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175話:手放しの信頼

 シルベストリアを見送った数分後。

 大勢の村人たちを前に、一良は困惑した表情を浮かべていた。


「申し出はありがたいのですが……本当にいいんですか?」


 遠慮がちに言う一良に、その場にいる全員が頷く。

 皆を代表して、中心にいたロズルーが口を開いた。


「どうか、私たちもカズラ様のお傍でお手伝いをさせてください。きっとお役に立ってみせます」


 決意に満ちた表情で言うロズルー。

 傍らにいるバリンに目を向けると、まるで『大丈夫だ』とでも言うかのように彼は頷いた。

 どうやら、すでに村人たちの間で話はついているようだ。

 バルベールが休戦協定を破り、砦が奪われてしまったこともすでに知っているらしい。


「……ありがとうございます。実は、私からも皆さんに協力をお願いしようと思っていたところなんです」


 一良が言うと、皆から「おお」と声が上がった。

 その声色と表情には、嬉しそうなものが見て取れる。


「では、すぐに支度します! 妻と娘も一緒に連れて行ってもよろしいでしょうか?」


「あ、はい。大丈夫です。住む場所は用意するので、家族みんなで……あの、まさか村を空っぽにはしないですよね?」


「それは大丈夫です。小さな子供のいる家と、年寄は村に残ってもらうことになっているので」


「そこまで話がまとまってるんですか……って、小さな子供って」


 そう言って、一良は視線をロズルーの斜め右下に向けた。

 彼の一人娘のミュラが、張りきった表情でこちらを見上げている。

 ミュラは一良と目が合うと、にぱっと嬉しそうに微笑んだ。

 確か彼女は7歳かそこらのはずなのだが、彼女くらいまではセーフ扱いのようだ。


「はいはい! カズラ様、私たちも行きます!」


 一良がミュラと見つめ合っていると、村娘の一人が手を上げて宣言した。


「バレッタ」


 その隣にいたニィナが、おずおずとバレッタに声をかけてきた。


「えっと……あ、あのね。その……」


「……ああ、もう! 私が言う!」


 口ごもるニィナに痺れを切らし、別の娘が彼女を押しのけた。


「バレッタ、村で作ってるもののこと、ちゃんとカズラ様に話そうよ!」


「隠してていいことじゃないよ! こんな状況だし、全部話さないと!」


 村娘たちが、一良の隣にいるバレッタに勢い込んで言う。

 皆、緊張しているようで、表情が強張っていた。

 彼女たちの言わんとすることを察し、バレッタが微笑む。


「武器とかのことなら、もう全部話してあるよ。大丈夫だから」


「えっ、そうなの!?」


 それを聞き、皆がぎょっとした表情を浮かべた。

 完全に予想外だったようだ。


「き、緊張して損した……」


「今朝まで、みんなで言うか言わないかでずっと話し合ってたんだよ。完全に意見が分かれちゃって、怒鳴り合いの喧嘩になっちゃったし」


「私なんて、ニィナに胸倉掴まれたよ。『バレッタの気持ちをないがしろにするな』って。最後には折れてくれたけどさ」


「だ、だからごめんって。私も興奮しちゃってさ……」


 拍子抜けした様子で、村娘たちが口々に言う。

 バルベールが攻めてきたという情報が伝わってから、彼女たちはそれこそ取っ組み合いの喧嘩になりそうな勢いで、村で作っている兵器の扱いについて話し合っていたのだ。

 意見はバレッタの言う通りにしようという者と、たとえ彼女を裏切ることになろうとも一良にすべて話すべきだという者とで真っ二つに分かれた。

 結果、一良とバレッタが一緒にいるところでバレッタに口を挟む隙を与えずにすべてを暴露し、バレッタも巻き込んで皆で一良に謝り倒そうということに何とかまとまったのだ。


「そ、そうだったんだ。ごめんね……」


 申し訳なさそうに肩をすぼめ、バレッタが謝る。


「あ、武器を作ってくれてたのって、ニィナさんたちだったんですか」


「はい……カズラ様、ずっと隠してて、本当にごめんなさい。ほら、皆も」


 ニィナが皆をうながす。

 彼女たちははっとした様子で、慌てて一斉に頭を下げた。


「「「ごめんなさい!」」」


「はい。分かりました。許しますから、安心してください。皆さんがどんな気持ちで兵器製造をしていたかってことや、悪気がなかったってことも、ちゃんと分かってますから」


 一良がすぐに答えると、彼女たちは腰を折ったままの姿勢でお互い顔を見合わせ、ほっとした様子で息をついた。

 今まで一良と付き合ってきて、彼なら許してくれるだろうと皆が内心思っていたのだが、やはり不安なものは不安だったのだ。


「バレッタさん、本当にいい友達を持ちましたね」


「……はぃ」


 バレッタは泣きそうな表情で、足元に目を落としている。

 すると、娘の一人が、ばっと顔を上げてバレッタの手を取った。 


「あ、そうだ! これからは、私たちもカズラ様を守るから! バレッタ1人が頑張らなくても大丈夫だよ!」


「そうそう。少しだけど、私たちも槍の練習したんだよ」


「私は剣の練習もしたよ!」


「お、おい、それは俺たちがやるって言っただろ!」


 騒ぎだした娘たちに、話を聞いていた若い男が慌てて口を挟む。


「お前らは道具作りに専念しろよ。カズラ様の護衛は俺たちがやるって、昨日言っただろ」


「練習見てたけどさ、あんなへっぴり腰で戦えるわけないだろ」


 呆れ顔で言う男たちに、娘たちがギロリと鋭い視線を向ける。


「そんなの、これからも毎日練習するに決まってるでしょ。私たちもバレッタを手伝ってあげたいってのが分からないわけ?」


「道具作りだって、別にあんたたちがやったっていいじゃん。教えてあげるから、ちゃんと覚えてよ。いっつも言い訳して手伝わないんだから」


「ていうか、あんたたちと一緒じゃバレッタだって気が休まらないでしょ。どう考えたって、私たちのほうが適任だと思うよ?」



 すさまじい勢いで言葉を浴びせられ、男たちがたじろぐ。

 その様子に、バレッタが慌てて割って入った。


「そ、それについては今からちゃんと話すから! ですよね、カズラさん?」


「え、ええ。皆さんには、イステリアでの兵器の製造と……もう一つ、協力していただきたいんです」


 深刻な顔になった一良に、皆は顔を見合わせた。  




「――というわけなんです。攻撃まであまり時間がないうえに、それより早くジルコニアさんを救出しないといけなくて」


「そんな、ジルコニア様が……」


「何てことだ……」


 一良が一通りの説明を終え、言葉を区切る。

 村人は皆、一様に悲痛な表情になった。


「カズラ様、リーゼ様は?」


「リーゼ様も捕まっちゃったの?」


 何人かの子供たちが、この場にいないリーゼの身を案じて声を上げた。

 リーゼは数回しか村には訪れていないが、子供たちにかなり慕われているようだ。


「ん、リーゼは大丈夫だよ。今はイステリアでお仕事してるんだ」


「そうなんだ!」


「よかったー」


 心底ほっとしたような表情を見せる子供たち。

 その様子に、一良も表情が少し緩む。

 そして改めて、ざわざわと話し合っている大人たちへと目を向けた。


「それで、ジルコニアさんを助けるために、皆さんの力をお借りしたいんです。まだ手段は決まっていませんが、何とかして砦に侵入するなりして助け出さないといけなくて」


「と、砦に侵入ですか……」


「しかし、どうやって……」


「壁をよじ登りますか」


 ざわつく村人の中、黙って考え込んでいたロズルーがぽつりとつぶやく。


「砦の防壁は、イステリアのものと同じですよね?」


「ま、まあ、大体は同じですかね。梯子でも使うんですか?」


「いえ、そんなものを使っては目立ちすぎるし時間がかかります。この両手足があれば十分です」


 そう言って、ロズルーが両手で壁をよじ登るような仕草をしてみせる。


「いや、それができるのはお前だけだろ」


「それより、壁から侵入って時点で見張りに気付かれるだろうが」


 呆れ顔で言う皆に、ロズルーが不満げな顔を向ける。

 ロズルーは狩人であり、秋になると野生のカフク(イノシシみたいな動物)を狙って森に入る。

 危険な大型肉食動物であるウリボウですら獲物として仕留めてくるほどの腕を持っており、その身体能力と狩猟技術は村人の中でも群を抜いていた。

 以前は他にも狩人がいたのだが、先の戦争で皆戦死してしまったため、ベテランの狩人は彼だけである。


「いやいや、そこはやり方次第だよ。見張りに気付かれる前に助け出せばいいじゃないか」


「あのな、そもそも、ジルコニア様が砦のどこに囚われているのかも分からないんだぞ」


「あ、ジルコニアさんの居場所なら分かってますよ」


 その言葉に、皆が一斉に一良に目を向ける。


「西の防壁近くにある、倉庫内に囚われているみたいです。隣にある納骨堂と地下室が繋がっているみたいで、そこから何とか救出できないかって話も出てて」


「納骨堂ですか。倉庫よりは警備が薄そうですが、地下で倉庫と繋がっていることを相手は知らないのですか?」


 ロズルーの問いに、一良が頷く。


「はい。床板を打ち付けて封鎖してしまったらしいんで、知らない可能性がかなり大きいです。現時点で、そんなところを詳しく調べるような真似はしないでしょうし」


「となると、中に侵入して警備を掻い潜れば、もしかしたら……」


 強気な発言をするロズルーに、他の男たちが不安そうな顔になる。


「い、いやいや、敵の真っただ中に侵入ってのはさすがにきつくないか?」


「防壁上の見張りをまずは何とかしないといけないし、騒がれずに仕留めるってなるとなぁ……」


「見張りは遠距離から弓で一撃で仕留めればいいだろ。それから壁をよじ登って、そいつの防具を奪ってしまえばいい」


「遠距離って、矢が届くところまで近寄った時点でバレるだろ」


「……ロズルーさん、矢が絶対命中するって自信を持って言える距離って、どれくらいですか?」


 皆が話すのを聞いていた一良が、ふと思い立ってロズルーに問いかけた。


「そうですね……だいたい、ここからあそこの家までの距離ならいけますね。アルマル(真っ黒なウサギのような獣)の目玉でも射貫く自信がありますよ」


 そう言って、ロズルーは少し離れた場所にある家を指差した。

 距離はだいたい70メートルほどのようだ。


「あ、あんなところまでいけるんですか……でも、防壁上の見張りっていうと結構高い場所にいるし、同じ距離ってわけにはいかないですよね」


「カズラ様、クロスボウを使えばいいんじゃないですか?」


 横で話を聞いていた娘の一人が、先ほどのように手を上げて発言する。


「あ、それは無理だよ。クロスボウのボルトは矢羽がすごく小さいから、長距離になるとそこまで軌道が正確じゃなくなるの。それに、離れすぎると威力が全然なくなっちゃうし」


 バレッタが補足するように説明する。


「スコーピオンを持っていけばいいんじゃない? あれならすんごく離れてても届くしさ。威力もあるから一撃で仕留められると思うよ」


「そ、それだと命中したとしても、標的が後ろに吹き飛んで行っちゃうと思うから……」


「あー、そっか。威力がありすぎるっていうのも問題なんだね。目立っちゃダメなんだもんね」


「じゃあさ――」


 わいわいと、娘たちがバレッタにあれこれと提案する。

 そんななか、腕組みして考えていたロズルーが一良に顔を向けた。


「カズラ様、もっと強力な弓を1つ用意していただけないでしょうか」


「強力な弓ですか。どれくらいのです?」


「軍で使っていた弓で構いません。あれならば、私の短弓よりも威力がありますので。ギリギリまで近づいて、見張りの頭を射貫いてみせます」


 真顔で物騒な提案をするロズルー。

 思わず一良が生唾を飲んでいると、娘たちと話していたバレッタがこちらに顔を向けた。


「あ、それなら私が合成弓を作りますね。大きさは短弓と同じくらいで、威力も出せますよ」


「おお、そうですか。バレッタさんの作るものなら安心です」


 どうやら、ロズルーは防壁を乗り越えて砦に侵入する気満々のようだ。

 だが、防壁の周囲には所々に低木があるくらいで、他に身を隠すような場所はなかったはずである。

 たとえ夜中でも、発見される可能性はかなり高いのではないか。

 彼の後ろでは、彼の妻のターナが黙って彼を見つめていた。


「……えっと、実際どうするかはナルソンさんと相談してからになります。他にも方法はあるはずなので、もっと考えてみましょう」


 そう言うと、一良はバレッタに目を向けた。


「バレッタさん、俺は今からあっちに戻って、色々と調達してきます。手筈通り、工作機械の輸送の準備を進めておいてください」


「分かりました。いつ頃戻ってこれますか?」


「んー、明日にはいったん戻ってくるつもりです。たぶん夜になっちゃうかと」


「じゃあ、お夕飯用意して待ってますね」


「すみません、お願いします。……あ、そうだ、できれば――」


「厚焼き玉子ですね」


 一良が言い切る前に、バレッタがにっこりと微笑んで答えた。


「とびきり美味しいのを作って待ってますから」


「あ、はい。お願いします。ていうか、よく分かりましたね」


「えへへ」


 少し驚いている顔の一良に、バレッタは嬉しそうに微笑む。


「向こうでも、あまり無理し過ぎないでくださいね。ちゃんとご飯食べて、夜はきちんと休んでください」


「分かってますって。それじゃ、行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい。お気をつけて」


 そうして一良は皆に手を振り、雑木林へと歩いて行った。

 集まっていた村人たちも、引っ越し準備をするためにわらわらとその場を離れていく。

 小さくなっていく一良の背をバレッタが見送っていると、バレッタの隣にすすっと娘たちが近寄った。


「ん、どうしたの?」


 小首を傾げるバレッタに、皆が含んだような笑みを向ける。


「夫婦の会話を見た」


「結婚式はいつ?」


「えっ!? い、いきなり何!?」


 顔を赤くするバレッタに、皆が「くふふ」と笑みを漏らす。


「バレッタ」


 バレッタがそちらに顔を向ける。

 ニィナが、胸のつかえが取れたような表情で微笑んでいた。


「よかったね。ちゃんと話せてさ」


 そんな彼女に、バレッタも微笑み返すのだった。

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