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171話:バルベールの少女

 その頃、虜囚の身のジルコニアは、薄暗い石造りの倉庫の中にいた。

 紐で結わえられた薪の束や、冬場に使う厚手の外套が入った木箱など、室内には様々なものが積み上げられている。

 壁際にはベッドが2つ並んで置かれており、その傍には着替えをしまう棚と鏡台が設置されていた。

 そんな室内で、ジルコニアは中央に設置された長椅子に腰かけ、うんざりした表情で頬杖をついていた。

 鎧は着けておらず、鎧下のみという服装だが、腰には長剣と短剣を下げたままだ。

 彼女の左手首からは細い鉄の鎖が延びており、対面に座る金髪の少女の右手首に繋がっている。


「なるほど。アルカディアでも、冬場の農村部での主食は冬マメになるのですか。バルベールと同じですね」


 ふむふむ、とティティスは頷き、再び口を開く。


「マメ以外には、何が食べられているのでしょうか? バルベールでは、『ホロホロダケ』というキノコを秋のうちに採取して、乾燥させておくことが一般的ですが」


「……あなた、見た目と違ってよくしゃべるのね」


「他にすることがありませんので。普段はもっと静かにしております」


「なら、普段通りにしてて欲しいのだけど」


「いえ、せっかくジルコニア様と一緒にいるので、いろいろとお話ししたいのです。こんな機会は、滅多にありませんから」


「ああ、そう……」


 はあ、とため息をつくジルコニアに、ティティスはすまし顔で答える。

 この倉庫に収監されてからというもの、やたらと話しかけてくるティティスにジルコニアは心底うんざりしていた。

 初めのうちは無視していたのだが、彼女はまったくめげる様子もなくひたすら話しかけてきた。

 仕方なく二言三言答えてやるとしばらくの間は静かになったので、こうして相手をしているのだ。

 ちなみに、2人が鎖で繋がれているのは、ジルコニアがそうするように希望したからだ。

 そんなわけで、2人は食事をするにもトイレに行くにも常に一緒である。


「アルカディアでは、冬場にキノコは食べないのですか?」


「食べるわよ。その『ホロホロダケ』っていうキノコは知らないけど」


「そうなのですか。赤と黄色の縞模様で、じめじめした場所に群生しているキノコなのですが」


「ああ、『ユウヤケダケ』のことを言ってたの。それなら同じようにして保存するわね」


「名称がこちらとは違うのですね。ユウヤケダケ……なるほど、確かに夕焼け空のような色合いに見える気もします」


 ティティスが話しかけてくる内容は、こういった当たり障りのないものばかりだ。

 アルカディアの軍事情報や、イステール領の急激な復興について探りを入れられるかとジルコニアは身構えていたのだが、今のところそういったことは一度もない。

 まずはこちらの警戒を解こうとしているのだろう、とジルコニアは勘ぐっていた。


「あのキノコ、よく煮込むととろみが出るじゃないですか。塩を多めで煮たキノコを、炒めたカフクのもも肉に和えて、ラタ麦を少ない水で煮たものの上からかけて食べると絶品ですよ」


「あら、それは美味しそうね。軍の駐屯地でも、そういった料理は出るの?」


「出ますよ。冬場になれば、ジルコニア様のお食事にも出る機会があると思います」


「……そんなに長く居たくはないわ」


「居たらの話です。イステリアに戻られましたら、ぜひ一度作ってみてください」


「……そうするわ」


「あと、同じように煮たキノコを魚にかけても美味しいですよ。川魚の、小さくて丸ごと食べられるやつを油で揚げて、そこにかけて食べると熱々でとても美味しいんです。料理当番の兵に言って、材料が手に入ったら作ってもらいましょう。その時は一緒に料理風景を見学に行きませんか? もしよろしければ、ジルコニア様にもアルカディア料理を……」


 まるで口から生まれてきたかのごとく、ティティスはペラペラと話し続ける。

 無視を決め込もうが適当に受け流そうが、彼女はこの調子で延々と話し続けるだろう。

 どうせ話すなら、もっとこちらの得になる情報を聞かせてもらおう、とジルコニアは結論付けた。


「聞きたいことがあるのだけれど」


「香り付けに使うものはバルベール北部の……あ、はい。なんでしょうか」


「さっきからずっと食べ物の話をしているけど、バルベールの食料事情はそんなにいいの?」


「いえ、特別いいというわけではありません」


 特に表情を変えず、ティティスが答える。

 バルベールの食料事情については、ナルソンが入手した情報をジルコニアも共有しているので承知している。

 昨年はアルカディアと同様、酷い日照りのためにバルベール南部の地域では干ばつが起こっていたはずだ。

 秋から冬にかけては北部地域が豊作となり、状況は改善しているはずである。


「あら、そうなの。昨年の日照りの影響かしら?」


「はい。年明けまで、この辺りの地域は特に酷い状況でした」


「年明けまで? 今は持ち直したの?」


「何とか飢えない程度には。冬マメの収穫高が例年に比べてかなり多かったので、その分を南部に回せるようになりました」


「そうだったの。豊作だったのね。どうしてそんなにたくさん採れたのかしら?」


「ハーレル王の加護が強い土地の土を利用したからかと思います」


 ぴくり、とジルコニアの眉が動く。

 ハーレル王とは、バルベールで信仰されている精霊だ。

 収穫の王、とも呼ばれる精霊で、バルベール以北の地域で広く信仰されている。

 ちなみにだが、アルカディアとバルベールでは信仰している神が全く異なる。

 アルカディアにおけるグレイシオールと同タイプの信仰対象が、バルベールにおけるハーレル王である。


「イステール領でも、同じようにして食料生産量を底上げしたと聞いております。確か、グレイシオールという慈悲と豊穣の神でしたか」


「……よくご存知で」


「間者くらい放っておりますので。そちらと同じですよ」


 淡々と、ティティスが言う。


「ですが、イステール領ほど我が国では目覚ましい効果は出ませんでした。何か別の方法も用いているのではと考えているのですが、もしよろしければ教えていただけないでしょうか」


「他には何もやってないわ。グレイシオール様の加護の力を使わせてもらっただけよ。他には何もしていない」


「そうなのですか。では、加護の力がよほど強い土地の土を用いたのですね」


「あなたたちの信仰する精霊よりも、私たちの信仰する神が格上なだけじゃない?」


「……そのような言い方は、バルベール人の前では控えた方がよろしいかと」


 ティティスが、少し顔をしかめる。


「どうして? だって、事実でしょう?」


 挑発するようにジルコニアが薄く笑って見せると、ティティスは小さくため息をついた。


「事実かどうかは分かりませんが、他の者の前では控えてください。信仰心の強い者に聞かれでもしたら、洒落では済みません」


「あらそう。気を付けるわ」


 ティティスは困り顔で少し口をつぐんだが、すぐに口を開いた。


「ハーレル王には、現世に姿を現したといったような具体的な伝承が伝わっていなくて、加護の強い土地がどこなのかが分からないんです。グリセア村の森のような土地が、こちらにもあればよかったのですが」


「……」


 手持ちの情報を小出しにしてくるティティス。

 どこまで領内の情報を知られているのか分からないが、今のところは巷でも噂になっているようなものばかりだ。

 下手に反応して、余計なことを口にしないように気を付けなければならない。


「何か特徴でもあるのでしょうか? 例えば、他の森よりも植物が明らかによく育っている、とか」


「さあね。私もよく分からないわ」


「そうですか」


 ティティスは頷き、いったん口を閉じた。

 考え込むように、視線を下げる。

 そしてたっぷり十秒ほど置いてから、顔を上げた。


「私のほうからも、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」


「……どうぞ」


「ここ1年間で、アルカディア……いえ、イステール領では水車や製粉機、スクリュープレスといった道具が次々に発明されたようですね」


「……」


「鉄を作り出すことに成功したのも、同時期なのでしょうか?」


 壁際に立てかけられているジルコニアの鎧兜へと目を向けながら、ティティスが問う。


「答える必要はないわ」


 突き放すように、ジルコニアが答える。

 ティティスは困ったように、眉を寄せた。


「それは不公平です。先ほどは、私は国内の食糧事情についてお答えしましたよ」


「だからといって、私も答えるなんて約束はしていないでしょう」


「……なるほど、それもそうですね」


 納得したように、ティティスが頷く。

 ジルコニアが呆れ顔になっていると、ティティスが、ぽん、と手を打った。


「では、こうしませんか? 今からお互いに1つずつ質問しあって、答えるんです。これなら公平です」


 何を言ってるんだこいつは、とジルコニアは思ったが、待てよ、と考え直した。

 別に、聞かれたからといって正直に答える必要はないのだ。

 言い換えれば、都合の悪い質問には嘘を答えればいい。

 相手にとってもそれは同じだろうが、自分の手持ちの情報と照らし合わせれば、真偽の判断はある程度つく。


「……そうね、構わないわ」


「ありがとうございます。では、先ほどの質問に答えていただけますでしょうか」


「鉄を発明したのは休戦直後よ。だいたい5年前かしら」


「5年前……ですか?」


「ええ。何かご不満?」


 ティティスのいぶかしんだ視線を受け、ジルコニアが小首を傾げる。


「いえ……そうですか。5年前ですか。そうですか、そうですか」


「……何よ」


「いえ、何でもありません。ジルコニア様の質問の番です」


「そうね……その製粉機とかの情報は、どこから得たのか教えてもらえるかしら?」


「申し訳ございません。情報源は私も知らないのです」


「……答えられない、ってこと?」


 ジルコニアが睨み付けると、ティティスは申し訳なさそうに頭を下げた。


「そうではないのですが……申し訳ございません。私も元老院から降りてきた情報しか聞かされていないので……」


 それを聞いた瞬間、ジルコニアは自らの表情が怒りに歪むのをはっきりと感じた。

 今彼女は、元老院から聞いたと言ったのだ。

 それが本当なら、すでにアロンドはバルベールへの亡命に成功し、元老院にすべての情報を吐き出したということになる。

 奴だけは、是が非でも殺しておかねばならかったと内心歯噛みした。


「ジルコニア様、どうかなされましたか?」


「……いいえ、何でもないわ」


「そうですか? では――」


「こんにちはー!!」


 ティティスが次の質問を口にしようとした時、扉がばたんと乱暴に開き、白髪の小柄な少女が部屋に駆け込んできた。

 春だというのに厚手の上下にケープを羽織り、まるで真冬のような服装だ。

 心なしか、顔が赤いように見える。

 髪にも寝ぐせがついており、ついさっきまで寝ていたかのような風貌だ。


「はあ、はあ……あなたがジルコニアさんですね! 初めまして! 私がフィレクシアなのですよ!」


 ぜいぜいと肩で息をしながら、みょうちくりんな挨拶をする少女――フィレクシア――に、ジルコニアはもとよりティティスも目が点になった。

 フィレクシアはそんな2人に構わず、ジルコニアにつかつかと歩み寄り、その手を取った。


「ジルコニアさん! 他にどんな道具があるのですか!? 教えてください!」


「ちょ、ちょっと、いきなり何なの?」


「フィ、フィレクシアさん!」


 ティティスが慌てて立ち上がり、ジルコニアからフィレクシアを引きはがす。

 じゃらっ、という音とともに繋がれた鎖がぴんと張り、ジルコニアの腕が引っ張られた。


「どうしてここに来たんですか!? 見張りはどうしたのですか!?」


「カイレン様に許可をもらったって言ったら、通してくれたですよ」


「なっ……」


 ティティスは絶句して一瞬立ち尽くしたが、すぐに気を取り直して口を開いた。


「カイレン様が許可を出したのですか?」


「出してないですよ?」


 あっけらかん、とした顔で小首を傾げ、フィレクシアが答える。

 ティティスはそれで顛末を理解し、げんなりした様子でため息をついた。


「……許可をもらったと嘘をついて、勝手に入ってきたのですね」


「そうですよー!」


「ジルコニア様、大変申し訳ございません。すぐに連れ出しますので」


「え、ええ」


 やや引き気味に、ジルコニアが頷く。

 フィレクシアは不満げに、頬を膨らました。


「えーっ、どうしてですか!? ティティスさん、酷いですよぉ!」


「酷くありません。許可も出ていないのに、嘘をついて入ってくるほうがよっぽど……フィレクシアさん、顔が真っ赤ですよ? もしかして、また熱を出しているんじゃないですか?」


「これくらい平気です! 私もジルコニアさんとお話しがしたいですよ!」


「ダメです」


「なな、何でダメなんですかぁ!?」


「カイレン様の許可が出ていないからですよ。大人しく、宿舎に戻って休んでください」


 ぴしゃりと言い切られ、フィレクシアがさらにむくれる。


「そんなこと、どうでもいいじゃないですかぁ!」


「どうでもいいわけがないでしょう……」


「超先進的な道具の持ち主が目の前にいるんですよ!? 技師が話を聞きたいと思うのは当然じゃないですか!!」


「……技師? あなたが?」


 ジルコニアが反応して問いかけると、フィレクシアは、ばっ、とジルコニアに顔を向けた。


「はい! 技師、もとい、兵器職人をしているですよ!」


 兵器職人という単語に、ジルコニアの瞳が細まる。


「フィレクシアさん!」


「ティティスさん、少し彼女と話をさせて」


「いえ、そういうわけには……」


「フィレクシアさん。先に私が質問してもいいかしら?」


「何でも聞いてください! 何でも答えますですよ!!」


 チャンスと見たのか、フィレクシアがティティスの言葉を遮って宣言する。


「いけません! 何を言っているのですか!!」


 フィレクシアを止めようと、ティティスが彼女の肩に手を掛ける。

 すると、フィレクシアは羽織っていたケープをするりと脱ぎ、巻きつけるようにしてティティスに頭から被せた。


「ちょっ! 何を……むぐぐ!」


「ささ、ジルコニアさん! 今のうちですよ!」


 赤い顔のまま、いたずらっぽい笑みを浮かべるフィレクシア。

 あまりにもな行動にジルコニアは半ば呆れながらも、質問をすべく口を開いた。


「砦の防壁を破壊した投石機を作ったのは、あなたなの?」


「はい! カイレン様にお願いされて作ったですよ!」


「あれは、自分で考えたのかしら? 誰かから教わったとかは?」


「一から自分で考えたですよ! そこそこ使える兵器だと思います! 改良の余地ありまくりですが!」


「ぷはっ! フィレクシアさん、口を閉じてください! 何を勝手にぺらぺらと話しているんですか!」


 ケープをはぎ取ったティティスが、強い口調で口を挟む。

 フィレクシアは慌てた様子で、彼女に顔を向けた。


「ええっ!? 私まだ、ジルコニアさんに何も聞いてないですよ! もう少しだけ……」


「フィレクシアさん!」


 大声で怒鳴られ、フィレクシアが肩を縮こまらせた。


「いい加減にしてください! 警備兵!!」


 ティティスが叫ぶと、2人の兵士が部屋に駆け込んできた。


「フィレクシアさんをカイレン様のところまで連れて行ってください」


「あいよ」


「何て伝えておけばいいんだい?」


 実にフランクな様子で、2人の兵士がそれぞれ答える。


「私が激怒していたと伝えてください。彼女が嘘をついて、この部屋に入り込んできたと」


「何だ、嘘だったのかよ」


「フィーちゃん、嘘はいけねえよ」


「……」


 ティティスと兵士たちに叱られ、フィレクシアは涙目になっている。

 兵士たちに付き添われてとぼとぼと扉へ向かい出したフィレクシアに、ジルコニアは声をかけようと口を開いた。


「あなたには興味があるわ。次は許可をもらってからいらっしゃい」


「っ! はい!」


 フィレクシアが振り返り、ぱっと表情を明るくして答える。


「それと、一つだけ教えて。あなた、出身地は?」


「出身地ですか? 北西の国境近くの森から……」


「フィレクシアさん」


 ドスの利いた声でティティスに名を呼ばれ、フィレクシアが口をつぐむ。

 そのまま、うなだれた様子で部屋を出て行った。


「……お騒がせいたしました」


「面白そうな娘だったのに。残念」


 ジルコニアが微笑みながら言うと、ティティスは大きくため息をついた。

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