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170話:祝福の力

「お、明太子だ」


 一良がおにぎりを頬張る。

 テーブルの真ん中には小ぶりなおにぎりが10個ほど載っており、すべてが海苔で包まれていた。

 一良の隣にはバレッタ、対面にはマリーが座り、もくもくとおにぎりを口に運んでいる。


「申し訳ございません。急いで作ったので、どれに何の具が入っているのか分からなくなってしまって……」


 しゅんとした様子で、マリーが頭を下げる。

 マリーはいつも通り壁際に立とうとしたのだが、一緒に食べようと一良が勧めたのだ。

 ちなみに、今マリーが手にしているのはツナマヨおにぎりである。

 明太子、ツナマヨ、梅干し、おかか、キノコの鶏肉炒め(異世界産)の5種類があるらしい。


「いやいや、食べてから具が分かってるのも面白くていいですよ。ねえ、バレッタさん」


「……」


「バレッタさん?」


「えっ!? あ、はい! 何でしょうか!?」


 ぽーっとした様子で梅干しおにぎりを咀嚼していたバレッタが、慌てて答える。

 口の端にご飯粒が1つくっついていた。


「あ、あの、お口に合わないようでしたら別のものを……」


「あっ、そ、そうじゃないの! 大丈夫、美味しいから!」


「は、はあ」


 妙な様子のバレッタに、マリーが困惑気味に頷く。


「それにしても、ずいぶんと持ってくるのが早かったですね。俺たちが部屋に来てからほとんど時間が経ってなかったような」


「はい。私、お屋敷に戻ってきてすぐにカズラ様のお食事をと思って、おにぎりを作っていたんです。そこに兄さんがリーゼ様からの指示を伝えに来て……」


「あ、そこまで気を回してくれていたんですか。さすがマリーさんだ。ありがとう」


「はい! えへへ」


 そうして3人でおにぎりを食べていると、どたどたと廊下を走る音が聞こえてきた。

 ばん、とノックもなしに扉が開け放たれる。


「カズラ様ッ!」


「アイザックさん! 目が覚め――」


 部屋に飛び込んできたアイザックは、一良が声をかけるのにも構わず床に頭がくっつくような勢いで頭を下げた。


「申し訳ございません!! 直接ご報告もできずに、今まで眠りこけていました! ジルコニア様をお救いすることも出来ずにおめおめと――」


「あ、アイザックさん、一旦落ち着きましょうか。そっちに座ってください」


 ものすごい勢いで謝罪を始めるアイザックに、一良がマリーの隣の席を勧める。


「そ、そんな! 私ごときがそのような」


「うん。あのね、食事中なんだけども」


 一良がぽりぽりと頬を掻きながら言う。

 アイザックは顔を上げ、再び勢いよく頭を下げた。


「ッ! 申し訳ございませ」


「いいから座りなさい」


「は、はい」


 ぴしゃりと叱られ、アイザックが席に着く。


「おにぎりを食べなさい」


「えっ、し、しかし」


「食べなさい」


「はい」 


 ぐい、と皿を寄せられ、おにぎりを手にするアイザック。

 もぐもぐと食べ始め、ようやく静かになった。


「えっと、イクシオスさんの具合はどうですか? まだ眠ってるんですか?」


「いえ、私よりも先に目を覚ましていました。具合もいいようです。『いつまで寝てるんだ』と呆れられてしまいました……」


「そうでしたか! ずっと眠ってるって聞いていたので、心配してたんですよ。アイザックさんも元気そうですね」


 ほっとした様子で一良が言うと、アイザックは恐縮したように肩をすぼめた。


「は、はい……あの、本当に申し訳ございません。なんとお詫びしてよいか……」


「いや、詫びる必要なんてありませんよ。それに、今回起こったことは私の責任みたいなものですし」


「えっ!? い、いえ、そんなこ――」


「違います! カズラさんのせいじゃないです!!」


 黙ってやりとりを見ていたバレッタが、アイザックの言葉に被せて大声で叫んだ。

 皆の視線が彼女に集まる。


「悪いのは、休戦協定を破って攻め込んできたバルベールです! カズラさんは悪くありません!! それに、砦にもっと兵力を置いていれば――」


「バ、バレッタさん、落ち着いて……」


「あ……ごめんなさい」


 一良にたしなめられ、バレッタがはっとして口を閉ざす。

 一良は一つ咳払いをすると、持っていたおにぎりを頬張った。


「もぐもぐ……とにかくですね、私としても、バルベールのことを甘く見すぎていました。他国との外交関係を天秤にかければ、協定破りなんてリスクの高いことをするわけがないと思ってたんですが……まさか、いきなり攻めてくるとは」


 一良の言葉に、アイザックが頷く。


「はい、ナルソン様も、まさかこれほど早く攻撃を仕掛けられるとは予想していなかったようです」


「そういえば、たとえ休戦協定を破って攻め込んでくるにしても、どんなに早くても来年の夏以降だろうって言ってましたね」


「ええ。それに、今回の攻撃に先立って、バルベールの首都や元老院にはまったくそのような予兆は見られなかったらしいんです。国境沿いの砦前に常駐しているバルベール第6軍団も、訓練のために軍団要塞を出払っていたようですし」


「確か、今回攻めてきたのは第10軍団だけでしたっけ」


「はい」


「……これはもしかすると」


「はい。敵の第10軍団が独断で攻撃を仕掛けてきた可能性があります」


「……ナルソンさん、何も言ってなかったんだけどな」


 一良がぽつりと漏らすと、アイザックは慌てて胸の前で手を振った。


「い、いえ! これは父から聞いた話から、私が勝手に推測しただけです! ナルソン様がお話ししなかったのは、まだ確証が得られていなかったからかと!」


「……うーん」


 一良が腕を組んで考え込む。

 もし今回の攻撃が、敵軍の一部勢力による独断だとしたら、彼らの意図は何なのか。

 上層部の指示なしに攻撃を、それも休戦協定を破るなどというとんでもない独断専行をやらかしたとなれば、かなりの大事になるはずだ。

 敵軍の責任者には厳罰が下るだろうし、他国との外交関係は取り返しがつかないレベルで悪化するだろう。

 下手すれば、厳罰どころか責任を取らされて打ち首なんてことにもなりそうに思える。


「実はですね、今回の奇襲攻撃にあたって、気になることがあるんですよ」


「気になること、ですか?」


「ええ」


 一良がバレッタにちらりと視線を向ける。

 バレッタが頷いたことを確認し、一良は口を開いた。


「今回敵が使ってきた兵器、あれ、トレビュシェットっていうんです」


「トレビュシェット?」


「私の世界……神の世界に存在した攻撃兵器です。構造はそんなに難しいものじゃないんですけどね」


「っ!?」


 予想外の言葉に、アイザックがぎょっとした顔になった。


「もしかしたらですが、敵側にも私と同じような人物がいる可能性があります。ただ、それにしては――」


「そ、そんな! いったいどのお方なのですか!? オルマシオール様(戦いの神)ですか!? ガイエルシオール様(商売の神)ですか!?」


 よほど衝撃的だったのか、アイザックがテーブルに手をついて身を乗り出した。


「あ、いや、ええと……」


「かもしれない、という話です。それに、いる可能性は低いと私は思います」


 皆の視線がバレッタに集まる。


「え、いない? どうしてそう思うんですか?」


 予想に反するバレッタの言葉に、一良が怪訝な顔を向けた。


「バルベールに技術革新が見られないからです。厳密にいえば、内政面の技術の進歩が私たちの国に比べて遅すぎます。農業生産量が爆発的に増えたといった話もないですし、新たな農業機械が発明されたといった話もありません。製鉄に関してもいまだにレン炉(手動のふいごを用いた小型の炉)を山の斜面に大量に並べて使っているようですし」


「……確かに」


 今のところ、確認できているバルベールの新技術といえば、大規模な軍制改革、今回砦の攻撃に用いられた大型投石機、それに大型船の建造と鉄器のみである。

 軍制改革と鉄器の発明は、戦局の悪化と錫の枯渇という危機的状況を受け、必要に迫られて新たに編み出した技術と考えれば不自然ではない。

 最近になって確認された、大型船の建造についても同様だ。

 木材の加工に長けた鋭い鉄製の道具が使えるようになり、優れた船張りや横板の製造、そして船の強度を大きく向上させることができる竜骨キールを発明したためと考えることができる。

 竜骨とは、船底を船首から船尾にかけて張られる太い木材のことだ。

 地球においても、竜骨を用いた大型船が初めて現れたのは、鉄器が発明された後である。

 もしも一良のような人物がバルベールにもいるなら、アルカディアのように水車や製粉機を導入したり、地球産の肥料を持ち込んで農業生産量を増加させたりしていただろう。

 堆肥は重量当たりの値段がかなり安いため、一良のような資金力がなくとも、こちらの世界に数十トン単位で持ち込むことは十分可能なはずだ。

 鉄器の製造に関しては、こっそり高炉のような効率的な炉をどこかで使っている可能性もなくはない。

 だが、もしそうだとしても、戦争直後で財政が逼迫しているさなかに、大量のレン炉を作るといった無駄な支出を、バルベールの首脳陣が許すだろうか。


「あと、黒曜石……ガラスの流通も、それを裏付けています。いまだに闇市場に流れている高品質な色ガラスは、カズラさんが持ってきて小粒に加工したものだけです。気泡だらけの品質の低いガラスは、かなり流通しているみたいですけど」


「ううむ……てことは、今回敵が使ってきたトレビュシェットは、自分たちで自力で考案した兵器ってことか。もしくは……」


「はい。第10軍団のなかにカズラさんみたいな人がいて、軍団がそれを秘匿しているのかもしれません」


「うーん……」

 

 一良が腕組みして考え込む。

 一応は話の筋が通っているように思えるが、本当に一良のような人物が相手方にいるのかどうかの判別が難しい。

 もしいるなら、バルベール第10軍団の存在は危険どころの話ではない。

 今回の攻撃で防壁の異常な強度に疑問を持つだろうし、モルタルを使っていることにもすぐに気づくだろう。

 水車や石材の昇降機(こちらの世界のオリジナル機械)も鹵獲されているはずなので、一良の存在を疑ってもおかしくはない。


「でも、かなりまずい状況には変わりないですね」


「はい。唯一の救いは、今回の攻撃が第10軍団の独断である可能性があることです」


「……なるほど、これでバルベール首脳陣と確執を持ってくれれば、互いに協力するって流れにはまずならないですもんね。軍団長あたりは、余計に責任を取らされることになるでしょうし。そんなこと言う前に、反乱扱いで処分されてしまうかもですけど」


「ええ。どちらにしろ、近日中にははっきりすると思います。慌ててるのは、私たちだけではないはずなので」


「そうですね……」


 ふと、砦の防御塔で目にした白い少女の姿が一良の頭に浮かんだ。

 ただの一般人だったのかもしれないが、場違い感がすごかったので強烈に印象に残っている。

 もし彼女が自分と同じ、地球から来た人物だったら。


――何とか話し合いで解決できないかな。


 湧いた考えを振り払い、一良は2つ目のおにぎりに手を伸ばした。


「そうそう。食べ物について、アイザックさんとマリーさんにも話しておきたいことがあります」


「カズラさん……」


 バレッタが少し不安そうな目を、一良に向ける。


「大丈夫です。信用できる人にだけですから」


「……はい」


 バレッタが頷くのを見て、一良はアイザックたちに目を向けた。

 中腰の姿勢で固まっていたアイザックが、慌てて席に腰を下ろす。

 話についていけていないのか、マリーはおにぎりを手にしたままぷるぷるしていた。


「これから毎食、お二人は私が持ってきた食べ物を食べるようにしてください。グリセア村の人々のような、すごい力が備わりますから」


「えっ!?」


 アイザックが驚いた声を上げた。

 マリーは大きな反応は見せず、手にしたおにぎりと一良を交互に見ている。

 今まで口には出さなかったが、何となく気づいていたのだろう。


「実は、私が持ってきた食べ物を継続して摂取すると、身体能力が大幅に向上するんです。食べ物の取り扱いに注意してもらっていたのは、そのせいでして」


「そ、そうだったのですか。私はてっきり、カズラ様が直接力を授けているのだとばかり……」


「まあ、そう思い込むように私も仕向けていましたからね。ジルコニアさんやリーゼにも、もっと早くこうしておくべきでした。申し訳ないです」


 一良が表情を曇らせる。

 それを見て、アイザックが慌てて再度立ち上がった。


「カズラ様が謝る必要などありません! それどころか、いくら感謝してもしたりないくらいです!」


「は、はい。ありがとうございます」


 その勢いに一良がたじろぎながらも言うと、アイザックは腰を下ろした。

 前からよく感じるのだが、彼のこういうところはバレッタとよく似ている。


「で、ナルソンさんやハベルさんたちにも、この力を持ってもらおうと思うんです。あと、近衛兵や護衛兵のかたたちにも、この力を持ってもらいたいのですが……」


「ほ、本当ですか! それならば、バルベールなど恐れるに足りません! ぜひ――」


「ま、待ってください!」


 アイザックが歓喜した声を上げると、バレッタがそれに待ったをかけた。


「危険すぎます! 不特定多数の人に力を与えるということは、カズラさんという特異な存在を公にすることになるんですよ!? それに、力を持って心変わりする人や、敵の間者が紛れ込んでいたらどうするんですか!?」


「いや、そんなことを言ってる場合じゃないですよ。使えるものはすべて使わないと」


「そんなことをしなくても、もっと強力な新しい兵器を用いれば済むじゃないですか! 誰彼構わず力を与えるなんて、絶対にダメです!」


「誰彼構わずじゃないですよ。近衛兵や護衛兵などの、イステール家と親密な身分の人たちだけにします。そんな人たちが裏切るなん……て……」


 そこまで言って、一良の脳裏にアロンドの顔が浮かんだ。

 そうなのだ。

 彼のような領の中枢に関わっている人物とて、裏切る時は裏切るのだ。

 自分が大きな信頼を置き、身を粉にして働いてくれていた彼ですら裏切ったのだ。

 もし彼に力を与えていたら、バルベールへの亡命の手土産に、ナルソンや自分が命を奪われていたかもしれない。

 一良が顔色を変えたのに気付き、バレッタが表情を暗くした。


「カズラさん、それだけはやっちゃダメです。力を与えるにしても、慎重に選ばないと」


「……」


「アイザックさん、マリーちゃん」


「はい」


「は、はいっ!」


 黙ってしまった一良に代わり、バレッタが2人に目を向ける。   


「分かっているとは思いますけど、このことは絶対に誰にも話さないでください」


「もちろんです。誰にも話しません」


「話しません!」


 しっかりと2人が頷く。

 バレッタは息をつき、心配げな眼差しを一良に向けるのだった。

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[気になる点] カズラがあまりにも無能過ぎるのにちょこちょこ偉そうにしてる場面が気になる。 [一言] カズラはもう少し自分が知ってる知識がただ知ってるだけで、使いこなせてない薄っぺらい物だと自覚して欲…
[一言] バルベール側の腐れ小女の子も拷問してぶち殺すべき
[一言] バレッタ が 優秀で良かった…
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