずに一良がイビキをかきはじめ、バレッタとリーゼが同時に驚いた声を上げる。
「嘘、もう寝たの? 冗談でしょ?」
リーゼが身を起こし、一良の顔を覗き込む。
ぐうぐうと、気持ちよさそうに寝息を立てている。
ガチ寝である。
「こ、この男は……こんなにかわいい娘2人に挟まれてるってのに……」
「あはは……きっと、すごく疲れてたんですよ。行軍中ずっと、ろくに眠れてないみたいでしたから」
「あー……それもそっか。ずっと怖い顔してたもんね」
「はい」
イステリアを出立してからの一良は、ずっと気を張っているといった感じで、常にピリピリしていた。
といっても、誰かに当たるといったことは一度もなく、むしろリーゼやバレッタをとても気にしている様子だった。
2人も一良を気にして、何とか気を紛らわそうとしていたのだが、やはり気持ちをほぐすことはできなかった。
それが今日、会戦を完勝することができて、ようやく人心地つけたのだろう。
「そういえばさ、さっきバレッタ、寝間着持ってきてたじゃない? どうするつもりだったの?」
両肘をついてうつ伏せになり、リーゼがバレッタに意地悪な顔を向ける。
「え、えっと……」
「なになに? 怒らないから教えてよ」
にやにや笑っているリーゼに、バレッタが少し苦笑する。
「カズラさん、昼間すごくつらそうだったじゃないですか。だから、今夜は傍に付いてなきゃって思って」
「……抜け駆けするつもりだったんじゃないの?」
「えっ?」
予想外の返答に驚くリーゼ。
対するバレッタは、きょとんとした顔をしている。
「抜け駆けって……ちちち、違いますよ!? そんなことしません!」
言葉の意味を理解し、バレッタが顔を赤くして起き上がる。
「私はただ、カズラさんをぎゅってして一緒に寝ようと思ってただけですっ! そのまま襲うつもりなんて、カズラさんの気持ちを考えないようなことなんて私は――」
「わ、分かったから、落ち着いて! カズラが起きちゃう!」
わたわたと手を振りながら騒ぐバレッタを、リーゼが慌てて制する。
バレッタがハッとして、口を押えて一良を見る。
一良は相変わらず、ぐうぐうと気持ちよさそうに寝息を立てている。
起きる心配はなさそうだ。
二人して、ふう、と息をつく。
「あれ? でも、それならさっき、どうして寝間着のこと言ったら逃げて行ったの? おかしくない?」
「だ、だって、リーゼ様に知られたら恥ずかしいじゃないですか。まるでその……夜這いにきたみたいに思われそうですし……」
「あなた、どんだけ純真なのよ……」
リーゼがげんなりしたため息をつく。
「バレッタは偉いね。私なんて、自分が心細いからって、カズラに優しくしてもらいたくて来たのに」
「それは別に、悪いことじゃないですよ。あんな戦いの後なんですから。ベッドに2人でいたから、私はてっきり……」
あはは、とバレッタが苦笑する。
「あ、それ当たってるよ。一緒に寝てくれるようにお願いしてる時に、『あ、これ、もしかしたらいけるかも』とか考えてたし」
「えっ? いけるかもって……カ、カズラさんを襲うつもりだったんですか!?」
「うん。バレッタが来なかったら、たぶん押し倒してた」
「だだだ、ダメですよそんなのっ! そんなこと、絶対にダメですっ!!」
バレッタが再び、顔を真っ赤にしてまくし立てる。
リーゼは、べちゃっと身体を伏せて、枕に顎を載せた。
「分かってるって。もうしない。約束する」
「本当ですか!? 絶対ですよ!?」
「絶対しないって。私、あなたに嫌われたら、たぶん耐えられないもん」
「……え?」
きょとんとした顔になるバレッタに、リーゼが顔を向ける。
「あなたのことが、大好きなの。嫌われたくないの」
「え、えっと……と、友達として、ですよね?」
「当たり前でしょ。何言ってんのよ」
はあ、とリーゼがため息をつく。
「あなたに会う前はさ、自分に自信あったし、絶対に奪い取ってやろうって思ってた。どんな人が相手でも、実力で奪ってみせるって」
「……」
「でも、カズラのことと同じくらい、バレッタのことも好きになっちゃったの。これ、どうすればいいのかな」
「リーゼ様……」
「……私、あなたともカズラとも、ずっと一緒にいたいな」
何と答えていいか分からず、バレッタが口を閉ざす。
バレッタとて、リーゼのことは好きだ。
だが、この先もずっと、そうあることができるだろうか。
もし、一良が自分ではなく、リーゼを選んでしまったら。
そうなったら、自分は――。
「このまま、時間が止まっちゃえばいいのにね」
そう言って、リーゼが顔を反対方向に向ける。
その声は少しだけ、震えていた。
バレッタはしばらく、黙ってうつむいていた。




