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185話:バルベール第6軍団長

 約1時間後。

 ナルソンを先頭に、一良とリーゼは軍事区画の通路を進んでいた。

 エイラとマリーも後に続いており、2人とも軍団に同行する。

 一良は2人に留守番しているように言い聞かせたのだが、「付いて行く」とエイラはもとよりマリーにまで頑なに言われてしまい、結局折れた。

 従者である2人が同行することは当たり前なので、一良の言い分のほうが我がままになってしまうのだが。

 無線機とアンテナは屋上に設置したままであり、コルツの両親に任せてきた。

 他にもグリセア村の村人が何人かイステリアに残る。

 コルツは軍団に付いていくと言い張ったのだが、両親に叱りつけられてしょげかえっていた。


「カズラ殿、進軍中はリーゼの傍を離れないようにお願いいたします。他の者には、カズラ殿はリーゼの助言役ということにしてありますので」


「助言役ですか。むしろ、俺がリーゼにいろいろ聞いてばかりになると思うんですが……兵士たちに変な目で見られそうだ」


 困ったように言う一良に、隣を進むリーゼがくすりと笑う。


「大丈夫だって。一良はただ、私の隣でどーんと構えてればいいの」


「ええ……そんなので本当に大丈夫かな? 絶対に怪しまれると思うんだけど」


「そんなことないって。それに、カズラが傍にいてくれれば、私はいくらでも頑張れるの。だから、離れないでね」


 にこりと一良に笑顔を向け、リーゼが言う。

 あまりにも自然にそんな台詞を言われてしまい、一良は言葉に詰まってしまった。


「お、おう。分かった」


「あれあれ? 何で赤くなってるのかな? もしかして、照れちゃった?」


「う、うるさいな! こんな時にからかうんじゃない!」


 ムキになっている一良にリーゼは少し笑うと、前を行くナルソンに顔を向けた。


「お父様、カズラのことなのですが」


「ん、何だ?」


 歩きながら、ナルソンが問い返す。


「カズラを……グレイシオール様の存在をおおやけにして、市民の戦意高揚に使おうとしているのでしたら、おやめください」


 カツン、とナルソンが足を止めた。

 振り返り、険しい顔をリーゼに向ける。

 リーゼも笑顔から一転、鋭い視線をナルソンに向けていた。


「やはりそうでしたか。そんなこと、私が絶対に許しません。もしそうするのなら、私は――」


「俺はそれでも構わないよ」


 一良の言葉に、リーゼが驚いた顔を彼に向けた。

 エイラはじっと一良を見つめており、マリーはおろおろと皆の顔に目を向けている。


「ナルソンさん、さっきの演説で『グリセア村の狩人が――』と言っていたのは、そのためですね?」


 一良が問いかけると、ナルソンは疲れたようなため息をついた。


「違います。そのようなことはいたしません」


「……え? だったら、どうしてあんなことを?」


「グリセア村の名前を出したのは、巷に流れているグレイシオール様出現の噂に便乗したものです。ですが、カズラ殿を祭り上げるといった意図のものではありません」


「でも、それなら何で俺に付いてこいって言ったんですか? 市民にグレイシオールとして認知させるためじゃ……」


「カズラ殿がグレイシオール様だという噂が多少なりと広まっているのは確かです。ですが、それを利用してどうこうするつもりはありません。私は――」


「お父様、嘘をつかないでください。今さら、カズラを騙して利用するようなことをして、どうするのですか!」


 リーゼがナルソンにきつい口調で言い放つ。

 ナルソンは、やれやれと顎をさすった。


「リーゼ、よく考えてみろ。そんなことをして、何か私に……いや、この先イステール領にとって、カズラ殿を失う危険を負ってまで、得るべき利益があると思うか?」


「……ありません。ですが、戦いの前の戦意高揚に用いるには、十分すぎる理由かと」 


「そうかもしれないな。だが、それなら演説で言ったように少々噂を煽ってやって、後は放っておくだけで充分だ。恐らく、数日後の戦闘では、第三階級以降の市民兵の出番はほとんどない。戦闘時に恐慌を起こして逃亡するような危険さえ無くなれば、それでよいのだ」


「では、なぜカズラに付いてくるように頼んだのですか?」


「リーゼ、お前のために頼んだのだ」


「……え?」


 父の言葉に、リーゼがたじろぐ。


「この先、私やジルに何かあれば、軍を統括し領政を主導するのはお前の役目になる。そのためにも、お前には実戦で経験を積んでもらわねばならん。だが、まだお前には荷が重すぎるということも分かっている」


 そう言うと、ナルソンは一良に顔を向けた。


「これから先、カズラ殿にはリーゼの支えになっていただきたいのです。他の者では、代わりにはなれません。どうか、娘をよろしくお願いいたします」


「は、はい」


 思わず一良が頷くと、ナルソンはふっと笑みを浮かべた。


「その返事を聞けて安心しました。リーゼ」


「は、はいっ!」


 リーゼがぴしっと背筋を伸ばして返事をする。


「お前は賢い。私なんかよりも、よっぽどな。だが、少しばかり感情に振り回されるところがあるのは問題だ。カズラ殿に愛想を尽かされないよう、直したほうがいいぞ」


「分かりました!」


「うむ。では、行くとするか。ジルと合流するまで、第2軍団はリーゼに預ける。マクレガーを副官に付けるが、指示を出すのはお前の役目だ。しっかりやれ」


「はいっ!」


 リーゼの返事にナルソンは頷くと、コツコツと靴の音を響かせて歩き出した。

 一良とリーゼは、去っていくその背を呆然と見つめる。


「……俺たちの考え過ぎだったみたいだな」


 ちらりと、一良がリーゼに目を向ける。

 リーゼは真っ赤な顔で、自分の父親の背を見つめている。


「リーゼ?」


「ひ、ひゃいっ!?」


 リーゼは一良に顔を向け、目が合うと慌てて逸らした。


「い、行こっか! 置いてかれちゃう!」


 誤魔化すようにそう言うと、ナルソンを追って駆けて行った。


「……え? もしかして、さっきのって、そういうふうに取られたのか?」


 一良がエイラとマリーに振り返る。


「ど、どうでしょう。ですが、ナルソン様の言っていた意味は違う気が……」


「リーゼ様、お顔が真っ赤でしたね……」


 うーん、と唸る3人。

 だが、ここでこうしていても仕方がないと、リーゼたちの後を追うのだった。




 その頃、国境砦の城壁に、第10軍団秘書官ティティスの姿があった。

 ジルコニアたちが逃げ去ったという森を眺め、ため息をつく。


「まだ見つかりませんか。困りましたね」


「参りましたな。まさか、倉庫に地下通路があったとは……それに、この高さを飛び降りて逃げるとは思いませんでした」


 隣に控える老兵士が、やれやれと首を振る。

 彼の名はセイデン。

 古くからカイレンに付き従う副官だ。

 軍団の中でも、最古参の1人である。

 カイレンに拾われて軍団にやってきたティティスを、あれこれ世話してくれたのも彼である。


「しかし、梯子も使わずにどうやって侵入したのか……さっぱり見当が付きませんな」


「この高さを飛び降りて走り去るような人たちです。壁をよじ登って侵入したのでは?」


「……ふむ」


 セイデンが身を乗り出して、防壁の壁面を眺める。


「それはともかくとして、これはカイレン様が戻られたら大目玉を喰らいますぞ」


「……そうですね」


 ティティスが暗い顔でうつむく。

 カイレンは現在、元老院に召還されてバルベール首都へ行っている。

 独断で休戦協定を破り、砦を攻撃したことについての説明をしに行っているのだ。

 普通なら、軍団指揮権を剥奪され、死罪になってもおかしくないほどの暴挙である。

 だが、カイレンは「絶対に大丈夫」と言って出発して行った。

 何か策があるらしいが、ティティスは詳しい内容までは聞かされていない。


「カイレン様の『策』が、ジルコニア将軍を捕虜にしたことだとしたら、かなりまずいですね。私のせいで、カイレン様が……」


「なあに、元老院がそれを知ることになるのは10日も後の話です。今すぐどうこうなる話ではないでしょう」


 カイレンの身を心配するティティスとは違い、セイデンはそこまで深刻な様子はない。


「それよりも、重要なのはこれからです。敵が彼女を救出しに来たということは、ハナから交渉をするつもりなどなかったということです。奴らは、数日のうちに砦を奪い返しにくるやもしれません」


「……さすがに、それはないでしょう。私たちが砦を攻撃してから、まだ1カ月も経っていないのですよ?」


 物騒な予想を言うセイデンに、ティティスがいぶかしんだ視線を向ける。


「そんなに早く、アルカディア側が攻略部隊を用意できるはずがありません。間者の報告では、彼らは20日前に徴兵を始めたばかりではないですか」


「ええ、そのとおりです」


「だったら、数日のうちに攻撃など不可能でしょう。各領地から軍団を移動させる日数だってかかるんですよ?」


「確かにそうですな。ですが、イステール領軍のみを用いて攻略しようとするなら、話は別です」


「……イステール領軍のみで?」


 小首を傾げるティティスに、セイデンが頷く。


「ええ、そうです。兵を集められるだけ集めて、ここに向かってくるかもしれませんな」


「ただ数だけ集めて攻めたって、こちらは全員正規兵なうえに砦を持っているのですよ? ただの自殺行為じゃないですか」


「ですが、そうでなければ奴らがジルコニアを奪い返して交渉を放棄した意図の説明がつきません。必ず勝てるという自信がないのに、こんなことをしでかしますかな?」


「……」


 セイデンの言葉に、ティティスが考え込む。

 砦を有する完全武装の2個軍団に、訓練不足の徴募兵の軍団で挑むことなどあり得るだろうか。

 自分が敵の立場なら、相手に攻めさせて地の利をもって迎撃する。

 そう考えていると、激しい蹄の音が砦内から聞こえてきた。

 ティティスはそちらに顔を向け、はあ、とため息をつく。


「まったく、何度も何度もやらかしてくれるものだな! 呆れてものが言えん!」


 老将軍が、ラタ上からティティスに言い放つ。

 ティティスは胸に手を当て、深々と礼をした。

 彼はバルベール第6軍団長のマルケスだ。


「勝手に砦を攻撃して休戦協定を破り! 捕らえた大量の捕虜を独断で解放し! 挙句の果てにはジルコニアを殺しもせずに奪い返され! 貴様らはいったい何がやりたいのだ!? 本当に我らの友軍なのか!?」

 

 マルケスはわめき散らしながら、ラタを飛び降りた。

 護衛兵をその場に残し、階段を上がってくる。


「聞かせてもらおう、ティティス秘書官! なぜ捕虜に逃げられるようなことになった!?」


「……彼女を捕らえていた倉庫の地下が、隣の納骨堂に通じていました。そこから敵に侵入され、逃げられてしまいました」


「何? ということは、その地下道は砦の外まで続いているのか?」


「いえ、彼女らは納骨堂から路地へ出て、この防壁までたどり着いて飛び降りたんです」


 ティティスの説明に、マルケスが防壁の真下を覗き込む。


「……この高さから飛び降りたのか?」


「はい。目撃した兵がおりますので、間違いありません」


「確かに、奴は悪鬼のように戦う女だったが……そうか、奴ならやりかねんな」


 マルケスは納得したように頷くと、ティティスに視線を戻した。


「侵入経路は?」


「はっきりとは分かりませんが、おそらくこの場所かと。兵士が1人単独で、防壁をよじ登ってきたのではと推察しているのですが」


「……まるでトカゲだな。だが、あり得ない話でもない。他の経路は調べたのか?」


「いえ、現在調査中です」


「カイレン将軍が戻るのはいつだ?」


「早くても10日後かと」


「そうか。ならば、調査の続きと砦の防備は我が第6軍団が受け持つ。貴様らは全員、我らが使っていた軍団要塞に移り住め。設備はそのまま使ってもよい」


「マルケス様、それは!」


「休戦協定破りという、ことがことだけに今まで手を出しあぐねていたが、もう限界だ。これ以上状況が悪化しないよう、青二才が戻るまでは私に仕切らせてもらおう」


 表情を歪め、マルケスが苛立った様子で言う。


「それだけのことを貴様らはしでかしたのだ。嫌とは言わせんぞ」


「……」


 ドスの利いた声でマルケスに言われてしまい、ティティスが押し黙る。

 マルケスはティティスの隣に立つセイデンを睨み付け、再びティティスに視線を戻した。


「いいか、よく覚えておけ。もしまた奴が、私に恥をかかすような真似をした時は……」


「……した時は?」


「貴様ら二人とも、第10軍団にいられないようにしてやる。肝に銘じておくんだな」


「……それはどういう意味でしょうか?」


「あの青二才の手綱をしっかり握っておけと言っているのだ。軍団長の暴走を止められないような副官や秘書官に存在価値はない! 貴様らに付いている肩書は、飾りではないのだぞ!!」


 マルケスは吐き捨てると、肩を怒らせて階段を下りて行った。


「……ぐうの音も出ませんな」


「……これでもかというくらいの正論でしたね」


 はあ、と2人してため息をつく。

 ティティスもセイデンも、カイレンを信じてここまで付いてきた。

 だが、あまりにもマルケスの言い分がもっともすぎて、振り回されている彼が可哀そうになってきてしまう。


「そういえば、フィレクシア嬢はまだ倉庫に?」


 思い出したように、セイデンがティティスに問いかける。


「はい。だんまりを決め込んで、倉庫であの小物とにらめっこしているかと。しかし、あれは一体何なのか……まったく見当も――」


「ティティス秘書官!」


 ティティスが答えかけた時、階段下のマルケスが声をかけてきた。


「はい、何でしょうか?」


「どうして、ジルコニアを殺さなかった? 奴を殺してしまえば、アルカディアの戦意を一挙に削ぐことができたかもしれんのだぞ」


「……生かしておけば、いくらでも使い道はあったからです。それに、殺してしまってはアルカディア国民の復讐心を煽ることにもなりかねませんでしたので」


「……そうか。だが、こんなことになるなら、さっさと殺しておくべきだったな」


 そう言うと、マルケスはラタに飛び乗って去っていった。

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